第12話 ランスの告白
再会のカフェにて
数日後。
町の広場に面した小さなカフェに、私は一人で座っていた。窓際の席からは、夕暮れに染まる石畳の通りがよく見える。
待ち合わせの時刻より少し早く来たのは、落ち着かない心を誤魔化したかったからだ。
扉のベルが鳴り、視線を上げると――彼がいた。
ランスロット=マルセイユ。淡い金色の髪に夕日が差し込み、彼の横顔を輝かせる。
胸が高鳴るのを抑えきれず、思わず立ち上がった。
「カンヌ嬢、待たせてしまったかな」
「いえ、私が早く来ただけです」
互いに微笑んで席につく。店内は以前よりも落ち着いた雰囲気で、近くの客も少ない。まるで、この時を二人のために用意してくれたかのようだった。
紅茶とケーキを注文すると、短い沈黙が流れる。
けれど、不思議と居心地の悪さはなかった。むしろ、これから何か大切な言葉が交わされる予感がして――胸がそわそわしていた。
「……先日は、すまなかった」
ランスが口を開いた。
「サンオリ=ポールの件で君を怖い思いをさせてしまった。あのとき僕が殴られてでも、君を守ると決めていたのに……情けない姿を見せてしまった」
「そんなこと……!」私は慌てて首を振った。「ランス様がいてくださったから、私は勇気を出せたんです。あの場で一人だったら、とても……」
声が震えて、言葉の先が続かなくなる。
ランスはじっと私を見つめ、静かに息をついた。
「ありがとう。そう言ってもらえると救われるよ」
紅茶が運ばれてきた。カップを受け取り、私は小さく口をつける。けれど味はほとんど感じなかった。鼓動の音が大きすぎて、耳の奥で響いている。
「カンヌ嬢」
ランスの声が、やけに真剣だった。
「実は、どうしても伝えたいことがあって、今日こうして会ってもらったんだ」
「……はい」
胸がきゅっと縮む。言葉の先を待ちながら、指先が小さく震えるのを感じる。
「僕は――」
ランスはまっすぐに私を見つめた。
「君といると、とても穏やかな気持ちになる。甘いものを食べて笑い合ったあの日から、ずっと胸の奥で温かい灯がともったまま消えないんだ」
言葉を選ぶように、一つ一つ確かめるように続ける。
「これまで貴族の義務に縛られて、誰かと心を通わせることなんてないと思っていた。でも、君と出会って変わった。僕は、君と一緒に歩んでいきたい。……カンヌ嬢、どうか僕の傍にいてほしい」
頭が真っ白になる。
胸の奥で何かが弾けて、熱いものがこみ上げてくる。
「……私なんかが、本当に……いいのですか?」
気づけば、涙声になっていた。
ランスは驚いたように目を見開き、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「“私なんか”なんて言わないでほしい。君だからいいんだ。君だから、僕はここまで真剣になれる」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
ずっと恐れていた。過去のしがらみ、サンオリの影、貴族社会の噂……そんなものが私を縛って、誰かに心を開くことなんてできないと思っていた。
けれど今、目の前の彼は――そんな不安を全部、温かな手で溶かしてくれる気がした。
「……私も」
小さく声を絞り出す。
「ランス様と一緒にいると、怖いことも忘れられるんです。甘いものを食べて笑って……あんな時間が、ずっと続けばいいと心から思いました」
頬を赤らめながらも、私ははっきりと口にする。
「だから……はい。私でよければ、これからも傍にいさせてください」
ランスの瞳が驚きに揺れ、それから喜びに満ちて輝いた。
彼は思わず立ち上がり、そして慌てて言葉を探す。
「……ありがとう。本当に……ありがとう、カンヌ」
その声は震えていて、私の胸にまっすぐ届いた。
店内のざわめきも、外の鐘の音も、今はすべて遠くに感じる。ただ彼と私だけが、この世界にいるようだった。
紅茶はすっかり冷めてしまったけれど――
心の中には、熱い灯火がいつまでも燃えていた。
こうして、二人の想いは確かに重なった。
けれど同時に、サンオリ=ポールの影はまだ完全に消えたわけではない。
これから先、試練は訪れるだろう。
だが今だけは――
この小さなカフェで交わした約束を、胸の奥に強く刻む。
それが、私たち二人の新しい一歩となったのだから。




