ノーリターン
今日は禁断の二回行動。これは一回目です。
第三階層。一言で言えば、地下霊廟である。主に現れる敵は、スケルトン系、コウモリ系、そしてゴブリン系とオークである。
警戒すべき敵はスケルトンメイジとオークである。
この階層から初めて攻撃魔術を扱う魔物が現れる。それこそがスケルトンメイジ。基礎的な魔術しか使ってはこないが、それでもなお火球などは脅威である。
また、オークは単純に身体能力が高い。厚い脂肪の奥には鎧のような筋肉が詰まっている。多くの探索者がゴブリンとの明らかな戦闘力のギャップに苦戦し、命を散らしている。
しかし、脅威度が高いと言っても所詮は第三階層の敵。オークと比べて二回りほど戦闘力の高い魔猪を平然と狩猟し、ゾルガにもその実力を認められているカインにとってはあまりにも弱い存在である。
カインの周囲に死体の山が積み上がっていく。絶え間ないオークとゴブリンの襲撃。それをカインは息一つ切らさずに対処し切っていた。
「いい準備運動だな。もっといないのか?」
最終的に、カインは総数18体のゴブリンと6体のオークを始末した。そのほとんどが槍の横薙ぎ一つで首を断たれて息絶えている。
カインの白い槍は血を吸ってすっかり黒ずんでいる。その黒ずみはどこか死の匂いを漂わせていた。
「しかし地下霊廟だっていうのに、まだスケルトンにあってないな。これじゃオークどもの巣だぞ」
実際、これは異常である。数多いるはずの骸骨たちは果たしてどこに行ってしまったのだろうか。
その時。唐突に柔らかで眩い光が通路の奥から差し込む。それを見たカインは、すぐさま警戒態勢を取る。春の日差しのようなその光は数秒続いたが、やがて萎むように消えていった。
このような光を発するものが第三階層にいる、という知識はカインの頭の中にはなかった。
となるとまず間違いなく他の探索者によるものだろう。念の為に臨戦態勢は解かずに、ゆっくりと様子を伺う。
通路の奥にいたのは修道女だった。彼女の足元には、腹部から血を流した男が倒れている。
彼女は両手を前に突き出して障壁を張っていた。その障壁を突き破らんとスケルトンたちが群がっている。
両目に大粒の涙をためて、彼女は祈った。
「主よ、憐れみたまえ!」
暖かな光が広がる。それはカインが先ほど目にしたものであった。
光は障壁に張り付いていた二体のスケルトンを塵にした。しかしスケルトンの全てを祓うことは到底できなかった。
それでも彼女は何度も、何度も祈る。その姿はまるで何かに縋り付くようであった。
その切実な姿は、カインを動かすに足るものであった。
カインが槍を大きく振り回す。修道女にばかり気が向いて、障壁の方しか見ていないスケルトン達にそれを回避する術はない。
スケルトン達の乾いた頭蓋を、バキリと砕く感触が手に残る。嫌に軽い感触だった。
「死人が生きてる奴の足を引っ張ってんじゃねえ!」
激情。カインは自分自身でも不思議に思うほどの怒りに襲われていた。なぜ、俺はこんなにも怒っているのだろうか。
気づいた頃には、全てのスケルトンが骨を砕かれ、ただの骨の一片さえ動くものはなかった。
カインが修道女の方を向くと、彼女は必死に倒れている男に手を向けて、祈りを捧げていた。彼女の手のひらから光が滲み出す。男の険しい表情が少し和らいだように思えた。
「あ、あの……助けてくださり、ありがとうございます」
「俺が勝手にやったことだ。……何があった」
「それは……私たちが馬鹿だったんです。第二階層まで順調で、私は祝福を使えるから第三階層も大丈夫だって。ポーションさえなかったのに……」
彼女は懺悔するように、涙を溢しながら過ちを断片的に話す。彼女の心は、折れていた。
「彼が、私を庇って斬られたんです。わたし、後ろから来てたスケルトンに気づかなくて……」
「もう、話さなくていい。俺のポーションをやる。そいつに使ってやれ」
「ありがとうございます……!このご恩は、いつか必ず!」
ポーションが傷口へと振り掛けられていく。みるみるうちに傷は癒えて、しばらくすると傷跡すら見当たらなくなった。
「ポーションは怪我を治す。だが失った血を取り戻すことはできない。しばらくここで安静にしていろ。俺もいてやる」
修道女は、ただ感謝を繰り返すだけだった。
◇◇◇
修道女は名前をレナといい、傷は癒えたものの未だ目を覚まさぬ男の名前はセンという。彼らが動けるようになるまで、カインは考え事をしていた。
カインの目の前で人が傷つくことは、今まで何度もあったことだ。しかしそんな状況であっても、カインはこれほどまでの怒りを抱いたことはなかった。
死者が生者を殺そうとしたこと?確かに先ほどはそれを口にしたものの、どこか納得がいかない。それに激発したのであれば、そもそもカインはスケルトンが嫌いなはずだ。
カインは自身の感情にはっきりとした説明をすることができなかった。
センが目を覚ます。
「セン!大丈夫?」
「あ、ああ。俺たち、助かったのか」
「カインっていう人が私たちを助けてくれたの」
センとレナは抱き合って自分たちの無事を喜んだ。感動の再会である。
「セン。俺がカインだ。少し話がある」
「カインさん…助けていただきありがとうございます」
「ああ、礼は結構だ。俺が助けたかったから助けただけだ。それで、この後お前らはどうするつもりだ?」
「……今すぐ地上に引き返そうかと思います。三階層は僕たちにはまだ早かった」
「いい判断だな。身体の調子はどうだ?地上に戻れそうか?」
センは立ち上がって、軽く運動して身体の調子を確かめた。
「はい、もう平気そうです。それにこれ以上迷惑をおかけするわけにもいきませんから」
「そうか。死ぬなよ」
「ええ。本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」
そうしてセンとレナは荷物をまとめ、最後に一礼をして去っていった。
その後ろ姿をじっと見つめる。
カインにとって迷宮は、ある種遊び場であった。命の危険があることは理解していた。しかし実感したことはなかったのだ。
目の前で命が奪われようとしていた二人の探索者。彼らは地上に戻った後、果たして探索者を続けるだろうか。すっぱりと迷宮への夢を諦めて、当たり障りのない幸せな日々を送るのではないか。
「それでも。例え無念の中迷宮で死んでも、それでいい」
現実を実感してもなおカインの天秤は、命ではなく浪漫と冒険に傾いた。
「いくか」
カインの踏み出す一歩は、いつもより力強かった。
◇◇◇
黒々とした巨大な門へと辿り着く。大部屋だ。ここへ至る道中、魔物とはほとんど遭遇しなかった。カインに襲いかかってきたゴブリンとオーク、そしてレナとセンに群がっていたスケルトン達がこの階層の魔物の大部分だったのだろう。
門は少しだけ開いていた。挑戦者はどうやらいないらしい。
ここで引き返すという選択肢はない。カインはかけらも躊躇することなく、大部屋へと入った。
第三階層の"門番"。それはネクロマンサーである。ネクロマンサーは五体の骸骨を従えて、悠然と挑戦者を待っていた。
手に持った杖を振り上げ、カインを指す。スケルトン達は機敏な動きでカインへと走り出した。
しかしそれを一々律儀に相手にする必要はない。むしろスケルトンをいくら撃破しても、ネクロマンサーはまた骸骨達に命を吹き込むだろう。であるのならば、この大部屋の主であるネクロマンサーを一直線に狙う方が効率が良い。
身体強化の出力を上げる。カインは目の前から迫るスケルトンを体当たりで一瞬で蹴散らした。
残り三歩で槍が届く。無防備なネクロマンサーはそれでも笑っていた。杖の先をくるりと回して円を描く。そしてその円が、不吉に黒く光った。
「な、これは……バインドか!」
カインの足に地面から生えた黒い手がまとわりついていた。力を入れて振り解こうとするが、少し時間がかかりそうだ。
後ろからはスケルトンが迫っている。前のネクロマンサーは杖をこちらに向けて火球を放とうとしていた。
スケルトンは足が止まっていても対処できるが、火球は不味い。そう判断したカインはネクロマンサーに鉄棒を投擲した。
鉄棒はネクロマンサーの右肩を貫く。痛みと衝撃に耐えかねてネクロマンサーは杖を落とした。
それと同時に三体のスケルトンがカインに斬りかかる。見事な連携ではあるが、カインは攻撃の全てを槍で捌き切った。
身体強化の出力最大を維持するのにはかなりの消耗を強いられる。そのため一瞬だけ出力を引き上げる。
バチバチと音を立てて強化された身体能力は、バインドを容易く引きちぎった。黒い手はカインをそれでもなおカインを掴もうとするが、それが叶うことはなく、地面に力無く落ちた。
「邪魔だ」
防戦する一方であったが、足が動くのならば話は違う。あっさりと三体のスケルトンの頭蓋を砕く。
ネクロマンサーの方を見ると、ようやく杖を拾ったところだった。
「これでトドメだ」
白い槍がネクロマンサーの胸を貫く。ネクロマンサーのまるで朽ちた木のような身体からは、ほんの少しの血だけが流れた。
槍を抜く。途端にスケルトンとネクロマンサーは光の粒となって消え、宝箱だけが大部屋に残された。
宝箱の中には銅の指輪が入っていた。
「また指輪か。ということは五階層は銀、七階層は金の指輪か?」
銅の指輪を眺める。第一階層で手に入れた鉄の指輪と、金属の色以外の意匠は同じだった。
「ふぅ……少しここで休憩してから第四階層を覗き見しようかな」
そう考えてカインは壁に寄りかかる。
ガコン、と音がした。
「……は?」
壁が、後ろに倒れる。その先はどこまでも続く暗闇。カインは頭から逆さまに落下した。
すぐさま帰還と唱える。しかし既にカインの身体は大部屋から出ている。指輪は起動しなかった。
ふとカインは走馬灯のようにある言葉を思い出した。
探索者たるもの常識を捨てよ。
まこと、金言である。
Tips: 大部屋に罠がないと思われているのは、罠があることがとても稀であるのと、罠にかかった人間が悉く死んでいるため。




