14.立体裁断
「私があなたに覚えてほしいのは立体裁断という技術なの」
立体裁断とは本来なら製図によって作られる服を、製図なしで作成するというものだ。要するに型紙が存在しないのである。
そんなの説明書も無いのにプラモデルを組み立てるようなものだろうと思うかもしれない。しかし立体裁断はそうではない。製図ではないが手本となる物は存在するのだ。
それは布製の人体を模したトルソー、つまりはマネキンである。立体裁断はそこにピンを使って直接布を固定して、布のカットを行うのだ。それはつまり、布の当て方によってはどんなデザインでもサイズぴったりに仕上げることができるということだ。
慣れるまでは難しいが、慣れると創作の幅がかなり広がる。当時十四世紀のフランスで革命をおこした技術である。
そのことを説明すると、カミーユの目が輝いた。
「製図ではなく、人体を模した人形に直接布をあてて作るのですね……初めての試みですが、面白そうです。では早速シーリーン様の人形を作らなければなりませんね。採寸と、よろしければより精巧に作るため、シーリーン様のお体に直接布をあてさせて下さいませんか? 針が刺さらないようにいたしますので」
どうやらやる気になってくれたようなので、私は鷹揚に頷く。
「もちろんよ。およそ二月後この衣装が完成するまでは、すべての時間を練習と技術の確立に費やしてちょうだい。うまくいったらおよそ三か月後にはあなたに新しいお店を任せるわ。そうそう、このデザイン画にビーズを縫い付けると書かれているけど、ビーズに関する説明はテッサから聞いてちょうだい」
店と言っても完全予約制の高級志向の店だ。最初の内は一月で二着程度作れれば御の字だ。最初の客はもちろん王妃と叔母だ。社交界の華である二人ならきっと新しい技術に食いつくであろう。
「そうだわテッサ、彼女の部下になる人材も探してちょうだい。後のことも考えて十人はいると嬉しいわ」
そうテッサに指示すると、カミーユが手を上げる。
「でしたら私の友人を呼んでもかまいませんか? 私の他にもガーデンでひどい扱いを受けている子がおりましたし、他の店でも獣人蔑視の環境で働いている同胞がいるのです」
服飾業界はどうにもブラックなようだ。平気そうにしているが、カミーユの目の下にはこびりついたような隈がある。低賃金で酷使されてきたのだろう。
「もちろん、ちゃんと技術がある子なら大歓迎よ。早めに呼びつけて、みんなで研究してちょうだい。忙しくなって申し訳ないけど、賃金ははずむわ」
私は他の店から人材を引き抜くことを悪いと思わない。だって引き止められない方が悪いのだと思う。こちらは声をかけるだけであくどい手は使っていないのだから、ガーデンの針子が減ろうが知ったことではない。
「それとこれを渡しておくわね。私が考えたデザイン帳よ。いずれはこれらすべてを再現可能にしてほしいの。そうすれば、デザインの幅がもっと広がるわ」
これは唯菜の世界にあったデザインを、部位別に細かく記したのものだ。これらを組み合わせればどんな新しいデザインも思いのままだろう。これは唯菜が服飾を好んでいたからできた物だ。私は唯菜に感謝している。
受け取ったカミーユは夢中で中身に目を通している。
「さすがシーリーン様。長い間服飾に携わっていましたが、目からうろこが落ちました。新しいデザインが次々浮かんできます。今日から早速作業に移らせてください」
根っから服飾が好きなのだろう。カミーユは天啓を得たかのように生き生きとしている。それからカミーユに急かされ体の採寸をされた私は、数日ごとに成果を確認しに行くことを約束して、カミーユと別れた。
「シーリーン。なんだか忙しくしていたようね」
テッサが入れてくれたお茶を飲みながらくつろいでいると、叔母がやってきた。気がつけばもう昼前だ。
「叔母様。お目覚めでしたか。これからお帰りになりますか?」
「もうちょっと居ようと思うの。あのボンクラと女狐どもも気がかりだし……」
ボンクラというのは父で、女狐どもとはコルネリアとマリアンのことだろう。
「あまりマリアンにはきつく当たらないで下さい。マリアンには私に対する悪意がありません」
私は思わずそう口に出してしまった。悪意が無ければいいという話ではないと思うのだが、マリアンはたとえ状況を正しく理解していたとしても、コルネリアと一緒にこの家に来るしか選択肢がなかったはずだ。親の罪で子供を責めたくはないというのが本音だ。
年齢より幼く見えるマリアンは、今まで籠の中で大切に育てられてきたのだろう。厳しくも大切にされてきた私とは対照的に、甘やかされて。マリアンには毒がない。まるで物語のお姫様のように育てられたのだと思う。
「まったく、しょうがない子ね。でも私、あの女には手加減しないわよ」
叔母から見てもコルネリアは許せないようだ。私もコルネリアの方はちょっとどうかと思うので、叔母の行動を止める気が無かった。




