13.カミーユ
地獄の食事会から夜が明けて、今日は前に言っていた針子が家にやってくる日だ。叔母はまだ寝ているので、今のうちに話をすませてしまおうと思う。
「お嬢様。針子が到着いたしました」
「入ってちょうだい」
テッサが扉を開けて、それについて部屋に入ってきたのは犬のような耳の生えた獣人の女性だった。ミーシャのようにほとんど獣のような姿をしているのではなく、だいぶ人間との混血が進んでいるのだろう。顔も体も人間に近く、目立つのは耳と尻尾くらいだ。
「名前は?」
「カミーユと申します。テッサとは女学校時代の同期になります」
カミーユはテッサの斜め後ろで私に向かって深く頭を下げる。さすがは王国一の仕立て屋に勤めていただけある。マナーは完璧だ。
「苗字が無いということは平民よね。女学校に通っていたということは商家の生まれかしら」
「はい、主に布地を扱う商家の五女です。両親とは仲が良く、今でも親交があります」
女学校と呼ばれるものは総じて学費が高い。奨学金制度など存在しないこの国では普通の子供では通うことなどできやしない。いやそもそも普通の子供が通える学校などこの国にはない。
何か意味をもって訪ねたわけではないのだが、カミーユは侯爵家に仕えるに足る伝手をもっているのかという意味でとらえたようだ。とても聡明な人なのだと思う。
「そう、私はあなたに短期間で新しく身につけてほしい技術があるの。この国には今まで無かった技術よ」
ここであえてとんでもない情報を伝えてみる。ここで私が子供だからと小馬鹿にするか、不安そうにするか。もしくは興味を持って話を聞くのか、彼女という人間を見極めたいと思った。
彼女は少しだけ目を見開いて口を開く。
「それは異国の技術ということでしょうか? テッサからシーリーン様が勤勉で先見の明に溢れたお方だということは聞き及んでおります。シーリーン様は間違いなく次代の社交界の流行を築かれる方であると」
私は思わず真顔でテッサを見てしまった。恐らく胡粉ネイルの事を言いたいのだろうが、誇張しすぎだ。テッサは母の信奉者だったので、私のことも多少神聖視している傾向にある。テッサは私と目があうと誇らしげな顔をした。
「……まあ、そういうことよ」
ここまで自信満々にされると否定もしづらい。それにこれからやることは間違いなくこの世界では新しい試みだ。自信があることにしておいた方がカミーユもやりやすいだろう。
「あなたの腕前が見たいわ、カミーユ。作品を見せてちょうだい」
そう言うと、テッサが事前に用意していたカミーユの作品たちがのったワゴンを押してくる。手に取ってみるとさすがという出来栄えだ。縫製技術も刺繍も申し分ない。
「素晴らしいわ、カミーユ。ガーデンでの仕事に不満があったということだけど、どういう事かしら?」
この技術ならどこの服屋でも欲しがるだろう。嫌がらせまでされて転職を妨害されていたというから相当だ。いったい彼女に何があったのか。
「店長が私のデザインを自分のものとして公表していたのです。その上驚くほど給金も安く……私が獣人だからなのですが……」
この国に住むのは人間が多い。獣人が多く住む国もあって、ある程度住み分けされているのだ。なぜかと言われればそれは体格や生活環境の違いがあるからだ。人間の国で獣人は暮らしにくいし、逆もまたしかりである。
この国の高位貴族はもれなく天から遣わされし守護獣様の加護をうけている。だから獣人蔑視はしない。それは守護獣様を冒涜することと同義だからだ。
この国で獣人差別をするのはほどんどが平民か下位貴族だ。人は異質なものを排除したがる。ガーデンの店長もそんな人間だったのだろう。
「私も悪かったのです。ガーデンに憧れを抱いて働きだしましたが、まさか初任給のままずっと働かされるとは思っておらず……。最初から獣人向けの服屋か貴族家で働くべきでした」
カミーユは憔悴したような表情で過去を振り返っている。憧れが現実となった時、すべてが理想通りに進むとは限らない。
「カミーユ。早速なんだけど、私は領主任命式でどうしても着たいドレスがあるの。それをあなたに作ってもらいたいのよ」
私はカミーユに一枚のデザイン画を差し出した。母を亡くしたばかりなので黒の喪服だが、それは通常では絶対に作れないような立体的なデザインになっている。コルセットなしのデコルテの空いた半そでで、プリンセスラインのスカートだが、大量のフリルやレース、リボンやビーズで飾られたそれは一歩間違えればごちゃごちゃとして全体の美しさを損なうだろう。
デザイン画を見せたとたん、カミーユの目が輝いた。しかししばらくじっと見ると、その顔を曇らせる。
「シーリーン様、とても素晴らしいデザイン画ですが、これは私の技術では再現不可能です。力及ばず、申し訳ありませんが……」
「だから技術を身につけてもらうと言ったわ。私の話を聞いてちょうだい」
私はカミーユに説明を始めた。




