空から落ちてきた子猫を助けたら、雲の上で仙人と将棋を指すことになりました。
高校生の須賀高志は、プロ棋士を目指す奨励会員だった。
奨励会の対局で敗北が続き、悩んでいた。
その日の対局も黒星で、フラフラと歩きながら帰宅していた。
(このままだと降級してしまう……)
そう思いながら、ふと空を見上げた。
すると空から何かが落ちてくるのが見えた。
最初はスーパーの袋だろうと思っていたが、どうやら違うようだった。
猫だ!
子猫が手足をバタバタさせながら落ちてきている。
(え、何で!)
そう思いながらも、助けようと子猫が落ちてくる場所まで走った。
なんとか子猫をキャッチした。
しかし、反動で道路に倒れてしまった。
そこに、ブレーキを掛けながら車が迫ってきた。
◆◇◆◇
目を覚ますと、透き通るような青空が見えた。
どうやら気を失っていたようだ。
思い出した。確か子猫を助けて車に引かれそうになって……、しかし怪我をしているわけではないようで、どこも痛くはなかった。
「気が付いたようだな」
不意に声をかけられ、あわてて起き上がると、男性がいた。
見ると七福神の布袋様のような姿をしていて、袋を持っていた。
「わしは仙人じゃ、満月という」
仙人というものが名乗った。
満月仙人はその名前の通り満月のような頭をしていた。
(仙人……)
この人は何を言っているのだろうと高志は思った。
周りを見渡してみると雲の上のような景色が広がっていた。
夢でも見ているのかと思っていると、仙人が言った。
「おぬしは、わしの猫を助けてくれた。お礼におぬしの願いを一つ叶えてやろう」
「願いを……」
「まあ、どんな願いも叶えられるわけではないが……」
「将棋、将棋で勝てるようにしてください!」
高志は夢でも何でもいいからと思い、願いを口にした。
「プロ棋士になりたいんです。プロでも勝てるようにしてください」
「ふーむ、普通は金とか女とか、言ってくるのだが……」
仙人は顎に手をやりながら言った。
「お願いします!」
高志はさらに言った。
「よし! 分かった」
仙人はそう言って、袋から将棋盤と駒を取り出した。
古いものだが気品のあるものだった。
「わしは神様ではない、おぬしをいきなり勝てるようには出来ん。ただ、おぬしが好きなだけ将棋を指してやる。それで学ぶがいい」
仙人は提案した。
高志はこの人は将棋が強いのかと思ったが、仙人ならば強いのだろうと考えた。
とにかく指してみることにした。
二人は将棋盤の前に座った。
「持ち時間などは?」
「……おぬしの好きなようにせい」
高志が聞くと、仙人は答えた。
「先手後手は?」
「おぬしの好きなようにせいと言ったろう!」
駒を並べ終え、高志の先手で指すことになった。
「よろしくお願いします」
「うむ」
パチン
パチン
高志が一手目を指すと、仙人はノータイムで指してきた。
その後も高志が指すと仙人はノータイムで指していた。
それから数十手で、高志は劣勢に陥っているのを感じた。
「負けました」
高志は投了を告げた。
「うむ」
「ありがとうございました。もう一局お願いします」
「うむ」
それから数局指したが、高志は一局も勝てなかった。
(流石に仙人様だ。強いな……)
仙人は、高志の師匠とも違う、将棋のAIソフトとも違う、異質な強さを高志は感じていた。
「ふぁー」
しばらくして、仙人は飽きてきたのか、あくびをした。
そして袋から盃とひょうたんを出した。
ひょうたんの酒を盃に注ぐと、うまそうに飲んだ。
そうしている間も、仙人は高志が指すとノータイムで指していた。
そのうち高志が長考している間に、仙人はゴロンと横になり肘枕でいびきをかき出した。
(寝てる……)
高志はそれを見てあきれたが、少し心穏やかになった。
改めて周りを見渡してみた。
雲海のような景色が広がっている。
(ここはどこなのだろう……)
そう思いながら立ち上がって歩いた。
足元は雲のようだったが、ちゃんと歩くことが出来た。
しばらく歩くと木々が見えたので、近づいてみると桃の木だった。
木には見事な桃が実っていた。
(桃源郷というところかな……)
桃を手に取りながら思った。
「その桃は食べない方がいいわよ」
後ろから声をかけられ、驚いて振り返ってみると、女性が二人いた。
女性達は薄物を一枚まとっているだけだった。
高志は思わず目をつぶって顔をそむけた。
「私は小猫」
「私は李子」
女性達は名乗った。
「僕は高志、須賀高志」
高志は目をつむったまま答えた。
「私、高志に助けられたの」
小猫が言った。
「え……」
高志は目を開けたが、目のやり場に困った。
小猫は起こったことを話した。
李子と一緒に雲に空いた穴から、下界の様子を見ていたという。
「あれが渋谷だねー!」
「みんなオシャレだねー」
とか言いながら下界を見ていると、小猫が何かに気づいて、穴を覗き込んだ。
「あ! イケメンがこっちを見ている」
小猫が話すと、李子が食いついた。
「え! どれどれ!」
李子は自分も見ようと、勢い余って小猫を押してしまった。
小猫は穴から落ちてしまった。
「あ……、落っこちゃった」
李子は落ちていく小猫を見ながら言った。
「キャーーー!」
小猫は叫びながら落ちていく。
落ちていく途中で、名前の通り子猫になった。
「ニャーーー!」
「そこを高志が助けてくれたの」
小猫は言った。
高志には本当の話なのかよく分からなかった。
「アッハハハ、ごめんね小猫」
「ごめんで済むかー!」
李子が言うと、小猫は猫がシャーとするように怒った。
「だいたいあんたは、いっつもいっつも……」
「小猫、小猫!」
小猫に詰め寄られて、李子は高志の方を指さした。
小猫はそれに気づくと、満面の笑みを高志に向けた。
「さっき、その桃は食べない方がいいって……」
高志が聞くと、小猫は答えた。
「その桃を食べると、この世界の住人となって、元の世界に戻れなくなるの」
小猫は高志を見て話す。
「まあ、それでもいい! そして私とこの世界で暮らす?」
「え!」
「高志、ここに来られるぐらいだから、心がきれいなの」
小猫はそう言って、辺りを見渡しながらさらに話した。
「ここなら、何不自由なく暮らせるわよ」
「いや、僕は将棋が……」
「将棋ならば満月仙人とすればいいじゃない」
「……」
高志が黙ってしまったのを見て、小猫は言った。
「あら、高志は将棋がしたいんじゃないの?」
その言葉は高志の胸に刺さった。
◆◇◆◇
高志は将棋盤の前に戻ってきた。
仙人はまだいびきをかいて寝ていた。
パチン
「んあ!」
高志が指すと、仙人は目を覚ました。
そしてはじめて、仙人の手が止まった。
「うーん……」
しばらく考えてから言った。
「この手は、いい手だぞ」
「まあ、最善ではないがの」
パチン
仙人は言いながら指した。
「仙人、この一局終わったら、元の世界に戻してもらっていいですか」
パチン
高志も言いながら指した。
「何か悟ったかの」
パチン
「ハイ……、僕、勝つことばかり考えてました」
パチン
「小猫に言われて気づいたんです。昔は将棋を指すこと自体が楽しかったんです」
パチン
仙人が指すと、高志は語り出した。
「僕、いわゆるコミュ障で子供の頃から人付き合いが苦手で、友達もいなくて……、でも将棋だけは好きだったんです。将棋を通じていろいろな人と接して、指していくうちに強くなっていったんです。強くなるとみんな褒めてくれて、最初は嬉しかったんですけれど、そのうち天狗になっていったんです。でも奨励会に入ると、みんな自分より強い人たちばかりで、プロ棋士を目指しているのに全然勝てなくて……、将棋で勝てないと、自分の存在価値がないと思っていて、それで勝ちたい、勝ちたいと思っていたんです」
「おぬしが、望んだ願いもそれだったの」
仙人は言った。
「ハイ……、仙人に『将棋で勝てるようにしてください』ではなく、『将棋で勝てるように指導してください』とお願いすべきでした」
「それに気づいたのなら、おぬしは大丈夫じゃ」
仙人が言っているときに高志は指した。
パチン
「んん……」
その手に、仙人がうなり、再び手が止まった。
しばらく考えていたが、やがて言った。
「おぬし、身の上話をしながら勝負手を放ったな!」
勝負手――自分の形勢が不利なときに、相手が対応を誤れば形勢が逆転するような手。
「わしには通用せん」
仙人は正解の手を指した。
「あ……、あは、あははは」
高志は笑い出した。
「どうした?」
「こんなに、楽しく将棋を指したの久しぶりですよ。あははは……」
「そうか……、わは、わははは」
仙人も笑い出した。
「あはははー」
「わはははー」
二人はしばらく笑い合った。
高志は元の世界に戻ることになった。
満月仙人と小猫、李子が見送りに来てくれた。
小猫が落ちたという穴の近くに立たされた。
「満月仙人、お世話になりました」
高志がお礼を述べた。
「うむ、後は己次第じゃ、研鑽を怠らぬようにの」
「ハイ」
李子は笑顔で手を振っていたが、小猫を見るとふてくされていた。
「私を置いて、本当に帰っちゃうんだ!」
小猫はふくれっ面をしながら言った。
「まあ、いいわ、そのうち会いに行くから」
「え!」
「早く帰ったら」
小猫は手でシッシッとやった。
「ところで、どうやったら戻れるのでしょうか」
高志が言うと、小猫が近づいてきた。
「そこから落ちるの!」
小猫は高志を穴に突き落とした。
「え、ええええーー」
高志は落ちながら叫んだ。
◆◇◆◇
目を覚ますと病院のベッドの上だった。
心配している家族の顔が見えた。
どうやら、車にはねられたとかではなく、道で気を失って倒れて救急車で運ばれたらしい。
いろいろ検査を受けたが疲労の為、倒れたのだろうと医者に言われた。
(全部、夢だったのだろうか……)
高志は、そう思った。
退院して普通の生活に戻り、また対局の日々となった。
ある日、その日の対局は白星で、浮かれながら帰宅していた。
歩いていて、ふと見ると道に子猫がいた。
子猫は「ニャー」と鳴いて、高志に近づいてきた。
その猫は、小猫にそっくりだった。




