5.未来を変えるために
私は予知した未来を変えることを決意した。具体的に何をすればいいのかはまだわからないが、予知の中での私はなにかの罪を犯すらしい。ならば細心の注意を払って罪人にならないようにするだけだ。
「あとは唯菜の夢を実現させないと……きっとそれが、予知を回避することにも繋がるはず」
唯菜の夢は自分の児童養護施設を持つという単純な夢だったが、それを為すには大きな壁があった。唯菜の作りたいと願う施設は日本の法律では実現不可能だったのだ。
唯菜は必死に法律について調べていたが、施設を作ろうとすれば結局既存の施設のありかたに習うしかなく、新たな形を作り出すことは難しいということがわかっただけだった。
しかしこの世界には、孤児院等を規制する法律などない。ここでなら唯菜が理想とした施設を作ることができる。
領主らしく保護施設の運営に精を出し、善行を行っていれば、罪に問われるようなことも無くなるはずだ。
私は以前は当主教育の一環でしか貧しい人のことなど気にしたことはなかったが、あのドブ川に沈んだ少年と唯菜のおかげで今では社会福祉に並々ならぬ関心を抱いていた。
もしかしたら私は唯菜の半生を見たことで、唯菜に同調しているのかもしれない。しかしそれでもいいと思った。優しく強く、勤勉な唯菜は私から見ても尊敬できる人物だったからだ。
「ミーシャ、明日は海と山に行くわよ」
私はミーシャを呼ぶと出かける支度をしておくように申し付けた。理想とする保護施設を作るために、まずはやらなければならないことがある。それは資金稼ぎだ。私には侯爵家の財産の他に、母の残してくれた私財もあったが、施設設営のために新たにそれ用の商売を始めようと思ったのだ。
少し前の私には新たな事業を始める知恵などなかったが、唯菜の生きていた日本にはこの国よりはるかに色々な物があった。ほとんどの作り方はさすがの唯菜でもわからなかったが、わかるものもある。私はそれを商品としてブランドを立ち上げようと思った。
「ごきげんですね。お嬢様」
翌日、ミーシャが服を着せてくれながら声をかけてくる。この世界の貴族の服は着るのに時間がかかる。だから私はいつもお人形のように着せ替えられるのを待つしかないのだ。
なぜ服を着るのにそんなに時間がかかるのか。それはこの世界の貴族女性の服がパーツごとに分かれていて、最後にコルセットで止める方式だからだ。財力を見せつけるようにふんだんに布を使うため、はっきり言ってかわいくないし重くて動きづらかった。
「そうね、新しいことを始めるのは楽しいわ。そうだわテッサ。お願いがあるの」
一緒に服を着せるのを手伝ってくれていたテッサは静かに返事をして私を見た。
「あのね、実力のある針子をどこかから引き抜いてほしいの。私の指示通りのを作らせるわ」
「引き抜きですか……心当たりがありますので、五日ばかりお待ちいただけますか」
私はテッサの言葉に驚いた。てっきり一月はかかるものと思っていたからだ。
「訳ありなの?」
「実はガーデンで働いている針子が私の友人なのですが、ガーデンでの待遇に不満があるらしく辞めたいと言っているのです。しかし次の仕事を探そうにも近隣の服飾店に圧力をかけられたらしく転職が難しいと……どこか好待遇で働ける場所はないかと手紙をもらったところなのです」
ガーデンとは王都で一番人気の服飾店だ。王室御用達までいただいている最高級店である。このテレス侯爵家の土地は王都を含む王家所有の土地の隣にあるため、精々馬車で三日といった距離だ。手紙を届ける早馬を使えばもっと早い。五日あれば手紙を出して返事が返ってくるだろう。
なんという幸運だろうか。ガーデンの針子なら実力はかなりのものであるはずだ。
「お金に糸目はつけないわ。ゆくゆくは私が立ち上げる新しいブランドの針子として働いてもらうけど、しばらくは私付きの針子として雇ってちょうだい。すぐに来られるように使用人寮に部屋を用意して」
かしこまりましたと頭を下げたテッサに、私は夢が形になってゆく予感がしてわくわくしていた。