それは彼女による殺め?
長らく試行錯誤していました。描き方や内容にかなり手を加えています。
対魔脅威円環No.21580:ヨゼフ・アストライア
[危険度:S]
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「魔王軍第三席ピークエンド──お前という厄介をここで断ち切ってやろう」
闇色の空の下。枯れ木がまばらに生えた魔界の荒野に、一人の青年がやってきた。
甲冑を身に纏い、血みどろの剣を構えた銀髪の出で立ちである。名はヨゼフ──足元には幾多もの魔物が斬り伏せられており、強気のセリフに見合う実力を見せつけていた。
直前まで彼は、ひっきりなしに襲いかかってくる魔物の群れを捌いていたところである。
が。突如として、残党のすべてが引き返していった。
まるで──彼女のお出ましと交代するかのように。
「──厄介なのはあなたのほうです」
彼に、そんな静謐さを思わせる声で応じたのは──魔族の少女・ピークエンドだった。ブルーフローライトの如き双眸は、睨め付けられようとも微動だにしない。ともすれば、上品にしなだれる紫紺の髪と相俟って、物騒とはかけ離れた可憐なだけの人物にも見えるだろう。
だが、弱肉強食の魔族社会における「魔王軍第三席」の肩書きが意味するところを考えれば、ピークエンドを侮れるはずもなかった。
現に、ヨゼフは風に靡いた彼女の髪を目で追うことこそしたものの、自らの頬を引っ叩いて己を諌めた。
「"対魔脅威円環"。それが俺たちの呼び名なんだろう?」
「冒険者という名はまやかしです。実際は、弱きを弁えず魔族に仇なす愚かな円環……それを厄介と言わずして、なんと言いましょうか」
「フン。……魔族は今際になっても、女神が冒険者に微笑んだことを嘆くんだな」
「今際。どうしてそう言えるのでしょう」
ピークエンドは、正面の虚空に右手を差し出した。
掌を、何かを掴むように握る。
「──!」
ヨゼフは武器かと踏んだが、そこに視認できる物はなかった。
「『何を仕掛けてくるかわからない』とは聞いていたが……それが【神の見えざる手】か」
ピークエンドは目をいっそう蒼く灯した。『わかる』のは、その美麗なる微笑みから、威圧感だけ。
「うっ……」
ヨゼフは、急な目眩に襲われ、よろめいた。
ピークエンドは冷たい目を細める。片手の指を数えるように折り、これ見よがしに続けた。
「通算……百は超えました。対魔脅威円環が、私に敗れた数です」
「っ、御託はいらない。言っておくが、俺はこれまでお前が相手取ってきた冒険者とは格が違うぞ」
「関係ありません。【神の見えざる手】の変数は常に、あなた方を凌駕するのですから」
「勝負はやるまでわからないだろ」
ピークエンドは、やれやれと首を振り、そして「いたずらに数字を増やすだけです」と挑発した。
ヨゼフの堪忍袋の緒が切れた。それに呼応するように、足元に魔法陣が現れる。
彼は、地面を蹴り、肉薄を試みた。
「スキル発動! ──【タイムラプス】!」
突風も伴う神速の肉薄。
だが。
ピークエンドはそれに対して、ただ静かに手を横に薙いだ。
──数歩手前まで迫ったヨゼフが、血反吐をぶちまける。
「ぐはッ────!」
ヨゼフはその場に崩れ落ちた。外側の傷か内側の傷かさえつかないほどの、痛烈な痛みが全身をかけ巡り、彼を悶えさせた。
彼の手から剣が零れ……
体は痙攣し……
見る見るうちに、視界が霞んでいく。
ピークエンドはしばらくその経過を見ていたが、やがてしゃがむと、剣を拾い上げた。
「ま、──待てッ……!」
「苦しいでしょう。──神の啓示に従うだけの傀儡が、どうして私に及ばないのか。身にしみて理解したはずです」
ヨゼフは剣を奪還すべく、震える手を伸ばす。だがその容態ではもう、身動きがとれなかった。
直後。
彼は「次は必ず」と言って力尽きた。その身が煌めいて粒状の光と化し、闇色の空に消えていった。
「──協力、ありがとうございます」
魔物の死骸とおびただしい量の血が埋める跡地を見下ろしながら、ピークエンドは言った。
すると木陰から、引き返したはずの魔物の残党が出てくる。
【──おいおいおい。席次高官の姉さんよ、スキルは見事だけど、さすがに非道いぜ、俺らの仲間がこんなふうになるまで来てくれないなんて!】
出てきた一体のオークが、そうやってピークエンドに不満を口にする。ぞろぞろと出てきた他のキマイラやゴーレムも、同じ様子だ。
話が違うとか、ここで見張っているだけでいいと言ったじゃないか、などと。
「……不服ですか?」
ピークエンドは空いている手を、僅かに上げる。
【あ、いやっ……落ち着けよ姉さんさん! 手を下ろしてくれ! 俺らに敵対する気はないぜ!】
魔物たちはピークエンドが起こす超常の力を目の当たりにしたばかりで、彼女の一挙手一投足が怯えの要因となっていた。
【ただちょっと、乱暴なんだべ……。ワテらがピークエンドさんに逆らえるわけ、ねえんだからさ】
ピークエンドは腕を下ろした。受け入れなさい、弱肉強食を。──と、不敵に笑いかける。
「冒険者が攻め入らなければ、こうはなりません。怨恨を晴らすなら人間界に行けばよいのです」
◇
ヨゼフ・アストライアは今頃、魔界で悶え苦しんでいるだろうか。
まさか、同じ人間であり侍従である自分に殺められるとは思うまい。
だが、仕方がないのだ──彼は自分の家族を殺したのだから。
やらねば気持ちが晴れなかった。彼は冒険者で、円環があるから、一度くらい殺してもいいだろうと思った。
計画を実行した今日。
なるべくいつものように、笑顔で朝食を振る舞った。
そのつもりだったが、朝食を「やはり美味いな」と食べる主人の顔を見ているときは、震えが止まらなかった。
もしかすると計画が露呈して、人間界を追放されるかもしれない。
それでもいい。
それでもいいが……次に顔を合わせるとき、どういう顔をしたらいいのだろう。
『体調は問題ないか──って、いつものように心配してあげるといいわ』
自分にヨゼフによる殺害を教えてくれた仲間は、そう言っていた。
◆
(ヨゼフの侍従である彼を生かすのは、『体調は問題ないか』って聞かせるところまでかな)
荒野をさらに北上した奥地・デモンズトピア。この地域には、敷地も内装もだだっ広い魔王城本殿が鎮座している。
ピークエンドは、その内部に訪れていた。
(それ以降はすぐに殺害しないと。せっかく【パントマイム】で【神の見えざる手】を装えても、彼の計画がバレたら破綻しちゃう)
席次高官として、戦果を報告するため──謁見の間に繋がる広い廊下を歩んでいた。
背の高い門扉の前に至って、立ち止まる。
だが、問題があった。
きょろきょろと、まずはきっちり周りを目視する。
(衛兵は演習中だっけな……)
ふん、と気合を入れ──門扉を押す。
しかしながら、びくともしない。
両腕がぷるぷるするだけ。
だからといって諦めるわけにはいかない。ヨゼフから奪った剣を口に咥え、目をかっ開くと、さらなる力を込めた。
「んんんん゛──!」
(駄目だ私、弱すぎる!!!)
無理かと思いかけたそのとき。
キィ──と、扉の開く予兆がした。
(ふぅ)
額を拭って、剣を片手に戻す。
勝手に門扉が開ききるのを待つ間に、涼しげな顔を作っておいた。
バタン。開いた先に一歩踏み入ると、薄暗い空間から冷気が漂ってきた。天井なんかを仰いだら首がもげてしまうくらいには広い。建物を支える石柱が左右に連なっており、壁には幾つもの装飾が飾られている。そんな禍々しい一室だ。
真ん中を一本、レッドカーペットが伸びている。これを追えば、最奥の王座に座っている大きな影が見えた。
コートに身を包んだ、「魔王」だ。
「失礼します、魔王様」
『──ピークエンドか。入れ』
反響した低い声に従い、謁見の間を進む。
王座に至る階段の前で立ち止まった。
そして、ひざまづく。
「ピークエンドが剣とは……そぐわんな。奪ってきたのか?」
「魔王様。こちらは先刻、サウスエッジ区域において新たなる対魔脅威円環──ヨゼフ・アストライアを殺し、手にしたものです」
「そうか。名を知っているのか」
(あっ、しくじった……)
「本人の名乗りです」
「ふむ。それで、どのような人物だったのだ」
ピークエンドは剣を置く。
「ヨゼフ・アストライアは剣士であり、甲冑を装備しています。……スキルは恐らく、行動速度における作用があるものでしょう」
「推定の危険度を問うておきたいところだが……ピークエンドからしてみれば、EだろうがSだろうが、変わらぬか?」
「あくまでも私の実感が能う範囲ですが、現時点を以ても、Sに相当するでしょう」
「ほう。……お前にそう言わしめるとはな。ならば、警戒対象として他の高官にも周知しておくべきか」
ピークエンドは俯いたまま、歯を食いしばった。「あの厄介者を真の意味で仕留められないことが悔やまれます」と、つい、歯がゆさを吐露してしまう。
すると、王座からコートのはためく音がした。
魔王は「顔を上げろ」と、わざわざ王座を離れて、近寄ってきた。
「──そうだ。それでいい」
「魔王様……」
黒い髪に深紅の目をした威厳ある美顔が、見下ろしてくる。
魔王の巨大な体躯から手が伸びた。
それは、ピークエンドの髪を静かに撫でてくる。
(に、握り潰されないか……)
「仕方あるまい。それが対魔脅威円環だ。いくら切刻もうとも、消し炭にしようとも、蘇り、何度でも牙を剥いてくる」
対魔脅威円環は字義通り、魔の種族への恒久的な脅威だ。
「問題は常に、そのときの対象を退けられるかだ。お前は此度も退け、それどころか剣さえ奪ってきた。我が右腕たる席次高官に相応しい戦果だ」
ピークエンドにとって一番の言祝ぎだった。
撫でられながら、横目で、ある方向を見やる。
──暗がりで見えにくいが、石柱の手前で奴隷の列が頭を垂れているのだ。両脇ともの石柱に、びっしりと並んでいる。
いつでも魔族の腹の肥やしとなり、いつでも魔族の身代わりとなる「弱き魔族」の末路である。
自分は、ああやって隷属するわけにはいかない。




