プロローグ
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カインは仕留めた魔猪を片手で引きずりながら呆然と眼前の風景を眺めていた。彼の目線の先には大穴がぽっかりと空いている。しかしそこには本来、彼の住む村があるはずであった。
「えーっと、なにこれ?」
視線を空へと向ける。空には、小さな黒い点が浮かんでいた。彼の村である。なぜか彼の村が天高く浮かび上がっているのだ。
「マジで意味がわからないんですけど?帰る場所ないじゃん。てかこれ親父たち生きてんのか?」
人は理解できない状況に置かれると、唖然として黙りこくるものと饒舌になるものがいる。どうやらカインは饒舌になるタイプらしい。
カインは頭をガリガリと掻いて悩んだ。しかし。
「まあいっか」
カインは細かいことを気にしない人間であった。
◇◇◇
パチパチと薪が音を立てて燃える。日が落ちて、周囲はすっかり暗くなった。頭上では数多の星が輝いている。そんな夜にカインは、人はおろか動物の気配すらない森で野宿をしていた。
多くの苦楽を共にした、カイン唯一の所持品である槍。カインはその槍の穂先に魔猪の肉を突き刺して炙っていた。ワイルドな夕飯である。
「たった1日で槍と服以外の全てを失ったわけだが、さてどうしようかな」
実のところ、カインにとって森の中で生活をすることは特に問題ではない。幼い頃から狩人であった父親に連れられ、様々な環境での生き抜き方を学んでいたためである。
さらに言えば、家族達の心配も大してしていない。カインはあの村の人々の逞しさをよく知っていた。
しかし、文化的な生活、つまり人間としての尊厳を全て失ってしまったのはかなりの問題であった。カインには自身が獣ではなく人間であるという自負がある。
「いや、いい機会かもしれないな。昔から村を出て旅をしてみたいと思ってたし、今ならしがらみ一つない。最高だ」
カインはそう自分に言い聞かせた。素寒貧である状況を逆手に取って旅という文化的行為に昇華させるとはなんと素晴らしい発想の転換だろうか、と自画自賛した。
彼は槍を適当に地面に立て、槍を錐のようにくるくると回し始める。
「向かう先は運だのみ。さーてどこになるかな」
槍から手を離す。しばらく慣性のままに回っていた槍もすぐに勢いを失い、ゆっくりと倒れた。
「これは…北か。まあ地図がないからこの先に何があるかもわからないし、正直どこに槍が倒れても意味なかったな」
倒れた槍の穂先はまっすぐに北極星を指していた。旅人たちの神とも称される北極星。それをカインの槍が指し示すのはどこか暗示的である。
「よーし、とりあえず今日はやることないしもう寝るか」
カインは魔猪の毛を自身の寝床の周りに適当にばら撒いた。
ある程度強い魔物の死骸は、特に処理をせずとも強い臭いと魔力をしばらくの間持っているため、弱い魔物に対しては魔物よけとして働く。魔物の身体に捨てるところなど一つもないのだ。
魔物対策を終えたカインは、適当な植物を編んで作ったゴザに寝転び、程よい太さの枯れ木を枕がわりにした。
「これからどうなるかはわかんないけど、まあなんとかなるでしょ」
突如として全てを失ったカイン。そんな彼にはただ自由だけが与えられた。先が見えない事への恐怖はもちろんある。ただ、今のカインの胸の中にあるのは、漠然とした期待感だった。
カインの変わり映えのしない日常が、劇的に動き出した。
Tips:魔物の死骸はそれよりも強い魔物を誘き寄せることもある。カインは森の中でも特に強い魔物の死体をばら撒いたので魔物よけとして機能した。