18.王子
「おい、お前。俺に挨拶は?」
居丈高に声をかけてきたのはこのエルサニカ王国の第二王子、ラルフ・E・ジョンソンだ。彼は王妃の子ではないく愛妾の子だった。この国では愛妾の子は親元を離され王妃の元で育てられる。定期的に親に会う事は許されているが、基本王妃の子として扱われるのだ。
それでも王妃は自分の子供のように育てようと努力している。だがいかんせん彼の性格はねじ曲がっているので王妃の愛も届かない。
いったいどうしてこの会場にいるのか、王妃が許したんだとしたら抗議したい思うほどに出会いは最悪だった。
「まあ、ラルフ殿下。殿下は三年前私に二度と声をかけるなとおっしゃいました。ご自分で言い出したのに、それを反故になさるのですか?」
そうなのだ。彼は三年前、私の婚約者候補だった。しかし彼に会うやいなや浴びせられた暴言と暴力に私の母が怒り、婚約はなかったことになったのだ。その時ばかりは王妃も母と私に平謝りしていた。
王妃は愛妾腹の王子に少しでも条件の良い結婚をさせてやりたい一心だっただろうに、それを自ら台無しにしたのは王子ある。
「相変わらず可愛くない女だな。せっかく俺が祝いに来てやったのに」
私はこいつの首を絞めてやりたい衝動にかられた。昔王子にされた仕打ちを、私は忘れていない。バラ園に突き飛ばされて傷だらけになった挙句池に突き落とされ、さらに容姿を罵倒され続けた。
「小僧、またシーリーンに危害を加えるつもりなら、私が黙っていないぞ」
私が王子に声をかけられたことに気がついたのだろう、エリュシカ様が私のそばに来てくれた。
三年前も、母についていたエリュシカ様の言葉が無ければ、王家からの縁談を断るのは難しかったかもしれない。私がされた仕打ちにエリュシカ様が誰より怒ってくれたからこそ、この王子は永久に私と婚約する権利を失ったのだ。
威嚇するエリュシカ様に王子はひるんだ様子だった。守護獣はあまり人間の行いに口を挟まないが、一度敵対するとその行動は苛烈だ。神との制約があるらしく人間の殺害はできないが、殺さないなら何をしても許されるのである。今のエリュシカ様は王子を敵と認識している。
「ラルフ。謝罪はすんだのですか」
こちらの様子に気がついたのだろう、さらに王妃までこちらにやってきた。
「ごめんなさい、シーリーン。この子がどうしてもあなたに謝罪したいというから連れてきたのだけど、なにかあったのかしら?」
「この者に反省の意などない。またシーリーンに暴言を吐いていた」
エリュシカ様に言われた王妃はその美しい眉を歪める。
「ラルフ。どういうことですか。あなたはシーリーンに三年前のことを謝罪するために来たはずでしょう?」
「もちろんそうするつもりです。そして詫びにまた俺が婚約者になってやろうと今伝えるつもりでした」
この発言には私も王妃も意味がわからなくて困惑した。
「ラルフ、シーリーンがあなたと婚約するのはありえませんよ。だってあなたは守護獣様の怒りに触れた。それにまたと言いますが、あなたとシーリーンが婚約していたという事実もありません。あの日はあくまで相性を見るための顔合わせだったのだから」
それを聞いた王子は驚いた顔をしている。彼は恐らく私と婚約するのが自分にとってうま味が多いと気がついたのだろう。私への暴力事件と普段の言動で彼は他の高位貴族にも敬遠されている。下級貴族にしか婚約相手が見つからないのだろう。
自業自得だと思うが、自分の首がしまるまで気がつかなかったのだろうなと思う。王妃と第一王子はあんなに謙虚なのに。どうして第二王子だけ傲慢に育ったのか疑問に思う。
その時私の頭に一瞬の映像が浮かんだ。国王の愛妾の膝の上に座る金髪の子供。
「あなたは国王の子だから、国王の次に偉いのですよ。何をしても許されるの。だから、必ず次の王になりなさい」
まるで洗脳のように囁く愛妾の声に、おぞ気立った。王妃と愛妾は仲が良いと聞いていたが、実際はそうではないようだ。そういう育てられ方をしたから王子は傲慢に育ったのだろう。
「ごめんなさい、シーリーン。反省したと思っていたのだけど、違ったみたい。すぐに帰らせるわね」
王妃は使用人を呼んでまるで連行するように王子を連れて行かせた。振り返った王子が私を睨むが、エリュシカ様が前に出てくれる。
それにしてもだ。久しぶりに王子の顔を見たら気がついたことがあった。あの未来の夢の中で、マリアンの肩を抱いていた青年に似ていると。
これから王子とマリアンは恋に落ちるのだろうか。あんな暴力男がマリアンの夫になると考えたらまたマリアンが心配になった。




