第6話 6軒目のカフェ巡り ― 夢を語る午後
6軒目のカフェ巡り ― 夢を語る午後
王都の陽光は柔らかく、秋の気配を帯びていた。
石畳を並んで歩く二人の姿は、通りを行き交う人々の目に微笑ましく映ったに違いない。
「次はどんなカフェに連れていってくださるの?」
カンヌは、わずかに弾む声で尋ねた。
「今日は……少し静かな場所を選びました。観光客はあまり来ない、隠れ家のような店です」
ランスはそう言って微笑み、細い路地へと足を踏み入れる。
やがて視界に現れたのは、蔦に覆われた古びたレンガ造りの建物。入口の扉には木製の小さな看板が掛かっており、そこには「カフェ・ノスタルジア」と書かれていた。
「なんだか落ち着いた雰囲気ね」
「ええ。この店は内装も古風で、どこか懐かしい気持ちになれるんです。お茶もスイーツも素朴ですが、心に沁みる味ですよ」
扉を開けると、柔らかな鐘の音が鳴り、木の香りが鼻をくすぐった。
薄暗い照明のもと、壁際には古い本棚が並び、奥のテーブルにはノートを広げた学生や詩を書いているらしい若者の姿も見える。
「……本当に、勉強や創作に没頭する人のための空間みたい」
「そうなんです。だから僕もよくここに来て、まとめをしたり、考えを整理したりするんですよ」
店員に案内され、二人は窓際の席に腰を下ろした。
窓の外には色づき始めた街路樹が見え、落ち葉がひらひらと舞っている。
「おすすめは、どれかしら?」
「秋限定の“キャラメルパンプキンプリン”ですね。甘さとほろ苦さのバランスが絶妙なんです」
「まあ……それにしましょう」
「では、僕はシナモンアップルパイにします」
飲み物はカンヌがアッサムティーを、ランスはカフェラテを頼んだ。
しばらくして運ばれてきたスイーツは、見た目こそ華美ではないが、素朴な温かみを感じさせるものだった。
カンヌのプリンは、濃厚なかぼちゃの風味にカラメルソースが輝き、上には小さなホイップが乗せられている。
「いただきます……」
一口すくって口に運ぶと、かぼちゃの自然な甘さとキャラメルのほろ苦さが舌の上で溶け合った。
「……これは、やさしい味ね。ほっとするわ」
「僕も初めて食べたとき、思わず笑ってしまったんです。まるで母の手作りを思い出すようで」
ランスのアップルパイは、熱々のリンゴのフィリングにシナモンの香りが効いており、バニラアイスが添えられている。
「この温かいパイに冷たいアイスを絡めて食べるのが最高なんです」
「……一口、いい?」
「どうぞ」
互いに皿を交換し、カンヌも頬をほころばせる。
「……シナモンが効いているけれど、リンゴの酸味とよく合っているのね。なるほど、これは確かに癖になりそう」
二人は笑い合いながら、またノートを広げて感想を書き留めていった。
「そういえば、どうしてカンヌさんはカフェの本を書こうと思ったんですか?」
ランスがふと問いかける。
カンヌは一瞬、手を止め、窓の外を見た。
「……わたし、これまで人にどう思われるかばかり気にして生きてきたの。貴族の令嬢だから、立場を守らなきゃいけないって。けれど……ふと気づいたの。異世界に来たなら、自分のやりたいことをしてもいいんじゃないかって」
言葉にすると、胸の奥がすっと軽くなった。
「だから、好きなことを形にしたいの。甘いものを食べて、カフェの空気を感じて……その記録を残してみたい。ただ、それだけ」
ランスは真剣に耳を傾け、やがて微笑んだ。
「素敵ですね。僕も似たような気持ちです」
「あなたも?」
「ええ。僕は昔から文章を書くのが好きで。でも、ただの日記ではなく、読んだ人の心を動かすものを書きたいと思ってきました。
それで気づいたんです。僕にとって最も心が動く瞬間は、“カフェで味わった一皿の幸福”なんだと」
その言葉に、カンヌは少し驚いた。
「……同じね」
「はい。同じです。だから、もし可能なら……僕はあなたと一緒に、一冊の本を作りたい」
ランスの瞳は真摯で、冗談ではないことが伝わってきた。
カンヌは胸が熱くなるのを感じた。
「わたしも……そうできたらと思っていたの。夢を分かち合える人がいるなんて、想像もしなかったわ」
飲み物を口に運びながら、二人は自然に未来の話を始めていた。
どんな章立てにするか。
文章だけでなく、挿絵や地図を入れたらどうか。
時には批評的な視点も混ぜれば、より多くの人に楽しんでもらえるのではないか。
次々とアイデアが飛び出し、そのたびにノートが賑やかに埋まっていく。
「こうしていると、もう半分は本が出来上がった気がするわね」
「ええ。でも、完成まで一緒に巡らないと」
「もちろんよ」
約束のように交わされた言葉に、二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
その日、カンヌのノートにはこう記された。
『6軒目:カフェ・ノスタルジア
キャラメルパンプキンプリン――母の手作りを思い出すような、やさしい甘さ。
シナモンアップルパイ――熱と冷の対比が生む幸福感。
今日、夢を語り合った。二人でなら、本当に形にできる気がする』
インクが乾くころ、心の中に確かな光が宿っていた。