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8.マリアン

 長い時間馬車に揺られて屋敷に戻ると、屋敷の正面にある噴水の縁に黄色の派手なドレスを着た義妹のマリアンが座っていた。その近くにはメイド長のテッサもいて、なにやらマリアンの方を気にしているように思う。

 いつも通り屋敷の正面に馬車が止まって扉が開けられると、マリアンが俯いていた顔を上げてこちらに走ってくる。

「お姉様!」

 そう叫んで私のドレスにしがみついたマリアンは、泣いているようだった。

「どうしたの?」

 放っておくわけにもいかずマリアンを抱きとめたその時、私の脳内にある映像が見えた。

 困った様子の父と泣いている義母のコルネリア。

『貴族になれるって言ったのに! 嘘つき!』

『いや、でも貴族でなくてもぜいたくな暮らしはさせてやれるよ。泣かないでくれ』

 なんだか嫌な光景を見たなとため息をつきたくなったが、これは恐らく過去の出来事だろう。マリアンは、喧嘩している両親を見てどうしたらいいのかわからなくて泣いているのかもしれない。

 

「パパとママがずっと喧嘩してるの……マリィ、どうしたらいいのかわからなくて……」

 それを私に聞くのは間違っている。そう思うが、マリアンは恐らくなぜ自分がこの屋敷に居るのかよくわかっていないのだろう。私のことも、ただ姉ができるとしか聞いていないのかもしれない。

 きっと私の母が亡くなったばかりだということも知らないのだ。

「泣かないで、マリアン。いいものをあげるから」

 私は首を傾げるマリアンに、先ほど鉱山でもらってきた屑石を一つ差し出した。マリアンの瞳とよく似た濃い青色の屑石は、透明度が高く透き通っている。見る人によっては宝石にも見えるかもしれない。

「きれい……」

「そうでしょう? あなたにとても似合うと思うの」

「ありがとう、お姉様」

 瞳に涙を浮かべたまま笑うマリアンに、私は考える。実は父とコルネリアの喧嘩を止められるかもしれない方法が、一つだけある。だがそれでコルネリアが満足するとは思えなかった。

「さあ、まずは中に入りましょう? 美味しいクッキーがあるわ」

 マリアンは私にぴったりとくっついたまま歩く。甘えたがりなのだろう。全幅の信頼を寄せられているようで悪い気はしない。

 私がマリアンと接することが不安なのだろう、ミーシャは先ほどから毛を逆立てているし、テッサも緊張している様子だった。

 

「お茶を入れてちょうだい」

 そう頼むとテッサとメイドたちはきびきびとお茶を入れ始める。とくに頼んでも無いのに紅茶にミルクと砂糖を入れて甘くしてくれるのはさすがだと思う。クッキーもマリアンにあわせていつもより多めに用意してくれた。

 テッサたちがお茶を入れてくれる間、マリアンはソワソワと落ち着かない様子でメイドたちの動きを見ていた。ここで暮らしていても、マリアンはあくまで下級のお客様扱いだ。最低限の世話をしてくれるメイドしかマリアンにはついていなかった。

「お姉様は本物のお姫様なのね」

 ポツリとマリアンが零した言葉に思わずその目を見つめてしまう。マリアンの瞳は輝いていた。一瞬嫌味を言われたのかと邪推した自分が恥ずかしい。

「あのね、ママは貴族になりたいの。それが夢なんだって。貴族になったらマリィも幸せになれるからって言うの。ママはきっとお姉様みたいになりたいのね」

 それはちょっと違うのではないかと私は思ったが、マリアンはなにやら納得したように頷いている。訂正すると面倒なことになりそうなのでその辺りはスルーすることにした。

「お姉様。ママは貴族になれないの?」

 私は少し悩んだが正直に説明することにした。

「結論から言うと、なれるわ」

 それを聞いたマリアンの顔が輝いた。

「どうしたらいいの? 教えてお姉様」

「まずパパが貴族籍を取得する。それからママと結婚したら、ママは貴族婦人になれるのよ」

 父は治癒の異能を持っているので実はこれまでの功績で自分の爵位を持つことができる。爵位と言っても恐らくは末席の男爵位だが、この国は異能者はみな貴族としての特権を得られるようになっているのだ。

 父の場合は侯爵家の入り婿となったので、必要なかったから爵位が与えられていなかっただけだ。母が亡くなった今、侯爵家と縁を切り自分の爵位を得るのは自由だ。

 ただ問題はそんなことも知らない父が、自分の爵位を持ってうまくやっていけるのか。そしてコルネリアが男爵夫人という地位で満足するのかである。

「ママに教えてあげなくちゃ! ありがとう! お姉様」

 マリアンはクッキーも放り出して嬉しそうに走ってゆく。これを聞いたコルネリアがどんな判断をするのかわからないが、貴族になるとしたら二人は大変だろう。なにせ二人には最低限の教養さえないのだ。文字の読み書きもできないはずだ。

 貴族になったらそのタイミングで招待などもあるだろう。その時無礼な振る舞いをすれば即刻貴族社会に広まる。

 せめてマリアンの家庭教師はいい先生になるように裏から手を回すべきかと、私は真剣に考えた。

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