迷宮泊
今日は短めです。
「結局あの後は何もなかったな」
「そうですね。貴方もかなり魔術を使っていましたから、運が良かったですね」
第六階層はすっかり夜になっていた。ワームを倒した後、二人はそのまま砂漠を歩き回ったが、第七階層へと続く階段を見つけることはできなかった。
「では、温風の魔術をかけますね」
「ああ、頼む」
エリスが自分とカインに温風の魔術をかけた。砂漠にはろくな植物がないので、焚き火ができない。冷風と同じくらい温風の魔術も重要だ。
「今日はこのままここで過ごしますか?」
「んーそうだな。見晴らしのいい丘ではあるし、悪くないとは思うぞ」
「なら、食事の準備でもしましょうか」
そういうと、エリスは懐から水筒を、カインは干し肉を取り出した。
器にちぎった干し肉を入れ、それに水筒の中身をかける。中身はお湯だった。
干し肉には様々なスパイスが擦り込まれており、お湯を掛けて少し放っておくと、自然と肉の脂とスパイスが溶け出していく。
「うーん、いい味付けだ。この干し肉は常備してもいいな」
「香辛料のバランスが良くて、具材は質素ですけれど旨みが強いので満足感がありますね」
「そうだな。……おっとこいつを忘れてた」
懐から堅パンを取り出したカインは、それをスープにつけて食べた。
「こうしてふやかせば、堅パンだって美味い。いるか?」
「では、ありがたくもらいましょう」
焚き火すらない、静かで暗い夜。温かいスープはそんな中で唯一の安らぎであった。
「うん、美味かった。ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
所詮携帯食。量も栄養も足りてはいないが、食べないのとは雲泥の差である。食事こそが、明日の活力なのだ。
食事を終えたカインとエリスが寝そべって空を見る。どこまでも続く黒。空から巨大な火球が地を照らす昼間とは違い、夜には光一つない。
「寂しいもんだ。星空があれば嬉しいんだけどな」
「そもそも昼間の方がおかしいんですよ。あんな巨大な火球、どうやって維持しているのやら。この迷宮を作った人は本当に天才なんでしょうね。仮に作られたものだとすればですが」
「迷宮の始まりか……気になるな」
迷宮の始まりに想いを馳せる。一体いつの時代で、どんな人間が、どんな目的で迷宮を作り出したのだろうか。
カインがそんなことを考えていると、少しだけ眠気がやってきた。
「エリス。体力は大丈夫か?」
「ええ。今日は結局そこまで負担のあることはしていませんでしたから」
「そうか。なら一旦俺から仮眠をとっていいか?」
「もちろんです。二時間ほどで起こせばいいですか?」
「それで頼む」
カインが静かに目を閉じる。瞼の裏の黒と、空の黒はほとんど大差ないな。そう思いながら、カインは眠りに落ちるのだった。
◇◇◇
「ふふ、こう見るとあの強さが信じられないほどに子供っぽい寝顔ですね」
エリスは、一瞬で寝てしまったカインの顔を見つめていた。
カインは強い。ひょっとすると自分なんて居なくともあっさり第七階層まで攻略するのではないかと思うほどに。だとすれば、私はカインに寄生しているだけだ、とエリスは思ったこともある。
しかし、それでもエリスはカインとパーティを組みたかった。それはエゴだった。あの戦いの中で伝わってきた、カインの真っ直ぐで純粋なあり方。エリスはそれに胸が疼くような感覚を覚えたのだ。
エリスの手持ち無沙汰な右手が、カインの黒髪を撫でた。しっかりとした髪質ではあるが、意外にサラサラしている。撫で心地がよく、そのまま触ってしまう。
撫でながらふと、エリスは自分がカインをどう思っているのかわからなくなった。あの胸の疼きは、なんだったのだろうか。
憧れ、は似ているような気がする。エリスの騎士への想い。確かに似たようなところがある。
だが似ているだけだ。全く同じではない。
恋、というのも違う気がする。エリスは今までに恋愛をしたことがない。しかし、カインに抱く感情は皆が言うような燃え上がるような感情ではない、とぼんやり思った。ならきっと、恋ではないのだろう。
ああでもない、こうでもないと考えて、結局結論は出なかった。だから、とりあえず今はわからないままでいいのだ、と思うことにした。
少なくともエリスにとって、カインは大切な友人であり、相棒なのだから。
空を見上げる。カインの言う通り、星の一つも見えはしない。そんな夜に、ただ二人の息遣いだけが聞こえる。
いい夜だ。エリスはただ漠然とそう思った。なぜそう思ったのかもわからずに。
「あとは紅茶があれば、最高でしたね」
穏やかな夜が続く。そうしてカインとエリス、二人の初迷宮泊は何事もなく終わるのであった。
Tips: ワームを倒した後に魔物と接敵しなかったのは、ワームの血の匂いがしたため。魔猪による魔物よけと同じことが起きていた。




