3.乙女ゲーム?
部屋に戻ると急激な疲労感に襲われた。メイドたちはそんな私をいたわしそうに見ている。母親が亡くなった直後、意識のない間に父が愛人とその子を連れ込んだら普通は耐えられない。事前に母に教えてもらっていなかったら私だって泣いていたかもしれない。
「シーリーンお嬢様。朝食をどうぞ」
メイドたちの間でも父の印象は最悪なのだろう。みんな私の心を労わってくれているようだ。
胃に優しいパン粥を食べながら、私はくつろいでいた。
母が亡くなったばかりだというのに、悲しむいとまもなかったのだ。静かにゆっくり食事をとる時間は私の心を落ち着かせた。
凪いだ頭でこれからの事を考える。
唯菜の記憶は私の意識を大きく変えた。今までの私は母に教わったように、ただ漠然とよき領主になることしか考えていなかった。しかし疑問に思ったのだ。このままでいいのだろうかと。
目を閉じると鮮明に思い出せる。ドブ川に沈んだあの男の子のことを。そして唯菜の記憶に出てきたあの女の子のことを。
母は貴族ばかり治療していた父とは違い、安価で平民の治療もしていた。それが持つ者の義務だと言っていた母を、私は尊敬している。
私は治癒の異能持ちではない。では私にできることは何だろう。母のように、持つ者の義務を果たす方法があるのではないだろうか。
「子供食堂……ううんそれだけじゃ駄目、もっとたくさんの弱者を助けられる施設にしたい」
子供食堂の手伝いをしていた唯菜だが。そこでできることには限界があった。いつも変わらない現実にやきもきしながら、改善策を考えていた。
唯菜には叶えたい理想があった。それはこれまでのシーリーンには無かったものだ。
「唯菜の夢……私なら叶えられるかも」
そうと決まれば善は急げと、考えを紙にまとめるために立ち上がった時、私はひどい頭痛に襲われた。一瞬ふらついたせいで卓上の皿が床に落ち、メイドたちが駆け寄ってくる。
その瞬き一つの間に、私は不思議な夢を見た。
広く真っ白な部屋。その中央で私は猛烈な痛みに耐えていた。側には私を見る五人の人。そのうちの一人は血にぬれた剣を持っている。刺されたのだと私は理解していた。
五人の中の一人、見覚えのある顔があった。先程会ったばかりの義妹、マリアンだ。恐らく十代半ばの姿まで成長しているが、マリアンに間違いないだろう。
「どうしてこんなことを、お姉様……!」
マリアンは四人の男たちに囲まれて涙を流している。
「マリアン。シーリーンは仕方がない。それだけのことをしたんだ。諦めよう」
隣の男がマリアンの肩を抱き寄せると、マリアンはその胸の中で泣き崩れた。他の男たちも気づかわし気にマリアンを見ている。その光景はまるで美しい絵物語のようだった。
「シーリーンお嬢様!大丈夫ですか!?」
ミーシャの大きな手に抱えられて、意識が現実に戻ると私は混乱した。もしかしたら私は珍しい二つの異能持ちなのかもしれない。
今見たのは明らかに未来の夢だ。異能の効果か、そう確信できた。未来視と過去視のセットだなんてあまりに珍しすぎる。この異能は隠した方がいいかもしれない。隠さないと母のように国に勝手に婚約者を決められてしまうし、自由が無くなる。
その後私は心配したメイドたちの手によって寝台に運ばれた。
寝台の中で、さっき見た夢を整理する。
何やら私は罪を犯し、殺されるらしい。先程夢で感じた痛みを思い出すと、恐怖で身が震える。
「なんか乙女ゲームの悪役令嬢みたいだったな……」
美形の男たちに囲まれて涙する美女に最期を迎える悪女とくれば、唯菜の記憶の中の乙女ゲームが思い浮かぶ。
それにしても、殺されたくはない。
「未来って、変えられるの?」
震える体を抱きしめながら、私は一生懸命考えた。私は今さっき未来への展望が見えたばかりだ。死にたくない。
「そうだ、書庫にならあるかも……」
書庫には異能について書かれた本があるはずだ。私はベッドのそばに待機していたミーシャに声をかけると、書庫に向かうことにした。