第10章
それから二週間経っても、ネルは悲しみを拭えずにいた。物を盗りに行く元気などなく、今まで以上にろくに食べ物を食べていなかった。目は虚ろなまま、何を映しているのか知れない。
「ネル」
声がした方を向くと、ライラがパンを抱えて立っていた。ネルは一人で動こうとしないため、ライラが自分の食糧をネルに分け与えていた。
「パン、一緒に食べよ?」
「ありがとう」
二人は無言でパンをかじった。もちろん味などわからないが、飢えを凌ぐための行為として食事をする。
「ネル、今日で二週間だね」
「うん」
「トルネとシュカ、仲良くやってるかな?」
「きっとね」
感情のこもっていない形だけの返事に、ライラは胸を痛めながら立ち上がった。
ネルの前に、ライラの右手が差し出された。
「……?」
ネルが何のことかわからずにきょとんとしていると、ライラは頬を膨らませて怒ったように言った。
「ちょっと、レディが手を差し伸べてるんだから早く握り返してよ。そもそも、こうやってエスコートするのは紳士の役目なのに」
「あ、うん」
未だに何かよくわからず、ネルは言われるがままにライラの手を握った。ライラの手はネルよりも小さくて、何よりも温かかった。久々に感じた温もりに、ネルははっと気づいた。自分は、生きている。
「こっち」
手を引かれるがままにネルの地下室を出ると、辺りはもう闇に染まっていた。いつの間にか夜になっていたらしい。
行先はライラの小窓だった。家の中に入ると、壊れかけているベッドに腰掛けた。つられてネルも隣に座る。
「上、見て」
ライラが天井を指さす。指の先を見やると、穴の開いた天井から黒い夜空に浮かぶ二つの星が見えた。まるで寄り添うように並び、光っていた。一つは二等星ほどの大きさで、青色に輝き、もう一つは三等星くらいで赤く光っていた。
「ちょうどここから見えるの。あの二つの星、トルネとシュカじゃないかな」
「何で?」
「人ってね、死んじゃうとお星さまになるんだって。前に聞いたことがあるの。だから、あれはきっとトルネとシュカ。二人はああやってお星さまになって、仲良くしてるの。ああやって、私たちを見守ってくれてるの」
「そうか……」
ネルは食い入るように瞬く星を見上げた。青色の星が赤色の星をそっと守っているように見えた。
「トルネはネルのこと見てるよ。きっと今のネルを見て心配してるよ」
「うん……」
「見せてあげなきゃ。ネルの姿を。自分がおにいちゃんだって言い張るネルを」
ライラはそっとネルの左手に自分の右手を重ねた。ネルはその手を見つめ、そして握った。
「今の俺を見たら、トルネは笑うかな。『おれがいなくなったくらいでそんなに落ち込んで』って。『おれの兄貴なんじゃないのかよ』とも言うかな」
「多分ね」
ライラがくすりと笑うと、ネルも優しく微笑んだ。
「……トルネに見せなきゃ。しっかり生きてる俺を。俺がトルネの分まで、みんなのことを守るんだ。おれが兄貴で良かったって思ってもらえるように。しっかりとした頼りがいのある姿を」
「うん!」
「ライラ、ありがとう」
返事の代わりにライラがにこっと輝くように笑うと、ネルはライラのことを見つめた。ライラもネルのことを見つめ返し―二人は唇を交わした。