未だ遠き金級の壁
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リゼの背丈をも超える大鎌。強烈な死の気配を漂わせるその鎌を前にしてカインは。
「かっけえ…流石です、師匠」
「君も浪漫をわかっているね。そう、かっこいいんだ」
あまりにもブレない二人。2人が師弟になったのはもはや運命であったのかもしれない。
「弟子カイン。君の得物はなんだい?」
「槍です。デーモンとの戦いで失ってしまったので、今は新しく作ってもらっている最中ですが」
「槍か。良い武器を使う。剣に憧れる奴は多いが、大抵は槍の方が強い」
カインは訓練所にある古びた槍を手に取る。戦う準備はできた。
「初撃は君に譲る。どこから攻撃してきてもいい」
「了解です」
身体強化を全開。『二つ名』持ちは、出し惜しみをして良いような相手ではない。圧倒的に自分の方が格下。であるのならば、最初から最強の手札を切るべきだ。
そして、その手札とはもちろん投擲。到底人に向けて放つべきではない一撃。空気の壁を突き破った槍がリゼに迫る。
爆音。訓練所が大きく揺れた。砂埃でリゼの様子は伺えないが、すぐさま次の槍を手に取るカイン。姿が見えた瞬間に、次撃を撃ち込む。
しかし、それは叶わなかった。
カインの首に冷たい感覚が走る。金属特有の冷たい感触。それは死が形をもったようだった。
「投擲か。素晴らしい攻撃だ。威力、速度ともに金級の水準に達している。銅級でこれほどの攻撃ができるなら、ゾルガが褒めるのも頷ける」
「……ありがとうございます」
「だが」
冷たい感触が離れていく。カインは無意識の間に呼吸を止めていた。汗がどっと吹き出す。冷たい感触を確かめるように首元を触ると、手には少しの血がついた。
「ただ槍を投げるだけの戦いは味気ない。すまないが今回は投擲を禁止させてもらう」
後ろを振り向くカイン。リゼの身体には埃一つ付いてはいなかった。
「なんで、埃一つ付いてないんですか」
「ん?躱しただけだが」
カインには何も見えなかった。槍を避ける瞬間も、自身の背後にまわる瞬間も。
「ああ、そういえば言っていなかったな。私は探索者ギルド『最速』だ。基本的に攻撃は当たらない」
最速。あの『黄金』よりも速いという重い事実。絶望が背筋をつたう。
「再開するとしよう。安心しろ、今度は避けない」
リゼはぐるりと鎌を振り回し、構えた。その構えからは一分の隙も見当たらない。
だがあの大きさの鎌だ。いくら隙がないと言っても、懐に潜り込めば勝算はあるかもしれない。そう考えたカインは、恐れずにリゼの懐へと飛び込んだ。襲いかかる鎌の刃。
一体どれほどの威力なのかがわからない以上、正面から受け止めるのは危険だ。カインは槍の表面を滑らせるようにして受け流す。
意外にもその攻撃は軽かった。これならいける。受け流した勢いのままに、カインは槍を突き出した。
しかし。槍が届く前に、カインの視界がひっくり返る。
「鎌を見過ぎだ。相手が大きい得物を使っているのなら、常にそれ以外をより警戒しろ。大きいというだけで視線誘導になるからな」
単純な足払い。だが単純だからこそ対応しづらい。地面に大の字になったカインはもはや笑うことしかできなかった。
(デーモンを倒して、身体強化も強くなって調子に乗っていたのかもしれない。これが金級。これが、『二つ名』持ち! あまりにも、遠すぎる)
「さあ、早く起きろ。今度は私から攻撃する。対応してみろ」
リゼはカインが立ち上がるのを待つことすらしなかった。
「付加魔術、一重」
鎌の刃に一つ、光の輪が巻き付く。
「重化」
鎌がカインの首へと振り下ろされた。直感的に分かる。防げない。カインは身体全身を捻ることでその攻撃を避け、その勢いのまま立ち上がった。
「良い判断だ。そのまま君が槍で私の鎌を防ごうとしたらどうしようかと思っていた。首が飛んだ人間を蘇生する手段を私は持っていないからな」
鎌は地面に深い傷痕を刻んでいた。痕の底が見えない。
やがて鎌に巻きついていた光の輪が消える。
「ようやく身体が暖まってきたな。少し、ギアをあげる」
たった一歩。それだけでリゼとカインの間にあった距離は無に帰す。
振り回される大鎌。それをなんとか槍で逸らし続ける。防戦一方。攻めることができない。
(いや、違う。金級相手に最低限切り結べていると考えた方がいいのかもしれない……ッ!)
リゼの動きが変わった。さらにカインに接近するリゼ。もはや鎌を振り回す空間もない。何が目的なのかカインには判断できなかった。すると、それは起こった。
鎌の刃がギギギと音を立てて開いていく。そして刃は遂に柄と一直線になり、それと共に柄がガキンと金属音を鳴らして縮まる。リゼの手の中にあるものはもはや鎌ではなかった。剣である。
「変形!?」
笑うリゼ。変形し、剣となった鎌でカインに突きを放つ。鎌では不利となる近距離は、変形により一転して剣の有利となる。槍では対応できない。
カインは身体を限界まで逸らしその突きを避ける。槍で対応できないのであれば、避ければ良い。鎌の時と同じだ。
槍を地面に突き刺し、それを支えに大きく飛び退く。カインはなんとかリゼから距離をとった。
リゼの剣は気づけばまた鎌へと戻っている。中距離は大鎌、近距離は剣。なんとも隙のない武器だ。
「うん、この程度にしておこう。このまま続けると殺してしまいそうだ」
乱れた息を整えるカイン。対照的にリゼは最初から一歩も動いていないかのような余裕があった。
「ゾルガの言う通り、良いセンスをしている。いや、本当の危機に対する勘がいいのかな?防いではいけない攻撃は全て避けているし、避ければ隙となる攻撃は全て防いでいる。目もいい。君は強くなるね」
「ありがとう、ございます」
褒められはしたものの、何もできなかったという無力感だけがカインの心を占める。まだまだ金級の壁は高い。これが、カインの目指すべき場所。
「ただ、改善点もかなり見つかった。まず、身体強化が雑だ」
「身体強化が雑?どういうことですか」
「身体強化をしている時に身体が光っているだろう。その光の分だけ魔力が無駄になっている。身体が光らないような身体強化を目指せ」
「え?で、でもゾルガもエクサもめちゃくちゃ光ってましたよ?」
その2人の名前を出されて、リゼの眉間に皺が寄る。めんどくさそうな顔だ。
「君はゾルガだけではなく、『黄金』にも会っているのか。……ああ、そうか。あいつに助けられたのか、君は」
「そうですね。エクサは圧倒的に強かったです」
「あいつがギルド最強なのは誰もが認めるところではある。話を戻すが、ゾルガの身体強化が光っているのは、奴の全てが雑だからだ。そしてそれでも関係ないほどに強い。だから問題にならない。エクサが光っているのは知らん。いつものことだ」
カインの脳裏に光り輝くエクサが浮かび上がる。イケメンで最強だから、光るのも仕方ないよね。そう言いながらこちらにピースサインをしてくるエクサ。変な想像を振り払うようにカインは頭を振った。
「改善点二つ目。対人戦に慣れていない。人間も人型の魔物も、搦手をよく使う。今回でいうところの足払いみたいにな。慣れておかないとすぐに死ぬ。だから定期的に私と模擬戦をして慣れてもらう」
「それに関しては常に思っていました。ありがたいです」
「自覚があるのはいいことだ」
たった一度の模擬戦ですらここまで学ぶことがある。このような機会に恵まれるのはまさに幸運だ。
「改善点三つ目。手札が少ない。投擲と単純な槍による攻撃。全て身体強化頼りだ。君は少々、素直すぎる嫌いがある」
「参考までに聞きたいんですけど、どんな手札を増やせばいいと思います?」
「そうだな、遠距離は投擲で十分だ。だから近距離で有効なものがいい。まあこれに関しては追々でいいだろう。すぐに解決する可能性もある。……君の戦い方は単純であるが故に手強い。その長所をただ突き詰めるだけでも良いところまで行く」
リゼはひとまず言いたいことを言い切ったのか、一息ついた。
「厳しいことを言ったが、総評としてはかなり良いと言える。これから君を指導できるのが楽しみだ。どう成長するのか、期待しておく」
「頑張ります」
「さあ今度はお待ちかね、【起源】について教えることにする。疲れているかもしれないが、そっちの方が都合がいい」
リゼがニタリと笑う。
「ここからはすごくキツイかもしれないが、根性を見せてくれよ」
その笑顔から恐ろしい寒気がする。なんだか遠慮したくなってきたな……
Tips: 魔素自体に力はなく、魔素の流れに力が宿る。それこそが魔力である。そのため循環を作り出す円は魔術で最もよく扱われる。