幕間 最強と最速
久しぶりに書いたせいで全然感覚が掴めないですね。
ギュッ、ギュッと雪を踏みしめる。
第八階層。それは第七階層、第六階層とは打って変わって広大な雪原。見渡す限り銀世界である。
そんな階層にただ一人でリゼは歩いていた。
「……おかしい」
カインに先んじて迷宮へと入ったリゼは、この第八階層に足を踏み入れた瞬間から、奇妙な緊張感を感じていた。
リゼは第八階層にて魔物を一体もまだみていない。明らかに異常であった。故に、彼女は空を飛んで移動することをやめた。
今の第八階層には死の雰囲気が満ちている。だが、その雰囲気はどうにもリゼに危機感を抱かせるものではなかった。それもまた奇妙なことであった。
稀に、非常に凶悪な魔物が突然変異の如く現れることはある。その時も階層中に死の雰囲気が漂うものだが、そうであるのならばリゼは危機感を持つはずなのだ。
「……ああ、そういうことか」
吹雪の中、ポツリと雪の上に座る男がいる。その体からは光が溢れ出していた。
「こんなところで何をしている、『黄金』」
「いやあ、なんだか予感がしてね。ここにいるべきだと思ったんだ」
『黄金』が第九階層に入り浸っているのは周知の事実である。誰もその理由については知らないが、そんな彼がこの階層にいることは何かの前触れのように思えてならなかった。
「……魔物がいないのは、君に仕業か」
「そうだね。邪魔になると思って一通り消し飛ばしておいたんだ」
「邪魔になるだと?」
第八階層の魔物が最強であるエクサの邪魔になるとは到底思えない。リゼはエクサが何を考えているのか何一つわからなかった。
「僕もね、なんとなくそう思っただけなんだ。あんまりこういう時の勘は外れない」
そう言ったエクサは、リゼの方を向いて言葉を続ける。
「君を見てピンと来た。リゼ、君はカインの師匠なんだろう?」
「……なんでそう思った」
「勘」
エクサという男はいつもそうだ。大抵のことを勘の一言で片付けて、最短で結果を得る。本人にもどういう理屈なのかはわかっていないだろうが。
「そこでね、頼むがあるんだ。カインに一人で第八階層に来るように言って欲しい。別に急いではいないから、気が向いた時に来てもらうだけでいいけどね」
「なんで私がそれを言う必要があるんだ? 君が直接会いに行けばいいだろう」
エクサの顔が少し歪む。金の仮面をつけているから、そんな雰囲気がしただけだが。
「僕にも事情があってね。迷宮からあまり出たくはない」
「はぁ〜〜……私のお願いを聞いてくれるならその頼みを聞こう」
「お、なんだい?」
「私と決闘をしろ。最強とどれほど距離があるのか知りたい」
リゼは停滞していた日々に退屈していた。そんな時に現れたのがカインである。
日々成長していくカイン。そんな彼を一番近くで見るうちに、リゼは消えかかっていた戦いへの情熱を思い出しつつあった。
「あんまり人と戦うのは好きじゃないんだけどね」
「だからこうして頼んでいるんだ。貴重な機会だからな」
「……なんで魔物が邪魔になると思ったのかわかったよ。こういうことだったんだね」
エクサは、背負っていた金に輝く剣を抜いた。
「条件を飲もう。ただし、これをつけてくれ」
ブンと何かがリゼへと投げつけられる。
「不死鳥のアミュレット……随分と、過保護だな」
「僕が人を殺したくないだけだよ。それに、迷宮でしか使えないガラクタだ。こういう時に使わなきゃ意味がない」
アミュレットを首にかけたリゼが大鎌を呼び出す。それを握る手にはいつもより力が込められている。年甲斐もなく興奮していた。
「初撃は譲るよ」
「なら遠慮なく。『蒼穹』励起」
リゼの背に青い魔力の翼が現れる。炎のように揺らぎ、星のように輝く、最速の翼だ。
ボウッと炎が爆発するようにリゼの背中から魔力が噴き出す。瞬きするよりもわずかな時間で、リゼはトップスピードへと到達した。
「おお〜〜生で見るのは初めてだけど、綺麗だね」
一瞬にして遥か遠くの空へと飛び上がったリゼは、そのまま青い光となってぐるりと空で弧を描く。それは彗星のようだった。
「天が墜つ」
エクサ目掛けて星となったリゼが堕ちる。誰にも避けることの叶わない最速の一撃である。
ドン、と光と共に重い音がした。凄まじい爆発。それと共に第八階層中に衝撃波が走り、雪が一瞬で舞い上がる。落下地点の中心であるエクサの周囲は、その威力によって綺麗に更地となっていた。しかし。
「これでも無傷っていうのは、流石に人間辞めすぎじゃない?」
「いや、結構危なかったよ。流石だね」
リゼの鎌とエクサの剣が鍔迫り合いをしている。リゼ渾身の最速の一撃は、エクサにただの一つも傷を与えることができなかった。
「じゃあ、今度は僕の番かな」
エクサは剣で押し出してそのままリゼを弾き飛ばすと、剣に光を集め始めた。
「ふっ!」
「おっと。やるね」
ガキンという音を鳴らしながら、剣へと変形する鎌。それと共に『蒼穹』によって一瞬で加速し、離れた距離を潰す。エクサは剣に光を集めるのを止めて、斬撃をその剣の腹で受け止めた。
(極光を打たれれば私の負けだ。なら、打たせなきゃいい)
極光。それは『黄金』の最も脅威的な攻撃でありながら、その実態はただの魔力放出。ひたすら極めた魔力放出はリゼですら逃れることのできない光速の一撃である。
であるのならば、とことん接近して極光を打つ時間を与えなければ良いのだ。
「付加魔術、四重、加速」
「ははっ、まだ速くなるのか!」
リゼの剣に四つの光の輪が巻き付いた瞬間、速度のギアがさらに数段上がる。剣戟はもはや残像としか捉えることができなかった。
リゼの剣が閃くたび、まるで空間が刃で裂けるように空気が震える。速度では明らかに勝っていた。しかし、エクサはその全てを当たり前のように防いでいた。
「なんで、だ!」
「君が僕より速いなら、君が動くよりも先に動き始めればいい。ただそれだけじゃないか」
リゼはエクサが何を言っているのか理解できなかった。少なくとも、自分にできることではないということだけはわかった。
「ああ、あと勘違いしてるみたいだから言っておくけど、別に極光は剣からじゃないと放てないわけじゃないぞ」
「……なっ!?!?」
ひたすら防戦一方であったエクサの体が唐突に光り始める。これは予兆だ。
その光を認識した瞬間に距離を取るリゼ。指向性を絞らずに放たれる極光であれば、距離による減衰が大きいはず。リゼの速度であれば十分安全圏へと移動できる。
「ま、ブラフなんだけどね」
空へと飛び上がり距離をとったリゼの視界に映ったのは、光を湛えた剣を握りしめたエクサの姿。気づいた時にはすでに遅かった。
剣が振り下ろされる。その瞬間、リゼの左腕が斬り飛ばされた。
「…………ッッッ」
歯を食いしばり、痛みに耐える。痛みは思考を妨げる。その分だけ死が近づく。叫んでいる暇などない。幸い、失ったのは腕だ。最も重要な機動力は失っていない。
二撃目。エクサが剣を振り上げようとしていた。未だ剣は光り輝いている。極光が再び放たれる。
痛みの中、リゼの思考は加速していた。彼女の脳内にふと天啓のようにある閃きがよぎったのだ。
極光は確かに光速である以上不可避の攻撃だ。だが、それを放つエクサの剣とそれを振るう速度は、リゼより遅い。ならば、避けられない道理はない。
ただエクサの剣の切先のみを観察し続け、それから逃れるようにして体を捩る。その瞬間、破壊の光がリゼの真横を奔った。
「へぇ! 極光を避けられたのは初めてだ!」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
リゼは確かに極光を避けた。だが、極光の恐ろしいところは、エクサにとってそれはなんてことのないただの攻撃だということだ。彼にとってはただの魔力放出なのだ。
リゼの左肩から血が流れ続ける。長期戦は不可能だ。逆に言えば、残った全てを燃やし尽くせる。リゼはただ前を見据えた。
蒼き翼が脈打つ。存分にリゼの魔素を吸って大きく膨れ上がった。
そして一呼吸の間に、リゼはエクサの懐に滑り込んでいた。それをエクサは確かに目で追っていたものの、体は反応することができなかった。
(速い! さっきよりも更に! 自分の体に付加魔術だって!?)
リゼの体には光の輪が巻き付いていた。自分自身に対する付加魔術。それは魔素が干渉し合うため、非常に繊細な魔素操作が要求される。にも関わらずリゼは【起源】魔術との併用という更なる離れ技をやってのけたのだ。
リゼの鎌が地面を這うようにして振るわれる。剣で防ぐことは間に合わない。エクサはなんとか体を捻ることでその刃から逃れようとした。だがその刃が更に加速する。
そうして、リゼの手に残ったのはスパンと何か硬いものを斬る感触であった。それと同時に、エクサがリゼから距離をとった。
「あ、やべ」
雪の上に、真っ二つにされた金の仮面が落ちている。ふとエクサの方を見ると、彼の顔が見えた。光っていない彼の素顔だ。
「……ふ、ふふ。あはははは!」
「やっちゃったなあ……これ……」
「なるほど、なるほどな! どうして顔を隠しているのかと思えば、そういうことだったのか! それならその実力も、顔を隠している理由もわかる……ふふふふふ!」
リゼは真剣な勝負の途中にも関わらず笑うしかなかった。それほどまでにエクサの素顔は衝撃的な事実を示していた。
「あの〜……黙っててもらうことってできますかね?」
「んふ、ふふ。まあ、いいだろう。私がこれを言いふらしても得にはならないだろうしな」
「助かります……」
「ただし! 今から本気を出して戦え。じゃないと周りに言いふらすぞ」
「……別に本気ではありますよ。全力じゃないだけです」
「なら、全力を出せ」
「わかりましたよ……」
ふーっと一息つくと、エクサの全身が眩いほどに輝き始める。直視することさえ難しい。
「さっき言ったこと、本当なんだ。別に剣からじゃなくても極光は放てる。でもこれをやると、一瞬で終わるからつまらないんだ」
目の前で何が起きているのか、ようやく理解したリゼ。だがもう手遅れだ。
「新星」
第八階層が光に包まれる。後に残ったのは凄惨な破壊の痕と、ぽっかりと開いた大穴だけだった。
Tips:不死鳥のアミュレットは絶命時に傷全てを治癒した状態で蘇生する。その場で蘇生するので迷宮攻略にもってこいのアミュレットである。




