第27話 新しい約束 ― 二人の未来へ
新しい約束 ― 二人の未来へ
冬の街を歩くカンヌの心は、不思議なほど穏やかだった。
ほんの少し前まで、彼女の胸を締め付けていた不安や恐れ――ナンテーヌとニースの策略によって生まれた疑念や陰口は、すべて霧が晴れるように消えていた。
断罪の場で真実が明らかになった瞬間、カンヌは生まれて初めて「救われた」と感じた。そして今、隣にいるランスの言葉によって、もう一度「生き直せる」と思えた。
「ねえ、ランス」
彼女は歩きながら、少しだけ顔を傾けて彼を見上げる。
「私、本当に……幸せです」
ランスは微笑んで、彼女の手をぎゅっと握り返す。
「僕もだよ、カンヌ。君と一緒にいられることが、何よりの幸せだ」
その一言で、胸の奥に温かな火がともる。
昔なら、疑いの目や陰口に押し潰され、誰かと手をつなぐことさえ怖かった。けれど今は違う。彼となら、どんな未来でも乗り越えていける。そう思えた。
***
二人が街角を曲がると、小さな花屋の前を通りかかった。冬枯れの街に彩りを添えるように、色鮮やかな花々が並んでいる。
カンヌは足を止め、白い小花の束に目をとめた。
「綺麗……」
「好きなのかい?」
ランスが首をかしげると、カンヌは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「はい。昔から、こういう小さな花が好きなんです。派手じゃないけれど、寒い季節でも凛と咲いているところが……」
言葉の続きを飲み込むと、ランスがすぐに店先へ入り、小花の束をひとつ買い求めて戻ってきた。
「カンヌに似てると思ったんだ。強くて、でも可憐で……だから、これは君に」
差し出された花束を受け取ると、胸がじんと熱くなった。
「……ありがとう。大切にします」
そのやり取りを見ていた店主のおばあさんが、優しい目で二人を見守っていた。
「お幸せにね。冬の花は、春を呼ぶんだよ」
その言葉に、カンヌは思わずうなずいた。
***
数日後、二人は互いの家に正式に報告する準備を進めていた。
カンヌの実家にとっても、ランスとの婚約は救いだった。過去の婚約破棄の傷を抱えた娘が、もう一度幸せを見つけられたのだから。
母は涙をこぼし、父は無言でうなずきながらも、目尻に光るものを隠しきれなかった。
「カンヌ、今度こそ胸を張って幸せになりなさい」
母の言葉に、彼女は強く頷いた。
一方で、ランスの家族も温かく迎えてくれた。
「君なら安心して任せられる。ランスは昔から真面目で、少し不器用なところもあるが……」
父親の言葉に、カンヌは思わず微笑んだ。確かに不器用な面もあるけれど、だからこそ彼の誠実さが信じられるのだと。
***
春を待つ季節。
街の広場では、婚約を祝う小さな集まりが開かれた。近所の人々や友人たちが集まり、二人を祝福してくれる。
ナンテーヌやニースに散々振り回されてきた頃とは、まるで別の世界だった。人々の笑顔に囲まれ、カンヌは自分が本当に守られていることを実感する。
ランスは集まりの中で、彼女の手を取り、堂々と宣言した。
「僕はカンヌを、生涯大切にすることを誓います」
その声は広場に響き渡り、人々の拍手が巻き起こった。
カンヌの目からは自然と涙があふれた。過去の痛みも、この瞬間にはすべて意味を持つ。なぜなら、その苦しみを経たからこそ、今の幸せを噛みしめられるのだから。
***
夜、二人きりになった時。
カンヌはそっとランスの肩に寄り添い、静かに囁いた。
「私、あの時……ランスに出会えなかったら、もう誰も信じられなかったと思います」
「僕も、カンヌに出会えたから強くなれた。だから、これからはお互いを支え合っていこう」
ランスの腕が彼女を包み込み、二人の距離はもうどんなものにも裂かれることはなかった。
窓の外に星が瞬いていた。
過去の闇は完全に消え去り、残されたのは未来へと続く光だけ。
カンヌは思った。
――私はもう迷わない。ランスと共に生きると決めたのだから。
その決意は、胸の奥で静かに、しかし確かに輝いていた。




