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アロエ  作者: 小日向雛
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第11話 足枷(あしかせ)

「邪魔〜」

横でしつこくまとわりつく太一を足蹴にする店長。


しかし太一はへこたれずに店長の横に座る。


「これアロエだよね。空気が悪いと植物によくないってお母さんが行ってたよ」


ニコニコしながら窓を開けるが、1分と経たずに店長が締め切ってしまう。


「あっそ。んじゃあママの所に帰ればぁ〜」


大切なアロエに触られたのが気に食わないのか、店長はアロエを取り上げて自分の目の前の机に展示する。


「何でそんなに大切なの?」


太一が何気なく質問すると、店長は何も言わなくなってしまった。

ただ、一瞬だけ目に翳りができたような気がした太一だった。


夕飯に時間が近づいてきて、太一は帰らざるを得なくなってしまった。


帰り支度をする太一に、彩は飴を渡した。


「ありがとうございます」


丁寧にお礼を言って玄関を出ようとする太一の腕を、彩はぎゅっと握りしめる。


「あのね、太一くん」


いつになく神妙な面持ちで話しかけてくる彩に、太一の鼓動は速まった。


「もしかして、お母さんに便利屋の話……してる?」


なんだ、そんなことかと太一はにっこり笑った。


「言ってないよ?」

一言聞いただけで彩の表情は晴れた。


その様子を見た太一も、ほっと胸を撫で下ろす。


「お母さんとそういう話はしないから」


「そっか。良かった」


頭を優しく撫でて帰るように促す。



何で言っちゃいけないのかな?

名前が広がった方がいい気がするんだけどなぁ……。



しかし太一は聞かなかった。

聞いちゃいけないような気がしたからだ。









「太一。最近帰りが遅いようだけど。寄り道なんかしてないわよね?」


母の言葉に、太一の体が反応した。


「ううん、寄り道なんかしないよ。最近は委員会が長いんだ」


「そうなのね」

ニコニコと満足げに笑う母はどこか不気味にさえ見えた。









次の日便利屋に行くと、何か中から揉めているような声が聞こえる。


物が飛んでガラスが割れたような音さえ聞こえてくる。


彩の金切り声が聞こえて太一は入るか入らないか迷って立ちすくんでしまった。


しかししばらくすると事態は収まってゆっくりと玄関の戸が開かれた。

「あ、太一くん。いたんだね」

ニコニコと笑う彩だが、明らかに無理をしているのが太一にも手に取るようにわかった。




いつものように当たり前に店長の部屋に入る。

普段ならすぐにでも寄ってきてタバコの煙をかぶせる。髪の毛をむしる。蹴り飛ばす。なのに今日は何もせずに机に座ってアロエを眺めているだけだった。


「店長……?」


「ん、あぁ。お前か」


小さく溜息をついて振り返る。疲れ果てている顔をしている。いつもならそんな顔はうかがえないのに。


「彩さん、怒ってたね」


太一が小さくつぶやくと、それを聞き取った店長の手がピクリと動く。タバコは持っていない。

「あぁ。そろそろ部屋片付けろってな。俺の部屋は煙たいってな」


「うん。僕もそう思う」


けろっとして言うと店長は参ったように微笑を浮かべた。


そんな表情、初めて見た。

しかしそんな事は気にしない太一は、怒られることを承知でアロエに近づく。が、店長は何も言わない。


「太一」


名前を初めて呼ばれて驚きの表情をしながら振り向く太一。


「アロエに水をあげるのを忘れてたんだ。やってみないか」


半ば店長の胡散臭さに疑いを隠せなかったが、すぐに太一は喜びの笑みを浮かべる。


「うんっ!」


店長は嬉しそうに微笑んだ。

何とも奇妙な光景だ。







翌日、当たり前のように便利屋に向かう太一の後ろを、こっそりと追いかけている人物がいた。


寺門夫人だ。


いつまでも歩き続ける太一の背中を凝視している。


最近お金を催促してくるので、イジメにあっているのだろうかという心配は、太一か駄菓子屋でラムネを買う姿を見て消えた。


しかし我が子が嘘までついて行っている場所は何処なのだろうか?


ラムネを飲み干して1分も経たずに太一は「便利屋」と看板を掲げた店の中に入っていった。


中からは女性の声が聞こえてくる。


楽しそうな太一の声が店の外まで響いてくる。


母はこんな太一の声を聞いたことがない。


一瞬彼女の脳裏に浮かんだのは嫉妬とそれを抑えようとする自制心。


しかし嫉妬が脳内の大部分を示し、彼女は呼吸を荒くして玄関前へ歩き出す。


どんどんどん。


容赦なく鳴り響く音は玄関から聞こえていた。


「を、誰よ〜。礼儀知らずなんだから」


まるで威嚇しているような音に、太一の心臓は飛び出しそうだった。


そして開かれた玄関口から聞こえるのは、女性の金切り声。

若い彩の声とはまた違う、ヒステリックな声だった。


そして彩が居間へ来た。


何も言わずに太一の腕を引っ張り玄関まで誘導する。


誘導された場所に立っていたのは、紛れもない母親だった。


「太一。ここで何をしてるの?」


蒼白とした顔から、太一は母の思っていることをすべて理解してしまった。


「あなた……今日も委員会があるから遅くなるって言ってたじゃない」


太一は俯いて何も話さない。


「ずっと……私を騙していたの?」


さらに下を向く太一を彩が心配して見つめる。


「お勉強が嫌になったの?」


母が太一の頬に手を伸ばすと、太一の体が小さく震えた。


「もしかして、この女の人に脅されてるの……?」


太一はきゅっと目を閉じた。

そして否定しようと母を見上げて必死に見つめるが、母にとってその行為は

「肯定」を意味したようだ。


青かった顔は徐々に紅潮して、ついに母は爆発した。


「よくも家の子をっ!」


髪を乱して彩に飛び掛かる。


「家の子はねぇ、あんたのように……こんなちっぽけな店で働くほど気楽じゃないのよ!」


彩はどうしていいかわからずに立ち尽くしている。


「お母さんっ!」


母の背中にしがみつくが、太一が思っていた以上に母の力は強い。

引きずられるようにしても母の怒りは収まらない。


「彩さんは何も悪くないよっ! 僕が勝手にお邪魔してるだけだから」


太一の叫ぶ声が聞こえて間もなく、小さな破裂音のような音が響き、彩の頬が赤くなっているのに気付いた。


「こんな小さな子供に嘘までつかせて……恥を知りなさい!」


彩はただ何も言わずに立っているだけだった。


太一が母をなだめようと母の目の前に立ちはだかる。


「太一……?」


唇を噛み締めて決心をする。


「お母さ」

しかし太一の言葉は次の第一声によってかきけされてしまう。


「うるさ〜いなぁ。おちおち仕事もしてられない」


だらしなく、タバコを手に持った店長が珍しく部屋から出てきた。


「近所迷惑、俺に迷惑〜」

ボサボサの頭にタオルをかぶってバンダナをしている男を、太一の母はきつく睨みつける。



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