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第10話 ランスロットの想い

夕闇が城の尖塔に落ちる頃、ランスロット=マルセイユは公爵家の広間に戻ってきた。

 石造りの床に響く足音を聞きつけ、母親である公爵夫人がすぐに迎えに出てきた。


「ランス……その顔、どうしたの?」

 彼女の目は心配に光り、頬にかすかな紅が差していたランスの顔をすぐに見つめる。

 腕をそっと差し伸べて、顔のあざや腫れを確かめようとする。


「母さん、心配しなくて大丈夫。かすり傷程度だ」

 ランスは柔らかく笑い、母の手をやんわりと止めた。

「稽古の途中でついたものと思えば、このくらいはよくあることだ」


「かすり傷……でも、あんなに殴られて……!」

 母親の声には、まだ震えが残っている。

 ランスはそっと肩をすくめた。


「護衛たちも、少し離れた場所から僕を見守っていた。もっと近くにいれば……という気持ちはあるけれど、カンヌとの距離を大事にしたかったから、あれでよかったんだ」

「カンヌ……?」

 母の声には軽い驚きが混ざった。

 ランスは頷き、言葉を続ける。


「彼女と一緒にいたんだ。あの騒ぎの中でも、僕は彼女を守りたいと思った。護衛たちには、今回のことは責める必要はないと伝えてある。彼女との時間を尊重したかったんだ」

 母親の表情が柔らかくなるが、心配の色はまだ完全には消えていない。


「……わかったわ。でも、サンオリ=ポールにはしっかりと償ってもらわないとね」

「ええ、母さん。今回の件は王家と公爵家の連盟でポール家に正式に苦情を申し立てた。あの家は……おそらく、貴族社会の中で孤立するだろう」

 ランスは少し微笑みを浮かべ、冷静に続ける。

「王の甥を公の場で殴ったのだから、当然の結果だ。過失はすべてサンオリにある。護衛たちや周囲の目も、それを見ていた」


 母は深く息をつき、安心したように微笑んだ。

「……それならよかった。ランス、あなたを心配していたのはそれだけじゃないのよ。カンヌ嬢とは……どういう感じなの?」

 ランスは少し頬を赤らめ、柔らかく微笑む。


「カフェ巡りをしていて、彼女以上に楽しい人はいなかった。あの人と過ごす時間は、今までにないほど自然で、心地よくて……できれば、これからも共に人生を歩みたいと思っている」

 母の目が一瞬輝いた。若い頃の恋の記憶が甦るかのように、彼女の頬が緩む。


「そう……ようやく、あなたに春が訪れたのね」

 彼女は嬉しそうに微笑み、深く頷く。


「釣書を送るわ。ふたりの縁を整えましょう」

 ランスはすぐに首を振る。


「待ってください、母さん。僕から彼女に告白したいんです。釣書は……その後で構いません」

 母は目を細めて微笑む。


「まあまあ……そう。それでいいわ。あなたが心から思うなら、応援する。カンヌ嬢も、きっとあなたの真剣な気持ちを受け止めてくれるでしょう」


 広間には柔らかな夕暮れの光が差し込み、暖炉の炎が壁を赤く照らしている。

 ランスの心も、安堵とわずかな高揚で満たされていた。

 今日の一件は、確かに衝撃的で、決して良い出来事ではなかった。

 しかし、それ以上に、自分の気持ちと向き合う大切な一歩となったことを、彼は強く感じていた。


「母さん……ありがとう。これからも、よろしくお願いします」

「ええ、ランス。しっかりと愛を育んでちょうだいね」

 母の言葉に、ランスは小さく頷き、微笑む。

 心の中で、カンヌの顔が浮かぶ――あの笑顔、あの穏やかな声、そして、彼女の毅然とした姿。


 夕暮れの公爵邸の庭を歩きながら、ランスは思う。

 守るべきもの、守りたい人、そして共に歩みたい人。

 全てがここにある。胸の奥に確かな熱が広がり、未来への期待で心が軽くなる。


「よし……まずは彼女に想いを伝えよう」

 ランスは決意を新たにし、ゆっくりと部屋へと戻った。

 

 母の目は優しく、そして微笑ましく見守っている。

 これから始まる新しい日々――ランスにとって、人生の中で最も大切な春の幕開けだった。

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