第4章
「はっ、はっ、はっ」
気付けば、少年が自分から手を離して肩で息をしている。我に返って周りを見てみると、雑木林の中で少年と二人きりになっている。自分も息が切れていて、頭皮には汗がにじんでいる。
「良かった、逃げられた」
ネルは追手が来ないことを確認して、土の地面に腰を下ろした。少女はスカートだったが、疲れていたのでそのまま座った。
「何で、助けたの?」
まるで、冬の水辺みたいに澄んだ声だった。
「何で、なのかな。わからない。気付いたら、君の手を引いていた」
少年は心底不思議そうに自分の手を見つめている。彼は頭を振って、立ち上がった。
「俺はネル。この林を抜けたところで暮らしてる。君は?」
「私はライラ。タスクの街で仕事をしていたけど、売られてあの家に行くところだった。遅れたけど、助けてくれてありがとう」
「とりあえず俺の家まで行こう。もう夜だ。夜にこんなところをうろついてたら獣に食われる」
礼を言われたことなどなかったネルは、恥ずかしさに顔を赤らめてそっぽを向いた。ライラは彼に差し出された手を握って立ち上がった。
林を抜けて街に戻ったネルとライラは、井戸の横を抜けてネルの家に向かった。今行けるところはそこしかない。
「ネル」
いつものように窓枠から声がした。トルネだ。
「さっきは逃げてゴメン。その子は?」
「いいよ。彼女はライラ。売られてきた子だよ」
「はじめまして」
「ハジメマシテ。おれはトルネ。ネルのダチさ。ここら辺のガキじゃおれたちが最年長なんだ。よろしく」
トルネは少し緊張しながら自己紹介した。いつも家族のように接している年下の子供達は、例え女でも妹のような存在なので、ライラのような女の子が恥ずかしいのだ。
「ライラ、行こう。ここに来れば本当に安全。金持ちの奴らはこんなとこ不気味がって来ないから」
「うん」
ネルがすたすたと歩きだし、それにライラがつられて歩き出す。ネルの家に着くと、二人は安堵のため息を吐き出した。
「私ね、ダメな子なの」
疲れた足を休めるために、ベンチ代わりにしている石の瓦礫に腰掛けると、ライラが地面を見ながら小さい声で言った。
「家事ができなくて、食料を消費するだけだからって親に売られたの。今までお屋敷で働いていたんだけど、仕事ができないからご主人様に売り飛ばされちゃった。全部人並み以下。ちょっと足が早いくらいで、他は何もないの。私は、生まれてこなきゃよかった子なの」
近くにあった小石を手で弄びながら、ライラは淡々とつぶやいた。そのか細い声が泥沼の中に沈む。
「……そこ」
「?」
しばしの沈黙の後、ネルが天井の一角を差した。彼が指差したのは、壁が崩れて小さい穴ができている部分だった。そこから大きな月が覗く。
「この季節、この時間になるとここから月がよく見えるんだ」
「……綺麗」
二人はその後、ただ黙って月を眺めていた。月が傾いて見えなくなると、今度はネル達が動いて月を見た。外に出ることはしなかった。穴の中から見える月に見守られて、二人はいつしか眠っていた。