Phase 4.超夢現少女失格
※挿絵はAI画像生成システム「imageFX」で生成した物を主に使用しております。
※カッコ記号の使い分けを行う事で、そのゾーニングをより明確にしています。
基本的なゾーニングの区分は以下の通りとなります。。
「」…[open]会話
[]…[semi-open]暗示
()…[open]テレパシー
{}…[closed]テレパシー(秘話)
<>…[closed]思考
≪≫…[closed]インナーセルフのリアクション
ゴールデンウィーク後半の休日を終えた最初の登校日。
(気分はどう?)
(最高に決まってるじゃないの)
ユウの肩の上に座る妖精のレミア。2人は融合して超夢現体「レルフィーナ」に変身。人間界に来襲する魔族を感知する能力を維持する為、超夢現体のまま姿のみをユウに変えていた。その後ある事情で姿を消したレミアが復帰。レルフィーナに内包するユウとレミアの自我が相談をした末、ユウとレミアそれぞれの姿をした分身を1体ずつ作り、それで日常を過ごすことに決めたのだ。それぞれに分身したとは言え、どちらも超夢現体のまま。なので魔族感知能力はもちろんのこと、万能とも言える超常能力を自由自在に使うことができる。そしてレミアの姿は、融合前の時と同じく、普通の人間には見えない。
(もうすぐ駅だけど?)
(もう平気だよ。自動改札機のセンサーに介入して無効化できるようになったから)
融合前のレミアは、ユウに密着していないと自動改札機のセンサーが反応してエラーの警告音が鳴っていた。
レミアがふわりと舞い上がる、そしてユウとレミアが揃って自動改札を通過。エラーは発生せず。
(でしょ)
(お見事)
やがて電車が到着した。2人は中に乗り込んだ。
(ユウちゃん、ミズキはいつ頃学校に来るんだろうね)
(…つい先日『行く』って言ったばかりだしね。さすがにA国に力があったとしても、日本の事務手続きの遅さを無理矢理いじることはできないでしょ。おまけにゴールデンウィークの連休挟んでいるから役所も動いてないだろうし、編入試験も受けなきゃならないから、編入が決まるまで結構かかるんじゃ無い?はかかるんじゃないかな?)
(でも一緒のクラスになったら賑やかになりそう)
(…むしろ何か粗相をしないかが心配だけどね。少し前のめりなところがありそうだし)
(前のめり…確かに)
ミズキはA国情報局の秘密情報員ミノリと共にユウの隣の家に越してきた超高性能AIと超夢現体技術を融合したアンドロイド。レルフィーナがミズキに力を与えたことにより、レルフィーナと遜色ない超常能力を発揮できるようになった。またミズキのAIにはユウの心が写し取られているため、ユウにとってもミズキは特別な親近感を感じる存在になっている。
次の駅で電車を降り、学校へと歩いて行く。目の前に見覚えのある男子…。
「角海君、おはよう」
「あぁ、おはよう。あれ? レミアさん?」
「お久しぶりです」
角海 ハヤト、霊感が非常に強く、人には見えない物が見えてしまう特異体質の持ち主。普通の人間の中でユウ以外にレミアの姿が見えるのはハヤトだけ。2人にとって良き理解者でもある。
「2人は融合したって聞いてるけど、分離したの?」
「融合したまま分身作って、それぞれに変身してる。だから能力はどちらも使える。れーちゃんは自由に能力を使えるようにしている。けど、あたしはできるだけ普通の人間モードでいて、緊急時以外は能力を使えないようにしてるの。人間モードでもテレパシーだけは使えるようにしているけどね」
「今後もそういうふうにしていくの?」
「うん」
「まぁ、それも一つの選択だろうね。にしても、レミアさん、うちの制服が似合うね」
「でしょ~。一度この格好をやってみたかったんだ。今後も学校に行くときはこの格好にするよ」
もともと自由自在に身なりを変装できたレミア。今日が爽林高校制服のデビューとなった。と言っても、レミア自身は高校に籍を置いている訳ではない。あくまで真似事だ。
「実はね…」
≪ユウちゃん、それまだ言っちゃダメ≫
「ん?」
≪今、ミズキのこと話そうとしてたでしょ、ダメだよ≫
<…ごめん、うっかりしてた>
今のユウの中にはレミアが、レミアの中にはユウが、それぞれインナーセルフの座に座っている。
「先週また魔族が出たって話、したっけ?」
「それは聞いてなかった」
「実は…」
ユウは山の麓に先日魔族が出現した話をした。もちろんミズキやミノリの話は出さずに…。
「活断層か…なかなか絶妙なところを突いてきたね。最近地震発生確率が上がったとも聞くしね」
「うん…」
「同じ地震でもスロースリップになれば被害も少なくなるんだろうけど」
「何それ?」
「プレート型地震では『ゆっくりすべり』『スロースリップ』という現象があるらしい。普通のプレート型地震はプレートが一気に動くことで大きな揺れになるんだけど、『スロースリップ』だと地層の動きが長期間にわたる代わりに揺れも少ないらしい。最近も関東地方で起きていたという話は聞いている」
「あの活断層でもスロースリップ化できれば被害は大幅に減らせるってこと?」
「理屈上はね。でもスロースリップについてはまだ謎も多いみたいだし…」
「ふーん。あたしも調べてみようかな」
教室に到着。それぞれの席に座る。レミアはユウの左肩に腰を下ろす。
「うーす」
リアが教室に入ってきた
「ん?」
前に座るユウの姿、そして肩の上に座っている…。
「おはよう」
慌ててユウに近寄るリア。
「おはよう」
(レミアの姿、あたしにも見えるようになってるよ。目を閉じなくても普通に見えてるんだけど?)
(あたしのサービス♪。リアさんにも常時見えるようにしたの)
レミアが穏やかに微笑む
(ありがとぉ~。さすがあたしの心の友!)
(今後ともよろしくね)
(こちらこそ)
(あとさ、今日授業終わったらうちに来ない?)
(え?)
戸惑うレミア。ユウの方を見る。
(あたしは部活に行くから無理だけど、れーちゃんだけでも行ったら?)
(いいの?)
(行っておいて)
(じゃあ…)
(決まりね。それじゃ帰りにね、よろしく)
少し浮かれ気分で自分の席に戻るリア。
<リアにも見えるようにしたんだ…>
<テレパシーで常時映像を流すようにできるかな? …って思ったらできちゃった♪。あと、実は日本語も話せるようになったんだよ>
<え、そんな話聞いてない!>
<さっきハヤトと挨拶したとき、あたし日本語で喋ってたよ>
<うっそ~、良かったねぇ>
「これからもいっぱいおしゃべりしようね♪」
ユウの耳に囁くレミア。
<ヤバい、感動で鳥肌が立ちそう>
やがて始業のチャイムが鳴る。担任の矢川ともう一人…。
「!!」
ユウとレミア、呆然。
<うそ…>
<もう?>
「皆さんおはようございます。本日からこのクラスに編入生が入りましたので紹介します。五十嵐 ミズキさんです。自己紹介、お願いします」
担任の矢川に促され、教壇中央に立つミズキ。
「おはようございます。五十嵐 ミズキといいます。私は昨年までA国に住んでいましたが、このほどこちらの学校のこのクラスに編入となりました。日本人とA国人のハーフです。よろしくお願いします」
一礼するミズキ。あちこちから挨拶を返す声と共に、男子から『可愛い』という声が漏れるのが聞こえる。
[私の特技は手品ができる事です。でも私が『手品ができる』ことはあまりおおっぴらにしたくないので、このクラスの人だけの内緒にして下さいね]
<ここで暗示をかけるの…>
<もしかして能力を使う気満々?>
[あと、このクラスの菖蒲塚 ユウさんも手品が大変お上手だと聞いていますが、これもこのクラスの人だけの内証にして下さいね]
<緊急モード! 時間よ止まれ!>
ユウ、レミア、ミズキ以外の時間が止まる。
「ミズキ~、それはダメ!」
声を上げるユウ。
「え? ユウ姉、ダメなの?」
「ダメ! ダメ! ぜーったいダメ! あたしが能力使えることがみんなにバレちゃったら、あたし『能力使ってテストのカンニングしてる』とか妙な疑いを掛けられちゃう。そんな事になったらあたしこの学校に来られなくなっちゃうよ!」
「でも能力じゃなくって『手品』だと言い張れば…」
「それでもダメなの! 少しでも疑いを持たれちゃいけないの」
「…せっかくユウ姉に恩返しできると思ったのに…」
「気持ちはありがたいよ、でも今のはガチで逆効果だから、暗示を取り消して。お願い!」
顔の前で手を合わせて懇願するユウ。
「わかった。ユウ姉がそういうなら、そうします」
「じゃ、時間動かすよ。時間動かして、あたしはユウモードに」
止まった時間が動き出す。
[先程のユウさんのことは取り消します。皆さん完全に忘れてくださいね]
ほっと胸をなで下ろすユウ。
<やっぱり…>
<やらかしちゃったね…>
「せめて一つだけ手品を見せてもらえませんか?」
生徒の誰かが声を上げる。
<そりゃ当然そう来るよねぇ…>
片手で頭を押さえるユウ。
「わかりました。それじゃ…」
ミズキは、服のポケットから折りたたまれている白いハンカチを取り出し、広げて表裏を見せる。
「これ、タネと仕掛けのあるハンカチです。でも表も裏も何も無いですよね。ではこれを台の上に広げて置きます」
ミズキの行動にさすがのユウ、レミアも緊張する。
「私が手をかざすと、このハンカチが空中に浮き上がります。ほーら…」
ミズキが右手をかざすとハンカチがふわふわと空中に浮き上がる。
「すげぇ」
「ハンドパワーだ」
あちこちから声が漏れる。
「ほ~ら、ほ~ら、どんどん浮き上がって頭の高さを越えちゃいました。じゃ今度はゆっくり下に下ろしますね」
今度はハンカチが徐々に舞い降り始める。そしてミズキの口の前辺りまでハンカチが舞い降りたところで、ミズキがフッとハンカチに息を吹きかけた瞬間、ハンカチが跡形も無く消えた!
「以上です」
教室は拍手喝采。誰もがミズキの手品に魅了されたようだ。
<これで掴みはOK…。ミズキ恐るべし>
<そういえばさっきユウちゃんの事を『ユウ姉』って呼んでたよね。今後もあれで行くのかな>
<同級生に『姉』って呼ばれるの凄く微妙…>
「それでは五十嵐さんの席ですが、そこ、菖蒲塚さんの隣の席にお願いします」
<あ…>
<そういえば空いてるね、ユウの隣…>
「はじめまして。よろしくお願いしますね」
「あ、こちらこそよろしく…」
{なーんちゃって、よろしくね。ユウ姉とれーちゃん}
{さっきの能力デモ、お見事でした}
ミズキ、鞄を机の脇に掛け席に座る。そして先程消したハンカチを机の上に広げた。しばらくしてハンカチを取ると、机の上に教科書と真新しいノート。そして右手をくるんと回すとその手にはシャープペン。
{能力使いまくり…}
{手品ですぅ…}
にっこり微笑むミズキ。
{ところでミズキ、連休挟んでたのに、どうして今日から編入になったの? 手続きは結構日数かかるはずじゃ…}
{歴史改変したの。3月末まで戻って編入手続きしてきちゃった}
{あなたって…随分無茶するのね}
{だって早くユウ姉と一緒に学校生活したかったんだもん♪}
さすがにユウ、それ以上何も言う気力が出なかった。
いつも通りの1限目の授業を終えると、ミズキの周りに数人のクラスメイトが集まった。朗らかに対応するミズキ。ユウはその場にいるのがいたたまれなくて、席を立って廊下に出る。レミアはユウの机の上でミズキの様子を観察する。
<もしかしてミズキ、能力で周りを魅了してる?>
レミアはミズキから発される妙な弱いオーラを見ながら、そんな疑問を抱いていた。
チャイムが鳴り2限目。
{ねぇミズキ、ちょっと質問していい?}
{どうしたの、れーちゃん}
{あなた、さっきの休み時間に、能力使って周囲を魅了してなかった?}
{さすがれーちゃん、鋭いね。確かに能力は使った。でも『魅了』なんて強力なものではない。ほんの少し意識的にフレンドリーなオーラを出しただけ。編入早々だから友達をたくさん作りたかったの。もうしないよ。あんまりやるとクドくなるし}
{そうね…わかった}
≪自制心はあるみたいね≫
<まぁ、ユウの心の裏返しといえるのかもね?>
≪鋭いご指摘≫
2限目が終わり中休み。ユウの元にハヤトが近寄り、廊下へと促す。レミアも同行。
(ちょっと内緒話をしたいんだけど)
(ユウちゃん、あたしに任せて。時間よ止まれ)
ハヤト、ユウ、レミアの3人以外の時間が止まる。
「ありがとう、れーちゃん」
「菖蒲塚さん、五十嵐さんのことなんだけど…」
「どうしたの?」
「彼女…何か変なんだ」
「変?」
「俺は特異体質だから人間がまとうオーラのようなものが見えたりするんだ。でも五十嵐さんからはそれらしきものが見えないんだ。さっきの休み時間はオーラっぽいものが少し見えたけど何だか違ってたし…。それで菖蒲塚さんやレミアさんが何か感じているんじゃないかと思って…」
「え…」
≪ユウちゃん、ミズキの情報を漏らしちゃダメだよ≫
「あたしは何も感じていないよ」
レミアが答える。
「あ、…あたしも」
「そうか…じゃあ俺の気のせいって事かな。ちょっとここ最近家のことで色々あって疲れているのかも」
「…大丈夫? あたしで手助けできることがあれば遠慮無く言って」
「ありがとう、取りあえず気持ちだけありがたく受け取っておくよ。用件はここまで。わざわざ時間を止めてくれてありがとう」
「お安い御用で それじゃ、時間よ動け!」
再び周囲の時間が動き出す。
「それにしても五十嵐さん、朗らかで良い子だね」
「惚れた?」
「いやそういう問題じゃ…」
軽く流すハヤト。
ユウとしては複雑な心境。ユウの心を学習しながら、あれだけ朗らかに振る舞えるミズキのことにほんの少しだけうらやましさのようなものを感じ始めていた。
「あたしも彼女みたいになれるかな?」
「…なりたいの?」
「ちょっとうらやましい」
「だったらなれるよ、菖蒲塚さんなら」
3限目のチャイムが鳴り、皆席に着く。
{ユウ姉、角海君とはどこまで進んでるの?}
{何も進んでいません! 良き理解者なだけです!}
{ふ~ん、顔、赤いよ}
ドキッとするユウ。
{冗談だよ。彼、大切にしなよ}
{もう…}
{ところでさ、ユウ姉、授業退屈じゃ無い?}
{あたしは超夢現体の能力切ってるから、普通に授業楽しいよ}
{そっか~、ユウ姉真面目だもんね。私はダメ。教科書の内容全部知ってるんだもん}
{何でもスラスラ理解できちゃう超夢現体にAIがくっついているんだもんね。無理ないよ}
{だから私10倍速で授業を受けてるよ。掛けられる心配がなかったら40倍速でもいいかも}
実際レミアは20倍速程度で授業時間をやり過ごしているらしい。
{そうしたい気持ちはわかるけど、だったら何で学校への編入を望んだの?}
{だってその方がユウ姉の監視が楽なんだもん}
{あ~そうですか}
ユウ、溜息。
退屈な3限目が終了。次の時間は体育。男子が一斉に隣の教室に移動し、隣の教室の女子がユウ達のクラスにやって来てここで着替え。
<そういえばミズキ、体育の授業の支度を持ってきているように見えなかったけど…>
ミズキは着替えないまま教室を出て行った。
<緊急モード。ミズキを透視…>
ミズキは女子トイレに入っていった。そこで体操着に一瞬で着替え! 着ていた制服などは新たに現れた袋の中に綺麗に折りたたまれている。
<ま、当然そうなるよね>
{ユウ姉のエッチ}
唐突にミズキのテレパシー。
{ごめん、バレちゃった?}
{当然でしょ}
不敵な笑みを浮かべるミズキ。トイレの個室を出る。
<ユウモードにもどって、修行の時間…>
ユウもようやく着替えを終える。
今日の体育の授業は班に分かれ、短距離走、走り幅跳びをそれぞれ10分ずつ行う。ただどの種目でもユウは万年最下位が指定席。能力さえ使えれば、人間離れしたぶっ飛んだ破天荒な記録を出せるのだが…。
{ミズキ、能力抑えるの?}
{超夢現体の能力どころか、私本来の能力もセーブするよ}
{やっぱり…}
{だって私アンドロイドだもん。基本運動能力が普通の人間以上に設計されているし…}
{能力持ちは、辛いよね。お互いに}
{まぁね}
ミズキはいずれの種目でもごく平均的な記録を出していた。一方のユウは…。
{ユウ姉、ほんの少しだけでも能力使ったら? その運動能力、かなりヤバいよ}
{でもミズキ、これがあたしの標準スペックなの}
{ユウ姉、運動神経やばくない?ゃん}
{うっさい! 本当なんだからしょうがないじゃん}
微笑みながら軽くあしらうユウ。
{そういえばれーちゃんが見当たらないけど…}
{たぶん学校の中庭で早弁してるよ}
{早弁?}
その頃中庭では、花粉まみれになりながら花の蜜を吸うレミアの姿…。
<そろそろツツジの花も終わりか…。今年は足が速かったわね。早くバラが咲かないかな…>
授業は早めに切り上げとなり、再び教室で着替えた。今度はミズキも教室内で着替えるが、汗の処理などはちゃっかり能力を使用。ユウもこっそりと…。
お昼休み、ユウはサンドイッチとミルクコーヒー。ミズキは四角い袋入りのゼリーを2つ。
{ミズキ、そのゼリー、市販のものみたいだけど、それだけで大丈夫なの?}
{外装は市販品だけと、中身は特殊調合。結構ヤバいよ}
{やっぱり…}
「あっ!」
教室の後ろから大きな声が上がる。リアの声。それを聞いてすぐさまミズキが席を立ち、リアの席へと向かう。
「どうしたの?」
「弁当箱、中身が入っていないのを持って来ちゃった…」
蓋を開けた弁当箱は綺麗な空っぽの状態。
「あたしに任せて。その蓋貸して」
ミズキがリアから弁当箱の蓋を受け取る。
「どうするの?」
「手品を使うの」
可愛く微笑むミズキ。蓋を弁当箱に被せその上に右手を乗せる。そして左手の指をパチンと鳴らした。
「蓋を開けてみて。本来入っているべきものがあるはずよ」
弁当箱の蓋を開けるリア。中身がぎっしり詰まっている。
「あ…ミズキ、ありがとう」
[私が今手品を使ったことは内緒だよ。お弁当の中身は最初から入っていたの。みんな手品のことは全部忘れてね]
<ここで暗示を掛けちゃうんだ…>
離れた場所で驚くユウ。その直後、ユウの記憶の中からもミズキが手品…いや能力を使った記憶が、ミズキの暗示によって跡形も無くかき消されてしまう。
ユウの隣の席に戻り、何食わぬ顔でゼリーを飲むミズキ。
{ユウ姉の記憶も消えているね、良かった}
{え、何かあったの?}
{ううん、何でも無い。こっちの話}
{変なの}
ニコニコ微笑むミズキ。一方怪訝そうな表情のユウ。
そんなこんなで昼休みも終わり、午後の授業。午前と変わらぬ平々凡々とした時間が流れ。
そして終業。今週はユウとミズキの席の列が教室清掃を担当。ユウがミズキに清掃の手順を教えていく。
{ユウ姉、能力使っていい?}
{気持ちは判るけど、一応格好だけでもやっとかないと…。}
{ちょっとしたつむじ風を起こせばゴミなんてあっという間に…}
{だ~か~ら~、やめなさいっての!}
能力を使い始めたミズキをユウが止める。それでも時折ミズキは周りに気づかれないように能力を併用しながら掃除を御小鳴っていた。
掃除の時間が終わり、各自部活に向かったり家路についたりする。
(じゃあたし、行くね)
(うん、リンダにもよろしく)
ユウと別れるレミア。リアの元へと向かう。
「ユウ姉はこれからどうするの?」
「あたし図書室に行く。いま読書部に所属してるの」
「…あたしもついていっていい?」
「いいよ」
二人は図書室へ向かう。
「あやぽん、おつ~」
「ミサトさん、おつです~」
ユウに声を掛けてきたのは読書部の部長、3年生の鈴木 ミサト。ユウが入学当初に声を掛けてきた先輩でもある。
「彼女、見ない顔だね」
ミズキに関心を示すミサト。
「今日うちのクラスに編入したばかりなんです」
「五十嵐 ミズキです」
「うちの読書部に入部希望?」
「いえ、取りあえず見学から…」
「気兼ねなくどうぞ。うちの部はフリーダムだから」
笑顔でミズキを迎えるミサト。その後彼女は定位置のソファコーナーに向かう。
ユウは地質関連の書籍があるコーナーへと進む。ミズキも後を追う。
「ひょっとしてこの前の活断層の…?」
「うん」
「スロースリップのことを調べたいんだ」
微笑むミズキ。戸惑うユウ。
{あなたの心なんて丸見えよ}
{そっか…そうだったね}
ほっと一息つくユウ。
「でもここにはそれ関連の本は無いかな…。蔵書目録を調べたけど関連記述のある本は無いね」
「やっぱりミズキはすごいね」
「ごめんね、ユウ姉の探す楽しみを奪っちゃって」
「…いいの。ありがとう。…ミズキは何か読みたい本ある?」
「ごめん…私は特に…」
「じゃ…帰ろうか」
そして2人は学校を後にし、駅へと向かう。5分前に電車が出てしまい、次の電車まで40分待ち。ユウはミズキに駅周辺を案内しながら散策した。
時間が来て電車に乗り1駅、改札を抜けると駅舎の前にハヤトが立っている。
「角海君。どうしたの?」
ユウが声を掛ける。
「…ん? ここで弟を待ってる」
「弟さん?」
「ああ。もうすぐ来るんだ」
駅前のロータリーに1台の白いマイクロバスが入ってくる。ドアが開くと中から比較的年齢層の幅広い人々が降りてきた。そのうちの一人の男子がハヤトに近づく。
「アニキ、オツカレサン」
「おう、お疲れさん」
「アノー、キョウネ、●◇▲※サンガ、エー、オヤスミダッタノ、アラー・・」
「そうか、今日も忙しかったのか?」
「キョウ、アタシ、スゴクガンバッタ。オー、スゲー」
戸惑うユウとミズキ。
{ノイズが多すぎて彼の心がまともに読めない。まるで複数の並行世界が入り乱れている様な感じ}
ミズキからの情報がユウにも届く。
「角海君、彼は…」
「弟だよ。今特別支援学校に通ってる」
「コンイチワ、アクシュ!」
ハヤトの弟が突然ユウに握手を求めてきた。彼はにこやかに微笑む。ユウは少し戸惑ったが彼の手を握った。
「…こんにちは。お名前は」
「アノネー、カクミ ハルユキ!」
「ハルユキくんね。よろしく。アヤメヅカ ユウっていいます」
「ユウサン、オボエタ」
「コッチモ、アクシュ」
ハルユキ、今度はミズキに握手を求める。
「ハルユキくん、よろしくね。あたしはイカラシ ミズキ」
「ミズキサン、オボエタ」
先程のバスは既に駅を出発していた。
「ハルは2人のことを気に入ったみたいだな」
「そうなんだ…」
「じゃ、俺たちはここで…」
「ねぇ。角海君」
「何?」
「あたしなら…ハルユキ君のこと、治してあげられるかもしれない」
ユウの言葉に戸惑うハヤト。
「今のあたしならどんな事でもできる。だから…」
「悪いけど…」
少しムッとした表情でユウを見つめるハヤト
「まず、その必要は今のところ無い。おそらく今後も無い」
きっぱりと断るハヤト。
「ハルユキが生まれて15年、こいつも俺たち家族も、『障害ではなく個性として』その生きざまを受け入れてきた。それを全否定するつもりかい?」
「いや、そんなつもりじゃなかったんだ…」
「あと、すごく気になったこと、あえて言うね。菖蒲塚さんのさっきの言葉、とても『上から目線』に聞こえたよ。どうして『治したい』じゃなくて『治して『あげたい』』なの? 君はそんなに偉いの?」
混乱するユウ。
「違う違う。『上から目線』だなんてそんなつもりじゃ…」
「そんなつもりじゃなくてもさっきみたいな言葉が出るんなら、君自身が自分の潜在意識に気づいていない証拠だよ。よく考えたほうがいいよ」
「…」
「行こう、ハル」
ユウに背を向けて立ち去るハヤト。
「…あたし、何てことをしちゃったんだろう」
激しく落ち込むユウ。
「ハヤト、ちょっと言いすぎだよ」
「ううん、角海君は悪くない。彼の言うとおり…」
「あとで謝ろう。もし何なら、私も一緒に謝るから。さ、一緒に帰ろう」
自宅に向かって歩き出すユウとミズキ。
「失敗なんていくらでもあるよ」
「そう…だよね。あたし昔から調子に乗って失敗することがあまりにも多くて…。なんでいつもこうなっちゃうんだろ」
「あんまり気にしないほうがいいよ。ユウ姉は真面目だからすぐ何でも背負っちゃう。もっと気楽にいこうよ」
「気楽になんてなれないよ!」
とうとう本気で怒りだすユウ。困った表情のミズキ。そんな中でユウの深層の気持ちがミズキに流れ込んでくる。
<ユウ姉、やっぱりハヤトのことが…>
そうこうしているうちに、それぞれの自宅前に近づく。
「明日また笑顔で会いましょ」
「うん…」
「じゃあね」
「…おつかれ」
ミズキと別れ、自宅の自分の部屋でさっさと着替えを済ませ、ベッドの上で横になるユウ。
それからしばらくして、レミアが瞬間移動でユウの部屋に戻ってきた。
「ただいま~」
「…」
「どうしたの、ユウちゃん」
「…」
レミア、テレパシーでユウの記憶を読み取る。
<…そんなことがあったのね>
<死にたい…>
≪能力暴走の予兆を検知しました。直ちに融合を解除し強制分離します。回避はできません≫
ユウとレミアのインナーセルフが同時に警告を発した。
「ユウちゃん…」
「れーちゃん、ごめん。多分あたしのせい…」
その時、レミアの体が霧で霞むように薄くなりユウの体に取り込まれる。続いてユウの体が激しい光に包まれる。融合していた人間のユウと妖精レミアそれぞれの細胞が分離し、それぞれの姿を再び作り出す。分離が正常に終了すると光が消失する…。
「…れーちゃん」
「Kiel vi sentas vin?」
(…あれ、日本語が話せなくなった。ゆうちゃん、体調はどう?)
「とりあえず大丈夫だけど…」
(ちょっと待って。もう一度融合できるかやってみる)
レミアがユウの胸付近に近寄り、おそるおそる手を伸ばす。ユウの胸にレミアの手が触れるが、何も起こらない…。
(融合…できないみたい)
不安そうな表情のレミア。
「れーちゃん、ごめん。あたし『超夢現少女』失格になったのかも…」
その時、部屋の扉付近の空気が一瞬揺らいで、そこにミズキが現れる。
「大丈夫? 何が起きたの?」
「ミズキ…」
体を起こすユウ。
「…強制分離させられちゃった。もう一度融合しようとしたけどダメっぽくて…」
「…そうなの。強制分離しちゃうと、再度融合が可能になるまでには少し時間がかかるはず」
「どうしよう…。あたしたちが分離したら魔族の侵入も検知できなくなっちゃうし、万一の対処も…」
「ひとまずそれは心配しないで。私のほうで対応するから」
「…ごめんねミズキ。迷惑かけちゃって」
「気にしないで。これも私の役目だし、ユウ姉に恩も返せるから」
(ねぇミズキ。強制分離したあと、再度融合できるようになるまでどれくらいかかるものなの?)
「…もしかしてれーちゃん、日本語が話せなくなった?」
(うん)
「それも分離の影響ね…。分離してから再融合が可能になるまでの条件は私もよくわからない。融合する双方の気持ち次第だという説もあるけど…」
(そうなの…)
「やっぱりあたしのせいだ。あたし、ついうっかり『死にたい』って思ってしまったから…」
(ユウちゃん…)
「ごめんね、あたしのせいで…」
ぽろぽろとユウの目から涙がこぼれ落ちる。