30.法改正
それから二ヵ月の間、私は領地の法改正を頑張った。私が行った大きな法改正は、最低賃金法の制定だ。これは反対意見が多くあったが、領地の現状を考えると、改正が必要だった。
現在この領地には、一日中働いても暮らしていけないくらいの賃金しかもらえない労働者が多くいるのだ。そういう人々が貧民街に流れ着き、治安の悪化につながっている。
これは本当に難しい問題で、最低賃金法を制定したとしても低額から徐々に金額を上げていかないと大量の失業者が出てしまうだろう。侯爵家の広い領地の一部を代わりに管理してくれている各地の代官と議論を重ね、一刻も早く制定できるように調整するのは本当に大変だった。
そしてこれは私の未来への展望を聞いたある代官の一言から生まれたアイディアなのだが、今建設中の大規模な工場兼児童保護施設を、短期間なら大人も利用することができる労働者の相談所も兼ねることにした。要するにハローワークのような職業斡旋所にするのである。
貧民街のすべての大人を受け入れることは正直難しい。しかし若く体力があるが身元の保証人が居ないために働き先が見つからず貧民街に流れ着いたものもいる。そういった者を開墾予定地や若者不足など人手を必要としている土地に紹介することで、貧困にあえぐ人を減らそうという試みだ。
二ヵ月間休みなく議論を重ねてやっと法案が形になった頃、大工たちから保護施設の建物が完成したとの連絡がきた。
私はすぐに馬車に乗って施設に向かう。久しぶりに外出する私の顔はよっぽど緩んでいたのだろう。テッサとミーシャは施設の完成を一緒に喜んでくれた。
しかし今回初めて専属護衛騎士として屋敷の外に出るラシャードは緊張しているようだった。この二ヵ月間専属護衛騎士としての職務を学ぶため、デルタと共によく私の側に控えていたラシャードだが、私があまりに忙しくしていたせいか全く打ち解けられていない。今も馬車の中で肩身が狭そうにしている。
「……ラシャード。騎士としての訓練はどう? 私が会議をしている間、デルタ団長にしごかれていたのでしょう?」
話しかけたら少し驚いた顔をされた。とって食うつもりはないのだけど。
「剣は……使えるようになりました。俺は身体強化の異能持ちなので、上達が早いのは当然だと言われましたけど……シーリーン様の専属護衛騎士として相応しいのかどうかは……正直わかりません」
ラシャードは膝の上でこぶしを握り締めている。何か葛藤しているようだ。異能で見た彼の母親を殺した男というのが私の想像通りの人物なら、もしかしたら彼は。
「貴族が嫌い?」
突然たずねたからだろう、ラシャードは目を見開いて硬直した。きっと彼は貴族を憎んでいる。でも母の復讐のために強くなりたくて騎士団に入ったのだろう。
「あ、俺は……シーリーン様のことが嫌いなわけではありません」
ラシャードは俯いて、申し訳なさそうに言う。復讐を願っていても、貴族がすべて母親を死なせた者と同じではないことはわかっているのだろう。
でもきっと憎しみを消すことができないでいるのだ。
時間がかかったとしても、仲良くなりたいと思う。そして彼にも幸せになってほしい。
「いいのよ。私は気にしない。……でもね見ていてほしいの。私のすることを。そして私を信じることができたら、いつかあなたの事情を聞かせてちょうだい。……あなたの手助けがしたいの」
私は微笑んでラシャードに言う。ラシャードは困惑しきった顔をしている。
足元で寝そべっているエリュシカ様がため息をついた。エリュシカ様にはラシャードを専属護衛騎士にした理由を話していた。場合によっては獅子身中の虫になりかねないラシャードを飼いこむことを、エリュシカ様はあまりよく思っていない。
そんな話をしているうちに、馬車は目的地に到着した。外から領主様と叫ぶ声が聞こえてくる。
「さて行きましょうか。どんな出来か楽しみだわ」
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