第4話 季節限定スイーツと新たな出会い
4軒目のカフェ巡り ― 季節限定スイーツと新たな出会い
王都の大通りを少し外れた路地に、小さなカフェがあると聞いた。
そこは季節ごとにメニューが変わり、今は秋の特別スイーツが評判になっているという。
カンヌは胸を躍らせながら店の扉を押し開けた。
カラン、と鈴の音が鳴る。
すでに店内は多くの客で賑わっており、甘い焼き菓子の香りと、果実を煮詰めたような芳香が漂っていた。
窓辺には栗や紅葉の飾りが置かれ、秋らしい演出に心が和む。
「すごい人ですね……」
付き添いの侍女マルゴが小声でつぶやく。
「やっぱり評判どおりね。限定スイーツってやっぱり惹かれるもの」
カンヌは嬉しそうに頷いたが、席を探して顔を曇らせた。どのテーブルも満席で、空きは見当たらない。
店員が困ったように近づいてきて、
「あちらのテーブルなら相席でもよろしければ」
と案内してくれる。
視線の先を見ると、窓際の二人掛けのテーブルに、若い男性が一人で座っていた。
「……相席、ですか」
「よろしいでしょうか?」と店員が尋ねる。
カンヌは少し迷ったが、この機会を逃すわけにはいかない。
頷き、男性に会釈して席についた。
「ご一緒しても?」
「ええ、どうぞ」
声は落ち着いていて、柔らかい雰囲気をまとっている。
年齢はカンヌとそう変わらないだろう。栗色の髪に、どこか研究熱心な瞳。
すでにノートを開いて何やら書き込んでいた。
(……あれ? どこかで見たような)
前のカフェでも、似た後ろ姿を見かけた気がする。だが、今は気のせいだと流して、メニューに目を落とした。
季節限定の「モンブランパフェ」と「林檎のキャラメルタルト」が人気だと記されている。迷った末にカンヌはモンブランパフェを選び、マルゴはタルトを注文した。
ほどなくして、見た目も美しいパフェが運ばれてきた。
グラスの中には、濃厚なマロンペーストが薔薇の花のように絞られ、その下にふんわりとしたバニラアイス、香ばしいナッツ、そしてラム酒の香りがほのかに漂うスポンジが層を作っている。
一口食べれば、栗のほっくりした甘みが広がり、バニラの冷たさと溶け合う。
「……おいしい!」
思わず笑みがこぼれ、ノートを開いて感想を書き留める。
すると向かいの男性がふと顔を上げ、驚いたようにこちらを見た。
「もしかして……あなたも、ノートに?」
「あっ……ええ。カフェ巡りをしていて、味や雰囲気をまとめているんです」
「奇遇ですね。僕も同じことを」
そう言って彼は自分のノートを少し傾けて見せた。そこには細かい文字とスケッチがぎっしりと書き込まれている。カンヌは目を丸くした。
「本当に……同じですね」
「僕はランスといいます。実は王都中のカフェを巡って、一冊の本にまとめたいと思っているんです」
「まあ! 私もです。好きなカフェを巡って、一冊のガイドのようなものを……」
思わぬ共通点に、二人は顔を見合わせて笑った。
それから自然に会話が弾む。
「このパフェ、栗の風味がとても濃厚で、土台のスポンジに少しラムを効かせているのが大人っぽいですね」
「タルトも負けていませんよ。りんごの酸味とキャラメルのほろ苦さ、バランスが絶妙です」
「確かに……甘さだけでなく、苦みや香りを組み合わせることで飽きがこないんですね」
気がつけば、二人とも夢中でスイーツについて語り合っていた。エリナは少し呆れながらも、嬉しそうにその様子を見守っている。
「それにしても、あなたがまとめているノート、とても丁寧ですね」
「ランスさんこそ。イラストまで描いてあるなんて、見習わなくちゃ」
言葉を交わすたびに、同じ情熱を持つ者同士の共鳴が強まっていく。
やがてランスが少し照れたように言った。
「もしよければ……次のカフェ、僕と一緒に行きませんか?」
「え……?」
「別に深い意味じゃなく、同じ目的を持つ者同士、感想を交換しながら巡ればもっと楽しいと思うんです」
カンヌは一瞬迷ったが、心の中で胸が高鳴るのを抑えられなかった。
「……はい、ぜひ」
その答えにランスは安堵したように笑い、ノートを閉じて立ち上がる。
「では、また近いうちに。次は僕がおすすめの店を紹介します」
「楽しみにしています」
店を去る背中を見送りながら、カンヌは頬に熱を感じていた。
(ランス……カフェを愛する人。まさかこんな出会いがあるなんて)
ノートに「今日、素敵な出会いがあった」と小さく書き加え、彼女はゆっくりと紅茶を飲み干した。