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Phase 2. 特異点上のアリス

※挿絵はAI画像生成システム「imageFX」で生成した物を主に使用しております。

※カッコ記号の使い分けを行う事で、そのゾーニングをより明確にしています。

 基本的なゾーニングの区分は以下の通りとなります。。

 「」…[open]会話

 []…[semi-open]暗示

 ()…[open]テレパシー

 {}…[closed]テレパシー(秘話)

 <>…[closed]思考

 ≪≫…[closed]インナーセルフのリアクション

 朝5時30分。

 ユウ…なのはあくまで外見だけ。中身は妖精レミアと人間のユウが融合して生まれた『超夢現少女レルフィーナ』。心も2人が融合して新たな人格が生まれているものの、融合前の2人の影響は色濃く残っている。

 昨日出かけた先で出現した怪物クラーケン、それを生み出したとみられる魔族…。レルフィーナの活躍で街や人々の生活に何も影響を与えること無く事態を収拾できた。そして魔族の再来襲に備え、自身に魔族出現検知能力を付与したレルフィーナ。しかしその検知能力がユウとレミアそれぞれへの分離を妨げる要因となる。2人への分離や再融合は全く問題なく可能。分離してしまうと魔族出現検知能力も止まってしまうため、その状態で魔族が来襲すると検知ができない。そのままではユウが高校生活を送ることもできない…。その解決策が『外見はユウ、中身はレルフィーナ』なのだ。外見は普通の人間、でも中身は魔法や超能力的なものを何でも自在に使えてしまう。


 そんなユウ、今朝は寝覚めがいまいち。昨日対処した魔族や怪物が原因ではない。ユウにとっては昨日の夜家庭内で起きたある出来事が引っかかっていた。

 昨晩の出来事。家で母親と夕飯を食べていたときのこと。

「そういえばユウ、あなたは将来のことをどう考えているの?」

 また始まった…母親のお小言。いつもここから話が長くなる。将来のこと、家事のこと、あれやこれや…。

[少し黙ってくれない?]

 何げなくそう答えるユウ。それから母は何も口をきかなくなった。夜トイレに行ってたまたま鉢合わせた母親に『おやすみ』と声を掛けても返事が無く…。

<…失敗しちゃったな。あんな軽い一言で相手に暗示を掛けちゃうなんて、あたしの力、強すぎだよ…。暗示を解かなきゃ…。ねぇマナ、暗示を解く一番簡単な方法ってどうしたらいい?>

 『マナ』とはレルフィーナが内包するインナーセルフ。豊富な情報量と高度な分析能力を持つ。レルフィーナにとっての『もう一つの人格・頭脳』と言ってもいい。

≪あなた自身が掛けた暗示なら、対象者に対して『前のは取り消し』と告げてください。軽度の暗示ならそれで解けます≫

(ありがとう。今日もよろしく)

≪こちらこそ≫

 ベッドから離れるユウ。

(朝ご飯…蜂蜜が欲しいな)

 昨日の夜から、食事の際に無性に甘いものが欲しくなっている。融合前のレミアの主食は花の蜜で、ユウの家に来てからは蜂蜜を好むようになった。今のユウの身体の中にはレミアの身体も融合している。甘いものを無性に欲しがるのも恐らくその影響だろう。

 蜂蜜の瓶を探そうとした瞬間、ユウの口の中に急に甘ったるい液状のものがあふれてくる。

(うっ! 口の中に…勝手に蜂蜜!)

 口の中にあふれた蜂蜜を飲み込む。

(おいしいけど…なんだか食事の楽しみ半減だよ。それにこんなに口の中甘ったるくなったら朝ご飯美味しくないし…)

 そう思った途端、口の中から少量の水が湧き、甘ったるい蜂蜜を洗い流す。

(この能力、何だかモヤモヤする…ま、いっか)

 ユウは家のダイニングへ向かう。母は水場で洗い物。

[前のは取り消し]

挿絵(By みてみん)

「え?」

 振り向く母。

「おはよう」

「あぁ、おはよう。今日は早いのね」

「うん」

 ほっと胸をなで下ろすユウ。無事暗示が解けたようだ。

 朝食を済ませ、再び自分の部屋に戻る。

(さてと…学校に行く支度!)

 そう念じた瞬間、ユウの服が室内着から学校の制服に一瞬で入れ替わり、髪や肌のお手入れも見事に整ってしまう。

挿絵(By みてみん)

(こういう時、姿見が欲しいよね)

 ユウが振り向くと、ユウの部屋に無いはずの姿見の鏡が…。

(こういうのも出せちゃうの…? あたし万能過ぎ)

 能力で整った自身の姿を確認、完璧!

(もういらない)

 ユウが姿見に手を触れる。一瞬で鏡が消えた。

(やばい…。この支度する能力、めっちゃ便利すぎる!)

 少し興奮気味のユウ。

(どうせなら学校に行くのも…)

 ユウ、思案を始めつつ、学校の校舎内を透視…。

(まだ誰もいないし…よし、この作戦でいこう)

 部屋の床に汚れてもいいタオルを敷く。

(まず玄関の靴と、学校のげた箱に。げた箱の校内履きをここへ…)

 先程敷いたタオルの上に、学校のげた箱内に仕舞ってあったはずの校内履きの靴が現れる。微妙な汚れ具合もそのまま。玄関にあった自分の靴は学校のげた箱の中に瞬間移動している。

(洗っていないからちょっと汚いな…。新品みたいにきれいになれ!)

 そう念じた瞬間、少しくすんでいた校内履きが新品同様に蘇る。

(この気持ちよさは何?)

 ユウはタオルの上で、新品同然の校内履きを履いた。

(学校に持っていくかばんとかスマホとか…)

 ユウの肩には通学かばんが掛かり、服のポケットにはスマホが収まる。

(あ、今日、体育の授業があるんだった。ブラウスの下に夏体操着…あと替えの下着とかも)

 これまた微動もしないまま、一瞬で夏体操着がブラウスの内側に現れる。手には着替えなどを収めた手提げ袋がぶら下がっていた。

(もう忘れ物はないよね)

軽く深呼吸。

(じゃ、瞬間移動!)

 ユウ、学校の誰もいない教室へ瞬間移動。自分の席に1人腰掛ける。

「やばい!、これ、ガチで癖になりそう! めっちゃ便利すぎる! 明日からは直接教室に来ればいいよね。どうせ誰もいないんだから」

 混雑する電車に揉まれる事も無い。長い距離を歩くこともない。

「あ、お昼買ってくるの忘れた…」

 いつもだと学校に来る途中のコンビニでお昼を買っていた。

(ま、いっか。購買でお昼買えるし、蜂蜜はいつでも口の中に…)

 ユウの口の中に蜂蜜が…

(いや、今はいらないから…)

 思わず自分にツッコミ。

(…とは言うものの、やっぱりまだ時間が早いよね)

 普段ユウが朝学校に到着するのは8時20分頃。始業は8時40分。そして今の時間は6時45分。

(暇だから、今日の予習でも…)

 ユウはかばんの中から、1時限目の英語の教科書を取り出す。教科書を開いた途端、内容の英文がすらすらと頭の中に入ってくる。まるで自分がネイティブの英語話者になったかのようだ。

(うぇぇ…これじゃ勉強の意味無いじゃん)

 教科書の中身が、習ったことの無い単語や言い回しなどもお構いなく、すらすらと理解できる。

(ヤバい…、この能力使い過ぎると、あたしガチでダメになっちゃう)

 ユウはパタッと英語の教科書を閉じ、それと入れ替えで2限目の数学の教科書を取り出す。

(いくら何でも数学なら大丈夫でしょ)

 教科書を開く。読み進めるうちに再びユウは絶望感に襲われた。これまた中身がすらすら頭の中に入ってしまう、計算問題も、頭の中にまるで高性能AIが入ったかのように、瞬時に回答を導きだしていた。

(これじゃ勉強の楽しみが無いじゃん…)

 教科書を閉じ深いため息をつく。

(こんな調子だと体育は…想像したくも無い結果になりそう)

 自他共に認める運動神経の無さで通っていたユウ。今日の体育はマラソンと聞いている。もし今のユウが本気を出してしまえば…。

(ねぇマナ、今日はあたし2000mくらい走らされるみたいなの。もしあたしが本気出して走ったら時間はどのくらいになりそう?)

≪あなたが全力で地上を走ると、最高速度はおよそ250km/hくらいになります≫

(やめようよ…そういう冗談みたいな話。ほとんど新幹線並みじゃないの)

≪本当なので仕方ありません。時速250km/hで走れば2000mの距離を28.8秒で走れます≫

 絶望するユウ。

(そんな速度をあたしが出したら空気抵抗で身体がボロボロにならない?)

≪あなたならそれができます。走行中には念力によって生成される防護シールドで身体が保護され、過大な空気抵抗を緩和します≫

(もういいっ!)

「おはよ~。菖蒲塚さん、早いね」

 クラスメートの女子が声を掛けてきた。

「あ、おはよう。何だか眠れなくって、超早起きしてきちゃった」

「そういう時ってあるよね。で、お昼を食べると猛烈に眠くなるの」

「だよね~」

 ユウ、苦笑い。

≪ところで、間もなくリアが登校してくると思われますが、レミアの存在をエミュレートしますか?≫

 マナがユウに尋ねてきた。リアにはまだユウがレミアと融合した融合体・レルフィーナであることを知らせていない。リアはユウの側にレミアがいるか確認するだろう。エミュレートとは、疑似的にユウがレミアの存在を模倣し、テレパシー能力を一部開放するという意味だ。

(正直なところ、リアに今のあたしの状態を教えるの、まだちゅうちょしているのよね。教えることでどんな想定外の事が起きるか想像が付かない。ねぇ、あたしって、未来を透視できる?)

≪未来を透視? あなたがイメージしているのは一種のシミュレーションに見えますが?≫

(シミュレーションって、予想よね。そこに予知の要素を加えて確度の高い未来を知りたいの)

≪で、知りたい内容は?≫

(リアに今のあたしの状態や能力のことを伝えた後、起きそうな出来事…)

≪映像化します≫

 ユウの脳内に未来の映像が映し出される。

≪ねぇ、宝くじを買いに行かない?≫

≪うちのクソおやじのこと…あなたの力でなんとかなる?≫

≪ねぇ、あたしの前で一度レルフィーナに変身してもらえない?≫

 憂鬱になるユウ。

(マナ、ありがとう。もういい。やっぱりリアに今のあたしの状況を打ち明けるの、もう少し考える。レミアのエミュレーションは今日『無し』でいい)

≪わかりました。間もなくハヤトが来ます≫

(ありがとう)

 斜め後ろの教室入り口の方をみると、ハヤトの姿。

(おはよう、菖蒲塚さん)

(角海君おはよう。昨日はありがとうね)

(どういたしまして)

(昨日のことは、リアには話すつもり?)

(ううん、ちょっと考え中)

(わかった)

 これまでの関わりの中で、ユウはハヤトに対して絶大な信頼を抱いていた。だからこそレルフィーナのこともためらわずに伝えられた。

「うーっす」

 後方の入り口からリアの声。かばんを置くとつかつかと前のユウの席に近寄る

「おっす、ユウ」

「おはよ」

「彼女、いる?」

「今日は一日外に出ている」

「そっか」

 自分の席に戻るリア。

<何だろう? 向こうからレミアの存在を確認してくるって久しぶり。…リアごめん、ちょっと心を覗かせて>

 ユウ、テレパシーでリアの心を読みに行く。そこに映し出された映像はリアの父親がリアに手を上げた光景だった。

<またやられたんだ…。何とかしてあげたいけど…>

 今のユウならレルフィーナの能力を使って、リアの父親に手出しを止める暗示を掛けることも容易い。ただ暗示のかけ方をどうするか、ユウはずっと悩んでいた。いつかリアを助けたいと思っている。でも暗示が強力なほど、かけられた人の人生を狂わせてしまう。できればソフトな暗示にしたい…。どの程度にすればいいのか…そんな迷いがユウの中で渦巻く。

<ごめんね、今はこの程度で許して…>

 ユウはリアに向けて、当人が気づかない程度のごく弱い癒やしのテレパシーを送る。多少心の傷みを和らげることはできるはずだ。


 授業が始まる。1時限目の英語、2限目の数学はすでに予習済みのユウにとってはとても退屈。

<ごめん、時間を2倍速で>

 時間の流れる速度そのものは変わらない。ユウ自身の体感時間が半分に圧縮され、結果的にユウにとっては時間が2倍速で流れることになる。

 2限目が終わり、男子は一斉に隣のクラスに移動。入れ替わりに隣のクラスの女子が入ってきて、ここで着替える。3限目のチャイムとともに全員が生徒玄関前に集合する。

「それでは予定通り、今日はマラソンです。隣のグラウンドの周回道路を4周してここに戻ってきてください。まずは準備運動を始めます」

 爽林高校のグラウンドは道路を隔てた隣の敷地となっており、生徒玄関の真向かいにある。グラウンドの周回道路の長さは約550m。生徒玄関前を出て周回道路を4周し再び生徒玄関前に戻ると総走行距離は2300m。周回道路には一部土手沿いの道があり、土手の坂を上り下りもすることになるので、単純な平坦路よりもきつい。

<マナ、ユウの運動能力のままでお願い>

≪了解≫

 ホイッスルが鳴り、男女混合でスタート。

 運動能力がユウのモードなので、身体がとても重い。周りにどんどん抜かれ、1周目の周回でユウは定位置である最後尾になってしまう。

<ほんと体育って嫌い。体力ある人が羨ましいよ>

 先頭の方を見ると、女子の先頭はリア、予想通りだ。間もなく2周目が終わる。

≪つらそうですね。モードを切り替えしますか?≫

<…10秒間だけレルフィーナのモードを体験したい。走る速度は今のままで>

≪了解。切り替え5秒前、4、3、2、1、切り替え≫

 モードが切り替わった瞬間、身体がふわりと軽くなり、疲労感もいっぺんに吹っ飛ぶ!

<ヤバい! この軽さ何!>

 これならマナが言っていた『新幹線並み』もまんざらうそではなさそうだ。

≪終了5秒前、4、3、2、1、切り替え≫

 ガクンと身体が重くなり、消えたはずの疲労感がどっと押し寄せる。

<あ~、やっぱりやめときゃ良かった~。こうなると予想していたんだけど、いざそうなるとガチできつい>

 3周を終え、あと1周!

<あと1周…負けるもんか、自分に!>

 レルフィーナモードへの誘惑はあるが、アンフェアなことはしたくない。息が乱れる。間もなく最後の上り坂、ここを越え、なだらかな曲線道路を経て生徒玄関前へ…。

「はーいお疲れ様~」

 ゴールの生徒玄関前でへたり込むユウ。結局男女を含めて最下位。時間は…13分くらい? そんなのどうでも良い。いつもながらだけど、わかっているけど、最下位は、やっぱり悔しい。周りから温かい声を掛けられるほど、その言葉がナイフのように自分の心に突き刺さる。それで涙が出そうになる。お願いだから慰めないで…。同情しないで…!

 少し落ち着いたところで、整理体操をして授業は終了。

<レルフィーナモードへ>

≪了解≫

 疲れが一気に吹っ飛び、身体が楽になる。

<レルフィーナモードで新幹線ごっこしてみたかったな~>

≪近隣から風圧と風切り音で大クレームが来ますよ。運が悪いと風圧で何枚かのガラスを割ってしまうかも…≫

<だよね~>

 もちろん冗談。でも本当に冗談みたいな能力だ。

 4限目は古典。ユウにとっては実は一番苦手な科目で、悪い成績は取っていなかったが、苦痛だった。

 教科書を開く。またしても教科書の内容がすらすらと頭の中に入っていく。まるでリアルタイムでその時代を生きた人のように、言葉の奥の情景が脳内に広がる。

<こ…古典って、こんなに素敵なものだったの…>

 今まで毛嫌いしていたのに、内容がわかってくると、興味が増してきた。初めてレルフィーナの能力で勉強が面白くなった瞬間でもある。

 少し得した気分で授業が終了。昼休み。ユウは古典の新たな発見に心が引っ張られてしまい、昼休みの購買争奪戦に出遅れてしまう。購買に向かったものの時すでに遅し、サンドイッチ、パン、おにぎり、弁当は直前で全て売り切れ…。取りあえず自販機でブラックコーヒーの小型ペットボトルを買い、ひとまず自分の席へ戻る。

<ズルしちゃおう>

 机の下に両手を隠す。

<時間よ止まれ!>

 その瞬間、周囲の時間がピタリと止まる。広がる静寂。

 ユウは両手を机の上に乗せる。自分の右手を見つめる…。

<梅干し入りのおにぎり、出てこい!>

 その瞬間、右手の中にラップでくるまれた丸い手作り風のおにぎりが出現。中を透視すると、種なしの梅干しがちゃんと入っている。そして今度は左手を見つめる…

<味付けの半熟ゆで卵、出てこい!>

 ユウの左手にごろんと鶏卵が現れる。恐らくユウが望んだ味付けのゆで卵。

 ユウは両手をいったん机の下に隠す。

<時間よ、動け!>

 周りが再びザワザワと動き始める。隠した両手を机の上に出すと、先程出現させたおにぎりとゆで卵。こうしてユウは無事昼食にありついた。もちろん食後の蜂蜜も忘れない。

 ちょうど食事を終えた頃、ハヤトが近づいてくる。

「あれからどう? 結構大変じゃないの?」

「まぁ…ね。でも何とかなっている」

「まだリアには伝えていないよね」

「でも近々…」

「何が近々だって? いよいよお付き合いを始めるの?」

「リ、リア! やめてよ。なんて事言うの」

「お似合いだと思うんだけどなぁ~」

「茶化さないでよ、失礼ね。角海君も何か言ってよ!」

「いやまぁ友達として…ね」

 ハヤト、照れまくり。

「ハハ、青いねぇ君たち。お姉さんはいつでもキューピッドになってあげるよ!」

「もう…あっちいって! しっしっ!」

 笑いながら自分の席に戻るリア。

「も~、デリカシーも何もありゃしない」

「…まあそれが彼女の魅力でもあるし…笑ってやり過ごそうよ」

「まぁ…ね」

(もしかすると今日、リアに伝えるかもしれない。また困ったら相談に乗ってほしい)

(いいよ)

 ハヤトがユウの側を離れる。しばらくして5限目のチャイム。

 5限目は「情報」。あまり嫌いではないのだが、いまいち面白さを感じない。この科目が得意なのはハヤトで、自作でスマホ用のアプリを作ってもいるらしい。

<あたし、このタブレットで何か面白いことできたりするのかな?>

 するとタブレットの画面の隅からユウのアバターがノコノコと現れる。

[ 何でもできるよ。タブレットの中に意識をダイブ・インしてみる? YES/NO ]

<え? 意識をダイブ?>

 周りをテレパシーで探る。このアバターが表示されているのはユウだけ…。

<それなら…ダイブ・イン!>

『YES』をタップした瞬間、ユウの意識がタブレットの中に吸い込まれた。タブレットの中からタブレットを見つめている自分の姿が見える。

<何これ、面白い~>

≪他の人のタブレットにも移動できますよ≫

<ちょっと待ってマナ。向こうからあたしの姿は見えるの?>

≪あくまで今のユウは意識だけなので実体はありません。だから外からユウの姿は見えません≫

<じゃあまず角海君!>

 ハヤトのタブレットの中に瞬間移動、こっちをじっと見つめて…と思ったら、背後の何かを見ているらしい。授業の内容と…違うの?

<別のことをしているんだね。それじゃ次、リア!>

 リアのタブレットの中に瞬間移動。凄く真面目な表情でこっちを見ているのが逆に笑えてしまう。

 それからユウは何人ものタブレットを渡り歩いて人間観察。人それぞれの振る舞いが意外と面白い。

<もうすぐ授業が終わりそう…、それじゃ、ダイブ・アウト!>

 ユウの意識は再びユウの身体に帰ってきた。

<あたしの能力って、やっぱり凄いのね>

 チャイムが鳴り今日の授業は終了。今日は掃除当番ではないのでこのまま放課。

 ユウは教室をあとにし、図書室へと向かう。

<せっかくだから、マナを色々問い詰めてみよう>

 図書室に入り、適当な本を手に取り、部屋の一角に陣を取る。今日はソファ席からあえて離れる。

<さて…マナ、あたしの質問に答えてちょうだい>

≪何なりと≫

<レミアが夢世界からこの付近に落ちてきたこと、昨日魔族がこの街に現れたこと、それがもの凄い大都会やひとけの無い場所でなく、一応政令指定都市だけど地味で目立たなく田舎感溢れるこの街だったこと、これらについて何か関連性はあるの?>

≪…あります≫

 驚くユウ。

≪レミアのいた夢世界、魔族のいる魔界、ユウが住む人間界、この3つが極めて接近している場所を『世界の『特異点』といいます。そしてその特異点にあたる場所が人間界ではこの都市だったのです。この都市の中心部から半径およそ30kmの範囲が特異点にあたります。レミアが落ちた場所も、魔族が現れた場所も、全て特異点の中なのです≫

<特異点って、いつからここにあるの?>

≪約2年前に、この都市が特異点になりました。それから特異点は動いていません。でも特異点はいずれどこかへ動きます。ただ、いつ動くのか、今度はどこへ動くのか、それは全く予想できません≫

<ここに来る前の特異点は、人間界でどこにあったの?>

≪『絶叫する60度』とも呼ばれる南極海上にありました。その前は俗に『エリア51』と呼ばれるアメリカ・ネバダ州の軍事基地周辺…。さらにその前は俗に『バミューダ海』と呼ばれる場所…≫

 息を呑むユウ。

<それがなんで、よりによってこの街に…>

≪自然現象なので仕方ありません≫

<…てことは、あたしが今まで色々調べてきたことは全部無駄…?>

≪…そうなります?≫

 軽い絶望感に襲われるユウ。

<…ま、いっか。原因がわかったんだし…ね>

 ふぅ…と一息。

<帰るか…>

 席を立ち、読書部員の人々にあいさつして図書室を出る。

<帰りは普通に帰ろう…>

 生徒玄関にたどりついたところで、背後に人の気配…。

「よっ。帰るの?」

 リア。

「うん…」

 無意識にリアの心を読んでしまう。どうやらレミアの癒やしのテレパシーを存分に浴びたいらしい。

(時間よ、止まれ!)

 ユウは2人の周囲の時間を止める。

「一緒に帰らない?」

 リアは、周りの時間が止まったことにまだ気づいていないらしい。

「いいよ。でもその前に、あなたに伝えておきたいことがあるの」

「何?」

「ちょっとおでこ貸して。もの凄く情報量が多いから…」

 ユウはリアのおでこに自分の右手を当てる。その瞬間、リアの脳内に昨日からの一連の出来事、レルフィーナのことや今のユウの状態など、秘密の情報が大量になだれ込んでくる。

挿絵(By みてみん)

「え、え…」

 戸惑うリア。無理もない。

 伝えたい情報を全て流し終え、リアのおでこから手を離すユウ。

「今、2人の周りの時間を止めている」

 周囲を見回すリア。

「そんなことまでできちゃうの? すごい…。もう万能じゃない。ズルいよ」

 『ズルい』と言われてドキッとするユウ。小さな罪悪感に襲われる。

「今、時間を止めているのは、2人の会話を誰にも聞かれないようにするためだから…」

「何でユウだけそんな能力を持っちゃったの? 本当にズルいよ」

「そんなこと言ったって、あたしだって好きでこんな能力を持っちゃったんじゃないよ」

「わかるけどさ…腑に落ちない」

「…ごめん」

 少し沈黙。

「きっとユウにはやるべきことがあるんでしょ。この世の中を守らなきゃいけないんでしょ」

「たぶん…」

「だったら守りなさいよ、全力で。ズルい目的で能力を使ったら反則だけど、自分や誰かを守るためなら、能力なんて思う存分使っていいはずよ」

「あたし…今日、いっぱいズルいことしちゃった」

「どんな?」

「自分の能力が試したくて、朝、学校に瞬間移動で来たり、教科書がスラスラ読めちゃったり…。体育の時間は能力使わなかったよ。でもお昼で購買に間に合わなくて、能力でおにぎりとゆで卵を出現させて食べしてた。あと、あたし口の中で蜂蜜あふれてくるの。…これ、レミアがこの身体にいる影響だと思う。情報の時間ではみんなのタブレットの中に入り込んで、みんなの顔を眺めたりもしてた…」

「…あのさぁ、色々聞いたけど、結局はあなた自身の『能力の確認作業』の一環じゃ無くて? どんな事ができるのか、自分自身で確認したかったんじゃ無いの?」

「…うん」

「お昼の件もさ、『この世を守るスーパーヒロインがお腹空かせて緊急事態に対処できない』なんて事になったら笑い話にもならないよ。口の中の蜂蜜もそう、レミアが生きていくのに必要なんでしょ。それはズルいことでも何でも無いと思うよ、だって必要なんだし」

「リア…」

「体育のマラソンであなたが能力を使わなかったのは、あなたの良心が許さなかったからなんでしょ。それは褒められる事よ」

「…途中10秒だけ能力の実験をした。速度は上げなかったけど、その間だけ楽してた」

「だからそれも実験なんでしょ。まだ自分の能力を全部把握しているわけじゃないんでしょ。試して覚えるしかないじゃん」

「リアにそう言ってもらえると…嬉しい」

「なんかさ、あなたがどう見ても素のユウにしか見えないけど、ホントにそのレル…ナントカなの?」

「レルフィーナ。本当だからね」

「あたしの前で一度、その『レルフィーナ』に変身してもらえない?」

「…いいよ。ちょっと離れるね」

 一つ深呼吸をするユウ。その直後あっという間にレルフィーナに変身した。

「お~…」

 パチパチと拍手するリア。

「よく魔法少女ものにある『変身バンク』ってないの?」

「今は、あ・り・ま・せ・ん!」

「つまんないの~。でも『今は』って事は…」

「ユウとレミアが融合したり、分離したりするときは、一応変身バンクっぽいのがあるみたい」

「今度それ見せてよ。やっぱり変身バンクは魔法少女のロマンでしょ!」

挿絵(By みてみん)

「そういうものなの?」

「そういうもの!」

「…ねぇ、もう、元に戻っていい?」

「あのさ~、うちのクソおやじのこと…あなたの力でなんとかなる?」

「…それ、ズルにならない?」

「何言ってんのよ、あたしを守って、うちのおやじのほとんどビョーキな手を上げまくりの癖を治療するのよ。病気を治療するのはズルじゃ無いでしょ。それと同じじゃない?」

「…そっか、そうだね。で、対応策はもう考えてあるの。相談に乗ってくれる?」

「もちろん」

「あのね。あたし、あなたのお父さんに暗示を掛けようと思っているの」

「暗示って、よく催眠術とかでやるやつ?」

「そう。あたしはとても強力な暗示を掛けることができるみたいなの。けど、あまりに強力な暗示は掛けられた人の今後の人生に甚大な影響を与えてしまう。だからあなたのお父さんには、それほど強くなくて、暗示の有効期間に制限を付けたのを掛けようと思うの」

「具体的に言うと?」

「あなたのお父さんには、『手を上げたくなったらその前に理性を働かせて、手を上げるのはいったん止めて』っていう暗示をかけようと思っている」

「ふむ」

「暗示を掛けた直後の暗示強度は90%に設定。その後1カ月ごとに暗示強度が3%ずつ弱まって、30カ月…2年半後になったら暗示そのものが完全消滅するの」

「そんな暗示のかけ方ができるの?」

「みたい…」

「暗示が弱まるって言うけど、大丈夫なの? その暗示を破っておやじが手を出したりしないかな?」

「さっきも言ったように、あまりに暗示が強力だとお父さんへの影響が大きいから、最初の暗示の強度をあえて100%にしなかったの。時間が経てば『手を上げない』ことに慣れてくると思うの」

「理屈はわかった。じゃそれでやってみましょ。ユウの姿でもできるの?」

「もちろん」

「あのクソおやじの目の前にこんなど派手な女が現れたら鼻血を出すだろうからな、ハハ」

「ていうか、あたしが姿を見せたら逆に色々厄介なので、あたし、あえて透明人間になって暗示を掛けようと思うの。その時にはリアにも一緒にいて欲しいんだけど、暗示はあえて『リアの声をまねて』掛けようと思うの」

「どうして?」

「どうしても緊急で暗示を強制解除する必要が出てきたときに、リア自身が自力で暗示を解けるようにしたいから」

「解くにはどうすればいいのかな?」

「あなたがお父さんに向かって『前の暗示は取り消し』って言うだけ。それで解けるようにしておく」

「…まぁ、暗示を強制的に解くなんてまず無いと思うけどね」

「そろそろユウの姿に戻っていい?」

「変身バンクはないの?」

「ない!」

「やって!」

「え~」

 困った顔をするレルフィーナ。

<ねぇ、マナ。融合解除しないで変身バンクありでユウの姿になることってできる?>

≪用意できました。映えますよ♥≫

<マナ…あなたってそういうキャラ?>

≪これもイメージ戦略の一つです≫

 マナ、ノリノリ状態。

「なんか、変身バンク用意できたっぽいよ」

 少し恥ずかしそうなレルフィーナ。

「ねぇ、変身バンク、動画で撮っていい?」

 リアは目をキラキラ輝かせている。

「…時間止めているから、スマホも動かないんじゃなくて?」

「え、そうなの?」

 自分のスマホを取りだし、色々捜査を試みるリア。しかしスマホは完全にフリーズしたまま、

「ほんとだ、強制的に電源も切れない」

「ごめんね」

「仕方ない。また今度の時ね」

「あたしの姿、そもそもあまり表に出して欲しくないんだけど…」

「家宝にしたいの♥」

「いや、しなくていいから…。それじゃ、ユウの姿に戻るよ」

「変身バンク、よろしく!」

 レルフィーナの身体がまばゆく光り、身体に装着されたアイテムや胸の7色のブローチが身体から分離した。それらは一つの塊となって身体の中心部へ移動し光の中に埋もれる。再び全身の細胞は歌いだしぐるぐると渦を巻きながら形を変え、やがてユウの身体の形へと変わっていく。細胞の奏でる歌が鳴り止むと共に光も失われ、

元のユウの姿を現した。ゆっくりと目を開くユウ。

「お~、素晴らしい。映えるね~」

「…あたしは見せ物かい?」

 苦笑いするユウ。

「じゃ、うちのおやじのところ、今から行く?」

「まだ夕方だよ、家に帰ってきてるの?」

「たぶん会社の社長室にいるはず」

「仕事中に行ってもいいの?」

「いいって、いいって。何とかなるから」

「あ、ちょっと待って。時間を動かす」

 ユウが指をパチンと鳴らす。その瞬間静寂が解け、いつものような日常に戻る。

 その後2人は、リアの父の会社『天神建設』へと向かった。建物内のトイレでユウは透明人間に変身。そしてリアの父親は、彼女が言ったとおり社長室で一人書類を整理していた。手はず通り、ユウが暗示を掛けることに成功。再びトイレに戻るとユウは普通の姿に戻った。

「あ~面白かった」

 すっかりご機嫌のリア。

「そうだ! 良いことを思いついた!」

「何?」

「ねぇ、宝くじ買いに行かない? あなたなら億の当たりくじ一発で当てられるでしょ。あたしたち大金持ちよ」

「『ズルい目的で能力を使ったら反則』って言ったの、あなたでしょ!」

「ちぇっ。せっかくの億万長者のチャンスなのに」 

 リアは苦笑い。本気で言っていないのはユウにもわかっていた。

「今後も色々不思議な体験をさせてね」

「…秘密は守ってね」

「わかっているって」

「じゃ、そろそろあたし帰るね」

「うん、ありがとう。本当に、ありがとう!」

 リアと別れるユウ。自宅までは結構歩くが仕方がない。夕暮れの空が穏やかにユウを照らす。

 約25分ほど歩いて自宅前まで来たときのこと。

「?」

 家の前で見慣れない若い女性がユウの家の方を見ている。

挿絵(By みてみん)

「あの…うちになにか?」

「こちらのお家の方かしら?」

「あ、はい」

「私、今度隣の家に引っ越してきた四ツ郷屋(よつごうや) ミノリといいます。先程お家の方にもあいさつしてきたところで…」

 隣の家の前の住人は昨年秋に引っ越していた。どうやらそこに新たに入居したらしい。

「そうなんですか、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。ところであなた、ここの娘さん? お名前は?」

「あ、はい。ユウって言います」

「ユウさんね。制服からすると爽林高校の生徒さん?」

「そうです。四ツ郷屋さんはご家族で越されてきたんですか?」

「いえ、私ひとりです」

(2階建てのそこそこ大きな家に若い女性ひとり…)

「そうですか。同じ自治会の班なので、回覧板の回し順序がうちの次に四ツ郷さんの家になるので、回覧板が来たときはよろしくお願いしますね」

「ええ。それでは今後もよろしく」

 会釈をして別れる。

<大丈夫だとは思うけど、念のために心読んでみるか…>

 ユウは少し気になってテレパシーでミノリの心に探りを入れてみる。

≪『アリス』を確認。『猫』は確認できず≫

 嫌な予感を覚える。そこにマナの警告が飛び込んできた。

≪家の外、家の玄関内、あなたの部屋、ダイニングに無線通信式の超小型監視カメラが増設されていることを確認。電話回線にも盗聴器が仕掛けられています。全ての機器に干渉して無効化しますか?≫

 心臓が止まりそうになる。

<お願い>

≪ダミーの映像と音声を流すように無効化しました≫

<過去に何が起きたか、時間を遡った映像が見たい。見られる?>

≪映像化します≫

 ユウの脳内に過去に起きた出来事の映像が再生される。

 そこには、まるで忍者のような鮮やかな身のこなしで家の中に侵入し監視カメラなどを次々と設置するミノリの姿…。 

<彼女、一体何者?>

≪…A国情報局…の秘密情報員のようです≫

<何しに…ひょっとしてレミアのこと調べに?>

≪…のようです≫

<今はあたしがレミアと一体化しているからいいけど…>

≪当然あなたも監視対象になるでしょう≫

<厄介な人が来ちゃったな…>

 その日の夜、ユウは少し早く夜9時頃に床につく。

<今日は色々ありすぎた…>


 目が覚めた。

<ここ…どこ?>

 まるで手術室のような部屋で仰向けに寝かされているユウ。身体の自由が…効かない! 口には酸素吸入マスクのようなも

のがつけられている。

 テレパシーで周辺を確認。約8畳の部屋に、検査機器などがある。そしてそこにいたのは、白衣姿のミノリ…。

<念力でマスクを外さなきゃ…>

 ユウは念力で酸素吸入マスクを外そうとする。しかし装着ベルトが金属製らしく切断もできない!

「あなたに危害を加えるつもりは無いの。おとなしくしてちょうだい」

 冷たい視線でユウを見下ろすミノリ…。

挿絵(By みてみん)

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