6.貝殻
着替えが終わると、ミーシャだけを連れて馬車に乗る。侯爵家の護衛騎士が馬車の周りを警護してくれているので二人きりではないが、外出は楽しい。
「お嬢様、港には何をしに行くのですか?」
ミーシャの問いに私は得意げになって答える。
「貝をもらいにいくのよ」
「貝ですか……? そんなもの届けてもらえばよろしいのでは?」
ミーシャの疑問はもっともだが、貝にも色々種類がある。今回私はそれらを自分の目で見極めて選びたかったのだ。
「とても大切なことなの。ミーシャも後でわかるわ」
私が笑うとミーシャもつられて微笑んでくれる。私たちの乗った馬車はやがて漁業が盛んな港町に到着した。
侯爵家の馬車が到着すると、港はいつもちょっとした騒ぎになる。朝の漁とセリが終わって邪魔にならない時間を選んだが、さすがに領主の馬車が港にくると皆緊張するのだ。
「お嬢様、何か御用で?」
馬車を止めて降りると、遠くから慌てて港のまとめ役のカミスが走ってくる。
「大した用事じゃないのよ。ただ貝殻が欲しくて、加工場を見せてもらえる?」
「貝殻ですかい? もちろんいいですが、そんなものどうするんで……?」
「ちょっと新たな試みを始めようと思って……うまくいったら邪魔だった貝殻がお金になるわ」
貝殻が金になると聞いて、カミスは目を見開いている。
「そうだ、近々私の侯爵家の当主としての任命式があるわ。先代領主の遺言に従って、その日は領のみんなにお酒が振舞われるから楽しみにしていてね」
普通は領主が死んで一年経って喪が明けるまでは祝い事は自粛する。しかし新たな領主が任命式を終えた祝いやその他の祭りを通常どおり行うようにと、母の遺書には書いてあった。
幼くして領主となる私が少しでも領民に受け入れられるようにと、母は考えてくれたのだろう。
私はよく母が領民の治療や領の管理をするのについて回っていた。それも今思えば領民に受け入れられるようにするためだったのだ。母には感謝してもしきれない。
酒が振舞われると聞いて、周りで聞いていた漁夫たちから歓声が上がる。調子よく新領主様万歳と叫ぶ声に苦笑して、カミスについて行った。
「お嬢様、ここが貝の加工場です。貝殻は隅にまとめてあります」
ここは干し貝を作る加工場だ。海でとれる様々な貝の加工をしているため、大量の貝殻があった。
「できるだけ白い貝殻がいいの、どれがいいかしら?」
「白ですかい? ならこいつですかね」
それはホタテに似た貝だった。海から採ったため少し汚れているが、丁寧に洗えば問題なく使えそうだ。
「いいわね。これと他の貝もいくつか包んでちょうだい。あとしばらく貝殻は捨てずに保管しておいてほしいの、保管場所に困ったら、多くてもかまわないから侯爵家に送って」
貝殻の使い道について、私が考えているのは二つある。そのうちの一つは、どの貝殻でもいいはずだ。一度自分で実験をしてみて、実用可能ならこの街に工場を建てようと思っている。
「お嬢様、昼はここで食べていきますか? 今日はいい魚が入ってるんで、海を眺めながら食べていってくだせぇ」
まとめ役は私の事を小さなころから知っている。母が領民との交流を好む人だったので、貴族ながら庶民の食事を一緒にとることが多かったのだ。母が死んで孤軍奮闘する私を気遣ってくれているのか、食事に誘ってくれた。
「ありがとう。一緒に食べたいわ。近況も聞きたいし」
私が漁夫たちのたまり場に行くと、みんな当たり前のように一番いい席を用意してくれた。母と来た時もいつもこうだったなと懐かしい気持ちになる。
「お嬢様。ちょうど鍋がいいっ具合っすよ。骨には気を付けてくださいね」
漁夫たちはとても気さくで話しやすい。一応ミーシャに毒味してもらって口に入れるが、それに気を悪くした様子もない。
採れたての魚介を夢中になって食べていたら、いつの間にか漁夫たちに微笑ましい目で見られていて顔が赤くなった。
「食べ終わったら舟遊びはどうですかい? あそこの島まで乗せていきますよ」
一人の漁夫が少し離れたところにある島を指して言う。
「残念だけど午後は別の用事があるの。……ところであの島は何に使っているの?」
「いや、特に何もないっすよ? ただの小さい島です」
「養殖場とか作れないかしら……」
私がポツリと呟くと、みな不思議そうな顔をした。
「それは何です?」
「養殖、つまり魚や貝を一から育てられないかってことよ。網で海を区切って他の魚に襲われないようにして、卵から育てるの。最初はお金がかかるけど、うまく循環させることができれば安定した収入を見込めるわ」
私には養殖の詳しい知識はないが、カミスは思うところがあったのだろう。すこし考えて顔を上げると、私に言ってきた。
「それ、挑戦してみていいですかね。お嬢様も知っての通り、ここらの海は荒れやすいから遠くまで船を出せない日が多い。あの島にならいつでも行けるし、少しでも安定した収入になるならみんな安心して暮らせます」
ふとした思い付きから大きな試みに発展してしまった。しかし彼らがやると言っているのだから任せても大丈夫だろう。私は領主として資金を工面するだけだ。
「成功を楽しみにしているわ。予算のことが決まったら連絡するから、よろしくね」
帰宅したら早速執事に相談しよう。ほとんどのお金の管理は代理でやってもらって、私は最終確認をすればいいようになっている。そうでないとこの広い領地全てを管理しきれないからだ。
満足な予算を工面できるといいなと考えながら、私は港を後にした。




