4.異能
「お嬢様、本当に大丈夫ですか?」
ミーシャに抱き上げられながら書庫に行く道すがら、何度もそう聞かれた。私はいろいろなことがありすぎて青い顔をしているのだと思う。しかしこればかりはすぐに調べないと安心できない。
「大丈夫、ちょっと調べ物をするだけよ」
書庫の椅子に座らせてもらうと、ミーシャに異能に関する本を持ってきてもらう。
「お嬢様、もしかして異能が発現したのですか?」
「……ミーシャにだから言うけど、そうみたいなの。でも内緒にしてくれる?」
ミーシャはそれで察してくれたらしい。世の中にはあまり世間に知られない方がいい異能がいくつかある。静かに頭を下げて、黙ったミーシャはきっと気がついたのだろう。
ミーシャの生家であるテレジア子爵家は代々テレス侯爵家の寄り子だ。代々虎獣人の血を濃くしているテレジア家は、白い虎の守護獣を従えるテレス家に忠誠を誓っているのである。
私にとってミーシャ以上に信頼できる護衛はいない。
ミーシャに持ってきてもらった本を読むと、未来視の異能の情報はすぐに見つかった。数十年前の情報だが、未来視の異能者自身が書き残した手記であり、信ぴょう性がある。
「私は見た未来を変えることができるのか、実験することにした。何十もの予知をし検証した結果、未来視で見た事象は回避可能であると判断した……」
私はほっとして一旦本から目を離す。これは他の異能者で検証したものであるが、同じ異能者の能力を比較すると、力の強さに違いはあってもその異能の能力自体に差はないのだという。それはどの異能でもそうだというから、過去の未来視の異能者が未来を変えられたのなら私もそれができる可能性が極めて高いということだ。
「ただ未来視は、自分が望んだ時に自由に未来を見ることはできない。いつも突然、未来が見えるのだ……」
私は手記に没頭した。自らの異能について把握しておきたかったからだ。
それほど厚みのなかった本はすぐに読み終わって、私は少し驚いた。まだ九歳である私は少し前まで本を読むのが遅かった。しかし唯菜の記憶を得たためだろうか、理解力が明らかに向上していたのだ。
「もしかして過去視って、見たものによってはその分の経験値も得られるのかしら?」
もしも過去視で見たことによって、唯菜の人生経験がそのまま私の経験値として蓄積させるなら嬉しい誤算だ。異能が暴走してよかったと言える。守ってくれる母が死んで、私はこれから一人で歩まなければならないのだから。
ちゃんと能力について知っておこうと、今度は過去視の本を探して読んでみる。知りたい内容は見つからなかったが、自ら望んだものを見ることはできないという点においては、未来視と近い能力のようだった。
本を読み終わって体を伸ばす。すかさずミーシャがやってきてお茶を入れてくれた。獣人の手は人間より不器用で、お茶を入れるのも大変なはずなのだが、ミーシャはいつも美味しいお茶を入れてくれる。
「ありがとう。ミーシャ」
「いえ、本を戻してまいりますね」
あたたかいお茶を飲みながらくつろいでいると、窓の外からなにやらガサガサと音がした。
「あ……」
子供の声がしたのでそちらを向くと、土でドレスを汚して花を手に持った義妹のマリアンが目を見開いてこちらを見ていた。
すぐに気づいたミーシャが私の後ろに立ってマリアンを睨む。
「ひっ……」
ミーシャが怖かったのだろう。怯えた様子だがなぜかそこから立ち去ろうとはしない。その青い瞳は何か言いたげにさ迷っている。しびれを切らした私はこちらから声をかけることにした。
「何?」
私が声をかけるとマリアンはおずおずと話し出す。
「あの……具合悪いって聞いたの。……マリィ、異能で病気直せるから」
私は少し驚いた。この子は金をもらわなければ絶対に治療をしない父とは違うらしい。現に私が十日も眠っていたのに、父は私の治療をしようとしなかったそうだ。
それにしてもマリアンは私と同じ九歳のはずだが、私よりずいぶん幼く感じる。自分のことをマリィと愛称で呼んでいるあたりが子供っぽい。
生まれたころから侯爵家の当主となるために育てられた私と、平民のマリアンでは精神の成熟度合いが違うのかもしれない。唯菜の記憶を得た私とはさらに差がついたのだろう。
「ありがとう。治してくれる?」
子供に厳しくする気にもなれず、私はマリアンに手を差し出した。マリアンは嬉しそうにその手を取って異能を使う。
途端に体が軽くなって、私はまた驚いた。もしかしたらマリアンの異能の強さは、私の母より上かもしれない。
「あのね、これあげる!」
私が自身を拒絶しなかったことに気をよくしたのだろう。マリアンはまた満面の笑みで片手に持っていた花を差し出した。
「とても楽になったわ。お花もありがとう」
そう言うとマリアンは、また探検してくるねと言いながら去ってゆく。あのコルネリアの子とは思えないくらい無垢な子である。
「お嬢様。大丈夫ですか?」
「大丈夫。むしろ疲れが全く無くなったわ。部屋に戻りましょう」
そう言いながら、私は予知の事を考えていた。私が剣で刺されるその場に、マリアンはいるのだ。今後マリアンとどう接するべきか、私は考えあぐねていた。