第9章
ネルがトルネをおぶってトルネの窓枠に帰ると、ネルは床にゴザを敷いてその上にトルネを寝かせた。
子供達が信じたくないという風にネルとライラに縋る。しかし、二人は何もできずに子供たちの頭をなぜた。
泣きじゃくる子供達をライラに任せると、ネルは布を水に浸してトルネの顔をきれいに拭いた。顔にこびりついた血をきれいにふき取っていく。
部屋の中には子供達の泣き叫ぶ声が響いていた。ネルが時折布を水に浸し、それを絞る音がその間を縫って小さく啼いた。ネルはただ黙々と、トルネの顔を拭いた。まるでそれが自分の使命だというように。
次の日になると、シュカの熱が一段と増した。呼吸は今まで以上に苦しそうになり、汗もたくさんかいている。うわ言のような言葉以外は発しなくなった。
トルネのこともあり、子供達はみな半分泣きながらシュカの看病をしていた。誰も眠らずに、ずっとトルネとシュカの横にいた。
「トル……ネ……」
ネル達が看病の疲れからうつらうつらしていると、シュカのか細い声が聞こえた。ネルはすぐに耳をシュカの口元に寄せた。
「トルネ……」
シュカはただひたすらにトルネの名前を呼んだ。かすれた声で、何度も。
「シュカ、もしかして……」
苦しそうに呻くシュカの想いに気付いたネルが、言いたくない言葉をその先につなげる。
「トルネの所に、行きたいのか?」
シュカは、静かに頷いた。
「シュカ、トルネが最期に言ったんだ。『大好きだ』って」
するとシュカは、最後の力を振り絞って微笑んだ。
そして、眠るように息を引き取った。
ネル達はトルネの窓枠の中に穴を掘った。大の大人が一人入れるくらいの大きさで、そこにトルネとシュカを並んで横たわらせた。二人の手をつなぎ、その上から土をかぶせていく。
穴を塞ぐと、大きい石を持ってきてそこに置き、それに小さな石で二人の名を刻んだ。供える花一輪もないまま、トルネとシュカの埋葬は静かに終わった。
「子供達は?」
「みんな寝たよ。今日は私の家で寝てる。相当疲れたんだろうね、すぐ眠っちゃったよ」
「そっか」
夜も更け、子供達はライラの家で抱き合って眠った。ネルが墓標の前で一人座っていると、子供達を寝かしつけたライラがやってきた。
「ネルは寝ないの?」
「眠れないんだ」
夜の静寂が二人を包む。ライラと出会った日の晩に見たあの月は、雲に覆われている。
「……シュカは、トルネが拾ってきたんだ」
どれだけ時間が経っただろう。隣に座ったライラに、ネルが口を開いた。
「初めて会ったとき、シュカは今よりもチビで、俺達も小さかった。街の外れで一人泣きながら彷徨ってたところを、トルネが見つけたんだ」
ネルが語るのは、五年前のある日。シュカが家族になった日のことだ。
「シュカは俺達の中でも一番小さかったし、唯一の女の子だったから、トルネはすごいかわいがってた。自分が拾ってきたってこともあって、トルネは責任を持ってシュカの面倒を見てた。シュカもトルネにすごい懐いてて、あいつのことを慕ってた。シュカが街の不良に絡まれた時はトルネが真っ先に飛び出したし、トルネが怪我をしたときはシュカが手当てをした。……今頃、二人で一緒に笑ってるといいな」
「そうだね」
ライラがネルの横顔を見ると、彼は静かに涙を流していた。今まで一度として泣かなかったネルが涙を流している姿にライラは少し驚いたが、すぐにネルを抱きしめた。
「トルネとは、よくケンカしたんだ。どっちが兄貴かって。双子だなって話でまとまったけど、今度はどっちが双子の兄貴かってケンカになって……」
ネルの喉から激しい嗚咽が漏れる。今までずっと我慢していた感情のすべてが、一気にあふれ出した。
「俺が、俺がトルネを殺した!見殺しにしたんだ。怖かったんだ……っ!俺
があの時助けに入ってれば、トルネは死ななかったかもしれない。俺のせいだ。うわああああ!」
泣き叫ぶネルを、ライラは強く抱きしめた。自責の念に苛まれるネルにかける言葉などなく、ライラはただ、彼の涙を受け止め続けた。