表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【あなたが夢中のその女を殺す!】と叫んだ悪役令嬢カンヌは、前世の記憶を思い出したので、クズ男は捨ててカフェ巡りを楽しむ。新しい恋の予感がかけ  作者: 山田 バルス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/38

第25話 ナンテーヌとニースの断罪

公開断罪の夜


 王都の中心にそびえる、歴史ある舞踏会場オルレアン・ホール

 秋の夜会といえば、この国の貴族たちにとって最大の社交の場だ。

 大理石の床にシャンデリアの光が降り注ぎ、壁際には豪華な絵画と金細工の燭台が並ぶ。

 煌びやかな音楽に乗せ、絹のドレスをまとった令嬢たちが談笑を重ねていた。


 その輪の中に――二人の少女がいた。


「ねぇ、ご存知? あのカンヌという娘、どうやらランス様の気を引こうと必死らしいのよ」


 囁くのはナンテーヌ=マルセル。

 まだ十八歳の若さながら、男爵家の娘としては珍しく大胆不敵な物言いで知られている。

 細い扇で口元を隠しながら、彼女は隣に立つ少女へ視線を送った。


「ふふっ、でも噂を聞いた? 裏では男に媚びているんですって」


 優雅に微笑んだのは、ニース=グルノーブル。

 侯爵令嬢の身分にふさわしい、豪奢な青のドレス。

 金糸で織られた刺繍が、彼女の立場の高さを雄弁に語っていた。

 侯爵令嬢と男爵令嬢――本来なら並び立つこともない二人。

 しかし、利害の一致から結びついた今宵の共犯関係は、周囲にとって妙な説得力を持って見えた。


 二人の毒ある言葉に、取り巻きの令嬢たちは小さく忍び笑う。

 その冷たい視線が、一斉に会場の隅へと注がれた。


 そこに立っていたのは、カンヌ。

 薄桃色のドレスに身を包んだ彼女は、肩をすくめるようにしてグラスを抱きしめ、居場所を失った小鳥のように震えていた。

 彼女は中流伯爵家の娘。派手さはなくとも、真面目で気品ある少女だった。けれど、いま彼女を覆うのは誤解と中傷の嵐。


 ――その空気を、たった一歩で変えたのは。


「静まれ」


 低く、よく通る声が広間を切り裂いた。

 会場の扉から現れたのは、ランスロット=マルセイユ。

 二十七歳、公爵家嫡男。漆黒の礼装を纏い、背筋をまっすぐに伸ばした姿は、まるで闇夜にそびえる塔のように人々を圧倒した。


「今宵、皆さまに伝えるべきことがある」


 彼は広間の中央へと進み出る。

 冷ややかな視線が群衆を横切るたびに、ざわめきは収まり、人々は背筋を伸ばした。


「巷で囁かれる噂――それは虚構にすぎない。だが卑劣にもそれを広め、ひとりの令嬢を陥れようとした者たちがいる」


 ざわめきが広がる。

 ナンテーヌとニースの顔から、一瞬にして血の気が引いた。


 そのとき――。


「証拠はすべて、ここにございます」


 舞台袖から現れたのは、私服姿の男。探偵リチャードだった。

 彼は懐から数通の手紙と記録を取り出すと、広間の机に広げた。


「調査の結果、噂は作為的に流されたものと判明しました。発信源は――ナンテーヌ嬢とニース殿。こちらがそれを示す証拠です」


 リチャードが示したのは、二人の署名入りの手紙。

 そこには「噂を広めればカンヌは孤立する」「次の夜会では笑い者だ」といった文面が赤裸々に記されていた。


「そ、そんな! 偽造よ!」

「そうだ、陰謀だ! 私たちは無実――!」


 ナンテーヌとニースは必死に否定する。

 だが、リチャードは淡々と追い打ちをかけた。


「偽造? では、この証言はどう説明しますか」


 数名の侍女や従者が前に進み出て、毅然と頭を下げた。


「確かに二人から金銭を受け取り、噂を広めるよう指示を受けました」


 会場に衝撃が走る。

 令嬢たちが扇を落とし、紳士たちが眉をひそめる。

 非難の視線は、矢のように二人へと突き刺さった。


「違う! 私は……ただ……っ」

「嘘よ! 全部仕組まれたことだわ!」


 ナンテーヌの声は震え、ニースの叫びは空しく響くだけ。

 侯爵令嬢であるはずのニースでさえ、その身分はもはや盾にならなかった。

 男爵令嬢ナンテーヌに至っては、言い逃れの余地すら奪われていた。


 ランスは静かに一歩前へ出る。

 その眼差しは冷徹に研ぎ澄まされ、声は鋼鉄のように硬かった。


「真実はひとつ。君たちは己の嫉妬と打算で、罪なき者を陥れようとした。それは決して許されぬ行為だ」


 空気が凍りついた。

 誰も口を開かない。

 ただ、ナンテーヌとニースのすすり泣きと、震える声だけが虚しく響く。


「以後、君たちの名は社交界から抹消される。自ら撒いた毒が、自らを蝕むだろう」


 冷酷な宣告。

 まるで裁判官が判決を下すかのように、ランスは言い放った。


 観衆からどよめきが上がる。

「なんてことを……」

「恥知らずめ」

 罵声が、容赦なく二人に降り注ぐ。


 涙に崩れ落ちるナンテーヌ。

 顔を怒りで歪めるニース。

 だが、彼女らの立場の違いは、皮肉にもこの場で露わになった。

 侯爵令嬢ニースにはまだ実家がある――だがその名誉は深く汚れた。

 男爵令嬢ナンテーヌには、もう後ろ盾すらなかった。


 ――そのとき。

 ランスは会場の隅で震えていたカンヌへと歩み寄った。


 差し伸べられた手。

「もう大丈夫だ。君を傷つける者は、二度と現れない」


 カンヌは涙をこらえきれず、その手を取った。

 会場にいた人々は、沈黙のままその光景を見守る。


 誰もが知った。この夜会はひとつの断罪劇の幕開けであり、ランスとカンヌの物語の新たな第一歩だと。


 煌めくシャンデリアの下、二人の姿だけが強く、鮮烈に輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ