館の主人
エントランスの真ん中から、長く伸びた、幅広の階段の上に、男が立っていた。
「こんな夜中に客人とは、珍しいこともあるものです」
そういって彼はほほえんだ、ような気がした。
「ごめんなさい、勝手に入ったりして・・・誰もいないと思ったので・・・」
私はあわてて言い訳した。
それを彼は、階段を下りながら静かに聴いていた。
私はドアの近くにいるから、階段のふもとにいる男との距離はけっこうある。
でも、彼が若いということはわかった。
まだ20代だろう、少なくとも私と10も違わないはずだ。
すらりと伸びた細身のからだによく合っている、黒い紳士服。
髪の色も黒檀のように美しい。
でも肌はまるで日に当たっていないかのように白い。
「この雨ですから、大変だったでしょう。かわいそうに、服がぼろぼろだ」
青年に言われて、私は自分の身なりを見た。
かぎざきだらけのスカートに、エプロン。
足も腕も泥だらけで、ところどころ血がにじんでいる。
靴はいつのまにか片方なくしていた。
それを見たら、だんだん痛みを感じてきた。
青年はいつのまにか私の近くに来ていて、手を差し出していた。
「おいでなさい、手当てをしましょう。ついでに、泊まっていくといい。こんなお嬢さんを、一人放り出すことはできません」
私は困惑して彼を見上げた。
なに、心配することはありませんよ、わたしはなにもしませんから。
彼はそんなふうでほほえんだ。