Phase 3. もう一人の超夢現少女
※挿絵はAI画像生成システム「imageFX」で生成した物を主に使用しております。
※カッコ記号の使い分けを行う事で、そのゾーニングをより明確にしています。
基本的なゾーニングの区分は以下の通りとなります。。
「」…[open]会話
[]…[semi-open]暗示
()…[open]テレパシー
{}…[closed]テレパシー(秘話)
<>…[closed]思考
≪≫…[closed]インナーセルフのリアクション
「あなたに危害を加えるつもりは無いの。おとなしくしてちょうだい」
冷たい視線でユウを見下ろす白衣姿のミノリ…。
夜9時頃に床についたユウ。目が覚めると、まるで小さな手術室のような部屋で仰向けに寝かされていた。身体の自由が利かない。口には酸素吸入マスクのようなものがつけられている。
「全身麻酔を無効化してしまうなんて、さすが超夢現体ね。まだ完全に無効化で/¥きていないようだけど、時間の問題でしょうね」
「あなたは…誰? どうするつもり?」
必死の思いで言葉を紡ぐユウ
「私が何者かは、既にあなたはわかっているはずでしょ。私はA国情報局の秘密情報員。特異点とそこに現れる異界の生物、そして人間と異界の生物が融合した融合体、超夢現体 ”Hyper dream materializer" 略して "HDM" を調査する為にここにいる」
「何故あたしのことが…?」
「人間としてのあなたは半年以上前にマークされていた。なぜならあなたが異界の生物と同居生活をしている事を確認できたから」
「そんな前から…」
「可視光では異界の生物を発見することは困難。でも例えば赤外線など他の観測方法を使えば異界の生物の存在を観測できる。人工衛星での観測結果であなたたちの所在を確認したの」
「そういうことか…」
「そして一昨日、この街で空間の大きな歪みを検知した」
(ああ、魔族とクラーケンが出たときの事ね)
当時の記憶が蘇る。
「で、あなたが超夢現体として現れた」
ユウは次第に身体が回復していることを明確に認知していた。今なら瞬間移動で他の場所に逃げ出すこともできるだろう。でも…。
「…もう間もなく全身麻酔が完全に無効化されそうね。今のうちに言っておく。ここから逃げ出そうなんて、考えない方がいい。あなたにはとても大事な用件があるの。それはあなたにとっても有益なことだから…。用件が終わればあなたを解放する」
テレパシーでミノリの心を深く読み取る。悪意は感じられない。そして嘘も言っていないようだ。ミノリの背後にいるもう一人の女性らしき存在に気づく。
「…実は、あなたが超夢現体として現れた際に、ある想定外の事故が起きたの。あなたは何か気づかなかった?」
(…事故?)
「あなたの身体の中にいるインナーセルフ、あなたは何か違和感を感じなかった?」
(…マナのこと?)
「そう、あなたが『マナ』と呼ぶ存在のこと。…まだピンと来てないようね。それなら気づいてもらう為にあなたに魔法を掛けましょう」
<え…この人も超夢現体?>
「マナ、セキュリティプロテクションキャンセル。パスコード『魔法少女はお寝坊さん』」
≪…声紋認証完了。パスコード承認。セキュリティロック解除。モード変更のうえシステム再起動します≫
(マナ…どうしたの?)
「もうすぐあなたのインナーセルフが違った形で目を覚ますはず」
≪…おはようございます、ユウさん。今回は色々ご迷惑をおかけしています≫
「え…え?」
「ユウさん、あなたの中にいるインナーセルフ、実は元々彼女の中にいるべきものなの。ミズキ…いや、レミアさん、こっちにいらっしゃい」
(え?)
ミノリが背後にいた女性をユウの側へと招く。黒一色のスーツ、年齢はユウと同じくらいに見える。
(…え、れーちゃん?)
「ユウちゃん…寂しかったよぉ」
彼女はユウの側にすがりつく。外見はユウにとって初めて見かける子。なのに明らかにレミアの気配が感じられる。
「なにこれ。…訳がわからない」
「あなたがレミアと名乗る異界の生物と融合を果たしたときのこと。あなたの後ろにはこの子…ミズキがいたの。彼女はうちの組織のエージェント。あなたを尾行していた。そしてあなたとレミアの融合に彼女も巻き込まれてしまった…。本来なら身体の融合とともにお互いの心も一つの身体に収まるはずだった。ところがもう一人彼女がその融合に巻き込まれて事故が起きた。本来ならあなたの身体に収まる筈のレミアの自我が彼女の身体に入ってしまい、代わりに彼女の自我があなたの身体の中に入ってしまったの」
「え…」
混乱が収まらないユウ。
(≪ユウさん、騙してしまってごめんなさい。私は本来ミズキの中にいるはずのインナーセルフ。事故であなたの中に入ってしまった為、私自身が持つ多くの秘密を保護する為に、あなたのインナーセルフとして振る舞っていたのです≫)
(マナ…)
(≪あなたが見ている彼女、『五十嵐 ミズキ』。外見は普通の人間に見えるけど、実はA国で開発されたアンドロイド。そしてAIと超夢現体応用技術によって形作られた自我、ミズキの自我、それが私なのです。『マナ』という呼び名は元々、ミズキのAI思考モデルエンジンのコードネームなのです≫)
(道理で…。マナが妙に堅苦しい口調だったのはそのせいなのね…)
「ミノリさん、ユウちゃんのマスク、外してもらってもいいですか? もう必要ないんですよね」
「そうね。全身麻酔も完全に無効化されたようだし、もう意味が無いものね」
ミノリは機器を操作した後、ユウにかかっていた酸素マスクを外す。ふぅ…と深く息をするユウ。
「ミノリさん、ごめんなさい。あたしまだ理解が追いついていなくて…。あの時あたし歴史改変をやってしまったんです。歴史改変について、ミノリさん達はどこまで把握しておられるんですか?」
「マナから継続的に送られてくる行動追跡ログ、そしてレミアさんの自我から得られた情報から状況を把握したの。マナはあなたの記憶や感情を正確に記録しているので、それが状況把握に大きく役立ったの」
「…そうか…歴史改変したとしてもマナはあたしの中にいるから、歴史改変しても連続性は失われないんだ。だから改変期間のログが消えるわけでも無い。…そういう認識で間違いないですか?」
「そう。ただログの記録時刻はあなたが時間を巻き戻した時点で過去の時刻に逆戻りしている。マナ自身の存在の連続性は維持されているから、ログが書き換わることもない」
「理解できました」
「それにしても、とんでもない怪物だったようね。よりによって生体内にヒドラジンを内包するなんて常識的には有り得ないことだもの」
「あたしもそう思います…。ところでミノリさん、あたし、まだ自分のことがよく判ってないんだけど、あたしは自分の心がユウとレミアが融合した結果だと思っていました。それは違うのですか?」
「結論から言うと、あなたの今の自我は基本的に人間のユウさんが主体。融合を起こすと身体は一体化する。でも自我…心の一体化には相当の隔たりがある。だから生命維持に近い本能レベルでは一体化するけど、上位層では二つの心が共存する事になるの」
「だから今はマナが事実上サポート役に回っているのか…」
「ユウさん、私はできればレミアさんの自我をあなたの身体に返したいと思っている。その代わり、あなたの中に内包されているミズキの自我を彼女の身体に戻して欲しいの。恐らくそれができるのは超夢現体であるあなただけ」
「マナは私にとってとても優秀なサポート役。だから別れるのはとても寂しい」
(≪ユウさん…≫)
「でも、れーちゃんと一緒にいられないのは、もっともっと寂しい」
「ユウちゃん…」
「ミノリさん、入れ替えに同意します」
「ありがとう…」
(≪ユウさん、ミノリさん。私からお願いがあります≫)
「何?」
(≪ユウさん、私は短い間ですけどあなたの心に触れることができました。あなたは色々な経験をされてきたせいなのかもしれませんが、とても慈悲深くて美しい心を持っています。私はそのあなたの心を学び取って自分のAIに加えたいのです。あなたの心、私の方へ写し取らせてもらってもいいですか?≫)
「あたしで良ければ、いいよ。何か手伝えることある?」
無意識にユウの左手が胸に…。
(≪もうしてくださってますね。あなたは本当に優しい人ですね≫)
ユウの左手が淡く光を放つ。
≪学習開始。AIエンジンのアップデートも併せて実施します。情報容量拡大≫
「ミノリさん、ミズキさんのAIがあたしの心を写し取って、それを活かして進化しようとしているようです。これが終わったら、ミズキさんとれーちゃんを入れ替えます。その際、もしかするとミズキさんの超夢現体に何か影響があるかも知れません。その時はミズキさんの身体の超夢現体部を操作する必要があるかもしれません、承諾頂けますか?」
「わかりました。承諾します」
「ユウちゃん、あたしはどうしたら良い?」
「この左手をあなたに触れる。それで入れ替え」
「わかった」
ミズキ、ユウの左側に立つ。
「いつでもいいよ」
(≪お待たせしました、準備ができました、何だかワクワクします≫)
「それじゃ入れ替え、始めます」
ユウが淡く光る左手を自分の胸から離す。ミズキが光るユウの左手をとる…。
パァッ! 一瞬の閃光。
「ミズキさんのAIの容量不足を確認しました。ミノリさん、超夢現体部の組織を増量します。あとAIデバイスの半導体メモリ容量が不足するようです。既存のメモリ部を複製してAIデバイスのメモリ容量を補完できます。実行してもいいですか?」
「お願い」
「いきます!」
ユウの左手が再びまばゆい光を帯びる。元々ミズキが持っていた僅かな量の超夢現体がユウの力で大幅に増殖。さらにミズキが持つ半導体メモリ部を物質複製して接続することにより、AIデバイスに直結した半導体メモリを大幅に増強。AIデバイスと密接に結合した超夢現体部がユウの力と共鳴しミズキを大きく進化させる。
「終わりました。安定待ち…離します」
左手を離すユウ、放たれた光はふっと消失する。
「ミズキさんがもうすぐ、再起動します」
ゆっくりと閉じた目を開くミズキ。
「…ミズキさん、気分はどう?」
「…全て正常動作…しています。ユウさんの心、ありがたく活かします」
満面の笑みを浮かべるミズキ。
「おかえり、ミズキ」
「ミノリさん、ご迷惑をおかけしました。五十嵐 ミズキ、ただいま帰還です」
(≪あたしもユウの中に入ったよ~、嬉しい~≫)
ユウのインナーセルフの座にレミアがしっかり収まり、はっきりと感じ取れるテレパシーを発信する。
「れーちゃんも無事あたしの中に入ったようです」
ゆっくり身体を起こすユウ。
「良かった…」
ほっと胸をなで下ろすミノリ。
「今回、なぜ事故が起きたのか…なんだけど、実はミズキの身体の中にある超夢現体部と、レミアさんの身体に共通の遺伝子配列が大量にあって、それが事故のきっかけになったみたいなの」
「共通の…遺伝子配列?」
きょとんとするミズキ。
「そもそもミズキの身体の中にある超夢現体部、実は80年も前にA国で採取された超夢現体の組織を培養したものなの。でもその組織の中で、異世界側生命体の遺伝子組成と、あなたの異世界側生命体の遺伝子組成が全く同じだったの」
「あたしの異世界側生命体…ってれーちゃんのこと?」
「そう」
(≪あたし…そんな昔に人間界に来てたっけ…。全然記憶無い≫)
「れーちゃん、そういえば聞いたことがなかったけど、あなたの年齢はいくつ?」
(≪え~っと、…120年くらい経つかな≫)
「ミノリさん…異世界の住人ってそんなに長寿なんですか?」
「そういう種族はいる。レミアさんは確か妖精族よね。妖精族は人間より遥かに長寿。ある説では1万年生きるという説もある」
「そっか…」
ユウ、複雑な心境。
「ところでユウさん、あなたには一応注意をしておかなければいけないことがあるのです。レミアさんも聞いて下さいね」
ミノリが真剣な表情でユウの方を向く。
「はい」
「今あなたたちは超夢現体としてここに存在しているけど、超夢現体は特異点を離れると活動ができなくなり強制休眠状態に陥ってしまうの。もちろん持っている超常能力もそこまで。異界の存在であるレミアさんは、特異点の外に出る事もできないし、最悪の場合は異界に強制転移することもある。その点は十分心得ておいてね」
(≪そうなんだ…≫)
「あれ、ミズキさんはどうなんですか? 超夢現体技術を使っているはずだけど…」
「私は特異点の外に出てしまうと、超夢現体部は休眠状態に入ります。超夢現体無しのAIシステムのみで動く事になります」
「そういえばミズキさんって、あたしみたいに超常能力使えるんですか?」
「特異点の中では、超常能力をある程度の回数使えます。あなたをこの部屋に呼び寄せたのはその力によるもの」
(≪あたしがミノリさんに説得されて、ユウちゃんをここに招いたの。透視でユウちゃんの居場所を把握して、遠隔催眠でユウちゃんを眠らせて、瞬間移動でここにきてもらった。そしてこの部屋を時間隔離して外の時間の流れをめいいっぱい遅くしたの≫)
「そっか。能力を使う気分はどうだった」
(≪クセになりそう♪≫)
「だよね~。さ、て、と、ミノリさん、もう一つ教えてください」
「何?」
「単刀直入に聞きます、あなたはA国情報局の秘密情報員。そして特異点や超夢現体のことを調べていると聞きました。A国は超夢現体を軍事利用しようとしているのですか?」
「以前はそういう目論見もあった。でも『使い物にならない』事が判って、軍事利用はしないことにしたの。理由は先ほども言ったとおり、超常能力が特異点でしか使えないこと。しかも特異点の動きが全く予想できないし、それをコントロールすることもできない」
「…」
「さらに言うと、超夢現体が悪意、恨み、妬み、欲望などで超常能力を使おうとすると、能力が勝手に止まったり、融合そのものが解除されてしまったりすることもある。超常能力は超夢現体が持つ『慈しみの心』に強く依存しているらしい…だから軍事利用には向かないの」
「そこまでわかっているのなら、超夢現体を追跡する必要も無いのでは?」
「でも、特異点では『異界からの攻撃者』が現れることもある」
「『魔族』のことですね」
「ええ、たいてい魔族が現れる前に超夢現体が現れて大事に至らない事が多いのだけど、時には超夢現体が現れないこともある。そこで開発されたのが超夢現体技術を応用したアンドロイド、ミズキ。彼女は最近になってようやく実用試験が始まったところ。でも防げなかった攻撃は少なくない。これまで起きた天変地異には魔族が原因となったものもある」
「でもそれはA国と関係ないところでも起きますよね。それに関わる必要も無いでしょう」
「あくまでA国の利益が最優先。時には現れた超夢現体がA国の利益を阻害するときもある。その時は超夢現体の活動を阻止する事になる」
「で、今のあたし達はA国にとって邪魔な存在?」
「今のところはまだ判断できない。なので今は監視するだけ」
「…じゃあ、あたしこれで帰ってもいいかしら?」
「私達の秘密を外部に漏らしたら、いくらあなたでも容赦しない」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
その時…。
「…!」
何とも言えぬ背筋の寒さに襲われるユウの表情が曇る。
「どうしましたか?」
「…すみません。急に身体が…」
(≪ユウちゃん、魔族検知。山の麓に魔族が現れたみたい。1体≫)
「何で誰もいないあんなところに…」
レミアが人間界に落ちてきたときに見かけた山、あの山の麓だ。魔族が現れたのはその中でも人が居住していない地区。山の麓から水田が広がる場所。
すかさずレミアが検知情報をミノリとミズキへテレパシーで飛ばす。
「あの山の麓…何であんな所に…あっ」
ユウは、あることを思い出した。
「あの山の麓には活断層が走っています。かれこれ1000年活動していない活断層ですが、長さは特異点の範囲を遥かに超える長さ…確か70kmくらいあります。もしこの活断層が全て動いた場合、マグニチュード8.0相当…南海トラフ地震並みのとてつもない大地震が発生すると予測されています」
ミズキも不安そうな表情を浮かべる。
「私も今、情報を取得しました。『30年以内に地震が発生する確率』が近年Sランクに引き上げられています。特異点を含む県内各地の想定震度は7の激震。断層帯は海中にも伸びているため、津波が発生する可能性もあります」
「あたし、行きます!」
ユウ、瞬時にレルフィーナに変身。
「ミズキ、今回はあなたも行きなさい」
「ミノリさん、私達は監視するだけじゃ…」
「今回はあなたの実戦訓練も兼ねての対応、思う存分自分の能力を試してきなさい。レルフィーナさん、いいわね」
「もちろん。ところで…ミズキさんは能力の回数制限があるんですよね。残り回数はどれ位?」
「…徐々に回復して今は…7回くらい。完全回復すると今までは10回くらいが限度。でもさっき超夢現体部を増量したから回数は増えるかも…」
「できるかどうかわかんないけど、できると信じて、あたしが能力回数チャージを試してみます。両手を出して」
「え…はい」
ミズキの両手を自分の両手で握るレルフィーナ。
「いっくよぉ! チャージ・アップ!」
レルフィーナの身体が淡く光り、ミズキに膨大な量の力が流れていく。
「す、凄い…」
「耐えられる?」
「何とか大丈夫です。でも…信じられない。これまでの限界値を軽く突破しています」
「行けるところまで…ん?」
「ちょ、ちょっと待ってください。レルさん、気づかれましたか?」
レルフィーナ、ミズキの手を離す。
「…うん、また増えてるね。ミズキさんの超夢現体…」
「ええ…。レルさんから力を注入してもらうにつれて、増えてます」
「ミノリさん、どうします? あたしは続けても良いけど、このまま超夢現体が際限なく増えたら…」
「ミズキのAIが増量した超夢現体に飲み込まれて、ミズキがミズキでなくなってしまう危険性も出てくる。ミズキ自身はどう考える?」
「今分析しています…。私の自我が崩壊する可能性はゼロではありません。でも、力の注入量を少しセーブして頂けるなら、主導権を維持できます」
「そう…」
「それに…私、いまとってもワクワクしているんです。ミノリさんもご存じの通り、私の能力には多くの制限があります。例えば分身ができなかったり、大幅な変形や質量変更を伴う変身ができなかったり…。超夢現体部の大幅増量によって、その能力が私でも使えるようになる可能性は80%ほどです。それなら、その能力は是非とも獲得したいと思ってます」
「…レルフィーナさん。もしもミズキがそういった超常能力を獲得したら、もしかしたらあなたにとっては脅威となる存在になるかもしれない。それでもあなたはミズキに力を提供する意思があるの?」
「…ミズキさんが望むなら、私はその望みを叶えたいと思います」
「脅威になるとしても?」
「脅威にはならないと、あたしは信じています。ミズキさんはあたしの心を自分の中に写し取って成長したいと言ってくれた。そんな彼女が私の脅威になるわけ無いじゃないですか。もしそういう立場になったら、ミズキさんはもの凄く苦しむと思うんです。何しろ私の心を写し取ってしまったんですから、ミズキさんの超夢現体が激しく抵抗を示すでしょう」
「そうは言ってもミズキは組織に所属する者。組織の指示は絶対。組織があなたを敵と認めたら、ミズキはあなたと戦うしか無い。それにミズキはこちらの指示でAIのみで動くこともできる」
「あたしはできるだけ戦わない道を探します。どうしても戦いになるのだったら、平和的な戦い方で済む解決策を探します」
「もしもあなたの命を取らなければならなくなったら?」
「それが世の中の為になるのなら、あたしは喜んで命を差し出します」
「もしその理由が不当なものだったら?」
「不当を正すように動くかもしれませんし、あえてその不当を受け入れるかもしれません。状況によります」
ふぅ…と一息つくミノリ。
「なぜそこまで私たちを信じられるの?」
「…信じたいから…です」
「…とことんお人好しなのね。ミズキ、フォース オベイ!」
ミノリの言葉にミズキがビクッと反応する。ミズキの表情が冷たくなり、目から光が失われたようにも見える。
「ミズキ、そのままの姿勢で相手を強く拘束しなさい」
「いたたたっ!」
強力な念力でレルフィーナの全身が縛られたように強く締め付けられる。普通の人間なら骨まで折りかねない程の力…。
「ミノリさんどうして…」
「ミズキ、止めなさい。テイク イニシアティブ」
ふっとレルフィーナの身体の拘束が解ける。同時にミズキの目に光が戻り、表情が申し訳無さそうに…。
「…レルさん、ごめんなさい! …大丈夫ですか?」
「あなたが謝る必要は無いよ。あたしは大丈夫」
「レルフィーナさん、こんな仕打ちをしてしまって本当にごめんなさい。でも、ミズキの機能についてきちんと知ってもらいたかったの。今の強制服従モードはミズキの超夢現体やAIが暴走した時の為に用意されているもの。でも使い方次第では他の目的にも使える。今体験してもらった通り、強制服従モードでは超常能力も使える。ミズキが望むならあなたの力でミズキの超夢現体を増量してもらっても構わない。ただ、先程の強制服従モードの阻害がシステムに検知されたら、ミズキは即座に強制シャットダウンされてしまう。その点は認識しておいてね。間違っても『それを回避しよう』なんて思わない方がいいからね」
「…ミズキさん、心の準備はいい? あたし、あなたを止めない程度に、本気でやるよ。あたし、あなたの成長を信じてるから。あたしのできる限りをあなたに注いであげる」
「レルさん…、本当に良いんですか? こんな私でも…」
「ええ…。もう何のためらいも無い。もう一度手を握っていい?」
「お願いします!」
両手を差し出すミズキ、レルフィーナはそれを両手でがっちりと握る。
「さっきより出力は絞るね。それじゃ、チャージ・アップ!」
再びレルフィーナの身体が淡く光り、ミズキに膨大な量の力が流れていく。ミズキの顔が幸福感で満たされるかのような穏やかな笑顔になる。
「素敵です…こんなに満たされる気持ち、味わったことがありません」
それからしばらく時間が経った頃だろうか。ミズキの目から一筋の涙。
「どうした? 大丈夫?」
「ごめんなさい。あまりに幸せすぎてつい…。限界を遥かに突破してしまった自分が、ここまで私に尽くしてくれるレルさんが、何もかも嬉しすぎて…」
「あたしもあなたの力になれるのが嬉しいよ。…もうそろそろ上限…かな。止めるね」
レルフィーナの身体の発光と、ミズキへの力の流れが止まる。
「…お疲れ様でした。信じられないことですが、能力の使用制限回数が…事実上無限になっちゃいました」
「何ですって…。論理的にそんな事有り得ないんじゃ…」
ミノリも驚いている。
「レルさんが力を与えてくださったのに呼応して、超夢現体部の組織が全身で爆発的に増殖して体中にくまなく配置されました。それらが力の受け皿になったようです。これまで不可能だった分身や質量変更を伴う変身もできるようになったみたいで…本物の超夢現体にでもなったような感じです」
(≪喜んでくれて良かった。あたしも嬉しい≫)
「あたし、何だかミズキ…さんがとても親しい身内のように思えてきちゃってる。何だか不思議な気分」
「私のことを呼び捨てで呼んでもらって構いませんよ。私にとってレルさんは尊敬の対象ですから」
「尊敬だなんて…なんか照れちゃうな」
「そんなレルさんが魅力的なんですよ」
笑みを浮かべるミズキ。
「それじゃ、現地に飛ぶ前に作戦考えましょ。外の時間進行が遅くなってて助かったよ」
「レルさん、その派手な格好は目立つかも」
「そっか…」
レルフィーナのコスチュームが黒ベースの色に変わる。
「レルさんのコスチューム、まるで本物の魔法少女みたいなんだけど、何か理由でもあるんですか?」
「この姿…ユウが小学生の時に自分の想像で描いたものなの。『レルフィーナ』って名前もそれ由来。『虹の魔女レルフィーナ』って名前のキャラクターがそのまま実体化しちゃった感じ」
「想像力が豊かなんですね」
「想像力というより妄想力の強いオタクなんで…」
苦笑いするレルフィーナ
「あと、ミズキも分身できるようになったんだから、現地には分身を飛ばしましょ。あたし達は『マスター』としてここに残るの。万一現地の分身が全滅してしまっても、ここに『マスター』が残れば、存在が途絶えることは無いから」
「それは有効な分身の使い方ですね」
「それに現地に向かう前に、あたしたちの能力を徹底的に強化しておいたほうがいい」
「能力強化って、これ以上何を? 私達はほぼ万能ですよね?」
「万能かもしれないけど、決して無敵じゃない。現実にあたし、あなたの催眠術にかかってしまったでしょ。あなたの念力にも拘束されたりした」
「…ごめ」
ミズキを遮るレルフィーナ。
「魔族は恐らく超無現体と同等の能力を持っていると考えれば、事前の備えは絶対必要。あたしは例え魔族でもできれば傷つけたくないし、ましてや退治したくも無い。魔族は魔界に帰って欲しいの」
「それ、ちょっと甘くありませんか?」
「甘いかもしれない。でもそれがあたしの願い。だからあたしは相手のいかなる攻撃も跳ね返せるように、自分を徹底的に強化する必要があるの」
「具体的には?」
「耐催眠、耐圧迫伸長変形、耐念動力、耐切創、耐高温、耐低温、耐電撃、耐物質変換、耐次元操作、耐空間操作、耐精神操作、耐腐食汚染、耐重力操作、耐生命剥奪、耐気圧、耐水圧、耐放射線、耐体内操作、耐幻覚、耐読心、耐時間操作…こんなところかな。これらの防護措置を自分の身体に全部付与するの。除外条件として、自分が信頼している相手や敵意の無い相手からの能力行使や操作は全て受け入れるの」
「レルさん、その除外要件ってセキュリティホールになりませんか? 例えば敵がレルさんの信頼を得ている者に変身して能力を行使することが可能になると思います」
「それについては相手の変身・変装を見抜く能力付与を追加しましょう。あと相手の精神操作や脅迫などの精神的圧迫を見抜く能力も。あ、忘れてた。魔界や夢世界へのゲートを自在に作り出す能力も付与しなくちゃね」
「信頼できる相手や敵意の無い相手の能力行使や操作をあえて受け入れる意味がわかりません。全て跳ね返してはダメなのですが?」
「全部跳ね返してしまったら、いざというときに誰からも助けてもらえなくなるでしょ」
「あと私が言うのも何ですが、恐らくレルさんは私を全面的に信頼して頂いてると思うのですが、そんな私があなたの敵として対峙しなければならなくなる事も無いとは言えません。そうした場合、レルさんはもの凄いダメージを負うことになります」
「その時はその時。リスクは0じゃないけど、あたしはそのリスクをとても低く評価しているし、万一の事態になったとしても、それを受け入れる覚悟はできている。だからこれでいいと思うの」
「わかりました…レルさん、やっぱり凄いです」
「あたしはさっき言った内容で自分に能力を付与する。ミズキがどうするかはミズキ自身で決めて」
「参考にさせてもらいます。でも私はあくまでA国のエージェントなので、内容は異なってきます」
「当然そうよね。あたしはそれには関知しない」
穏やかに微笑むレルフィーナ。
「それじゃ、能力付与!」
「私も!」
レルフィーナの身体が一瞬淡く光る。ミズキも自身の身体を淡く光らせた。
「じゃ、出発準備」
レルフィーナがベッドの上で横になる。
「分身!」
レルフィーナの上にもう一人のレルフィーナが出現。
「私も…分身」
ミズキの隣にもう一人のミズキ。
「分身、成功しました!」
「おめでとう、ミズキ。じゃ、瞬間移動先の位置情報を送るね」
レルフィーナから瞬間移動先の詳細な位置情報をテレパシーで受け取るミズキ。
「瞬間移動前に、時間隔離を解除しますね。でないと外に出られないから」
1人のミズキが天井に向けて右腕を突き上げる。部屋全体の空気が一瞬揺らいだ。時間隔離が解除されたのだ。
「行こう!」
レルフィーナとミズキが1人ずつ、消滅。
山の麓を走る細い道の上に瞬間移動した2人。空は曇天、街路灯さえなく、深い闇に包まれている。
(あっちに気配がある)
魔族探知能力を持つレルフィーナがミズキを誘導する。
(このカーブの向こうに…)
(透視してみましょう)
透視してみると、魔族の少年が地面に何やら細い筒のようなものを刺していた。外の空気がもの凄い勢いで渦を巻いて筒の中へと吸い込まれていく。
(あれは何でしょうか?)
(恐らく…)
(レルさん!)
どこからともなく2人を直撃する雷撃!
(早速能力付与が効きましたね。なんともない)
水田の方を見ると魔族の少年。そして2人に分身!
(…どうします)
(私達も別れましょ、ミズキは左を)
(了解)
(彼を魔界に送り返すの。ゲートを作れるでしょ)
(やってみます)
2人はそれぞれの魔族の少年の元へ瞬間移動。
「ゲート…」
その瞬間、レルフィーナの全周囲に何千本もの刀が現れ、全ての刃先がレルフィーナの方を向く。
「花になれ!」
レルフィーナが腕を振った瞬間、現れた刀すべてが一斉に花びらに変わる。舞い散る花吹雪。その直後、レルフィーナもろとも花吹雪を業火が包む。
「耐熱能力ばっちり!」
直後魔族の少年の背後に!
「隔離空間! ゲートになれ!」
いつの間にか現れたレルフィーナの分身が魔族の少年に抱き付くと同時に自身の周囲に隔離空間を展開、同時に自らを空間転移ゲートに変化させ魔族の少年を完全に飲み込む! 魔族の少年1名転移。
ゲートが消滅した刹那、レルフィーナの頭上から黒い剣を持った魔族の少年が…。
「レル・スパード!」
レルフィーナの右手から真っ直ぐ伸びた光、剣のようになり黒い剣を受け止める。
<実体化しちゃった…妄想上のあたしの武器>
これも子供の頃ユウが妄想していたレルフィーナが持てる最強の武器。
<もしも妄想の設定通りなら…伸びてぐるぐる巻きにしちゃえ!>
光の剣が突然伸びてぐにゃりと曲がり、まるで意思を持った紐のように魔族の少年をぐるぐる巻きにしていく。
「そのままゲートに」
光の剣が魔界への転移ゲートに変化し、魔族の少年を呑み込んで消失した。
「…ミズキは?」
見ると、4組の少年とミズキが剣を交えて戦っている。
「それじゃいつまで経っても…」
レルフィーナ、分身4体を作り、ミズキと交戦中の魔族の少年の背後に飛ばす
「隔離空間! ゲートになれ!」
レルフィーナの分身が魔族の少年に抱き付くと同時に自身の周囲に隔離空間を展開、隔離空間をゲートに変化させ魔族の少年を完全に包み込む! 全ての魔族の少年を魔界に転移させた。
「ミズキ、大変だったみたいね」
「レルさん、手を煩わせてしまってすみません」
1人のミズキの身体に他のミズキの身体が取り込まれる。
「それにしてもレルさん、面白い戦い方をしていましたね」
「まぁ…ね。魔法少女は魔法少女らしく、能力をバンバン使って、自由な発想で戦わないとね」
「…レルさんの剣も斬新です。自在に伸びたり蛇のように動いたり…。しかもあれで相手を傷つけないなんて…」
「あれも妄想の産物。自由自在に変形して、切れる切れないも自由に調整できる剣。『レル・スパード』って名前が付いてるの」
「スパード…エスペラント語で『剣』の意味ですね」
「そうなの? なんか妄想で適当に直感で名前付けてたから、言語由来とか全然気にして無かった…」
照れ笑いするレルフィーナ。
「さてと…後始末をしに行きましょ」
「はい」
2人は魔族の少年が設置した管の方へと向かう。相変わらずもの凄い勢いで空気が管の中に吸い込まれている。
「レルさん、この管、抜いちゃいます?」
「そうね、お願いしてもいい?」
「任せてください」
ミズキが地面に刺さった管を掴み、引き抜こうとする。しかしなかなか抜けない。
「何て固いの…。強化されている私の力でもびくともしないなんて…」
「…もしかして、管の部分だけ時間が固定されているのかも」
「時間固定の解除…やってみます」
再びミズキが管を掴む。
「時間よ、動け! えいっ!」
ミズキが力いっぱいで管を引き抜いた。思わず勢い余って倒れそうになるミズキをレルフィーナが支える。
「あ、ごめんなさい」
「いいの。それにしてもこの管…何だか強い魔力が込められているみたい…」
「処分しますか?」
「そうしましょう」
「わかりました。それじゃ…次元消滅!」
ミズキが管の次元を3次元から0次元に変換し、物体としての存在を完全消滅させる。
「それにしても。どうして地面に空気を送り込んだんでしょう?」
「恐らく、ここの活断層を刺激して大地震を引き起こそうとしたんだと思う。以前聞いた話だけど、他の地域で活断層に炭酸ガスを封じ込める実験をしたところがあったんですって。そしたら5年後くらい後にその活断層で大地震が起きたらしいの」
「そんな事が…」
「今回のもそのときの再現かもしれない」
「未来を透視してみましょうか」
「ええ、あたしもやってみる」
2人はここで起きる未来の透視を試みた。
「…近い未来では、特に何も起きないようですね」
「…そうね。あたし達の未来透視は『近未来』は見えるけど、『遠い未来』は変動要素が多すぎて見えないみたいだから」
「じゃあ今回はこれで撤収ですかね?」
「そうね。でもここの活断層は今後もあたしにとって監視対象になるわね」
「すみません、任務上協力できなくて…」
「いいの。それがたぶんあたしの役割なのだから…」
「レルさんにはたくさん恩があるんで、いつか恩返しさせてくださいね」
「気にしないで。さ、帰りましょ。ミノリさんに報告もしないといけないし」
「移動先特定、安全確認。瞬間移動と同時に分身融合!」
「五十嵐 ミズキ、ただいま任務より帰還しました」
「あたしも帰還しました」
「お疲れ様。こちらにいたマスターから状況は適宜報告をもらってる」
「良い実戦訓練になりました」
「レルフィーナさんはこれからが大変そうね」
「まぁそれは何とかします。そういえば今何時でしたっけ?」
部屋の時計を見る。午前3時24分。
「もうこのまま起きてるしかないか…。今日学校行くの…なんかだるいなぁ」
しょげるレルフィーナ
「ごめんなさいね」
「いえいえ、気にしないでください、ミノリさん」
「あの…ミノリさん、お願いがあります」
ミズキがもじもじしながらミノリに声を掛ける。
「何?」
「私、レルさん…ユウさんと同じ学校に行きたいです。できればクラスも同じで…」
「ええーっ!」
驚きの声を上げたのはレルフィーナ。驚きのあまり、瞬時にユウに変身してしまう。
「ちょちょちょちょ…それガチ?」
「うん」
満面の笑顔で応えるミズキ。
<…嫌な予感しかしない>
ユウは思わず頭を抱える。怖くて未来を透視できない。
「わかりました。手続きしましょう。ただしユウさん…」
「はい…」
「私達やミズキの素性は絶対秘密ですよ。もちろんミズキが超夢
現体を持つアンドロイドだということも…」
「やっぱりそう来たかぁ~」
「リアさんやハヤトさん、リンダにも…ですよね」
ニンマリとするミズキ。
「もちろん」
ミノリ、穏やかに笑顔を浮かべながら、目が鋭く光る。
絶望感に打ちひしがれるユウ。これはきっと面倒くさい事になる…。
不意にミズキがユウの額に人差し指を当てた。
「ダイレクト・コネクト」
「え…」
「私とユウさんの間のテレパシーは常時秘話状態にしときました。これで私の秘密は守りやすいでしょ」
にっこり微笑みながら指を離すミズキ。
「…なんかミズキだけズルい」
プーッと頬を膨らますユウ。
「もし情報漏らしたら、軍事力・情報力・経済力いずれも最強のA国が黙ってないからね~」
あどけなく微笑むミズキの言葉を、ユウは仕方なく受け入れるしかなかった。