Phase 7. ダークネス・レルフィーナ
※挿絵はAI画像生成システム「imageFX」で生成した物を主に使用しております。
※カッコ記号の使い分けを行う事で、そのゾーニングをより明確にしています。
基本的なゾーニングの区分は以下の通りとなります。。
「」…[open]会話
[]…[semi-open]暗示
()…[open]テレパシー
{}…[closed]テレパシー(秘話)
<>…[closed]思考
≪≫…[closed]インナーセルフのリアクション
レルフィーナが魔界から脱出して、人間界に戻った日の夜。
{ところでユウ姉、昨日の夜から今朝まで一体何が起きたの? 朝から尋ねてもちっとも教えてくれなくて、気になってしょうがないんだけど…}
{…色々考えを整理していたの。そろそろ話すね}
ユウはテレパシーで昨日の夜の出来事を伝え始めた。レルフィーナが魔界に飛ばされたくだりになってミズキが割って入る。
{ちょっと待って。ユウ姉は耐空間操作の能力を付与していたんじゃないの?}
{…そうなのよ。でも魔界に飛ばされちゃったから…。最初は能力付与の定義の問題かなって思ったり…}
{≪けど…耐空間操作の付与が破られたのは、たぶんあたしがトラウマのせいで意識を失ったからだと思うの≫}
ユウの中にいるインナーセルフのレミアが突然口を開く。
(≪あたし、自分が人間界に来て以来、空間転移や浮力を失って真っ逆さまに落ちる感覚が怖くて…。今回もあのゲートに包まれた瞬間、もの凄い恐怖感に襲われて気を失ったの…。そのせいで耐空間操作が効かなくなって飲まれてしまったんじゃ無いかと…≫)
{…トラウマ…ということは、耐空間操作の中でもゲート対策に関しては特別な能力付与をしておいたほうが良いのかもね。 …ちょっと待って。ミノリさんも一緒に話を聞きたいって。うちのミーティングルームに来て。テレパシーで座標送る}
{わかった。…いま透視でも位置確認した。飛ぶね}
ユウ、ミノリとミズキが住む家の中にある小会議室のように改装された部屋に瞬間移動。
「悪いわね、わざわざ来てもらって」
ミズキとミノリが入室。
「ごめんね、呼び出しちゃって。そこに座って。せっかくだから何か飲む?」
ミノリが優しく声を掛け、3人とも席につく。ユウと向かい合わせでミノリとミズキが座る。
「私、麦茶にする」
「ミズキ、アンドロイドでも麦茶飲めるの」
「大抵の物は飲めるよ。ユウはアイスレモンティーでいい?」
「あたしの心…読んだな」
「ユウは遠慮してあたしと同じ物にすると思ったから、先回りしちゃった」
「…ありがとう」
「それじゃミズキ、お願い。私はいつもので」
「はーい」
ミズキが右手の指をパチンと鳴らすと、ユウの前にはアイスレモンティー、ミズキの前には麦茶、そしてミノリの前にはアイスコーヒーが、グラスに入った状態で出現する。
「どうぞ」
「いただきます」
ユウがアイスレモンティーを口にする。さすがミズキ、ユウの好みを把握して甘さを控えめにしている。
「『不眠の呪い』の爆弾を処理したところまでは、ミズキの動作ログをモニターして私も把握した。それ以降の話を聞かせて」
ミノリに促され再び話し始めるユウ。言語化しにくい光景などはテレパシーを併用して映像や音声をミノリとミズキに伝える。
レルフィーナが人間界に戻ってきたところまで伝えたところで、ミノリは大きく溜息をついた。
「…これは大変なことになったわ」
「ユウ姉だけじゃなく私達の存在も向こうに知られた可能性が高いって事ですよね」
ミズキの表情にも陰りが差す。
「さらに言うと『夢封じ』という物の存在…警戒レベルが格段に跳ね上がる」
「おそらくジェノという魔族の子は、レルさんの心を読んで私達やユウ姉周辺の情報も得ていると考えたほうが良い。今までの攻撃パターンから見ると、周辺から色々仕掛けてくる可能性が高い。ねえユウ姉、この際ユウ姉のセキュリティホール、しっかり塞いでおいたほうがいいんじゃない?」
「セキュリティ…ホール?」
「そう。ユウ姉が自身に施している防御能力付与は、あえて信頼できる人からの能力行使を受け入れているでしょ。もし信頼している人…例えば私がそのジェノって子に身体を乗っ取られたら、ユウ姉は抵抗できない」
「ミズキも防御能力を付与してるでしょ」
「私はA国のアンドロイド。もしミノリさんがジェノに心を乗っ取られて私を強制服従モードに移行させてしまったら、私はジェノの意のままユウ姉やレルさんを攻撃してしまう」
「…多分、大丈夫。やっぱりミズキには色々助けて欲しいから」
「ユウ姉…」
<フラグ、オン!>
「ん?」
<フラグ、オフ>
「どうしたの、ミズキ?」
「ああ…何でも無いです。ミノリさん」
ミズキは少し不思議そうな表情。
<気づいてくれたかな? ミズキ>
穏やかに微笑むユウ。
「…分かった。でもお互い気をつけようね」
ここ数日、ユウ達の住んでいる地域では梅雨前線の影響で長期間雨が続いていた。
レルフィーナが魔族の王の子ジェノに魔界に拉致され、なんとか脱出に成功して半月ほど。それから魔族の出現はピタリと止んでいた。ユウの通う学校では1学期の中間試験を終え、梅雨時でクラスの雰囲気も湿りがち。
そんな中、体育の授業での班対抗のバスケットボールの試合が盛り上がりを見せていた。1班5人を1チームとし、男女別で班ごとの総当たり戦を行い、上位4チームが決勝トーナメントを争うというもの。ユウはリアと同じ班。ミズキは別の班にチーム分けされた。リアとユウの班は、スポーツ万能のリアが得点源。一方ミズキの班ではミズキが3ポイントシュートはもちろん通常のシュートも百発百中の成功率で決めており、両班が優勝候補としての下馬評を固めつつあった。
「ミズキ凄いよね~。どうしてあんなに3ポイントシュートを決められるの?」
「A国にいたとき、殆ど毎日練習してたからだよ」
朗らかにクラスメートと会話するミズキ。その隣の席であまり面白くなさそうな表情のユウ。
<だってミズキ、正確無比のアンドロイドなんだもん。あれはズルいよ>
ミズキの秘密を知っているのはユウだけ。もしその秘密をユウがバラしてしまったら、ユウだけで無くこの国全体が大変なことになってしまう。
そんなユウ、今回もご多分に漏れず運動神経の無さで班の足を引っ張っているのか…と思えば、そうでもない。実は…僅か10%だけ、超夢現少女の能力を試合中に解放している。10%と言っても侮れない。運動能力は人並みになり、持ち前のテレパシーによる状況把握力をもとに、班内の全員にこっそりとゲーム内での行動をそっとアシストするインスピレーションを流している。なのでリアとユウのいる班は全員が組織的にゲームをプレイできている。
「今日はいよいよそっちの班とゲームだね」
隣の班のクラスメイトがユウに話しかけてきた。
「そう…だね」
「あやぽんさ、今回バスケ始まってから、動き全然違うよね。どうかしたの?」
「どうかしたって…」
困惑するユウ。
「ちゃんと動けてるしさ、それにたまにノールックパスとか決めてるじゃん。何か特訓したの?」
「あぁ~、まぁ、特訓したって言えばしたかな、あはは…」
ユウ、笑ってごまかすしかない。
「でもうちも今年はミズキがいるから、そっちには負けないよ」
「あたしらだって」
互いに拳を当てる。
それを見ていたミズキが、ユウのほうを見てニヤリと微笑む。
{あたし知ってるんだからね、あなたがこっそり能力使ってるの}
{あなただって人のこと言えないでしょ}
{まあね}
いよいよ体育の時間。着替えを済ませ体育館へ向かう。外は暗く激しい雨、コウゴウという強い風の音も時折聞こえる。ちょうど梅雨前線が近づいた上、台風崩れの勢力の強い低気圧が近づいているという。そんな中体育館は煌々と照明が灯り、独特の雰囲気を醸し出している。強い風の音がまるで観客の声援のようにさえ聞こえる。
リアとユウのいる2-A女子1班、そしてミズキのいる2-A女子2班、全員がバスケットコートに揃う。審判は体育教師が務める。
「それでは、2-A女子1班と2班のゲームを始めます。1ゲーム4分で途中1分の休憩を挟み3ゲームまで。一同、礼!」
「お願いします」
各自が位置につく。センターサークルにはリアとミズキ。リアは身長に若干アドバンテージがある一方、ミズキの人並み以上の跳躍力は侮れない。ボールが上がり、両者の手が同時にボールに触れる。パワーの差でリアが勝ちゲームがスタートした。
2班の選手はゴール付近でゾーンディフェンス。中央のポイントガードにはミズキ、攻める1班のポイントガードはリア、その左のスモールフォワードにユウが入る。
ミズキがリアのドリブルをカットしようと接近した刹那、リアはユウにパス。ユウが中にドリブルで切り込もうとするがガードが堅くて中まで入れない。さらにミズキも近づいてきた事に気づくと、ユウはフリーになったリアにノールックパス。そのボールを取ったリアが一気に中まで入り込みレイアップシュートの体勢。
<させないっ!>
ミズキが驚異的なジャンプ力でリアのシュートをブロックしようとする。しかしリアのほうがシュートを放ちゴール。
続いて2班の攻撃、1班はゾーンディフェンスにつく。2班はパスを回しながらゴールに近づきポイントガードのミズキにボールが渡る。3ポイントラインより2m以上手前。リアがミズキに近づきプレッシャーをかける。しかしミズキは不敵な笑み、フェイントでリアの体勢を崩した直後、その場でシュートを放つ。ボールはゴールのリングへと吸い込まれていった。
<なんて子なの。あの位置からシュートを決めるなんて…>
衝撃を受けるリア。そんなリアの背後にユウが近寄り小声で囁く。
「あたし達、負けないよ」
リアが振り向くとユウが穏やかに微笑んでいた。
<能力解放度を15%に変更>
ユウの超夢現少女の能力解放度が上がり、運動能力はついにスポーツ万能なリアとほぼ同等な程度まで引き上げられる。
<身体が軽い…これならミズキと互角で勝負できそう>
再び1班の攻撃。リアは今度は右側のシューティングガードにパス。シューティングガードの子が
3ポイントのシュートの体勢を取ると見せかけてユウのほうにパス。そのパスを受けたユウが3ポイントシュートを放つ!
「おおーっ!」
ゲームを見ていたクラスメイトがどよめく。何しろ運動神経最低ランクのユウが3ポイントシュートを決めてしまったのだから…。もちろんユウにとっては初めての3ポイントシュート成功。
「あやぽん、やるじゃん」
「やべー、菖蒲塚が進化した!」
少し良い気分を味わうユウ。だがその瞬間、ユウの身体に何とも言えない悪寒が襲いかかる。そして2秒後、時間が止まった…。ただユウとミズキの意識ははっきりしているし呼吸もできる。それ以外の時間は止まっていた。
(ユウちゃん、ミズキ。大変!)
ユウとミズキのほぼ中間点に現れたのは、妖精レミア。超夢現少女レルフィーナの分身が変身した姿だ。レミアは先程まで体育館の隅でユウとミズキの試合を眺めていたはずだった。
(ごめんね、試合中だったんで変な時間の止め方しちゃって)
(ひょっとしてさっきの…何があったの?)
ミズキが尋ねる。
(魔族が出たの、海のほう。今。海の中で大きな竜巻が起きていて、その中に魔族がいるの。でもその姿が…驚かないでね。髪も服や小物…何もかも闇に覆われて目だけが赤く光るレルフィーナなの!)
ユウの心が凍り付きそうになる。
(ナイトモードのレルさんじゃないの?)
(ナイトモードは一部紺や赤が残っている。それが全部真っ黒で、皮膚も漆黒の闇に覆われているの)
ミズキの問いかけに答えるレミア。
(あたし自身が…、魔族に? どんな仕組みでそうなってしまったの)
心が震えるユウ。
(あたしも判んないよ、ユウちゃん。でも今起きていることが事実。あたし、これからレルフィーナに変身して現地に飛ぼうと思う。2人はこのままゲームを続けてて)
(私もこれからミノリさんの出動許可を取ってみる。許可取れたら分身を現地に飛ばすね。魔族がわざわざレルさんの姿を借りているって事は、裏にきっと何か策略が有る。レルさんだけで立ち向かうのは危険すぎる。私の未来透視でもレルさんがダメージを負う姿が見えている。だから私も助けに行く)
(ありがとう、ミズキ。とても心強い。じゃ時間停止を解除して、あたし行くね)
(お願い)
(気をつけてね)
レミアはレルフィーナに変身。瞬間移動で現地に飛ぶと同時に時間停止が解けた…。
<…なんて大きな竜巻なの。規模が最大級…こんなのが上陸したら街はメチャクチャになってしまう…>
海上の上空20m程で浮遊するレルフィーナ。風は強く波も高い。目の前には巨大な竜巻がうなりを上げている。
≪風速100m…日本ではまず有り得ない。本物の最強クラスの竜巻≫
インナーセルフの座に座るユウの声も震えている
≪竜巻の中心ってそれほど風も強くないのよね。魔族がいるのは渦の中心の高さ1000m付近。そこで進路をコントロールしているみたい。念のため、信頼できる相手からの能力行使をプロテクトするフラグをオンにしておくね。向こうは魔族だからフラグをオンにしなくても攻撃を跳ね返せると思うけど、黒いレルフィーナの姿をしているのが少し気になるから≫
<そうね。それじゃまず渦の中心に瞬間移動したあと、一気に上まで上昇すれば良い?>
≪先に1000mの高さに上昇してから渦の中心に瞬間移動しましょ。渦の下は動きが激しいから渦に呑まれてしまうリスクが高い≫
<わかった。じゃ、一気に上に飛ぶよ!>
レルフィーナ、超高速で高度1000mまで上昇。巨大な積乱雲スーパーセルの中を突き進んでいく。
「うっ!」
何度かレルフィーナにスーパーセルの雷撃が直撃する。しかしレルフィーナは耐雷撃能力が付与されているため、殆どダメージは無い。無数の水滴や氷の粒もレルフィーナの全身を覆う不思議な力がことごとく弾いていく。
<もうそろそろ…>
高度1000m付近。既に透視で闇を纏った魔族のレルフィーナを確認している。
(待ってたわよ。もう一人のあたし)
その瞬間、レルフィーナが強制的に瞬間移動させられた。巨大な竜巻の渦の中心、そしてそこに空中浮遊する魔族の属性を持った闇のレルフィーナ。
「あなたは誰! 勝手にあたしの姿を真似しないで!」
「私はあなたから生まれた『ダークネス・レルフィーナ』。魔の力を得て、あなたよりも遥かに強い存在になったの。これが証拠よ」
ダークネス/レルフィーナがレルフィーナを指さした瞬間…。
「ああーっ!」
、レルフィーナの身体を左右に引き裂こうとする凄まじい念力が襲いかかる。
「あなたが自身に付与したあらゆる防御能力、あたしの前では一切無力よ。こんな事もできてよ。無限重力の呪い」
ダークネス・レルフィーナの指先が赤く光る。瞬間、レルフィーナの浮遊能力が失われた。凄まじい重力に引っ張られ真っ逆さまに落ちていく。水面が近づいた頃、突如竜巻の渦に飲み込まれ、高速の風と水に身体が引き裂かれそうになりながら上昇していく。
<何とか脱出しないと…>
渦の勢いが少し弱まり外に出た…。
「きゃっ!」
再びレルフィーナの身体に凄まじい重力がかかり急降下、再び竜巻の渦に巻き込まれ上昇…何度かこれを繰り返す。
<瞬間移動で!>
レルフィーナが瞬間移動で再びダークネス・レルフィーナの前に現れる。
「瞬間移動能力剥奪! 永久に海の底に消えなさい」
ダークネス・レルフィーナがレルフィーナの方を指さし、再び指先を赤く光らせた。瞬間、レルフィーナが強制瞬間移動、そして強力な重力に引っ張られ…。
ドォーン!
まるでコンクリートのような海面に激しく打ち付けられるレルフィーナ。海面は激しく波しぶきを上げた。それでもレルフィーナは強い重力でぐいぐいと海底に引き込まれていく。そして深度約100mほどの海底に到達。ダークネス・レルフィーナによって瞬間移動能力も奪われ、ついにレルフィーナは動くことができなくなってしまった。
<ち、ちくしょぉ…ガチで動けない。…ミズキは…今どこ?>
その時、レルフィーナはあることに気づいた。
<しまった、フラグをオンにしているから、ミズキとテレパシー交信できないんだった! フラグオフ!>
{見つけた!}
その刹那、レルフィーナの目の前に黒いスーツ姿のミズキ…だが、姿がはっきりせず、ゆらゆらと半透明に霞んでいる。
{え…幻覚?}
{違う違う。私はちゃんとここにいる! でも今の私は『ゴーストモード』、つまり幽霊と同じ。例えあの子の能力が強力でも、私の存在を感知することはできない筈。今この周囲以外の時間も止めてる}
穏やかに微笑むミズキ。
{ごめん、あたし情けないことになっちゃって…}
レルフィーナはそれまでの出来事をミズキにテレパシーで伝える。
{呪い…か。恐らくレルさんの瞬間移動能力を奪ったのも、呪いの一種ね。それなら私自身が強制解呪能力を持てばいいのね。あと呪い無効化の能力も必要。私に能力を付与!}
何度かミズキの身体が淡く光る。
{…強制解呪能力には制限があるみたい。何度か付与を試してみたけど、制限無しというのは無理みたい。そもそも強制解呪にはおよそ1/4近くの能力を一時的に消費するみたいなの。あと強制解呪の成功率もあまり高くない。解呪失敗でのペナルティは一時的な能力のロスだけみたいだけど…}
{ロスした能力はあたしが補う。強制解呪、お願いしていい?}
{何度も失敗して、その分私に能力を補充したら、レルさんの能力も枯れてしまうよ}
{あたしも試してみたいことがあるから、ちょっと待って}
レルフィーナが目を閉じる。するとレルフィーナの身体がかなり長時間淡い光を放った。
{…レルさん、何をしたの?}
{あたし、自分の能力を無限に生み出せるようになった}
{え?}
{考えてたの、あたしにも恐らく能力の放出量には上限があるだろうって。だったら『無限に能力を生み出せる身体になったら良いんじゃないか』って思ったの}
{そんなの、エネルギー保存の法則に矛盾するんじゃ無いの?}
{あたし達は『超夢現少女』。有り得ないことも実現できちゃうのがあたし達の能力よね}
{…そっか、私も常識に囚われすぎていたのかも}
{ミズキはアンドロイドとしての制約もあるから、あたしみたいに破天荒な事はしないほうがいいかもね。無茶して強制シャットダウン…なんてことも考えられるし}
{なんか、くやしいな…。解呪、止めちゃおうかな}
{え? え! お願い、それは止めないで}
過剰重力に耐えながら、両手を合わせて拝むような格好をするレルフィーナ。
{ジョークよ。その手を下ろして}
{お願い、信じてる}
手を下ろし全てを受け入れようとするレルフィーナ。レルフィーナの顔の前に両手をかざすミズキ。
{強制解呪!}
凄まじい能力がレルフィーナに注がれ、レルフィーナの顔の前に2重の光る魔方陣が描かれる。
{これが呪いの実態…これを2つとも壊してしまえば!}
必死に能力をレルフィーナに送り込む。しかし魔方陣は2つともびくともしない。
{…もうだめ、限界}
魔方陣が消え、ミズキはレルフィーナの脇で四つん這いになり、肩で呼吸する。海中なので空気ではなく海水から酸素を取り込んでいる訳だが…。
{能力の減少量はやはり25%ちょっとか…意外と体力も消費するのね}
{ねぇミズキ、あたし思いついたことがあるんだけど}
{何?}
{ミズキがこうしてあたしとテレパスリンクを繋いでくれていることで、あたしとミズキは秘話モードでレパシー通信できている。このテレパスリンクを、能力の供給もできるようにアップグレードできないかな? そうすればミズキも力の残量も気にししなくて済むし}
{能力の残量はともかく、今回は体力も消耗が激しいの}
{じゃあそれもあたしの方からサポートする。ミズキ、アップグレードしたテレパスリンクで、あたしの体力も吸えるようにして。今回だけじゃ無く、今後もずっとしていいから}
{いいの?、レルさん}
{お願い}
{それじゃ、遠慮無く…}
ミズキはレルフィーナの方に身体を寄せ、右手人差し指をレルフィーナの額に当てる。
{ハイパー・テレパスリンクに、アップグレード!}
ミズキの右手人差し指が明るく輝く。2人の間を結んでいたテレパシーのリンクが大幅に強化され、力や体力だけでなく、様々なものが往き来できるように変化した。
{あれ、何だか色々な能力も付与されちゃってる。何だろ…。ま、いっか}
ミズキの右人差し指の光が消えた瞬間、レルフィーナの方からミズキに向かって大量の能力や体力がなだれ込んでくる。
{この感触、久しぶり。レルさんから能力を強化してもらって以来。回復力が凄い}
{良かった}
レルフィーナが穏やかに微笑む。ミズキもほぼ万全な状態まで回復した。
{それじゃ2回目、始めるね}
再びミズキがレルフィーナの顔の前に両手をかざす。
{強制解呪!}
再びミズキの両手とレルフィーナの顔の間に2重の魔方陣が現れた。
{…なんでだろ? さっきよりも負荷を軽く感じるよ}
{あたしからも力と体力を供給しているから、2人で同時に強制解呪を掛けていることになっているんじゃない?}
{そっか。もしかしたら成功率が上がったりして}
およそ1分、1枚の魔方陣にヒビが走り始めた。
{もう少し、もう少しで…}
魔方陣に走ったヒビは次第に網目状に広がり始め…音も無く1枚の魔方陣が粉々に砕け散って消えた。
{やった! この勢いでもう一つ…}
その時、ミズキの周囲が一瞬揺らいだように見え、その直後…。
{ミズキ、周囲が凍り始めてる}
{え…何これ}
ミズキの周囲があっという間に冷えて凍り始める。
{あたしが溶かす。ミズキは解呪に集中して!}
レルフィーナが意識を集中し、ミズキの周囲に炎のイメージを描く。凍り始めていた水の水温が上がり徐々に溶けていく。
{レルさん、もしかしてこれ、強制解呪防御のトラップなのかも。周りの水が凍り始めた瞬間、魔方陣の色が少し変わったから}
{そんな細工を仕掛けるなんて…。ダークネス・レルフィーナ、なんて恐ろしい子なの。あたしから生まれたって言うけど…敵としては最強最悪クラス}
5分近く経過して、ようやく魔方陣に1本ヒビが入る。そしてヒビの数は少しずつ増え始め、そして…魔方陣が砕け散った。
{レルさん、具合はどう?}
レルフィーナがゆっくりと身体を起こす。過剰な重力の影響は受けていない。久々に身体が軽くなった感じ。ほんの数センチの瞬間移動も試す…これも成功。
{ミズキ、ありがとう。感謝しきれないほど感謝だよ}
{当たり前のことをしただけだから}
穏やかに微笑むミズキ。
{さて…竜巻の方、どうするか…よね}
{レルさん、仮の話だけど、あの竜巻を爆風で吹き飛ばそうとした場合、恐らく水爆クラスの威力の爆弾が必要みたい。消すのは並大抵の事じゃ済まないよ}
{やっぱりそれだけの破壊力がいるのね…。だとしたら、もう一つの力業で行くしか無さそうね}
{もしかして…}
{巨大なゲートを作って竜巻をダークネス・レルフィーナもろとも魔界に送っちゃう作戦}
{ええぇ、それも無茶じゃ無い?}
{ミズキ、ちょっと計算して欲しいの。あたし達2人があの竜巻を丸ごとゲートに包むのに必要な時間}
{ちょっと待ってね。高さ1000m、竜巻の直径は平均60m、2人でらせん状にゲートを生成するとして約9分かかるよ}
{9分か…掛かりすぎ。これを1秒でやりたい、でないとダークネス・レルフィーナに気づかれてしまう}
{って事は、私達の時間世界を540倍引き伸ばさないと…ね。それを外の世界の1秒に押し込めれば1秒でゲートが生成できる}
{それでいきましょ。じゃあゲート生成ルートのデザインとマッピングはお願いしていい?}
{もうできてる。テレパシーで送るね}
ゲート生成を行う座標マップがレルフィーナに送られる。
{竜巻の動きは不安定よ。余裕を持って設計している?}
{そこは抜かり無いよ}
{さすがね、じゃあどうやって進める?}
{時間の制御と座標管理は私の方でやらせて。レルさんは空間マップに沿ってゲートを生成してください。飛行速度は時速200km/hでお願い}
{やっぱりそれくらいの速度でで飛ばないと…か}
{できないの?}
{馬鹿にしないでよ。それ以上の速さでも飛べてよ}
{でもあまり速いとゲート生成が間に合わないから…}
{判った。ペースメークもミズキに任せていい?}
{空間マップにペースマーカーを描画するね。そのマーカーを追って飛びながらゲートを生成して}
{わかった。こういう時のミズキはやっぱり頼りになる。敵にならなくてホント良かった}
{ダークネス・レルフィーナはもっと恐ろしいですけどね}
{確かに…}
{じゃ、これから始めるね。レルさん、よろしく}
{こちらこそ}
ミズキの姿がぼんやりとした『ゴーストモード』から普通の実体に変化する。
{時間停止を0.1秒だけ解除するから、その間に海面のスタート位置に瞬間移動して。同時に空間マップを竜巻の周囲に展開する。空間マップの展開は私達の位置から3m上までに制限しているから、あの子には関知されないはず}
{わかった。いつでもいいよ}
{テレパシーでタイミング同期…確認。秒読み…3,2,1,0!}
海面にレルフィーナが瞬間移動した。レルフィーナと竜巻を挟んで反対側にミズキも瞬間移動。同時に竜巻の周囲の海面より高さ3m付近までの空間に、ミズキが描画した空間マップが生成される。
{レルさん、空間マップ確認できてる?}
{ばっちり。オレンジに光っているのがペースマーカーね}
{そう。それじゃ、時間を操作するね。私達の周囲の空間だけ時間を外と分離。私達の周囲の時間スケールを540倍に伸長。準備できたよ}
{これであたし達は外から見ると540倍の速さで動けるのね}
{私達は外から見たら時速108,000km/hで飛行していることになる。静止衛星の3倍以上の速度で飛ぶんだから、凄まじい速さだよね。じゃ、そろそろ準備して}
レルフィーナは両手を竜巻の方へ突き出す。両手から大きさ1mほどの白い光が放たれる。空間転移ゲートだ。このゲートを高速移動しながら生成し続ける。そしてレルフィーナの飛行方向には念力による防風シールドが生成され、高速飛行するレルフィーナの身体を守る。
{ゲート生成開始。防風シールドの生成が完了。飛行準備OK}
{私もゲート生成開始。防風シールドの生成が完了。飛行準備OK。いくよ! テレパシーでタイミング同期…確認。秒読み…3,2,1,0!}
空間マップにオレンジ色に光るペースマーカーを追いかけつつ、時速200km/hで飛行しながら転移ゲートを生成していくレルフィーナとミズキ。
{10%…20%…30%…40%…50%…60%…70%…80%…90%…!}
生成率96%付近でダークネス・レルフィーナの姿を確認。
「100%! いっけぇーっ!」
ミズキが叫ぶ。
竜巻丸ごと、ダークネス・レルフィーナもろとも魔界へ転移!
…竜巻を生み出した積乱雲スーパーセルの中にぽっかりと、何もない穴が開いている。空気の流れが一気に変わり始めた。
{レルさん、作戦完了! 成功だよ!}
上空1000mの雲の上、レルフィーナとミズキが抱き合って喜びを噛みしめる。
「ミズキのお陰。本当に来てくれてありがとう」
「学校の方も試合が大詰めだよ。今1点差の攻防」
レルフィーナも透視で学校の試合の様子を見る。手に汗握る白熱した試合。
「…あたし達もそろそろ戻る?」
2人は離れ、学校の方へ瞬間移動するために移動先の座標を透視で特定する。
「ねぇ、ミズキ?」
「何?」
背後の声に驚き振り向くミズキ。その瞬間、ミズキの額に何者かの右手人差し指が触れた。
「!」
ミズキの額に右人差し指を触れていたのは、ダークネス・レルフィーナ!
「ミズキ!」
その瞬間、ミズキが気を失い海面に向かって急降下!
「だめーっ!」
レルフィーナが瞬間移動し、空中でミズキを受け止める。完全に気を失ったミズキ。テレパシーの反応もない。頭上をきっと睨むレルフィーナ。はるか上空にいたダークネス・レルフィーナはふっと姿を消した。
体育館でも異変が起きていた。
ミズキが突然意識を失って倒れる。上空で起きた出来事を察知したユウは、すかさず周囲の時間を止める。
<もしかして同時に? だとしたら…>
ミズキの身体を透視。体内の機械部分にある動作確認用のLEDが全部消灯している。
<やっぱり…シャットダウンしてる>
ユウはミズキの身体に触れる。その瞬間ユウの手から出現した光がミズキの身体を包み込んだ。そしてミズキの身体はその光に溶けて姿を消す。
<一旦隔離空間に退避。あとは…分身>
ユウの身体から1体、ユウの分身が生まれる。
「ミズキの代役をして。お願い」
「いいよ」
分身のユウはミズキの姿に変身し、先程ミズキが倒れた姿勢を再現する。
(準備OK)
(じゃ、時間停止解除)
ミズキに手を差し延べ起こすユウ。試合再開…。
結局試合は1点差で、ミズキのいる2-A女子2班の勝ち。互いに健闘をたたえ合う。
≪今ミノリさんと連絡が取れた。あたしミズキ連れてミノリさんのところに行く。そっちのミズキも隔離してくれてありがとう。こっちで引き取るね≫
ユウのところにレルフィーナからの連絡が届く。
<ミズキ、大丈夫かな…>
執筆後記
本ep.は前ep.を公開した2025年8月25日の翌日から執筆に取りかかりました。本ep.は当初から「竜巻」を取り扱う事を決め、執筆しながら構想を固めておりました。題材に取り上げた理由は、私の居住地に近隣に於いて、過去竜巻被害が発生していたことかありましたので、それを一つのヒントとして作品の題材に組み込むことを考えておりました。
そんな最中、日本国内において9月12日に日本国内で最大規模の竜巻が発生し、大変大きな被害が出てしまいました。死者も出たとのこと、被害に遭われた皆様には心からお見舞い申し上げます。
執筆途中でこのような事案が発生したことを受け、私自身もこの「竜巻」という題材を継続して使用し続けるか、大変思い悩みました。題材として使用することを取りやめる事も考えました。しかし「竜巻」という現象は日本国内各地でこれまでに何度も起きており、今回も一種の「偶然の一致」と捉え、題材としての使用を継続することに致しました。
上記の通り、皆様には何卒ご理解頂けますようお願いする次第です。




