第13話 便利屋の仕事
今日は日曜日だ。朝の10時から太一は便利屋に向かおうと考えていた。
その前に、いつもの駄菓子屋でラムネを買って。
「お、僕今日は早いね!」
「ラムネひとつください」
「ごめんなー。おじさんラムネ仕入れるの忘れちゃって今日は売れないんだよ」
残念なことに、今日は喉がカラカラの状態で便利屋に向かわなければならないらしい。
落ち込む気持ちを晴らそうと、元気に便利屋の玄関の戸を開ける。
「おはようございます!」
しかし返事はない。
「なんだろう。ものすごく」静かだ。
いつもなら彩が大急ぎでやってくるのに、今日はそんな気配がまったくない。
段々不安になってきた太一は、無断で店長の部屋へ走る。
するとそこには力なく座り込む彩と、いつものようにタバコを吸っている店長がいた。
「あ、居たんだ……」
太一の声に反応した2人はすぐに振り向き、太一の目を見つめる。威圧感で太一は一歩後ろに下がってしまった。
「なぁ〜に勝手に入ってきてんだよ、ガキ」
よかった、いつもの店長だ。と胸を撫で下ろし、彩の様子を伺う。
元気がない、なんてものじゃない。魂が抜けたように一点を見つめて座り込んでいる。
「彩さん?」
自分の名前を呼ばれて体がビクンと反応した。
「あ、太一くん」
へらへらと笑うが無理しているように思える。
この前と同じだ。
本当は叫びたいのだろうか、感情を押し殺して必死に笑顔をつくっているようにも見える。
「なぁ太一。この前俺に『何でそんなにアロエが大切なの?』とか聞いてやがったな」
「うん」
「これは、俺が尊敬する社長から貰ったものなんだよ」
ゆっくりとアロエに視線を落とす。
「どんな依頼でもやってのける社長。俺にとっては憧れの人だったんだ。まだ俺が店長じゃない時にな、俺もお前みたいに便利屋に出入りしてたんだよ。そこにいたのが今の社長ってわけだ」
その話で、「社長」というのが便利屋という会社の社長だという事に気づいた。
「それが今では立派な便利屋本社の社長様だよ! 笑っちまうぜ」
楽しそうに笑う店長と、横で落胆している彩の光景はなんとも奇妙だった。
「だから、これは俺の宝物なんだ」
「そうだったんだ」
つんつん、と指でアロエを触る。その様子を見た店長がおもむろに太一の頭をやさしく撫でる。
「もし俺がいなくなったらこのアロエはお前にやる」
「本当!?」
「あぁ、本当だ」
太一は嬉しさでアロエの鉢をぎゅっと抱きしめる。
店長は満足そうに微笑み、彩を立たせる。
「じゃ、俺たちは仕事があるから、明日学校が終わってからまた来てくれないか?」
「え? うん」
こんな形で追い返された事は一度もなかったので少々びっくりしてしまう太一。そんな太一を彩は今にも泣きそうな目で見つめている。
その視線に気づいて、太一は彩に近づき背伸びをして頭を撫でる。
「彩さん、泣いちゃ駄目だよ」
太一の優しさに触れて、彩は太一を抱きしめる。腕にできるだけの力を込めて強く抱きしめる。
しばらくしてゆっくりと太一を引き離し、目を見つめて言った。
「また明日ね」
蒼白とした笑顔を、忘れることなどできなかった。
翌日太一が便利屋に向かうと、何やら工事をしているように見えた。
明日来いって言われてたのにどうして店が壊されているんだろう?
もしかして引越し?
そうかもしれない。だけど、何故か太一の額からは冷たい汗が流れていた。
何かが違う気がする。
急いで店の中に入る。
太一はそこで信じがたい光景を目の当たりにする。
何も無い空間。無。
昨日まで当たり前のようにあった机も、家具も書類も全部なくなっている。
どくん、と心臓が波打った。
店中を走り回り、誰かいないかを確認する。しかし誰もいない。
店長の部屋に行くと、2人の清掃作業をする男とアロエを発見し、太一は走って向かう。
「触るな!」
強引にアロエを奪い取り、その反動でしりもちをつく。
「何だこのガキ!」
「おい待て。もしかしてこいつ……」
男たちがひそひそと話しているのが見える。
「お前もしかして寺門太一か」
ギクッと体が動いたが、すぐに強気な笑みを見せる。しかし汗だくで、強がりにしか見えない。
「知らないよ。店長と彩さんはどうした」
「店長と彩ぁ?」
ギロリと睨まれて体が動かなくなってしまった。
「そんな人間ここにはいねぇよ」
「じゃあ何処にいるんだ!」
「そんな人間は『存在しない』と言ってるんだ」
「嘘だ! そんな事言って騙されると思うな! 僕は見たんだぞ、話したんだぞ! このアロエを……貰うって約束したんだ」
ぎゅっとアロエを抱きしめて震える太一を見て、男たちは軽い溜息をつく。
「ほぅらやっぱり寺門太一だ」
「!」
「こいつには話してもいいんだよな?」
「軽く、な」
そうして意味のわからない会話を続けた後、太一の目の前にやってきて見下ろしてくる。
太一は竦んでしまって動けなくなった。
「ここの店長はいなくなった。だからそのアロエはお前のものだ。以上。帰れ」
太一の首根っこを掴んで解体される店から出そうとする男に手足をばたつかせて反抗する。
「2人が何処に行ったか教えろ!」
「仕事だって言ってんだよ馬鹿」
「いつ帰ってくるんだ」
「もう帰ってこねぇよ」
太一の動きがぴたりとやんだ。
「これが本社から下された、奴らの仕事だ」
「何言ってるのかわからない」
男は大きく溜息をついた。太一と目を向き合ってこう告げた。
「『本社の為に死んで来い』これが仕事だよ」
太一は体の底から何かがこみ上げてくるのを感じた。
「でも良かったんじゃねぇか。話によるとあの店長は随分と社長を慕っていたようだ。そんな社長直々に仕事が下されて立派に死んだ。本望だ」
「……何で……2人が……」
「金の為だよ」
太一の中で何かがプツンと切れた。
男の手を振り払って着地する。
「どうしてお前らの金稼ぎのために彩さんと店長が死ななきゃならねぇんだよ!」
呼吸は荒く、大量の汗が吹き出ていた。殺気すら感じるほどに。
しかしそれを男はよく思っていない。
「それが何でも屋なのか!? 答えろ!」
「あぁそうだよ」
あっさりと答えた男に逆流した何かが太一の脳を混乱させていく。
「この野郎!」
「痛ぇえ! このガキぁ」
男の腕に噛み付き、離れようとしない太一に男は苦痛の表情を見せる。自分に危害を加えるならば子供でも関係ないという風に太一の腹を蹴り飛ばした。店の外まで吹き飛ばされた太一は、苦痛で顔を歪ませ、必死に腹を押さえている。
「わかったか坊主。これが世の中の縮図だ。強いものが命令して弱いものは従う。今回はその結果が『死』だったというだけだ。簡単だろ?」
太一は答えられずに咳き込んでいる。
「くそぉ……」
「悔しかったら大人になってから出直すことだな」
そう言われて、太一は意識が朦朧としてきた。
くそ……くそ!
許さない。よくも店長と彩さんを……
許さない、許さない。
寺門太一10歳。大切な人の命を奪われ、自分の無力さに気づき、こんな結果を生んだこの世のすべてを憎んだ。