第9話 寺門少年
男の仕事は、決して外部に洩れることが許されないものだった。
10歳、少年は「便利屋」と掲げた店の前に立っていた。
「どうしたの、僕?もしかして迷子?」
美しい女性だった。
薄着から綺麗な白い腕が覗いている。
女性の問いに少年は小さく首を横に振る。
「ここはお店?」
「うん。便利屋よ」
「べん……」
便利屋という単語に苦戦する少年を女性は微笑んで見つめる。
「何でも屋さん、よ」優しく頭を撫でると嬉しそうに顔をほころばせた。
そして頬が上気した途端、少年はその場に倒れ込んでしまった。
気が付くと屋外だった。
それがすぐにお店の中だとわかった。
たくさんの資料が納められた棚、山積みになっている机。
洗われていない食器、食べ残し。
床に舞うホコリ。
お世辞でも綺麗とは言いたくない。
「大丈夫?」
女性の腕が少年の額に触れる。
「微熱っぽいわね。あなたのお家はどこ?」
少年は首を傾げた。
「念のためお母さんに迎えに来てもらおうか」
その言葉を聞いた途端、少年はすくっと立ち上がった。
「?」
「だいじょうぶです。1人でかえれます」
こんな所に長居する方が、自分の体に悪いような気がして、少年は息を止めて玄関まで歩く。
そこに、ひとつだけホコリを被っていない植物を発見した。
「これは」
「店長のお気に入り。『アロエ』っていう植物で、食べれるのよ。食べたら怒られちゃうけど」
クスクスと笑って何か持ってきた。
「このお店は汚いのに、これだけは大事に大事に育てているの。不思議よね」
初めて見るそれに、少年は目を輝かせていた。
「すごいね。葉っぱが太くてトゲトゲしてる」
楽しそうに葉を触る。
「そうね。その中には栄養がいっぱい、いっぱーい入ってるのよ」
「えいよう?」
「うん。ビタミンやコラーゲン」
何を言っているのかわからずにきょとんとしている少年に、女性は少し困ったような表情をした。
それを
「迷惑」と勘違いしてしまった少年はそそくさと玄関を出る。
何だか恥ずかしくて駆け足で玄関前の道を走っていくと
「待って!」
と女性に呼び止められた。
走り寄ってくる女性を待っていると、女性は息を切らして少年の手の中に小さな転がる玉を渡した。
「アメちゃん。ちゃんと帰ってから食べるのよ」
こくん、と頷いて、目線を同じ高さにしようとかがんでいる女性を見つめる。
まさかこれだけの為にわざわざ走ってきたのだろうか?
「私、大口彩。僕のお名前は?」
いつまでも「僕」と呼ばれて顔に血が昇ってきた。
「寺門太一だよ」
頬を膨らませる太一を見て、彩は頭を撫でてやった。
「またおいで」
その言葉に太一は顔をしかめた。
「ちゃんと掃除しておくから」苦笑して肩を2回叩くと、太一に向かって手を振った。
これが、寺門太一少年と「何でも屋」の出会いだった。