16.領主任命式
今日はいよいよ領主任命式だ。この日まで商会の開設や領地の仕事などでとても忙しかった。
領主任命式は神より守護獣を賜った高位貴族が必ずやらなければならない神事である。神事であるため、場所は中央神殿だ。この神事のために毎回必ず王族がやってくるほど重要な神事なのである。この日のために私は数日前から王都にある別邸に滞在している。
「シーリーン様。素敵です!」
カミーユが着飾った私を見て感嘆のため息を零す。カミーユが作ったドレスは黒の布に透明なビーズを夜空の星のように大量に散らしたものだ。今の社交界の流行からは明らかに異なるデザインだが、カミーユは早々に立体裁断を身につけて完成させてくれた。この立体的なデザインは王都一のブランドであるガーデンも再現不可能だろう。
もちろん胡粉ネイルも忘れていない。ラメは爪の他に、ボディークリームに混ぜてデコルテや目じり、香油に混ぜて髪にも散らした。私の髪は銀髪なので、こちらは光に当てないとわからない。ちょっとやりすぎかと思ったが、インパクトを残すにはこれくらいやった方がいいとテッサに強く勧められた。
「さあ、久しぶりに降臨なさるエリュシカ様を迎えに行きましょう!」
支度を済ませ馬車に乗ると途端に緊張してきた。テレス家の守護獣であるエリュシカ様にまた会えるのは嬉しいが、それよりも心配事の方が多い。まずはこのドレスが社交界に受け入れられるかどうかだ。
叔母を介して王妃には事前に奇抜な衣装で出席するむねを伝えているが、それを王妃がどう評価するかで明暗は分かれる。
うまくいきますようにと願わずにはいられない。
中央神殿に到着すると、私とテッサ、ミーシャは個室の待機場に案内された。
「お嬢様、少し緊張しすぎでは?」
落ち着かなくて歩き回る私にテッサが座るように促す。ミーシャはいつものようにお茶を入れてくれた。
「だってね、心配なのよ。ここには王妃様と高位貴族と、寄子たちまで来ているのよ。失敗はできないわ」
「お嬢様なら大丈夫です。このミーシャも会場の隅から見守っておりますから!」
ミーシャが入れてくれたのは母が好きだったジャスミンティーだ。ジャスミンティーは本来花で香り付けしただけの平民のお茶だが、母は香りを好んで飲んでいた。ミーシャはわざわざ屋敷から茶葉を持ってきてくれたのだろう。
私は座ってお茶を楽しむ。このお茶を飲んでいると母に励まされているような気分になった。
「お時間でございます。光の間へおこしください」
今日の主役である私は一番最後の入場だ。いよいよかと私は神官に案内されて光の間の大扉の前に立った。
案内してくれた神官が扉を開くと、光の間の中が見える。天井の空いた白い部屋は陽光が差し込んでいて明るい。ラメやビーズが光を反射するのに丁度良い光加減だと私はほくそ笑む。
中央には魔法陣のような文様が描かれていて、神官長が立っていた。その奥には国王と王妃、私と同い年の二番目の王子が居る。そして両サイドには高位貴族と寄子たちの家の代表が勢ぞろいしていた。
先代が死んだ喪があけていないので、みんな黒い服を身にまとっている。その中で、私の衣装はかなり目立つだろう。
私は神官の後に続いて光の間に入る。背筋を伸ばして、美しく、少しでも服が良く見えるように。場がざわついたのを感じたが、うつむくことはない。堂々と前を向いて歩いた。
スカートに縫い付けられたビーズが、陽光できらめくのがわかる。演出は大成功だろう。王妃が目を見開いてこちらを見ていた。
「これより、守護獣様ご降臨の神事を執り行う」
神官長の前まで来ると、老人と言ってさしつえない年齢の神官長から出たとは思えないようなよく通る声で、神事の始まりを告げられた。
「シーリーン・テレス。テレス侯爵家先代当主アイリーン・テレスの逝去により、当主交代のため守護獣様との契約を新たに結びなおすことに異論はないか」
「ございません」
私が頷くと、神官長が魔法陣の中に置いてあったろうそくに火を灯す。神事は厳かに進んだ。神官長が神に捧げる祝詞を唱えだすと、会場は静寂に包まれる。祝詞は十分ほど続き、そろそろ飽きてきたなという頃、魔法陣が光りだす。
それは太陽の光に負けないほど美しい光だった。まるでここが暗闇であったと錯覚するほどのまばゆい光に、皆が目をこらす。
すると、魔法陣の中にうっすらとその姿が見えてきた。テレス家の守護獣、エリュシカ様。私にとっては母が亡くなって以来の再会だ。




