迷宮よいとこ一度はおいで
これにて第1章完結です!
第九階層の大門がゆっくりと開いていく。門の目の前で胡座をかいて座っていたカインとリゼはそれを見て気怠げに立ち上がった。
しばらくすると門から少しだけ汚れたエリスが出てきた。
「お疲れ。どうだった?」
「楽勝でしたね。今までの"門番"の中で一番楽だったかもしれません」
「流石に優秀だな。カインとパーティを組むだけある」
「あ、はは……恐縮です……」
リゼからの賞賛に、エリスは甲冑を着ててもわかるほどに照れた。
「よーし、これで第十階層にいけるな」
「正直、ここまで早く君と探索できるとは思っていなかった。初めて会った時はまだ銅級だったというのに。君が私の弟子になってどのくらい経った?」
「まあ二ヶ月くらいですね?」
多くが一生を探索者として過ごしてなお、銀級になるのが精一杯であることを考えると、カインの昇級スピードは明らかに異常である。
「ふむ。早いことはいいことだ。何事においてもな」
「へへ、仮にも『最速』の弟子ですから」
カインは誇らしげに胸を張った。
「さて、では行こうか。第十階層に」
そう言って門へと歩むリゼに、カインとエリスも続くのだった。
◇◇◇
長い長い階段を降りて、カインは再び第十階層へと足を踏み入れた。
「扉がずっと続いてる……」
「ここに来るのは二回目だけど、やっぱり壮観だな」
エリスとカインは第十階層の明らかに異常な空間に左右を見渡し興奮するばかりである。
「せっかくだ、君たちが入る扉を選ぶといい。どの扉に入るかを選ぶのもまた探索の一つの醍醐味だからな」
「ちなみにどんな扉を選んだ方がいいかとかあります?」
「特にない。どの程度危険なのか、一体何が潜んでいるのか、全て運だからな」
「それは……ワクワクしますね」
「ああ。それがいいんだ。ただ、扉の外観と扉に繋がっている異界は明確に相関がある。だから、気に入った見た目の扉に入れば、自ずと気に入る異界に行けるはずだ」
そのリゼの言葉に従って扉を吟味する二人。数分後、遂に二人は一つの扉に決めた。
その扉は、青々とした若々しい蔦がぐるぐると絡まっている木製の白い扉であった。近くで息を吸うとなぜか清涼な空気を感じる。
「面白い扉を選んだな」
「綺麗な異界に繋がりそうじゃないですか」
「だといいな」
そう言ってふっと笑ったリゼは、真剣な表情で二人の顔を見た。
「準備はいいか?」
「ああ、いつでも行けますよ」
「はい、大丈夫です」
「……少しでも危険を感じたらすぐにペンダントを使って脱出しろ。異界によっては私にも手に負えない。逃げることは恥じゃないからな」
「「了解」です」
「じゃあ、行くぞ」
扉に絡まる蔦をリゼは鎌で瞬く間に切り払うと、扉をゆっくりと開けた。
◇◇◇
視界に広がるは一面の緑であった。見たこともないほど大きな巨木が何十本もそびえ立ち、それに生い茂るみずみずしい葉が天を覆う。空の青色は、そんな木の葉からわずかに見え隠れするのみであった。
「うわすっげえ」
「空気も……美味しいです」
初めての異界、初めての光景。扉に感じた印象通りの世界に二人は興奮を隠せなかった。
そんな二人とは裏腹に、リゼは少しも表情を動かさずに鎌を構えていた。
「カイン、エリス。気づいているか?」
「……? なにがです?」
「違和感がある。私にもわからないが、いわゆる勘というやつだ。何かがおかしい」
そう言いながら、過去にイクスの勘をおかしいと思っていたことを思い出し、自分も大概だなと笑った。
リゼの警戒する姿に、何かがあると周囲を注意深く見渡す二人。そうやってしばらく観察するほどに、頭の片隅で言い表せない違和感が芽生えていく。
「あ」
「エリス、何に気づいた?」
「ここには、植物しかないんです。動物はおろか、虫も菌類すらいない……大木と蔦しか、ないんです」
風が吹いた。木の葉が擦れ、さらさらと音を奏でる。その中には、虫の羽音も、小鳥の囀る音もない。
木には赤く熟した果実がなっており、明らかに高等な進化を重ねている。にも関わらず、木の他に生命が存在しないのだ。植物が有れば、自然と動物もいるのが道理であるというのに。
拭いきれぬ疑念。それが脳を支配したその時。
「なっ!」
「カイン!」
気づいた時にはもう遅かった。カインの足には、幾つもの木の根が突き刺さっていた。けれども、根が深く食い込んだその肌からは、一滴の血も出ていなかった。
「クソ!【起源】励起、『自由』!」
「『蒼穹』!」
「障壁展開!」
各々が瞬時に木の根からの攻撃へ対策を打つ。カインは【起源】によって、足の肉に食い込み、まるで血管のように這い上がってくる木の根から逃れ、リゼは二人の首元を掴んで空へと離脱、エリスはこれ以上の干渉を受けぬよう、障壁を張った。
「カイン、大丈夫か?」
「とりあえずは……今になって血が出てきた、詰まるところ、この木は血を吸うわけか」
「私にも木の根が絡みついていましたが、甲冑のおかげでなんとか免れたみたいです」
「それは不幸中の幸いだな。だが状況はなにも良くはなっていない」
見渡しても見渡してもでかい木々。少なくとも地上に逃げ場はどこにもない。であれば。
「空しか、ないな!」
リゼの背から青い炎が迸る。天を衝き、空を覆う巨木。しかし、それもリゼにかかればものの数秒で超えられる高さである。何もなければ、の話ではあるが。
どんどんと加速し、木々の枝へと近づいていく。あと少しで木の葉の中へと入るというその時。リゼの体がガクンと傾いた。
「こ、れは……」
「リゼ師匠!? な、なにが……っ!」
リゼの異変から少し遅れて、カインとエリスの体にも異変が起こる。視界がぐらりと歪み、狭くなっていく。先ほどまで空を目指し飛んでいたにも関わらず、上下すらもわからなくなっていく。
そんな中でも、リゼはその経験から状況を冷静に分析していた。
「これは、毒だ! おそらく第二階層のフィーバーのように毒の花粉を撒き散らしている!」
「とんでも、ないな!これが異界か!」
「ということは……対策もフィーバーとおんなじですね」
「第二階層はなるべく早く駆け抜ける……つまりは」
三人は、歪んだ視界の中で顔を見合わせた。
「「「撤退!!!」」」
一斉に首から掛けていたペンダントを握り、帰還と唱える。すると、ペンダントからは、鮮やかな青い光が放たれた。その光が消える頃には、三人の姿はどこにもなく、獲物を失った木の根がのたうつのみであった。
◇◇◇
青い光が収まると、そこは第十階層の黒い球体の目の前であった。三人は歪んだ視界に耐えきれず、地面に寝そべる。
「たは〜〜とんでもない場所だったな〜」
「ハズレもハズレだ。まさか最初に入る異界が初見殺しとはな」
「流石にハズレだったんですか、あの異界。あれが普通だったら、命が幾つあっても足りないと思っていたところです」
エリスは少し安心したようにそう言った。
「ああいう、ヤバくなさそうなのに実はとんでもなく危険な異界はかなり珍しい。大抵は見るからに危険か、そこまで危険じゃないかの二つに一つだからな。今回のはレアな上に、大外れだ」
「……でも、楽しかったですよ、師匠。スリル満点で」
「ふ、そりゃよかった。今回ので迷宮に失望されたら困る。迷宮の面白さはこんなもんじゃないからな」
「それは最高ですね……」
毒に侵されていた体も次第に元の調子に戻り、グニャグニャの通路もようやく真っ直ぐに見えるようになると、三人はのそりのそりと立ち上がった。
「……よし! 次の異界に行こう!」
「お、元気があっていいな」
「……次はもうちょっと素直な異界ならいいですね」
服と甲冑、それと武器についた花粉を払い落とし、点検を済ませる。そして三人は次の扉へと手をかける。
「準備はいいか?」
「ああ」
「大丈夫です」
「じゃあ、行くか!」
そうしてまた、扉が開く。未知と浪漫、そして自由に満ちた異界への扉が。そこで繰り広げられる冒険は、まあ、三人だけのものってことにしておこうかな。
以上、『全知』のサイエルがお送りしました。またね。
ここまで読んでくださりありがとうございました!初めての長編&ファンタジー小説だったので、読みづらい部分も多々あったと思いますが、それでも読んでくださった皆様に感謝を……
明日、次章に繋がる幕間を投稿したのち、書き溜めするためしばらくお休みしようかと思います。最速で二週間後かな……?気長にお待ちいただけると幸いです。
なお、明日投稿される予定の幕間は非常に残酷な描写が含まれるため、気分を害した場合はすぐに読むのを止めることをお勧めいたします。ご了承ください。




