Phase 6.夢封じ
※挿絵はAI画像生成システム「imageFX」で生成した物を主に使用しております。
※カッコ記号の使い分けを行う事で、そのゾーニングをより明確にしています。
基本的なゾーニングの区分は以下の通りとなります。。
「」…[open]会話
[]…[semi-open]暗示
()…[open]テレパシー
{}…[closed]テレパシー(秘話)
<>…[closed]思考
≪≫…[closed]インナーセルフのリアクション
<変身!>
学校の制服姿に変身したユウ。今朝は母親が珍しく寝坊をしたらしく、朝食にありつけなかったので、自分の能力を使って朝食を摂り、着替えも魔法を使って済ませた。
「ユウちゃん、何か変だよ」
レミアがTVの映像を指さす。朝のTVニュースによると、電車が軒並み運休しているらしい。しかも原因は不明だという。
「何があったんだろう?」
違和感を覚えるユウ。駅の方を透視してみると、多くの学校通学者や通勤者で小さな街の駅がごった返している。
「…これじゃ学校に行けないね」
学校の方も透視してみる。まだ朝早いのでほとんど誰もいないようだが、とりあえず学校の玄関は開いているらしい。
「ユウちゃん、どうする?」
レミアが尋ねた直後、ユウのスマホが鳴った。メッセージアプリがメッセージを受信したようだ。メッセージ送信者はハヤト。
「菖蒲塚さん、今日電車止まっているらしいよ。どうする? 俺は自宅で待つ」
ハヤトも電車が動かないと学校に行けない。
「分かった。あたしも様子を見る」
取りあえずハヤトに返事を返すユウ。
{ユウ姉。おはよう。起きてる?}
{うん}
ミズキからテレパシーが飛んできた。このテレパシーはレミアにも同じ内容が飛んでいるはずだ。
{ユウ姉、今日何か変だよ}
{どうしたの}
{うち、ミノリさんが起きてこないの。昨日の夜『眠れない』って何度も言ってた。ユウ姉の所もお母さんが起きてこないでしょ}
{またうちを監視カメラで見てたのね}
{違うよ。透視で判ったんだよ}
{ま、いいけど}
ミノリはA国情報局の秘密情報員。そしてミズキはAIと超夢現体を内蔵したアンドロイドであり、A国情報局のエージェント。なおかつユウと同じ学校の同級生でもある。本来ユウとレミアを監視対象とするだけだったが、色々な関わりの末、今はユウとレミアに対して協力的に接してくれている。
ユウの家の中にはA国情報局による無数の監視カメラや盗聴マイクが仕掛けられている。ユウとレミアもその目的と事情はやむなく理解はしているが、正直あまり気持ちの良いものでは無い。
{電車も動いてないし、道路も事故で渋滞が酷いらしいよ。これ、絶対何かおかしいよ}
{もしかして…魔族の仕業かな?}
{かもよ}
ユウ達の住む街は、『特異点』という特殊な環境下にある。ユウ達人間の住む『人間界』、妖精であるレミアが住んでいた『夢世界』、そして魔族と呼ばれる種族が住む『魔界』の3つの世界が接触する場所、それが『特異点』である。レミアは『人間界』と『夢世界』を結ぶ『ゲート』を通して『人間界』に迷い込みユウと出会った。レミアの姿は特殊な能力を持つユウ、ミズキ、そしてハヤトだけにしか見えない。そして『魔界』と『人間界』を繋ぐ『ゲート』を通してやって来た『魔族』がこれまで『人間界』に様々な悪さを仕掛けてきた。最初は『人間界』に怪物クラーケンを出現させ大規模な破壊活動を行い、2回目は活断層に仕掛けを仕込み、大地震を起こそうとした。いずれの事態も人間ユウと妖精レミアが融合して誕生した『超夢現少女 レルフィーナ』が持つ強力な魔力や超能力によって、それらは解決に至っていた。またその解決に際しては、『レルフィーナ』の力によってほぼ同等の能力を獲得したミズキも大きく貢献していた。
『特異点』の範囲は半径30kmほどの大きさであり、ユウ達が住む地方の政令指定都市をほぼ取り巻く大きさだ。ユウ達の住む場所は特異点中心から25kmほど離れた辺境近くにあたり、一応政令指定都市に含まれているものの、のどかな田園や山・海に近隣する小規模市街にあたる。
{…ユウ姉、原因を調べてみる?}
{ふふ。多分調べるまでもないでしょうね}
{ユウ姉、心当たりがあるの?}
{私達は原因を知っているはずよ}
{え、どういうこと?}
{私達の能力って何だっけ}
{超能力とか魔法とか…}
{もっと根源的な能力があるでしょ}
{根源的?}
{『どんな願いも一瞬で現実にしてしまう能力』}
{あ…}
{私達が『この事件の原因を知りたい』って願えば、それも現実になるの。ほら、もう答えが浮かんでこない?}
{…}
ユウの中でレミアの姿をしたインナーセルフが語り始める。恐らくミズキの頭の中でもインナーセルフの座に座るマナが同じ事を語り始めているはずだ。
≪事件の原因は魔族による仕業ね。昨日の夜7時をちょっと過ぎた頃に、特異点全体に『不眠の呪い』の爆弾のようなものを大量にばら撒いて破裂させたみたい≫
<私達に影響がなかったのは何故?>
≪耐精神操作能力が呪いの影響を無効化したのね≫
{ミズキ、答え判った?}
{この能力、忘れてたよ。原因は判ったね、ユウ姉、どうする}
{過去に飛んで歴史改変やってみる}
{分身のレミアは置いていく?}
{ううん、あたしと一体化したうえで過去に飛ぶ}
{大丈夫? 万一の保険が効かないんじゃ…}
{今回は歴史操作が絡むから、分身をこっちに置いたら多分ややこしいことになる。保険の役はあなたが担って}
{えぇ…私も行きたい…}
{だぁめ、ミズキはこっちにいて。そもそもそれがあなたの役目でしょ}
{ちぇっ、つまんないの…。せっかく能力を遠慮無くバンバン使えるチャンスなのにな…。でも、気をつけてね}
{うん}
ミズキとのテレパシーによる会話を終える。
「ユウちゃん。よろしくね」
分身であったレミアがユウの身体に取り込まれる。
「それじゃ…」
ユウ、瞬時にレルフィーナに変身。そして外…上空約1000m程の空中に瞬間移動。雲の中だ。
≪例の爆弾が破裂したのはこれくらいの高さなのよね。しかも数が…490個。特異点内の陸地をほぼカバーしているわ≫
<…それなら、過去に戻ってから分身して配置につけばいいね。9回分身を繰り返せば512人のあたしになれる。爆弾の出現位置は分かる?>
≪既に出現した位置が分かっているから、問題ないわ≫
<とりあえず、昨日の夜6時45分まで!>
レルフィーナは胸の上で両腕をクロスすると高速回転を始めた。それとともに時間を遡り過去へとタイムスリップ…。
<…着いた>
≪作戦はどうする?≫
<『呪いの爆弾』が出現したら。すぐに消滅させましょう。次元圧縮の能力を使って>
≪3次元を0次元にまで折りたたむあれね≫
<それじゃ分身を作りながら配置につくよ。余った人数は支援要員として分散配置すれば良いしね。それじゃ、スタート!>
レルフィーナは分身と瞬間移動を繰り返し、全ての分身が予定取り配置につく。
<出現予定時刻は?>
≪夜7時2分。一斉ではなく、次々に現れている≫
<あと何分?>
≪6分ほどよ≫
<カウントダウンお願いしていい?>
≪もちろん≫
<出現する際は恐らくゲートが現れる筈よね>
≪5分前≫
≪4分前≫
≪3分前≫
≪2分前≫
<まだゲートが現れる兆候がない。空間の歪みが感じられない>
≪1分前≫
<まだゲートは現れないの?>
≪30秒前≫
≪20秒前≫
≪10秒前≫
<まだなの?>
≪5,4,3,2,1,0!≫
<まだ何も…>
≪他の地点で出現して、分身が対応してる。特異点中心から順次現れているよ≫
<ということは特異点の端に近いここに現れるまであとどのくらい?>
≪40秒前≫
≪30秒前。空間の歪み検出≫
≪20秒前≫
≪10秒前≫
ここでゲートが姿を現した。
≪5,4,3,2,1,0!≫
目の前に現れた灰色がかった色の玉!
「次元圧縮! 3,2,1,0!」
玉はレルフィーナの力で次元圧縮され、0次元で消滅。
<他のみんなはどう?>
≪滞りなく処理を終えている。全て処理し終わるまであと20秒≫
≪間もなく…今、終了したよ。問題なし!≫
<やったね! それじゃみんなに集まってもらいましょう。全員を取り込む>
≪今指示を出したわ≫
レルフィーナの周りにも直接分身した自分自身が集まり始め、次々と取り込んでいく。
「あと1人…来た。おつかれ!」
「全員無事。じゃああたしも取り込んで」
「ありがとう」
無事分身全員を取り込む。
<さて…>
≪空間が…≫
「え?」
その瞬間、レルフィーナの周囲が眩しい光に包まれた。
「きゃあぁっ!!」
急に浮遊能力が失われ、真っ逆さまに異空間の中へ落ちていく。
「≪いやあぁっ!!≫」
インナーセルフの座にいたレミアが凄まじい絶叫!
≪嫌、イヤ! 落ちるのいやあああっ!≫
これがレミアのトラウマだと気づいた瞬間、レルフィーナは完全に気を失った…。
闇に包まれた夜、はるか上空から光球が垂直に落下し、地面に激しく衝突!
その衝撃で地面は激しく振動し、落下点周囲が高々と土煙を上げる。膨大な土砂が周囲に飛び散り、その土煙が晴れるまでに3分ほどを要した。
落下点には直径6m、深さ2m程のクレーター。その中心に横たわるのは、光球が消え気を失ったままのレルフィーナ。
そのレルフィーナの身体がふわりと宙に浮くと、クレーターの外へ。そしてその側に置いてある、黒い光をまとった檻の様な空間が見える。檻の大きさは縦、横、高さともに5mほど。レルフィーナは檻の格子など無かったかのようにすり抜けて中に入り床に着地。その直後、檻の様な空間が瞬間移動で姿を消す。
檻のような空間が再び姿を現したのは石造りの巨大な広間の床に置かれた。広間はほのかに明かりがあり、その明るさは家庭の常夜灯の豆球で照らされるほどの薄暗さ。そしてそこにいたのは、再三にわたって人間界でレルフィーナ達を翻弄した魔族の少年。
魔族の少年はレルフィーナの方へと歩み寄る。檻の格子を何も無いかのようにすり抜け中へ。そして気を失って倒れているレルフィーナに向けて左手をかざす。
「うっ!」
何かの力を受け強引に意識を取り戻すレルフィーナ。魔族の少年が左手の拳を握り高く掲げる。その手の動きに同調するようにレルフィーナの胸ぐら辺りを念力でつかまれ、レルフィーナが頭を上、足を下にして高さ1mほどふわりと宙に浮き上がる。
「く、苦しい…」
苦悶の表情を浮かべるレルフィーナ。
<なんとか抜け出さなきゃ…。瞬間移動!>
しかし何も起きない。
<な、なんで? 瞬間移動するの!>
レルフィーナが何度念じても、瞬間移動をすることは無かった。
(無駄だよ。この『夢封じの檻』では、夢世界と関わりのあるお前は超常能力も魔力も使えない)
魔族の少年を睨みつけるレルフィーナ。しかしそれ以上のことは何もできない。
「あなたは誰…。ここはどこ? 何でこんなことをするの」
(レルフィーナがお前の名だな。僕はジェノ。魔族の王の子だ。そしてここは魔族の王の城。お前をここに捕らえるために僕が引き込んだ)
やはりレルフィーナの思考はジェノに読まれているようだ。彼が彼女の名前をいきなり口にしたのがその証拠だ。
ジェノが握っていた拳をぱっと離した。その瞬間レルフィーナを拘束していた念力が解け、レルフィーナは床の上に崩れ落ちた。
「いたたた…」
ゆっくりと身体を起こすレルフィーナ。すぐ目の前にジェノがいる! 右手でレルフィーナの顎をくいっと上げる。
(哀れな奴よ。能力が使えなければ何もできない)
レルフィーナの左手がジェノの右腕を掴もうとする。その刹那。
バシッ!
レルフィーナの右の頬に平手打ち。再び崩れるレルフィーナ。
「…どうして? どうして人間界に攻撃を仕掛けるの?」
ジェノをきっと睨むレルフィーナ。
(人間界ははっきり言ってどうでも良い。ただ、お前らの世界は、夢世界の『餌場』になっている。夢世界の力を弱めるには、人間界が夢世界に供給する多くの夢を絶つしか無い。夢世界のポテンシャルは強力で、我ら魔界にも匹敵する。夢世界を弱体化させ、我々魔族の力を強めるために、『餌場』である人間界を攻撃した方が早いというわけだ)
「…人間界を『餌場』だなんて…そんな言い方ないでしょ。あたし達は夢世界から危害を加えられているわけじゃない。夢世界が得ているのは人間の夢が生み出す『おこぼれ』をもらっているだけでしょ」
(その『おこぼれ』を人間自身が使えばお前のように超常能力や魔法を自在に使えるとしたら?)
「そんな馬鹿な…」
(聞いたことないか? 昔は人間界にも様々なあやかしがいたり、様々な呪詛を使いこなす人間がいたり、超古代文明が存在していたと言う話を…)
「でもそれは作り話でしょ」
(おかしいと思わないか? それらの伝承の広がりが、局所的なものではなく極めて広範囲に広がっているという事実を…)
「…」
(もう一つ聞こう。お前が融合できたのは何故だ? 夢世界からの来訪者が人間には見えないはずなのに、それが見える人間がいるのは何故だ?)
「…わからない」
(そういう能力があったからだよ。その能力が搾取されずに残ったからだよ)
「…」
(まあいい。おまえはもうここから出ることはできない。この後人間界に訪れる惨事を延々と見せてやるよ。せいぜい楽しみにするがいい)
そう言い残すとジェノは再び檻の格子をすり抜け外へ、そして闇の中へと消えていった。
<ねぇレミア、起きてる?>
レルフィーナはインナーセルフの方に思考を向ける。インナーセルフの座に座っていたレミアは意識を失ったまま。
<特異点の外に出ると、あたしは強制分離してしまう。でもそうなっていないってことは、魔界側の特異点にいると考えていいのかな。…にしても、能力が使えないのは困る…>
レルフィーナは何度か能力の使用を試みた。しかし能力が使えない事に変わりは無かった。試しに口の中に蜂蜜を出せるか試してみたが、それもできない。
<まいったな…。このままじゃ餓死しちゃうよ>
周りを見回す。檻の中にはもちろん何もない。立ち上がり、先程ジェノがすり抜けていった檻の格子の方へと近寄る。格子の間隔は15cmほど。格子は黒い光を帯びている。格子に触れるとビリッと電気ショックのようなものを感じ、触ることができない。格子の間に指先を差し込んでみるが格子の辺りで目に見えない念力のような力に行く手を遮られる。恐らくこれが結界なのだろう。
仕方なく檻のほぼ中央まで戻り、座り込む。
<そういえば…>
レルフィーナは腹部の脇にある金色のポーチを開いた。このポーチ、小学校の頃描いた『魔法少女レルフィーナ』の設定では『魔法のポーチ』となっていて、欲しいものを唱えて2回叩くと、ポーチに入らないような大きな物でも自在に取り出せるという機能を持っていた。能力で何でも実体化できてしまう今のレルフィーナにとっては用事の無いポーチだが、今はユウのスマホ入れとして活用している。
手帳型ケースに収められたスマホを手に取り開くと省電力モードが解除され画面が映る。
<スマホ生きてる! さすがに電波もGPSもダメか…。日付時刻は…良かった、変な日時になっていない。夜10時か…あまり時間は経っていないのね。電池が勿体無いから、一旦電源を切ろう>
スマホの電源を切り、ポーチに…。
<ちょっと待って。もしかしたら…>
空のポーチのふたを閉める。そしてしばし思考。
「2cm角の氷1個」
そう呟きポーチを2回叩く。
小学校の頃描いた『魔法少女レルフィーナ』の設定なら、瞬時に呟いた物がポーチの中に現れる筈。ただ、今は超夢現少女としての能力は使えない。元々の『魔法少女レルフィーナ』としての能力が生きていれば…。
30数えてポーチの中を開く。
<…これは使いようかも>
ポーチの中は冷たく冷え、ほんの2~3mm角程度の小さな氷ができていた。
<ポーチの中の魔力は弱いながらも生きてる。時間さえ掛ければ必要な物が得られるかもしれない>
ユウのスマホをポーチの中にしまう。
「中のスマホ、充電しといて。あと、スマホのケースの外側両面全部に鏡を貼って」
ポーチを2回ポンポンと叩く。
<今まで試したことは無いけど、もしかするとできるかもしれない…。お願いね>
スマホのケースに鏡を貼るよう指示したのには、レルフィーナにある予測があったからだ。もしそれが的中しているなら…。
<恐らく今から動いてもどうにもならない。一旦眠ろう>
硬い床に横たわる。とても快適に眠れない。ひとまず暑くも寒くも無いのだけはせめてもの救い。身体を横にしたりうつ伏せになったりしながら最良のポジションを探すが、徒労に終わる。何度かスマホを取り出して時間を確認したいという衝動に駆られるが、感覚的にまだ朝でないと判断しじっと耐える。
何回目かの時間を確認したいという衝動に、意を決してポーチの中にあるスマホを取り出す。手帳型スマホケースの両面全面にはとても綺麗に鏡が貼られている。思わずガッツポーズするレルフィーナ。そしてスマホの電源を入れる。正常起動。日時は翌日の朝4時30分。電池はフル充電。無論電波やGPSは使えない。ひとまず機内モードに変更して電池の消耗を抑える。
<グッジョブ、あたしの魔法のポーチ。さてと…>
レルフィーナはゆっくり立ち上がると、檻の格子の方へと歩み寄る。
<昨日のジェノはこの格子をすり抜けた。ということは、この格子は鉄などのような固い物質で無い可能性がある。あたしの仮説が正しければ、このスマホケースは格子を通り抜けるはず>
レルフィーナはポーチからスマホケースを取り出すと、格子に向けてゆっくりと差し込もうとした。
その時、檻の外側で何やらうごめく気配。何かが近づいてくる。慌ててスマホケースをポーチにしまう。
<あれはもしかして…子鬼? 子供みたいに小さいけど>
そして檻の外側の手前まで来た、赤っぽい皮膚をした子鬼らしき存在。床に何かを置くと、それをガタガタとずらして檻の中へ差し入れる。檻の格子を抜けてきたものを見て驚くレルフィーナ。
「食事?」
檻の中に差し入れられたのは、固いパンらしき物、干し肉らしき物、そして器に入った透明な液体。
「これ…食べろって事?」
「Donaco de la princo. Manĝu ĝin.」
能力が使えないレルフィーナには、子鬼が何を言っているのか分からない。だが子鬼はそう語ると、レルフィーナに背を向け立ち去ろうとする。
<これ…パンっぽい。全粒粉を使っているのかな。あとこのビーフジャーキーっぽいの、なんの肉だろう? 器に入っているのは…水かな? でももしこれに毒や薬が入っているとしたら…>
レルフィーナはパンを手に取り、一部をちぎって子鬼に向かって投げた。パンは檻をすり抜け子鬼の側に落ちる。そのパンに気づき拾い上げ、レルフィーナの方を見る。
「あげる。食べてみて」
レルフィーナはパンを食べる仕草をしたあと子鬼の方に手を差し出す。
<お願い、なんとか通じて…>
子鬼は手にしたパンを口にすると、再びレルフィーナに背を向けて立ち去った。
<少なくともパンは大丈夫ね。でも、毒であたしを殺すなら、あの魔族の王子がとっくにあたしに手をかけているだろうから、考えすぎなのかも>
パンを口にしようとするレルフィーナ。しかしふと立ち止まり、パンを下に置く。
<そういえばこれではっきりした事がある。やっぱりこの檻の格子、固い物質じゃない、無機質の物体が支障なく通過できることは確認できた。早くここを脱出しなきゃ…>
レルフィーナはポーチに入れていたスマホケースを再び手にし、檻の格子の前に立つ。ケースを縦に持つと鏡に映るレルフィーナの顔。そしてそれを水平に構え、右手でまっすぐ格子の柱に向かって突き刺す。何の抵抗もなく格子の柱をすり抜けた。
<いくよ!>
右手の指を動かし、手帳型のスマホケースを少し開く、僅かに開く空間に左手の人差し指をぐいと突っ込み、その人差し指の先端に意識を集中!
<念力でスマホケース固定。固定できたら、あたしの身体よ、左人差し指の先端の位置で豆粒ほどの 大きさまで小さくなって結界をすり抜けろ!>
レルフィーナの身体が結界を越えた左指の先端に吸い寄せられるように消えていく。
<元の大きさになれ! そしてスマホ回収! 人間界へのゲートを開け! 脱出!>
その流れは連続的に行われた。レルフィーナが元の大きさに戻るとともに念力で回収したスマホがポーチに収まる。すかさずレルフィーナの周囲をゲートの光が包み、レルフィーナは人間界へと転移!
高度10000の空中。外はすっかり明るいが雲の中。
≪ゆうちゃん…今までなにがあったの? あたしは意識を失っていたみたいで…≫
<れーちゃん、詳しい話はあと、うちに帰るよ!>
瞬間移動で自宅の自分の部屋に戻るレルフィーナ、瞬時に制服姿のユウに変身する。
{ユウ姉、心配したよ。なにがあったの?}
{歴史改変はできてるよね}
{それよりあの後何があったのよ! 凄く心配したんだから}
{…あとで話す。その前に朝ご飯食べさせて}