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嘆きの森  作者: 遠野沙子
物語の章
8/9

【怪物】

旅人は、切り株の上でマッチをすった。

ぼぅ、っと焔がともる。

彼はため息をついて、背にしょった荷物を下ろした。


彼は荷物の中をまさぐった。

日はとっぷりと暮れ、気温は下がってきていた。

旅人は腹をすかせていた。




「おい」




彼の背後から、低い声がした。

地割れのような、おなかに響く気味の悪い声だ。

男は、振り返らずに、返事もせずに、背後の気配をうかがった。





「おい」





その声はたしかに彼に向けられていた。

“何か”がしゃべったとき、森の木がざわめくのがわかった。

そして、生臭い鉄のようなにおいがした。


「なんだ」


「おれはこの森に棲む魔物だ。夜、この森を通るには、タダで通すわけにはいかん。通行料をもらうことにしている」


旅人は話を聞きながら、その魔物とどう戦おうかと考えていた。

腰にさした短剣でたちうちできるとは思えなかった。

それほど、魔物の声は大きく、深く、低かったのである。


「その荷物の中にあるもので、もっとも罪深いものを、ひとつよこせ」


魔物は言った。

旅人は、荷物の中から、金貨の入った麻袋を、後ろ向きに投げた。

魔物は、それをむしゃむしゃと喰らった。




魔物の気配は消えた。

旅人は、ここで野宿するのは危険である、早くこの森を抜けてしまおうと考えた。

荷物を背負うと、彼はランプを持ち、速足で森を進んだ。


小一時間ほど進んだとき、彼はのどの渇きを感じた。

するとちょうどいいタイミングで、澄んだ泉が現れた。

彼はちょうどいいと思い、泉のほとりでひざまずき、手で水を汲もうとした。


また、背後からあの声がした。






「おい」






「またおまえか。今度はなんの用だ」


「その泉はおれのものだ。飲むのなら、相応の対価をもらおう」


旅人は魔物の吐息があたたかく湿っていることを知った。

さっきより近くにいる。


「お前の持っているもののなかで、もっとも罪深いものを一つ渡せ」


旅人は困ったが、荷物の中からひとかかえほどの毬のようなものを後ろ向きに投げた。

魔物はそれをむしゃむしゃと喰らった。




魔物の気配は消えた。

旅人は泉の水を飲み、水筒に水をくんだ。

それを荷物に入れると、また歩き始めた。


やがて、空が白んできた。

夜明けが近いのだ。

旅人は心の中で安堵した。

日が昇れば、魔物は現れなくなるからだ。






「おじさん」





背後から、少女の声がした。

不安げなかよわい少女の声だ。

旅人は振り返った。

自分の一歩後ろに、背の低い幼い子が立っていた。


「おじさん、これからどこへ行くの?」


旅人は答えた。


「西の町だよ」


「そこで何をするの?」


旅人はわらった。


「そうだねえ・・・君のようなかわいい子どもを、」











































旅人は、はっと我に返った。

手に持ったランプは消えている。

空は月も星もない闇だ。


背後からは生温かい、くさい息づかいがする。

彼は総毛立った。


魔物は言った。


「さあ、お前の持っているもので、もっとも罪深いものを渡せ」


さっきまでのはなんだったのだ?


自分は森の真ん中で立ちすくんでいる。


少女は?


泉は?


もう二つの対価を支払ったはずだ。


あれはすべて、まぼろしだったというのか・・・?


旅人は動けない。

魔物は彼の肩に大きな手をかけた。

手のひらは彼の肩から腰まで覆うほど広く、爪は狼の牙より太く、するどい。

5本の爪は彼の身体にずぶずぶと食い込んでいく。


「お前の持っているもので、もっとも罪深いものを渡すんだ」


魔物は言った。

旅人は答えない。

あばら骨は折れて、彼の肺に突き刺さる。

彼の口から赤い泡があふれだした。


























魔物は紅く染まった口を、舌でべろりと舐めまわした。

大きな身体が、さらにムクムク膨らんだ。

やがて彼の2つの首のあいだが裂けて、新しく頭が生えてきた。


「3つの罪を集めた」


うつろな目をした旅人は言った。

両側の首は、新しい首を眺めて笑いあった。

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