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アロエ  作者: 小日向雛
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第104話 変わっていくもの

勢いよく降り下ろされた鉄パイプが、春平の後頭部を殴り付ける。


しかし少しだけかすってしまい、大惨事にはならなかった。


春平はへたりこんだまま動かない。


浜田は冷や汗が身体中に流れているのを感じながら、やっとのことで立っている状態だった。


いくらなんでも、大男に鉄パイプで頭を殴られて平気なわけがない。


「ふー、もう動けないだろ。じゃ、2人は回収するかな」


大男が勝ち誇った顔で言う。


鉄パイプを肩に担いで、背後にいる浜田を振り返ろうとしたが――


鉄パイプが、持ち上がらない。


なんど引っ張ってもびくともしないのだ。


不思議に思って春平を見下ろす。


「くっ……くくっ」


男の目の前には、鉄パイプを握りしめ、頭から血を流しながらも力強い笑みで自分を見上げる春平がいた。


「わかったぜ、お前の正体」


「なっ、なにを……」


「お前のその見てくれこそ作り物のイロモノだったってことだよ」


「!」


驚きを隠せずにいる男を見て、春平は余裕の表情だ。


「筋肉と神経が断裂してんだぜ?普通はもっと痛がるっての。それにその力。明らかに見た目ほどのパワーが出てないんだよ」


だから鉄パイプの威力も思ったほどではない。


「沖田が『相手が悪い』っていた意味がわかってきた。会社のデカさと力が尋常じゃないんだ、てめぇ、体にちょっとした細工してんだろ?」

男の顔が見る間に青ざめていく。


きっと乙名の意識があったのなら、この種明かしを助けてくれただろう。


だが今は春平1人。


正確な情報はわからないが、特衛科は特衛科なりに手合わせすればある程度のことくらいわかる。


「本来の力以上に筋肉を発達させて、さらには神経もいじられてるな」


しかし沖田の言葉を考えれば、この会社にも特衛科と同等の能力を持つ人間たちがいることは確かだろう。


だけど――


「お前の仕事は、俺みたいに体張ることじゃねぇだろ?」


男がぐっと息を飲む音が聞こえた。


「――悔しいか?沖田が憎いか?」


「………………」


「間に合わなかったんだろ?専門のやつらは結局、沖田の迅速な行動に追い付くことはできなかったんだ。だからお前のような奴らがこんな無茶なことをしてる」


もし沖田が気づくのが遅ければ、見てくれだけではなく、本当に強い男たちが集まったのだろう。


だが沖田の方が早かった。


春平がこの男に対して強さを感じたのは、おそらくこの男には痛みという恐怖が欠落して堂々とした風貌だったからだろう。


もう恐れることはない。

彼の力は自分と同等、あるいはそれ以下だとわかった。


あとは鉄パイプさえ抑えてしまえばいい。


「浜田っ!」


春平が声を上げると、浜田は最後の力を振り絞るように、店内へと続く扉へ駆け出した。


「っ!させるかよっ!」


男が追いかけようとパイプを手放し春平に背中を向けた。


しかし、春平はそれを見逃さない。


立ち上がって男の肩を掴むと、そのまま遠心力を利用して豪快に顔を殴り付けた。


鼻の骨が折れたような感覚があったが、構うものか。こちらはアバラを折られて頭も強打されているのだ。


男は春平の力に対抗することはできず、そのまま壁まで吹っ飛んだ。


それからピクリとも動かないのを確認してから、春平は男の服を剥ぎ取ってタオルがわりに血を拭った。


それでも止められないのだが、ウィンドブレイカーでなんとか誤魔化すしかない。


「浜田、出よう。これ以上応援が来ないうちに逃げるぞ」


「はいっ」


扉はいとも簡単に開き、まだ客のいる店内を奇妙な3人組で素通りする。


そしてビルを完全に出ると、一台のタクシーが停まっていた。


「諜報科の車です」


そう言って浜田が躊躇なく乗り込み、

「イギリスの方に友人がいるんだ」

と言うと「では空港まで送りましょう」という返事が返ってきた。合言葉のようなものだろう。


ぐったりとした乙名を後部座席に座らせ、春平はその隣を促された。


浜田が助手席に乗って車が発進したことで安心すると、途端に身体中に激痛が走った。


その痛みに耐えきれず、春平はそのまま後部座席で気を失ってしまった。










目を覚ますと、諜報科のベッドの上だった。


しかし今まで自分が軟禁されていた部屋よりも広い。隣には、ついさきほどまで誰かが眠っていたような癖のついたベッドがある。


「――って」


起き上がると、激しい頭痛と肩の激痛にめまいがした。


とすん、とベッドに背中を預けて呆然と天井を見ていると、部屋の扉が許可もなく開かれた。


「おはよう。調子はどう?」


いつものように妖艶な笑みを浮かべて、春子が病室に入ってきた。


「お前、俺が着替えててもそうやって勝手に入ってくるのか?」


「別に春平の裸を見ようがなにしていようが私は動揺しないわよ」


「俺は動揺する」


「案外女々しいのね、知ってたことだけど」


平然と言って隣のベッドに腰かける春子。


そのベッドには、つい先程まで誰かがいたはずだ。


「――乙名は?」


「さっきまでここにいたわよ。今はお仕置き中」


「お仕置きって――あんな大怪我してたのにか!?」


「あんな大怪我しているから、よ。もっと痛め付けてあげるの」


バカね、と肩を竦める春子を見て、春平はベッドの縁に座り、向かい合う形になった。


「どう?初めてのお仕事は」


「あんなもん、諜報科の仕事でもなんでもねぇだろ。特衛科の仕事だ」


「うん。でもきっと春平はこれから諜報科の人間を援護する特衛科としての任務しかもらえないと思うわよ。あなたに諜報科の心理戦ができるだなんて誰ひとり思ってないから」


「はいはい」


「今日は上出来。もっと重傷者が出ると思っていたもの」


満足そうな春子の声を聞いて、春平は目を伏せた。


「……全部沖田のおかげだろ」


「あ、ちゃんと理解してるんだ?」


茶化す春子を無視して、春平は足元を見つめていた。


もし沖田が気づかなければ、乙名はもっと重傷だっただろうし、特衛科のように戦うことを目的とした社員が集まっていたかもしれない。


すべて、沖田が鍵を握っていたのだ。


「沖田……ますます雲の上の存在だな。小さい頃からすでに働いて、そのまま特例で本社勤務、内情のすべてを把握する男か」


「まぁね」


「これからは人を殺して諜報科にするようなことはさせないとかなんとか言ってたし。それって、自分の能力をちゃんと把握してるやつの台詞だよな」


「私と沖田と乙名は本社の中でも別格だもの」


「さりげなく自慢してんじゃねぇよ」


ひひ、といやらしく笑って、春子は足をぶらぶらを動かしていた。


春子に似合わないその行動は、春平の目にはなんだか可愛らしいものとして映っていた。


「ねぇ春平」


「ん?」


「どうして沖田がそこまで特別に扱われてるか知ってる?」


「知らない」


ぴたりと足を止めて、春子は足元を見たまま何気なく呟いた。


「社長、そろそろ死ぬからさ、次期社長が沖田なの」


「――――――」


あっさりと言ったわりには重大な内容で、春平はしばらく目をぱちぱちとさせて戸惑ってしまった。


でも――納得できないわけではない。


沖田は他の社員とは明らかに社長の扱いが違うし、その扱いが妥当なほど突出した能力の持ち主だ。


「……これからは人を殺さないってはっきり言い切ってたのはそういうことか…」


以前の沖田の言葉にようやき納得して、おもむろに口に手を当てた。


沖田が社長なら、そうすることが可能だ。


「そういうこと。あんた、これから何があるかわからないけど、沖田と仲良くしておいた方がいいわよ」


にっこりと強気な笑みを見せられて、春平はむっと眉間にしわを寄せた。


「沖田がどんな立場であれ、俺は沖田の友達だよ。態度を変えるつもりはない」


「あら、気に障るようなことを言ったなら謝るわ」


最後まで妖艶な雰囲気をまとったまま、春子はいきおいをつけて立ち上がると、そのまま「じゃあね」と部屋を出ていった。










それから何事もなく、春平はあいかわらずの軟禁生活を強いられていた。


外の世界がどうなっているのか、みんなは自分のことをどう思っているのか一切わからないまま、月日だけが過ぎていく。


だけどそんな中で、今回の春平自殺事件に疑問を持つ人物がいた。


本社3階の清住班のもとに、珍しい来客がきていた。


今回は依頼がなく、一日中訓練に明け暮れてぐったりしている3人の前には、以前見たときのような余裕の一切ない葵春貴店長がいる。


「珍しいっすね」


清住が何の礼儀もなくテーブルの上にぐったりとしているが、春貴は気にしていない様子だ。


「――しゅんとは連絡とってた?」


厳しい表情で言う春貴に、自然と清住の表情も引き締まる。

彼の横には、春平の話を聞いてから元気のない久遠と右京が体を小さくしてうつむき加減に座っている。


「自殺の数日前に、一度ここに来ている。……妙に、何かを勘繰っている感じだったな」


「僕が注意を促したあとに、何か情報を得たのかもしれないな」


口に手を当てて、必死に思い当たる節を探している春貴にならって、清住も春平の言動を思い出す。


しかし思い出しても思い出しても、出てくる言葉はひとつだけだった。


「乙名雄輝、か」


ぽつりと呟いた声は、確かに春貴にも聞こえていた。


「あいつ、乙名のことを妙に気にしていた。嫌な予感しかしなかったから、なるべく乙名とは深く関わるなって忠告しといたんだ」


「だけど、関わった可能性が高いね」


だがどう関わり、さらにそれが春平の死と関係あるのかはまったくわからない。


それでも、なんとなくわかることがある。


「事件性がある」


清住が断言した。

春貴も、二言はないようだ。


「最初から、しゅんの周りでは不可解なことばっかり起こってたんだよ。その後すぐに自殺だなんて、事件を示唆しているようなものだよ」


だがそれよりも何よりも、決定的に自殺ではないと隠したのは――


「あの単純なしゅんが自殺するとはどうしても思えない」


春貴がはっきりと言うと、清住は耐えきれずに声を出して笑った。


「そりゃ間違いないですね。なんだかんだ単純なりに悩みなんかはあるだろうけど、それを自殺で片付けようとするほど単純じゃない」


「そうだよ、しゅんは単純でバカで脳ミソ筋肉族だけど」


「気に入らないことがあると意地でも現状を変えようとする子供だけど」


「いつまでもずるずると引きずるようなやつだけど」


「簡単に死んだりしない」


最後に春貴が悪口を言うと、2人は「にっ」と悪巧みをするような笑みで顔を合わせた。


そして、清住はガタンと椅子を鳴らして立ち上がり、両わきの仲間2人の頭を叩いた。


「おいっ、いつまでもしょげてるなよ!仕事が来たぞ!」


意気揚々と言う清住に、2人は眉を潜めた。


「仕事って……何よ」


久遠のその一言を待ちわびていたように、清住は力強く笑って見せた。




「どこかに監禁されているであろう春平の奪還だ。もちろん、特殊護衛科らしく、力ずくでな」



いよいよ諜報科編も大詰めです。


少しずつだけど、便利屋で何かが変わり始めている。


次回、とんでもない事実が明らかに!

いよいよ諜報科編クライマックス!

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