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アロエ  作者: 小日向雛
109/115

第108話 余波

長かった冬が終わり、ようやく春が訪れた。


周囲には桜の木が咲き誇り、春風が優しく髪を撫でていく。


「あーあー、こんな日にみんなでお花見できたら楽しいのにー」


可愛く唇を尖らせるミミの髪の毛は、肩口まで短くなってしまっている。


とはいえそれはカットをしたわけではなく、そういう風に見せるトリック的な髪型らしいが春平にはばっさり切ってしまったようにしか見えない。


妙安寺を出てとぼとぼと歩くのは、時おり下校する学生とすれ違うアロエの近くの大通り。

今日はミミがアロエに本社の査定ということで調査に行く日だ。以前春貴がやっていたものと同様で、他の店舗からしっかりと仕事をしているのか確認するものだが、妙安寺の場合は本社の社員によって構成された特殊な店舗であるため本社扱いとなっている(その裏には諜報科の外部機関という役割があるのだが、それはミミ本人も知らないことだ)。


彼女が歩くだけで男女構わず振り返る。

隣にいる春平は少し恥ずかしい思いをしているのだが、ミミは知っているのか知らないのか、しっかりと春平と腕を組んでべたべたしながら歩いている。


「でものんびりお茶飲んで少し寺門さんとお話するだけだよ」


「それならいーちゃんが行けばいいのにー」


「井上さんはお寺の仕事が忙しいから」


「じゃあ乙名が行けばいいのにー」


「乙名は本社で忙しいから」


というのはあくまで表向きである。

乙名がアロエに行くと少々やっかいなことになるというのが正解だが、そんなことを知らないミミに説明をする必要はない。


「アロエはのんびりしてて楽しいよ」


「ミミねー、高瀬くんを見たいの。かっこいいんでしょ?」


「あんなメガネかっこよくねぇよ」


「あ、やきもち」


「違う。それに高瀬よりも河越さんの方がかっこいい」


「河越さんはー、ちょっと歳が離れすぎてるからー考え中」


「不倫するの?」


「なにその目。恋愛は自由なんだよ」


じぃっと下から不満そうに見上げてくるミミが可愛くてついつい根負けして笑ってしまった。


ミミも嬉しそうににんまりと笑っている。


「んふふ。でもそれ以上に会いたいのは、春平ちゃんの彼女」


「は!?そんなのいないよ」


「えー、だって乙名がいるって言ってたよ?」


「あの野郎……」


「あ、やっぱりいるんじゃん。ね、ね、どんな子ー?」


「いや、ほんといいから……」


そのての話は苦手なのでほっといてほしい。


しかし春平もまんざらじゃないのも事実である。好意を寄せられてあんなにも信用してくれるのだ、好きじゃないわけではない。


――そういえば最近連絡してないけど、どうしてるんだろう。


そう思いながら目の前からやってきた高校生カップルとすれ違う――すれ違う。


目が合う。


口を開ける。


立ち止まる。


そこにいるのは、見たこともないほど可愛いヘアスタイルで化粧をした袴田美羽だった。


隣には、決してちゃらちゃらしていない今時の好青年風イケメンがいた。


「「なっ……ど……っ、うぇっ!?」」


どうしてこんなところにそんな人と一緒にいるの!?と聞きたかったが、お互い驚愕で声がでてこなかった。


そんな2人のやり取りを目の前にして頭に疑問符を浮かべながら顔を見合わせるミミとイケメン。


いまだ何も言えないこの空間で、一番に口を開いたのはイケメンだった。


「何、知り合い?」


「えっ!?あ、い、いいのっ!別に何でもないからっ」


美羽は慌ててそう否定しただけだったのだが、それにイラッとするのが春平である。


「春平ちゃん、知り合い?」


なんとなく察しはついたがあえて素知らぬふりでミミが尋ねると、春平は頬をぴくぴくと動かしながら「別にー」と応答した。


「一瞬知り合いかなーと思ったけど違ったみたい。『別になんでもない』みたいだから」


トゲのある言葉に美羽が明らかにショックを受けて涙目になり、それを見ていたミミはどん引きだった。


――明らかに知り合いじゃんー。春平ちゃん大人気ないなー。


そしてすぐに何事もなかったかのようにミミと腕を組んで歩き出す春平に、美羽は名残惜しい視線を向けていた。










「私と正反対のすんごい可愛い女の子連れて歩いてた……」


「はぁ」


袴田家の縁側に丸くなっている美羽に、右京は心ない返事をした。


今日から3連休なので袴田に帰ってきた美羽に、毎年恒例のボディーガードとして特衛科の清住班が雇われたのだ。


本来なら抗争が終焉を迎えてほぼ用なしではあるのだが、美羽の厚い希望と、念のためという意味を込めての召集である。


美羽の横に腰を下ろして、右京は顔を覗き込むように背中を丸めた。


「どんな女の子でした?」


「とにかく髪の毛がふわっふわで目がくりっくりでぷりっぷりの可愛い女の子!」


「……ふーん」


「あれが春平くんのタイプなんだ……。そりゃあ私なんて興味ないよね正反対だもん。びっくりするくらい可愛いんだもん」


めそめそと泣き始めた美羽にぎゅーっと抱きついて「大丈夫ですよ」と笑いかけながら、内心右京は面白がっていた。


――たぶん妙安寺のミミさんのことだと思うけど、面白そうだから黙っておこう。










「俺と正反対のすんごい今時イケメン連れて歩いてた……」


「……あ、そう。まぁそりゃあ、高校生だもん彼氏くらいいるわよ。美羽ちゃん可愛いし」


リビングでコーヒーを飲みながら、美浜はさも興味なさそうに言葉を返す。


その横で、すっかりリラックスした様子のミミが相づちを打つ。


「そりゃねー、ミミが高校生のときだって、二股してたよー」


今は一体何股しているんだと尋ねたくなるが、そこはあえて聞こえなかったふりをすることにした。


「俺のこと好きだって言ったくせに!」


「こら。ふった男が何を言う」


美浜は目の前に座る春平の頬をむぎゅっとつねって無理矢理黙らせた。


「いつまでもふられた男のことを好きでいると思わないこと。それなら野球と仕事しかできない頼りない年上より、いつでも会えて優しくしてくれるイケメンの方にいくわよ」


「ミミはぁー、春平ちゃんのことずーっと大好きだからいつでも呼んでいいよー」


隣に座るミミがすりすりと擦りよってくるが、そんなことで気分がよくなる春平ではない。


いつまでも「ぐぬぬ」と不満げにしている春平を見てため息をつき、美浜はひとつの提案を持ち出した。


「わからないことがあったら聞く。イケメンが本当に美羽ちゃんの彼氏なのか、しゅんちゃんのことをどう思ってるのか。しゅんちゃんは美羽ちゃんのことが好きなのか。わからなくてうだうだしてるの、しゅんちゃんらしくないよ。聞きたいことははっきり聞くのが正田春平でしょ」


ね。と言い聞かせる美浜を見つめて、春平は「そうだな」と素直に頷いた。


「ええー!?いいよ別にーっ。ミミは弱りきった小鹿のような春平ちゃんにつけ入りたいの!」


「はっきりつけ入る宣言すんな」


「それより田中さん、お仕事はいいの?」


「寺門さんがご帰宅するまで待機しますー。春平ちゃんも美浜さんもいるから楽しいでーす」


「でも今日寺門さんはバツだから帰ってくるかどうかわからないわよ?」


「それじゃーお泊まりさせてくださーい。春平ちゃんとおねんねしまーす」


「おい」


「あらしゅんちゃん。しばらく見ないうちに大人になっちゃったわけね」


「えっ、春平ちゃんまさか……」


「やめろ。それに変なこと言うなよ。妙安寺にいるときだって、部屋にされ入れなかっただろうが」


「春平ちゃんが入りたくなさそうだったじゃん。春平ちゃんならいつでも入れてあげたのに」


そんなことを言われては少しだけ惜しいことをしたかなと思うのが男だ。


ついつい顔を赤くしてしまうが、それを面白がられているのに気づいて慌てて咳払いをする。


「とりあえず俺はこれから本社に呼ばれてるから一度抜けるよ」


「えっ、今から!?あっちにつくのは夜でしょう?」


「だから夕飯いらないね。最悪右京か清住ん家に泊めてもらうかもしれないから」


「あれぇー?久遠さんの家にお泊まりじゃないのー?」


「――俺、女子が下ネタで盛り上がってんの大っ嫌いだから」


捨て台詞を吐いて逃げるように部屋へと戻る。


布団が敷いたままになっている6畳の部屋は、まだ他人の部屋のようでしっくりこない。


誰かの荷物置き場になったり、美浜のウォークインクローゼットになることも危惧していたのだが、一切手をつけずに保存しておいてくれたようだ。


また自分が帰ってくることを待っていたのかな、と思うと目頭がじんわりと熱くなる。


スーツのネクタイをしっかりと締め直して、財布を持つ。空の通帳は置いていく。


「アロエ、か」


久しく聞かなかった我が家の名前に、今や愛しささえ感じながら春平はリビングで楽しそうに雑談する2人に軽く挨拶をしてアロエを出た。










今回本社へ向かうのは、美浜咲監視の定例報告および正田春平二重監視の報告のためだ。


当然公式の会議となるので上司も出てくる。


しかしトップにいるのは沖田だった。


「やっぱり沖田は別格なのな」


会議終了後、乙名春子春平という居づらい3人で居酒屋へ向かって夕食になった。


本当なら清住班と行きたかったところだが、生憎美羽のところへ毎年恒例のボディーガードへ向かっているため会うことは叶わなかった。


「そりゃあ、次期社長だし、春平と絡ませても俺みたいになびかないし、会議の議長をつとめるには十二分なやつだわな」


「そんなことどうでもいいのよ。お情けで役職命じられて実家返してもらった素人童貞の監視なんて」


「おい、言っとくけどな、春平は素人どころか正真正銘の純粋な体だぞ」


「……なんか今日はやけにそんな話題が出てくるな……」


生ビールを飲みながら、春平はついでだからと美羽のことを話題に持ちかけてみることにした。


すると春子の反応はまったくもって美浜と同じだった。


「何が楽しくて自分をふった年上童貞をいつまでも好きでいなきゃならないのよ」


「なにそれ、春子の中では重要ワードなの?それ」


焼き鳥を食べながら乙名が別段何にも感じてないような態度で尋ねると、「当然ね」と偉そうに返された。


「女子高校生が年上に求めるのは、自分よりでかい器と包容力」


「あー、春平は何ひとつ持ち合わせてないな」


「いいから黙って春子姉さんの言葉を聞け」


「だけどたまに見せる子供のような仕草にどきっとくるのよ」


「ふむふむ」


「春平やけに勉強熱心じゃーん。そんなに袴田をキープしたいわけね」


「てゆーかそこまで気にしながら付き合わずにノーと言っちゃう意味がわからないわ」


春子は生ジョッキを一気に飲みほして口を豪快に拭う。


2人の不審な眼差しが突き刺さって居づらいので、春平は逃げるように口に物を詰め込んだ。


――俺だって、わかんねぇよ。


自分が一体どうしたいのかこっちが教えてほしい気分だよ、と心の中で毒づきながら、それでも2人の前では完膚なきまでに叩きのめされるのがわかっているのでついつい口には出せない。


――そのとき、スーツのポケットにいれていた携帯がけたたましく鳴り響いた。


「「あ、俺です、俺」」


同時に言ってから、春平と乙名は目をぱちくりとさせて向き合った。


「どうせ女だろ」


「そーゆー春平は誰なのさ」


ふん、と鼻を鳴らして確認をする。


女だった。


「もしもし……?」


『違いますから!』


「……えっと」


いきなり切羽詰まった声で言われても、春平にしたらなんのことだかさっぱりだ。


電話の向こう側にいる声の主、袴田美羽からははぁはぁと何度も荒い呼吸が聞こえてくる。


『この前一緒に歩いてたの、彼氏じゃないですから!』


「――あぁ、そう。そうか……」


『そっ、素っ気ない!』


ガーンと擬音が聞こえてきそうな落胆ぶりに笑って、春平は「いやいや」と続けた。


「わざわざそんなことを知らせる必要なんてないのに」


『だって……勘違いされるのは嫌だから』


春平も美羽の発言を聞いて内心ほっとしていた。


同時になんとなく照れ臭くなってしまってそっけなくはしたものの、電話越しに慌てている美羽を想像すると頬が弛緩する。


「春平気持ち悪い」


ぽつりとつぶやく春子の言葉は聞こえなかったことにして、春平は会話を続ける。


「別に気にしてねぇからさ、もっと楽にしたら?それよりも清住たちは?楽しくやってる?」


「あらやだ、予想通りの袴田美羽よ」


会話の内容でとっくに電話相手を予想していた春子が、ぷぷと楽しそうに笑いながらビールを煽っている。その横で女の子と話をしているだろう乙名は首をぐいぐい引っ張られている。


『楽しいですよ。でも……春平くんがいたらなあって、思っちゃいます』


「………………」


――美羽ちゃんて、こんな大胆な子だったっけ……?


聞いている方が恥ずかしくなってくるような発言に何も返すことができない。


そんな春平の心理を見透かしたように、美羽が「あはは」と笑った。


『冗談です、冗談。よかったら連休の間に家に来ませんか?みなさんにも会えますし』


「んー、あぁ、それもいいな。そうしようか」


「査定中に袴田組に行くなんていい度胸ねぇ」


「今行かせるつもりは本社側にもアロエ側にも一切ありませんので、美羽ちゃんには依頼の形をとってもらうべきだと思いまーす」


『で、では……依頼ということで』


美羽がおずおずと言う。

どうやら読心術に長けた気持ち悪い2人組の声が聞こえていたらしい。


確かに春平は今、美浜咲監視の査定を行っている途中であり、ここで袴田組のところへ会いに行くというのは反抗する意思を見せつけているようなものになってしまう。


もちろん本社の諜報科なので春平と袴田組の関係性などは知られているのだが、しかしだからといって春平が秘密裏に組織に何かを流していないとは言えない。


裏社会の監視のもとでは、当然本社諜報科といえど仕事がし辛い。


なので、春平がこれ以上本社を敵に回したくないのなら、査定中くらいは静かにしていた方がいい。


「……美羽ちゃん。聞こえてたと思うけど、それじゃあそういうことで」


『はいっ!お待ちしてます!』


受話器越しに弾むような明るい声が聞こえてきて、春平は思わず顔を綻ばせた。












「あらぁー美羽さんずいぶん元気だねー」


風呂あがりでさっぱりした清住が縁側に座りながら、隣で足をぱたぱたさせる美羽を見る。


「明日の夜、春平くんが泊まりに来るって!」


「年頃の娘の家に……?」


「変な意味じゃないよっ!お父さんも気にしてないし。それを言ったら清住と右京もおんなじようなもんじゃない」


「おんなじかねぇー」


「あ、メール」


もしかしたら明日のことで春平から連絡が来たのかと心を踊らせたが、送信者は予想していない相手だった。


「広志くんだ」


「あー、よく一緒にいるっていうイケメンですね。彼氏なの?」


「違うよ!」


広志は、新しいクラスで仲良くなったただの友達だ。


妙に馬が合うので放課後なんかも一緒にいるし、やましい意味ではなくアパートに呼んだこともある。


そんな彼から、明日一緒に出掛けようというメールが届いた。


しかも前々から行きたいと思っていた映画だ。


――8時までに戻れば問題ないけど……でも、少し遠い。


友達との間で「実家に帰っている」などという話題は出したくなかった。それを掘り下げられたら抵抗できるほど利口ではないからだ。


「………………」


「お嬢ー、むつかしい顔してるぞ」


「ほっぺ突っつかないでよっ。んー」


やっぱり断らずに会うことにしよう。


そして、送信ボタンを押した。




アロエに電話がかかってきたのは、翌日の朝っぱらのことだった。


『袴田組のものだが』


「ご、御無沙汰しておりますっ」


そのドスの利いた声を知らないわけではない。


美羽の父親であり袴田組組長だ。


親方と呼ばれ、オーラだけで人が殺せそうなその人が、ナイフのような声で春平を威嚇する。


『以前は美羽が世話になりましたな』


「いえ、仕事ですから」


『今日の夜はうちに来るようで』


「あ、お世話になります」


ちらりと横に視線を向けると、はらはらした様子で壁越しに見守る美浜と高瀬とミミがだんごのように連なっていた。

よっぽど春平が緊張した様子なのが心配らしい。


「それで、今回はどのようなご用件でしょうか」


そこで話ながら思った。

もしかしたらこの電話は、盗聴されているかもしれない。


そりゃそうだ。危険人物を2人も(寺門も「元」危険人物として数えるのなら3人だが)抱えているアロエだ、可能性がないわけじゃない。


しかしそんなことも知らずに親方は話を続ける。


『どうやら娘は夕方頃まで出掛けるようなのでね、昼過ぎからうちに来てはいただけないですかね。折り入って――話がありますし』


日本刀で体をまっぷたつにされたように全身から冷や汗が噴き出し身動きがとれなくなる。


「折り入って、ですか」


『袴田組からの依頼ということで構いませんよ。それでは2時くらいにお待ちしたいのですが』


「……わかりました。後程書類を持ってそちらにうかがいます」



うわーっ!

前回更新からかなり間が空きましたっっっっ!!!!

途中まで執筆してそのままでした。


さて。

いよいよアロエに戻ってきた春平。だけど今度は袴田家と何かがありそう?


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