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アロエ  作者: 小日向雛
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第12話 繋がる心

お母さんがやってきた。





太一は、普段部屋から出ようともしない店長が目の前にいることで救われていた。


相変わらずなだらしなさなのに、何故か安心してしまう自分自身に疑問さえ感じてしまう。


「大人げないと思わないのかしら? こんな小さな子供を無理やりお店の中に引っ張り込んで。しかも毎日!」

男の人が出てきたので母は彩の時よりも謙虚だ。


「よっこらしょ」


店長はわけがわからないのか、めんどくさそうに玄関に座り込む。


「聞いてるの!?」


執拗に質問を続ける母。


あまりの鬱陶しさに店長は母を睨み付ける。


「俺が知らない間に勝手に入ってきたんだよ。んで、毎日勝手にやってきては俺の仕事の邪魔して帰っていくんですよー」


「何てこと!」


鼻をほじりながら大儀そうにする男を目の当たりにして驚嘆する母。今にでも店長に噛みつきそうだった。


「っ〜〜〜!」


母は太一の腕を乱暴につまみ上げて体を引きずって歩き始める。


「いっ、痛い! どうしたの、お母さん!?」


「帰るのよ。こんな頭の悪そうな人と話を続けるだけ無駄よ」


彩は申し訳なさそうに立っているだけだ。

うっすらと彩の瞳に涙がたまってきているのを見て、太一は引っ張られるのを躊躇した。


けど、お母さんに逆らうことなどできない。


「早く帰ってお勉強しなきゃ! 太一は立派な大人になっていい暮らしをしなきゃいけないんだから」


「…………」


何も言い返せずに玄関の戸を開ける。


しかし、後ろから聞こえてくる店長の声で太一の心は揺れ動いた。


「本当にそれが立派な大人なのか?」


「え?」


信じられない、という表情で店長を振り返る。そこには真っ直ぐと芯の通った目を向けた店長が立っていた。


「好きなことをさせてもらえなくて、家の中に引きこもって勉強するのが立派な大人になる近道だって言いたいのか?」


今までにない、強気な目だった。


「何を……言っているの、この人は?」


「おい太一。お前はこんな生活ずっと続けて楽しいのか!?」


「っ」

いきなり話を振られて太一の心は動揺する。


楽しいなんて、わからない。

何が楽しいかもわからない。


太一の心臓が飛び出しそうになった。しかし頭はすっきりと晴れてしまった。



これが、楽しくないってこと……なのかな?



「僕……は」

震える声を止めようと拳を握り締める。でも震えてしまう。


「僕は勉強が楽しくないとは思ったことない」


母はにんまりと嬉しそうな笑みを浮かべる。

「だけど! 外に遊びに行かないでずっと勉強しているのが楽しいと思ったことは一度もないよ」


「!」


「僕は今まで一度も友達と遊んだことがないのに気づいたんだ。学校に行っても楽しいことなんて、何一つないんだ。だから、『楽しさ』を探しに外へ出たらここにたどり着いた」


「ちょ、ちょっと待って」


母は混乱する頭を抑えて太一の言動を静止させる。


「あなたいつも私が『学校は楽しい?』って聞いた時には『楽しい』って答えてたじゃない?」


「学校が楽しいと思ったことなんて、ない」


「じゃあ何で楽しいなんて答えたの!?」


興奮気味に聞いてくる母に太一は竦んでしまう。


「そう言えば、お母さんは嬉しそうにするから」


下をうつむく太一を見て、母は固まってしまった。


「でも僕なりに考えたんだ! 学校に行ったっていつも勉強。休み時間もずっと勉強」


「遊ばないの……?」


「……友達がいない」


あまりの衝撃で母が腰を抜かしてしまう。それを彩がしっかりと支え受け止める。


正直、太一はこの場から消え去りたかった。

親に『僕は友達がいない』なんて、恥かしくて言いたくなかった。

友達は存在するものだと思っているから尚更言えなかった。


お互い竦んでしまって何をすればいいかわからない。何を言えばいいのかわからない。ただ沈黙が続いている。


しかし後ろから太一の肩を優しく叩く人が居た。


「どう思う? 息子はこんな思いをしてまで自分の意思を伝えたんだぞ」


「店長……」


「あなたは自分の価値観だけで息子を縛り付けていたんだよ。その証拠に、今まで一度でもちゃんと息子と向き合って話をしたことがあるのか!?

もっと太一の言葉を聞いて欲しい。心の叫びを、行動の変化を感じ取って欲しい。

もっと、息子と接してあげて欲しいんだ」


真っ直ぐな店長のメッセージが母に届く。その瞬間を太一は見たような気がした。


「帰りましょう、太一」


「え、あ。うん」


とぼとぼと帰ろうとする母の背中を追いかける。


「ねぇ太一」


「ん?」


「……家に帰ったらあのお店の事、教えてくれないかしら?」


「!」


どんよりと曇り続けていた空気が、すっきりと清々しい風に変わったようだった。


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