Phase 17. 凶弾
※挿絵はAI画像生成システム「Gemini Flash image 2.5/3(Nano Banana/Pro)」で生成した物を主に使用しております。
※カッコ記号の使い分けを行う事で、そのゾーニングをより明確にしています。
基本的なゾーニングの区分は以下の通りとなります。。
「」…[open]会話
[]…[semi-open]暗示
()…[open]テレパシー
{}…[closed]テレパシー(秘話)
<>…[closed]思考
≪≫…[closed]インナーセルフのリアクション
<もう今月も終わるのかぁ…>
7月のカレンダーを目にし、溜息をつくユウ。
先日の情報共有会議に於いてサツキの高校への2学期編入、しかも同じクラスになる事が明らかになって以降、ミズキからの連絡がパタリと途絶えていた。サツキからは2度ほどたわいも無い内容でテレパシーが飛んでくることがあったが、特段に関係が濃密になったとは言えない。もともと友達と濃密な関係を築くのが苦手だったユウにとっては、特に連絡が無くても苦痛に感じることはなかったものの、先日のミズキの様子、そしてレミアが感じたという妙な違和感のことが気になって仕方なかった。
あとユウにはもう一つ気になることがあった。それは[魔族の出現」の問題。今月初めに黒龍と対峙して以降音沙汰が無い。これまでのペースを考えると、もうそろそろ…。ネガティブな思考がぐるぐると駆け巡る。せめてもうちょっと楽しい夏休みでいたいなと思いつつ…。
レミアは今、サツキのところへ出かけている。レミアとミズキとは、先日の情報共有会議以降行き来が増えた。レミアからは互いの融合比率を超夢現体として活動できる限度の90:10にしたいという要望があり、ユウもそれを受け入れた。レミアの心が自分と距離を取り始めている…それをユウは敏感に感じ取っていた。
<今まで継続じゃ駄目だ。何か、何かを変えなきゃいけない。…何か、何かを変えなきゃ…>
昨日の夜、ユウは母親に『新しい洋服を買いに行きたいから』と頼みこみ、いくらかの小遣いをもらった。ただ、どんな服が欲しいかは特に決めていない。いまいちな自分の私服を変えて、気分を一新したい…そう考えていた。きっかけはサツキの私服を見てから。『可愛いな…』そんな気持ちがユウの心に小さな変化を及ぼしていた。
<サツキ、一緒に買い物に行ってくれないかな…>
ユウはサツキへのテレパシーのチャンネルを開く。
{ねぇ、サツキ、今、空いてる?}
{…ん? おはよう。うん、大丈夫らよ}
{あのね…服を買いに行きたいんだけど、一緒に付き合ってもらえる? あたし服選ぶセンス無くって、サツキに色々アドバイスしてもらえたらな…って}
{なんだ、そんがこと? いいれ。行きてぇ店とかあるん?}
それから2人はいろいろと相談しあう。そしてユウの家から約3kmほど離れた衣料品店をサツキが推薦してくれた。
{ここの店の裏手は道路に面してっけど、車通りほとんどねぇし、通りの反対側は一面田んぼで誰にも見られねっけ、術とか能力使って飛んで行っても絶対にバレねぇよ}
{じゃあ、そこにしようかな…}
{私の家、知ってるでよね。おいでよ。一緒に行こう!}
{わかった、これからちょっと支度整えて行くね。また連絡する}
ユウは支度を整え、家を出る。サツキの住む家…財団のアジトでもあるのだが…までは歩いて1分で着いてしまう。ちょうどサツキも玄関から出てきた。
「ユウ、こっち来て」
サツキはユウを家の門柱近くの植え込みの方へと案内する。ここはちょっとした庭のようになっていて、程よい高さの植え込みが2人の姿を外から隠すのにおあつらえ向きとなっている。
「ここから飛ぶよ。ここなら誰にも見られねっけ」
サツキが小声でユウに語り掛ける。
「わかった。…もしかしてここから瞬間移動すること多いの?」
「隠密行動は私の十八番らっけね」
ニヤリと笑うサツキ。
「そうだ! ねぇユウ、またあなたと『影縫い』結んでいい?」
そういえばこの前海に行ったとき、サツキはユウに掛けていた『影縫いの術』を解いていた。影縫いを結ぶと、片方が瞬間移動で別の場所に飛んだとき、もう一方も『影縫い』に引っ張られて同じ場所に瞬間移動する。
「…いいよ。サツキも任務上必要なんでしょ」
「申し訳ないね。それじゃ…」
サツキが両手で忍術の印を組む。
[影縫い]
サツキの影がまるで意思を持ったかのように動き出し、ユウの影にくっつく。そしてサツキの影は元に戻った。
「これで良し」
「へぇ~、こんな風にして繋がるんだ。じゃ、2人で現地に飛ぶ?」
「ユウ、私の術で飛んでみる?」
自分の能力で瞬間移動するつもりでいたユウにとって、サツキの術を体験することはユウの好奇心を大いにくすぐる。
「お願いしていい? 体験してみたい!」
満面の笑みで応えるユウ。サツキは再び両手で印を結ぶ。
「じゃ、飛ぶよ」
サツキの言葉に頷くユウ。
[転移]
その瞬間、ユウとサツキの姿が消える。と同時に、衣料品店の裏手に2人の姿が現れた。サツキが転移したことでユウも影縫いによって引っ張られ、一緒に転移したのだ。
「…はは」
楽しくて思わず笑ってしまうユウ。自分の能力で瞬間移動するのは慣れていたが、他人の瞬間移動能力に身を委ねた事が面白くて、それが笑いになってしまっていた。
「どうしたん?」
「いや…何でも無い。大丈夫。ありがとう。帰りはあたしの能力で一緒に飛ぼう!」
「いいよ」
2人は衣料店の表側に向かい、店の中へ。
「サツキ、あなたにコーデを丸投げしていい?」
「いいの? どんが事になっても知らんけね」
笑い合いながら店の奥へと進む2人。それからあれやこれやと色々な服を合わせること、約1時間半。
「こんなの、どう?」
「じゃあこれは?」
「う~ん…」
サツキのセンスの良さに感心しながらも思い悩むユウ。
色々と試着を行った結果、白地にトロピカルな雰囲気の花柄のワンピース、そしてレモンイエローに白いエナメルのベルトがアクセントのワンピースの2着を購入。ついでにサンダルも新調した。
購入した服の入った袋を持ち店を出るユウ。
「そろそろお昼らね。どこかでお昼食わんかね?」
サツキがユウに声を掛ける。
「そうだね…。ちょっと待って」
ユウは先程買った自分の服を瞬間移動で自分の部屋に送り届ける。
「どこ行こう?」
その時…ユウの身体を激しい悪寒が襲った。思わずその場に立ち止まる。間違いない、魔族の出現だ。
「ユウ、大丈夫?」
サツキが心配そうに声を掛ける。ユウはあらゆる感覚を研ぎ澄ませ、魔族を探知する。
「空の上…あれは…炎の龍?」
{ゆうちゃん…どこにいる?}
レミアからテレパシー。側にはミズキもいるようだ。
{れーちゃん、あたし今、外にいる。あたしが行く}
{え…でも前回ユウちゃんが行ったから今回はあたしが…}
{大丈夫。すぐ行けるから。それに前回は黒龍、今回は炎の龍。たぶん目的は気温を爆上げして猛暑被害を拡大させること。大量に雲を沸き起こせば何とかなる}
{…わかった。策まで考えているのね。無理はしないで}
ユウがサツキの方を見る。
{緊急事態。れーちゃんとの会話も聞いたよね。空に飛ぶよ。いい? 危険を感じたら離れていいのよ}
{私はいつでも大丈夫。できれば手助けもしたい}
サツキが両手で印を組む。
{そう言ってくれると、凄く嬉しい}
天を仰ぐユウ。
{それじゃ、瞬間移動と同時に変身!}
{[変化]}
上空約1000mまで瞬間移動し空中浮遊するレルフィーナとサツキ。サツキはこれまでの黒装束とはうって変わって純白の装束を纏っている。
{そういう忍者服もあるんだ…}
{個人的にはあまり好きじゃねぇんだけどね…}
{そう? 素敵だよ}
視線を上空に移すと、太陽に同化するように宙を舞う炎の龍…。
(…待っていたぞ}
炎の龍のテレパシーがレルフィーナとサツキに届く。凄い威圧感。そして降り注ぐ熱量。
(何故人間界に来たの? 暑さで人間の魂を奪うつもり?)
(問答無用!)
その瞬間、炎の龍の身体が眩しく白く輝き、まるでもう一つの太陽の如く凄まじい熱を放ってきた!
([雨乞い])
それまで複雑な印を結んでいたサツキの術が完成し、背後に凄いスピードで雲がわき上がり始める。
(私も! 雲よ、地上を覆え!)
レルフィーナも能力を使い、周りの水蒸気を念力でかき集めて、サツキの作った雨雲をさらに分厚く大きくしていく。サツキとレルフィーナの2人の力で、炎の龍と地面とのほぼ中間の高さに大量の雲が現れ始めた。
{サツキ、あたしの影に隠れて! 耐熱能力はあたしの方が高いから}
{サポートするよ。[氷結]}
サツキはレルフィーナの真後ろに移動し、炎の龍の灼熱地獄から身を守る。同時にレルフィーナの身体の冷却に加勢し、レルフィーナの負荷を和らげる。
{サツキ、サンキュ!}
既に2人の下には分厚い雲が生成され、炎の龍の灼熱を完全に防いでいた。恐らく地上ではにわか雨が降り出しているはずだ。
その時だ。炎の龍の口から何かが飛び出した。その何かが、レルフィーナを目がけて凄まじいスピードで落ちてくる。
「!」
レルフィーナは念力で前面に防御壁を展開する。だがその『何か』は防御壁を難なく突き破り、レルフィーナの腹部を直撃!
「うっ!!」
腹部に痛烈な打撃を受け絶叫するレルフィーナ。衝撃でレルフィーナの身体が高度を維持できなくなり、一気に降下。その身体がサツキの身体にのしかかり、2人の高度が一気に低下していく。
{どうしたん?}
レルフィーナに何度も呼び掛けるサツキ。しかし反応が返ってこない。高度はもの凄い勢いで落ちていく。
<このままじゃ…地面に!>
高度はさらに下がり、ついに2人が発生させた雲の中へ!
サツキは何とか右手で印を組む。
[転移!]
サツキとレルフィーナの姿が雲の中でふっと消えた。
「れーちゃん! れーちゃん!」
ミズキの家でも異変が起きていた。
2階のリビングダイニングでミズキとともにレルフィーナからのテレパシーを受信していたレミア。そのレミアが突然意識を失ってテーブルの上に倒れ込んだのだ。慌てるミズキ。しかしレミアの反応は無い。レミアの身体を調べるミズキ、脈はあるし呼吸もある。しかし意識がない。
{ミノリ! れーちゃんが大変! 検査室に運んでいい?}
1階の検査室の端末でミズキの動作ログを確認していたミノリのもとに、ミズキからのテレパシーが届く。同時にレミアの状況もテレパシーでミノリに届いた。
{…わかった。彼女を検査台に!}
{瞬間移動で送るね!}
ミズキはレミアの身体を検査室に瞬間移動。直後、ミズキも検査室へ瞬間移動する。
「一体何があったの?」
「わかんない。急に意識失っちゃって…」
ミノリはレミアの身体に心電図計や脳波計を繋ぎ、状況を確認する。
「心拍も呼吸も正常。でも脳波を見ると、まるで眠っているような感じ。一体何があったの?」
「レルさんの方で何かあったみたい。その直後に…」
ミズキも戸惑っている。
ドサッ…。
玄関のほうで音。その音にミズキが検査室を飛び出して玄関の方を見ると…。
「レルさん! それと…」
ずぶ濡れになったレルフィーナと、その隣に倒れていた白装束のずぶ濡れの…。
「…もしかして、サツキ?」
サツキが顔を上げ、ミズキの方を向く。
[お願い! レルフィーナを助けて!」
「なんであんたがレルさんと…。 レルさんに何が…えっ?」
ミズキはレルフィーナの腹部を見て驚いた。ボーリングの球並みに大きい球がレルフィーナの腹部にくっついている。しかもその黒い球からは異様なエネルギーが放出されている。
「これが…原因ね」
ミズキは超夢現体の力を自分の両手に集中させ、その黒い球を掴もうと手を伸ばした。
バリバリバリバリバリ…。
凄まじいエネルギー同士のぶつかり合いで、ミズキの身体が弾き飛ばされた。
「何があったの!」
ミノリも検査室から顔を出す。
「ミノリ…検査室に…」
ミノリがミズキの側に駆け寄り、ミズキの身体を起こす。よろめきながら身体を起こすミズキ。
「そっか、それも私の仕事だね」
ミズキはミノリに支えられながら検査室の入口に立ち、部屋の中へ右手を突き出す。
[空間拡張! 検査台と検査機器増設!」
ミズキの能力で検査室の広さがおよそ3倍に広がり、レルフィーナを乗せるための検査台と検査機器が出現した。
「…これでよし。ミノリ、受け入れ準備お願い」
「あなたは?」
「私はもう大丈夫」
そういってミズキが玄関の方へ向かう
[影解き][露払い]
サツキとレルフィーナの身体に付着していた大量の水分が2人の身体の上に一気に沸き上がり、少しの間空中で渦を巻いた後跡形も無く消えた。ミズキがレルフィーナ達の側に来たときは、レルフィーナとサツキの衣服や髪は完全に乾いている。
「今の…あなたの能力?」
ゆっくりと身体を起こすサツキ。
「私の術らよ」
「やるじゃん」
「それよりレルフィーナを…。子の黒い球、最初はテニスボールくらいの大きさだったのに、どんどん大きくなってる…」
「もしかして、レルさんの力を吸って成長しているのかも…。嫌な奴ね」
ミズキはレルフィーナの方に左手をかざす。するとレルフィーナは検査室に増設された検査台の上に瞬間移動した。
サツキも立ち上がる。
「サツキ、あなたは大丈夫なの?」
「ええ…」
「それじゃ、あなたも一緒に来て」
ミズキはサツキを連れ、共に検査室へと入る。2つの検査台にはそれぞれレミアとレルフィーナが意識を失って横たわる。そしてレルフィーナの腹部に貼り付いた大きな黒い玉が事態の深刻さを物語る。レルフィーナにも脳波計や心電図などの測定機器が繋がった。
「ミノリ、レルさんの状況はどう?」
「…レミアとほぼ同じね。心臓は動いているけど、意識はない。昏睡状態ね」
ミノリは端末を操作し、映像を映し出す。
「これはレルフィーナが見ていた映像を、レミアを中継してミズキが受診した映像。直前に何が起きたのか、この映像を見るとよく判る」
映像が再生される。レルフィーナから見て真っ正面で猛烈に輝いていた炎の龍。
「画像を調整」
ミノリの操作で映像全体が暗くなり、炎の龍がくっきりと浮かび上がる。
「ここからスロー再生」
動画がスロー再生されると、炎の龍の口から黒い小さな点が現れ、それがレルフィーナ目がけて一直線に向かってくると同時に少しずつ大きくなってくる。するとレルフィーナの前にガラスに似た壁が出現。
「これ、レルフィーナの防御壁らよね。黒龍との戦いの時に見た。これで黒龍のアイスブレスを跳ね返してた」
サツキが口を開く。
「問題はここから…」
ミノリが動画の再生を再開。
展開された防護壁に黒い球が接触。その瞬間、防御壁全体が粉々に砕け散った。
「うわ…」
思わず声を出すミズキ。黒い球はさらにレルフィーナに向かって突進。レルフィーナの腹部に玉が激突したと見られる瞬間、映像はブラックアウトした。
「それがこのレルさんの…」
ゴクリとつばを飲み込むミズキ。恐る恐る両手を黒い球の上にゆっくりかざす。そして静かに目を閉じ意識を集中…。しばらくミズキは動かずにいたが、次第にミズキの表情に疲労感が浮かんできた。
「あ~っ…、全然ダメ。あたしの念力がまるで底なし沼に吸収されているみたい。びくともしない。玉だけ次元消滅させようとしても、空間操作さえできない」
手近な椅子に座り、疲労感を隠さないミズキ。
「ミズキ、あなたのAIと超夢現体を除去したコピーを生成して。『プロトタイプR06』としてライブラリに設計図が保管してあるはず」
ミズキはクラウドネットワーク上のライブラリにネットワーク機能を用いてアクセス、『プロトタイプR06』のデータを入手する。
「…私を開発する為に作ったプロトタイプね。グローブ型のリモートコントローラも必要?」
「もちろん」
「…何に使うの?」
「もちろん黒い球を取るためよ。AIも超夢現体も無い完全無機質のR06なら、この黒い球を掴めると思うから」
「動力源のオプションは?」
「短時間駆動なので、フル充電のバッテリーで十分」
「わかった。それじゃ、出すよ」
ミズキはミノリの脇の方に向けて左手を突き出し、目を閉じる。
「生成」
ミノリの脇の空間が一瞬歪んだ後、ミズキとそっくりなロボットが姿を現した。そしてミノリの前には多数のボタンを装備したグローブ型のリモートコントローラが出現。リモートコントローラの手首部には小型の液晶モニタが装備され、ロボットのカメラアイの映像を映し出す仕組みになっている。
「ありがとう」
ミノリは早速グローブを装着。幾つかの操作をすると、ロボットのカメラアイの映像が手首のモニタに映し出された。動作可能を示すグリーンのランプがグローブ上で点灯しているのも見える。
「じゃ、始めるわね」
ミノリの操作によってロボットが動き出し、レルフィーナの腹部の脇に立つ。ロボットのカメラアイはレルフィーナの腹部の黒い球を捉えた。
「これから掴む。何が起きるか分からないからみんな注意して」
ミノリがロボットを操作すると、ロボットの両手が黒い球の方へとゆっくり近づいていく。そして開いた手が黒い球に触れる…。
バチバチバチバチ!
強烈な火花がロボットの指の先から出た。その直後、ロボットの背中の方からピーピーピーとアラームが鳴る。ミノリがロボットを操作し、両手を球から離す。しかしその両手は僅かに動いただけでそれ以上動かなくなってしまっていた。なんと、黒い玉に触れた手の指の先はまるで蒸発したかのように消えていた。残った部分の先端は溶けたようになっている。
「ミノリ、さっきのアラームは…」
心配そうに尋ねるミズキ。
「バッテリーをやられたわ。過剰電流を流し込まれたみたい」
グローブを外しながら答えるミノリ。
「失敗ね。悪いけどこれ、消してちょうだい」
「分かった」
ミズキはロボットの方に左手をかざす。ミズキそっくりの『プロトタイプR06』とグローブリモートコントローラを0次元の彼方へと消滅させた。
「…さて、どうするか」
考え込むミノリ。
「もしかしたら私、この玉、取れるかも…」
口を開いたのはサツキだった。
「…魔物の力を使うってこと?」
ミノリの問いかけに頷くサツキ。
「多少成功の確率は高いかと…。手を『鬼の手』に変化させて玉を掴みます」
「…絶対成功してもらわないと困るんだからね!」
ミズキが厳しい表情でサツキに言い放った。
「レルフィーナ…ユウさんは私の命の恩人。だから何としても助けたい」
サツキの真剣な表情にミズキは黙るしか無かった。
「分かったわ。それじゃ、お願いね」
ミノリの言葉にサツキが頷き、自分の両手を顔の前にかざす。
[鬼の手]
サツキの両肘から先が見る見るうちに鬼の手に変化していく。
「始めます」
慎重に鬼の手となった右手を黒い玉に近づけていく。ミズキもミノリも息を呑んでその成り行きを見守る。そして手の指の先が黒い玉に接触…何も起きない。誰もが『ふう』と息をつく。
「いきます」
鬼の手と化したサツキの両手がグイと黒い球を僅かに動かす。
「慎重に…慎重に…」
小声で呟くミズキ。サツキがゴクリとつばを飲み込む音が聞こえる。黒い玉が少し浮き上がった。
「ミズキさん。お願いがあります」
「何?」
「今、私の指は黒い玉に完全に貼り付いています。粘着力が強くて剥がすのは難しそうです。そこで、私が玉を引き上げたらすぐに、鬼の手になった私の両手もろとも、次元消滅で0次元へ葬り去ってもらえますか?」
「え…でもそれじゃあなたの手が…」
「あなたやレルフィーナの力なら、私の手を再生できるでしょ。もちろん鬼の手でなくなっても構わない」
「あなた、もしかして最初からそのつもりで?」
頷くサツキ。
「黒い玉を直接次元消滅する事は無理かもしれないけど、この魔物の手が媒介になれば、黒い玉を葬り去ることができるかもしれないと思ったんです」
「…無茶だよ」
「無茶は百も承知。命の恩人を助けるためなら、喜んで…」
サツキの覚悟に圧倒されるミズキ。そのミズキの方をポンと叩いたのはミノリ、穏やかな笑顔でミズキに頷く。
「…わかった。あなたの言う通りにする」
サツキに向かって告げるミズキ、覚悟を決めたようだ。
「それじゃ、引き上げます。よろしくお願いします」
サツキが黒い玉を掴んだ手をゆっくりと引き上げる。黒い玉がレルフィーナの身体から離れ、およそ20cmほど上に上がった!
「今です!」
ミズキがサツキの右手を隔離空間で閉ざし始めるとほぼ同時に、黒い玉から猛然と黒い煙が沸き上がり、サツキが生成し始めた隔離空間を破壊し、さらにサツキの身体全体を飲み込んだ。
『だめっ…」
ミズキの言葉も虚しく黒い煙に包まれたサツキ、その黒い煙が一気に凝縮し、小さな1点となってふっと消えた。
「…サツキ、消えちゃっ…た」
失望でその場にへたり込むミズキ。
「…痛たた」
「…眩しい」
レミアとレルフィーナの声。
「れーちゃん! レルさん!」
ミズキが慌てて立ち上がり意識を取り戻した2人を気遣う。
「…ここは?」
「…あたし、どうしちゃったの?」
レルフィーナは無意識に黒い球が打ち込まれたお腹の部分に左手を当て急速に治癒。そして2人ともゆっくり身体を起こす。
「何が起きたか、説明するわね」
ミノリの方から事の顛末について映像を交えて説明する。レルフィーナが黒い球を打ち込まれた光景、レルフィーナがサツキによってこの家に運ばれた様子、黒い球の取り出しに失敗した様子、そして黒い球の取り出しに成功したものの、黒い霧にサツキが飲み込まれて消えた様子…。
「じゃあサツキは…」
「どこに行ったか分からない」
「…あれ、サツキが消えてもあたしがここにいるってことは、もしかして『影縫い』解いちゃったってこと?」
「『影縫い』?」
サツキの問に頷くレルフィーナ。
「あたしとサツキが絶対離れない様にするサツキの忍術。その術が解けていなければ、私はサツキと一緒に消えるはずだった…」
両手で顔を覆い泣き出すレルフィーナ。
「テレパス・リンクも通じない…。どこに行っちゃったの…」




