10.叔母
今日の私は朝から支度に追われていた。新しい事業立ち上げのために協力してほしいと、ある人に手紙を出したら今日来てくれることになったのである。
今日来る人物は社交界の華だ。アレンシア・フィトンという王妃と仲の良い侯爵夫人で、その美貌と賢さ、強力な異能で社交界を牽引する人物だ。血縁的には私の亡き母の妹。要するに叔母である。
元々落ち着いたら連絡がほしいと母の葬儀の時に言われていたので手紙を出したら、忙しいだろうにすぐにこちらに来ると言ってくれた。
叔母は社交界の華だけあって作法には厳しい。身内だが過不足ないもてなしをしなければならず緊張する。なにせ母が亡くなってから初めての高貴なお客様だ。一人でもしっかりやっていけるというところを見せなければならない。
準備もすっかり終わって時間になると、家の前に豪奢な馬車が一台止まった。エントランスでメイドたちと一緒に馬車から降りる貴婦人を出迎える。
「ああ、シーリーン。私の可愛い姪っ子。元気にしていたかしら」
「アレンシア叔母様。お久しぶりです。今日は来てくださってありがとうございます」
私と同じ銀色の髪を美しく結い上げた叔母と抱擁を交わし、微笑みあう。叔母は母が亡くなった時、役に立たない父の代わりに葬儀や侯爵としての仕事の引継ぎの手伝いをしてくれた。葬儀後も別件で忙しくなりそうだと言っていたので、呼び出すのは心苦しかったが、会えてとても嬉しい。
「ほんの十五日ほど会わなかっただけなのに、ずいぶん落ち着いた淑女になったようね。侯爵の仕事は大変でしょう? 困ったことがあったらすぐに私を頼るのよ」
その言葉に何と言っていいかわからず、軽く目が泳いでしまう。
葬儀が終わって十日は寝ていたし、その後の数日は異能のことや新しい事業計画につぎ込んでいて領地の仕事はほとんど人任せだった。どうしても当主の承認が必要な書類にのみサインしていただけだ。
「まあ、もしかしてもう何かあったのかしら。詳しく聞きたいわ」
叔母はとても目ざとい。私の一瞬の動揺を見逃さずに問い詰めてくる。
何から説明しようかと考えている間に、エントランスの大階段から爆弾が顔を出した。
「まあ、お客様。いらっしゃいませ」
大階段の上から声をかけてくるのは派手に着飾ったコルネリアとマリアンだ。後から血相を変えたメイドがコルネリアを追いかけてくる。客が来るから絶対に部屋から出ないようにと事前に言い含めたはずなのに、どうして部屋から出ているのか。頭が痛い。
堂々と大階段の中央を歩いて降りてくるコルネリアとマリアンを見た叔母は、持っていた扇で口元を隠す。恐らく彼女たちの正体に気がついたのだろう。
この二人は一応侯爵家の客人として私が滞在の許可を出しているので、これ以上失礼のないように口を開こうとすると、叔母に発言を止められた。
「あらぁ、社交界でお目にかかったことのない方ね。どなたかしら?」
叔母が問いかけたことで気をよくしたのだろう。コルネリアは満面の笑みで答える。
「コルネリアと申しますわ。この子はマリアン。私とローランド・テレスの子ですの。治癒の異能を持っていますのよ」
なんとなくコルネリアのやりたいことがわかった気がする。コルネリアは貴族とのつながりが欲しいのだろう。だから客が来ると聞いてチャンスだと部屋から出たのだ。
自分の子供が治癒の異能を持っていると言えば無下にはされないと思っているのかもしれない。実際は異能を持っていても高位貴族が無作法者を相手にすることはない。だって異能を持った平民は爵位を得られるとは言っても、せいぜい男爵位だからだ。
男爵位を得たての元平民の失敗に寛容な対応をすることはあっても、まだその立場を得たわけでもない平民の無礼を許す理由なんて無いのだ。嫌な話だが、異能者は別に牢につないだ状態であっても異能は使えるのだから。異能者が貴族になれるのは異能を後世に受け継ぎつつ国で管理する手段に過ぎない。
「そう。私はアレンシア・フィトン。フィトン侯爵夫人よ」
叔母が二人に名乗っているが、目が笑ってなくて怖ろしい。
「まあ、フィトン侯爵婦人! よろしければ一緒にお茶でもいかがですか?」
コルネリアは何も気がついていないのだろう。叔母をお茶に誘っている。むしろ予想より高位な貴族で喜んでいるようにも思う。どこの世界に義理の兄の愛人である平民とお茶を飲みたい貴族婦人がいるのか。
「私が? あなたと? 冗談はよしてちょうだい」
叔母が静かに怒っているのがわかる。この怒りはきっと最終的に父に向かうのだろう。母のことが大好きだった叔母は、よく父を罵っていた。
「私はアイリーン・テレスの妹よ。お姉様が亡くなったばかりで、よくも私にそんなことが言えたわね。ここはシーリーンの家よ。寄生虫はとっとと出ておいき!」
寄生虫とはよく言ったものである。叔母のあまりの迫力にマリアンが泣きそうになっている。少しかわいそうに思えてきたので口を出してもいいだろうかと、私は叔母の服の裾を掴んで軽く引っ張った。




