第3章
逃げる途中、ネルとトルネは玄関先で立ち止まった。厳密にいえばネルが立ち止り、それにつられてトルネも立ち止った。
「どうしたんだよ、ネル」
「あれ」
ネルが指差す方向には、先ほどの馬車がまだ門の外にいた。大人の使用人たちが工具を使って門を中から外から開けようとしているところを見ると、門が壊れて開かなくなってしまったらしい。馬車に乗った少女たちは不安そうな目で顔を見合わせている。今なら逃げられるが、もし捕まったらタダでは済まされない。誰もがためらい、迷っていた。
そんな中、鋭い目つきで辺りを警戒している少女が一人いた。金色に輝く髪の毛は乱れているが、前髪に隠れる大きな碧眼を絶えず動かして様子を探っている。幼い顔つきにどこか大人らしい美しさをたたえた少女は、大人たちの目を盗み、少しずつ馬車から降りる体勢に変えていく。使用人が門の鍵を叩いているところで、彼女はさっと逃げ出した。周りの少女たちがあっと声を上げると、使用人がそちらを向いた。
「あっ、逃げるな!」
使用人がトンカチを捨てて少女を捕まえようと走りだす。しかし少女は軽やかな身のこなしでうまく逃げる。しかし差は縮まる一方だ。
「俺、行ってくる」
「え?おい、ネル!」
ネルは見ていられなくなって茂みからばっと飛び出した。
「おれ、知らないぞ!」
一人先に逃げ出すトルネを振り向くことすらせず、ネルは少女めがけて走った。
少女は使用人に捕まろうかとしていた。手の届くところまで近づいていたが、うまくその手をかいくぐっていた。そんな時に、見ず知らずの少年が自分に向かって走ってきた。
もしかしたらこの家の使用人の一人で、自分を前から捕まえに来たのかもしれないと思ったが、その思いは打ち払われた。彼が後ろから迫ってくる使用人の脛を蹴っ飛ばしたからだ。
「いてぇっ!」
大人でも脛を蹴られたら痛い。動きの怯んだその一瞬の隙をついて、ネルは少女の手を取って走り出した。
「こっちだ、秘密の抜け道がある」
ネルに手を引かれるまま、少女は走った。名前も顔も知らない少年が自分のことを助けてくれた。それが信じられなくて、どうにも夢心地のようだった。