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第1章

 ネルは胸に抱えたバナナを一房ちぎって、皮をむいた。目の前にバナナしか見えていないように、一心不乱に皮をむいて、むけきらないうちにかぶりつく。大してうまいものではなかったが、それでも今のネルにとってはごちそうだった。時折むせながら、水もなしに飲み込む。

「はぁ、はぁ」

 食べ終えた時には息が切れていた。それほどまでにがっついていた。

 ネルは喉の渇きを覚えて、地下室から地上へと出た。ここから少し行けば井戸がある。そこから水を汲めばいい。泥水のような、というか泥水そのものだが、水には違いない。

「ネル、おはよう」

 井戸へと向かっていると、崩れかかった家の窓枠に座った少年が話しかけてきた。彼はネルの友達で、名前をトルネと言った。彼も元々病弱な体をしているため、あぶれてここにいる。

「トルネ。おはよう。今日はもう飯にありつけたか?」

「まだだよ。ネルはいいな、食えて」

「何でわかる?」

「口の周りにいっぱいついてる」

 所々歯の抜けたトルネの屈託のない顔で笑われて、ネルは急いで口の周りを拭った。

「ごめん、トルネに持ってくれば良かった」

「いいよ。自分で盗ったものは自分のもの。それがルールだ。それにお前、昨日も食べてなかったんだろ。おれは昨日食えたから。井戸?」

「うん」

「おれも洗濯しに行く。一緒に行こう」

 トルネは窓枠からぴょんと飛び跳ねて、ネルの横に並んだ。小柄なネルよりもさらに小さく、並ぶと兄弟に見える。ネルはぼろきれのような服を持ったトルネと一緒に井戸へと向かった。

 井戸では何人かの子供たちが水浴びをしていた。その輪の中にネルたちも混ざる。トルネは横で洗濯をしている。ネルは一刻も早くのどを潤すために、泥の混じる水を流し込んだ。

 トルネが洗濯をしているのを見て、ネルはふと服を洗濯しようと思った。今着ているこの服はいつ洗濯したかしれないし、今日はたくさん走ったせいで体が汗でべとべとしている。洗濯と言ってもきれいにはならないが、汗に濡れているよりかはいい。ネルは服を脱いで、トルネと一緒になって洗濯をした。

「なあネル、今日はこの後ラスクリン伯爵の屋敷に行こうぜ。夕方に行くと、コックの人が出したごみの中からうまいもんが食えるんだ」

「いいね、行こう」

 その話を耳ざとく聞きつけた周りの子供たちが、「おれも行く!」と次々に手を上げる。年長格となっているネルとトルネは、それを一緒に行くことで合意させ、静かにした。



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