7.屑石
港のある町から馬車でしばらく、私たちはダイヤモンド鉱山に到着した。ここも母が存命の時は数回訪れていた。もっとも危ないからと採掘場には入れなかったが、鉱夫たちが綺麗な石をたくさん見せてくれたのはいい思い出だ。
だから私は覚えていた。ここにはあの石があることを。
「久しぶりね。ドラン。今日は欲しいものがあってきたの」
ドランはこの鉱山をまとめ役だ。私が来たと知るや猛スピードで私の元にやってきた。採掘場に居たのだろう、汗だくで大変そうだ。
「お久しぶりです。お嬢様。領主様のことは残念でなりません。お嬢様もあまり落ち込まれませんよう……」
ドランはそのガタイの良さのわりに繊細な人物だ。今も母親を亡くしたばかりの私を気遣ってくれている。
「ありがとう。みなに偲ばれて母もきっと幸せよ」
「それならよいのですが……。そうだ欲しいものがあるのですよね。ダイヤでしたらちょうど上質のものがありますよ」
「今日は違うの……欲しいのは昔もらった綺麗な屑石よ」
そう言うとドランは首を傾げる。ここに来る用事なんて普通はダイヤを吟味するくらいだろう。気持ちはわかる。でも私が欲しいのは屑石だ。
それはこの鉱山周辺でよくとれる、恐らくは水晶のような石である。透明な物もあれば色のついたものもある。希少価値をありがたがる貴族が価値が無いと判断したから、屑石と呼ばれ無価値とされているただの綺麗な石だ。庶民のアクセサリーに使われることもあるがそれだけの石だった。
「お願い、商品にならない透明な屑石を持ってきて。職人の所に一緒に来てちょうだい」
ドランは困惑しながらも売り物にならない透明な鉱石を箱に詰めて一緒に職人の所へ来てくれた。
加工職人たちはいきなりやってきた小さな領主に何事かと大慌てだ。
「あなたたちにお願いがあるの。この屑石を豆粒くらいに砕いて針が通るくらいの小さな穴をあけられるかしら」
「は? この屑石にですか? 穴は何のために?」
案の定告げられた内容に職人たちは首を傾げている。
「穴に針を通して、糸でドレスに縫い付けるの。たくさん作って売れたら、かなりの収入になると思わない?」
そう私が作ろうとしているのはビーズだ。唯菜の世界では当たり前だったそれがこの世界に無いと気がついた時、私は狂喜乱舞した。ビーズはきっと、この世界では金になる。今まで役に立たなかった見た目が綺麗なだけの屑石を売れるのだから。特に鉱山を有し、様々な種類の石がみられるテレス領ではきっと多くの利益を生むだろう。
「貸せ」
茫然としている職人たちの中でも老齢の職人が、私の手から小粒の石を奪い取る。するとあっという間に小さな穴を空けてみせた。
「おい嬢ちゃん。ドレスに縫い付けるって言ったな。そしたら磨かなきゃ話になんねぇ。形は? どうする?」
老齢の職人はその細い目で私を睨みながら聞いてくる。あまりの気迫に頼んだ私の方が気圧されてしまう。
「なるべく小さく、縫い付けた時に光を反射するようにしてください……あと、大きめの石で滴型の上部に穴をあけたものも欲しいです」
「いつまでに仕上げる?」
「二月後……私の領主任命式までにできるだけたくさん欲しいです。あ、縫い付ける時間も欲しいので一月ちょっとで仕上げてもらえると嬉しいです」
「その依頼、この工場で請け負う。俺ぁ腹が立ってたんだ。貴族の連中はダイヤ以外は見向きもしねぇ、どんな石も磨きゃあ光るってぇのによ。嬢ちゃん、楽しみにしてな。最高の宝石にしてやんよ」
そう言ってにやりと笑った職人は黙々と屑石を砕き始めた。
「……ありがとうございます」
職人の圧に負けてお礼を言いそびれたので、夢中で仕事をする背中に小さく声をかけた。
「お嬢様、大丈夫ですか? 領主の任命式で屑石のドレスを着るなんて……」
心配そうに声をかけてくるドランに私は満面の笑みで答える。
「大丈夫、勝算は十分にあるわ。貴族は新しいものが大好きだから……」
それでも浮かない顔をするドランに、私はもう一つのお願いをした。
「ねえ、昔見せてくれたあのキラキラの石も欲しいの。あのキラキラの部分を売ったらきっとお金になるわ」
「キラキラって、あの柔らかい石ですか? あれも屑石ですよ? それにキラキラの部分を売るってどうするんです?」
私が欲しいのは雲母だ。雲母と聞くとファンデーションでも作るのかと思うかもしれないが、唯菜は雲母がファンデーションになることは知っていても、作り方は知らなかった。
私が思いついたのはただ単純に、なら砕いて売るだけでいいのではということだ。
これは午前中に手に入れた貝殻と組み合わせることで、きっと素晴らしい相乗効果を発揮してくれる。
まだいぶかしげな顔をするドランから大量の雲母を受け取って、今日の外出の目的を果たすことができた。
私は上機嫌で馬車に揺られ、屋敷へ帰るのであった。




