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第8章

「ねぇ、シュカは!?」

「お医者さん、何だって?」

 シュカを連れてトルネの窓枠へ戻ると、そこには子供達が集まっていた。ネル達が見せる曇った表情に、子供達の間には不安が広がった。

「……診てくれなかった。金が足りないんだって。こんな金じゃ薬も買えないって言われた」

 ネルがそう言うと、子供たちはその顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。何もできない悔しさと、もどかしさと、世界そして自分への怒りが混ざり合って、心の中で渦巻く。しかし子供達にはそんな自分の心情を理解する術もなく、ただ溢れている涙をそのままに泣いた。

「……おれが、盗ってくる」

 子供達の泣き声の合間を縫って、トルネがポツリと呟いた。彼は手を強く握りしめていた。その小さい手の間からは血が滴るほどに。

「おれが、薬を盗ってくる」

 言うが早いか、トルネはぱっと駆け出した。市場の薬屋から解熱剤を盗んでくるつもりだ。

「くそっ……!おい!シュカの頭に濡れたタオルを載せるんだ。俺はトルネを追いかけてくる!」

 ネルは子供達に指示を出すと、すぐさまトルネを追って走り出した。そのあとをライラも追う。

「ネル!」

「ライラ。くそ、あいつ、何の考えもなしに飛んで行きやがって……!」

 通常、ネル達が盗みを行う場合は、人が多い昼前や夕暮れ時を選ぶ。追っ手を撒ける可能性を少しでも上げるためだ。しかし今はまだ朝。市場は混み切っていない。

「はぁっ、はぁっ」

 やっとトルネの背中が見えたとき、彼は薬屋の少し手前で解熱剤に狙いをつけているところだった。袋に入った薬草に狙いを定め、ぱっと盗って走り出す。

「泥棒だっ!」

 薬屋の主人が声を上げた。すぐさま椅子から飛び上がってトルネを追いかける。

「誰か捕まえてくれっ!」

 トルネが後ろで怒鳴る店主を振り返ったその時、彼は前にいた通行人と勢いよくぶつかった。

「しまっ……」

 跳ね返される形となったトルネは、尻餅をついてその場に倒れた。急いで立ち上がり再び走るが、ついにTシャツの裾を掴まれた。

「くそっ、離せ!」

「離すか!このガキ……今のトマスで薬草がどれだけ高価なものかわかってるのか!よくも大事な薬草を盗んでくれたな!」

 店主の大きな拳がトルネの頬を打ち据える。殴られた痛みに神経が支配され、トルネは立ち上がれなかった。しかしそれでも服を引っ張られ、無理やり立たされた。そこをまた殴られる。

「あっ、コイツ、昨日うちのパンを盗んだガキだ!」

「やっちまえ」

 周りを囲んでいる大人達が、ここぞとばかりにトルネに殴打を加えていく。意識を失って倒れて尚、蹴りが容赦なく浴びせられた。

「トルネっ……!」

 物陰から見ていたネルとライラは、その場から動けずにいた。しかしそれでもトルネを助け出そうと立ち上がったライラを、ネルが制した。

「ライラ、行っちゃダメだ。今俺達が行ったら、トルネと同じ目に遭う。俺達が行ったって何も変わらない」

「でも……」

「今は耐えるんだ。今は……」

 ぐっと奥歯を噛み締めたネルは、体に力を入れて自分が走り出してしまわないように抑えるのに必死だった。今自分達が出ていけば、火に油を注ぐようなもの。トルネに対する殴打も強さを増すだろう。

 そんなネルの気持ちをくみ取ったライラも、出ていきたい気持ちをぐっと我慢する。

「二度と来るな、薄汚いガキが!」

 動かなくなったトルネを、薬屋の店主が路地裏に放り投げる。トルネを囲んでいた大人達が散っていくのを確認すると、ネルとライラはトルネに駆け寄った。

「トルネ!トルネ!」

 その顔は鼻と口から流れ出た血に覆われ、腫れた頬が眼球を圧迫していた。殴られた衝撃で頬の一部が破れ、そこから骨が見えている。

「おい、しっかりしろ!」

 ネルが体を揺すると、トルネは半分しか開かない目を開けた。

「ネル、ライラ……。ごめん、薬、盗ってこれなかった。ごめん」

「しっかりしろ、動けるか?」

「無理みたいだ。ネル、シュカに言っといて。大好きだって」

 ネルが「馬鹿なこと言うな」と言おうとして口を開けた瞬間、トルネの体がびくりと跳ね上がった。それから三度、体を痙攣させたきり、トルネは動かなくなった。

 胸に耳を当てたネルが、静かに耳を離し、開いたままになっていたトルネの目をそっと閉ざした。

 誰の目も届かぬ路地裏に、ライラの泣き叫ぶ声だけが響いた。



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