Phase14.2つの組織
※挿絵はAI画像生成システム「Gemini Flash image 2.5/3(Nano Banana/Pro)」で生成した物を主に使用しております。
※カッコ記号の使い分けを行う事で、そのゾーニングをより明確にしています。
基本的なゾーニングの区分は以下の通りとなります。。
「」…[open]会話
[]…[semi-open]暗示
()…[open]テレパシー
{}…[closed]テレパシー(秘話)
<>…[closed]思考
≪≫…[closed]インナーセルフのリアクション
1学期の終業式が終わった日の夕刻。
夕方6時頃、夕食を食べ終えた白衣姿のミノリが、食卓にミズキを呼ぶ。
「ミノリ、どうしたの?」
Tシャツ姿で席に座り、いつもの通りアンドロイド用に調合されたゼリーを口に含むサツキ。
「今晩、あなたには私と一緒に任務を遂行してほしいの」
「任務?」
A国情報局の秘密情報員であるミノリ、そしてエージェントとしても活動するミズキ。この2人にとって『任務』という言葉の意味は重い。
ミノリは1枚の紙と、1枚のmicroSDカードを渡した。そして右のこめかみを右の人差し指で2度叩く。これは今後会話をテレパシーでやりとりしたいというミノリの意思表示だ。すかさずミズキがミノリとの間でテレパスリンクのチャンネルを開く。テレパスリンクを通じたテレパシー通信は秘話モードとなり、繋いだ2人以外にテレパシーが傍受されることはない。通常のテレパシーが届く範囲は人間の声が届く範囲に限られるが、テレパスリンクで直結したテレパシーだと距離の制限が大幅に緩和される。
{これが今日の昼、家の郵便受けに投げ込まれていたの}
紙を手に取るミズキ。
{何これ? …緯度と経度と日時。 …今晩9時に河口の東展望台前? しかも1人で…}
『東展望台』は特異点中心から東北方向に約7km。ユウ達の住む街の中心を流れる大河の河口に立つ2つの展望台のうちの一つ。東の展望台は河口に広がる港や工場・倉庫群の中にある。最初にレルフィーナが魔族の少年ジェノと遭遇したのは河口西の展望台なので、その時と場所が異なる。
{microSDのコピーはサンドボックスMに入れてある}
ミズキは自身のネットワーク通信機能を使ってネットワーク上に存在する『サンドボックスM』という高度にセキュリティを施された保管領域にアクセスする。そこに置かれていたデータは…。
{あたし達やレルさん達の映像がこんなに…。この前レルさんと黒龍が戦った様子まで!}
驚きの表情を隠せないミズキ。
{うちの郵便受けに投げ込まれていたって言うけど、誰が入れたのか監視カメラに映ってなかったの?}
{映っていた、格好は郵便配達員に見えたけど、本物の郵便局員かどうかは怪しい。郵便配達員がこんなものを運ぶはずは無いからね}
{ユウ姉の家にももしかして…}
{それはないわ。もし彼女の家のポストに何か投げ込まれていれば、承諾を得て設置させてもらっているセンサーが反応する筈。でも今回その反応は無かった。彼女のスマホに届いた情報にも、今回の事案に関連する情報は届いてない}
{これ、もしかして罠じゃなくて?}
{だからその罠を逆に利用するの}
(ねぇ、この件、ユウ姉に伝えたほうが良いかな?)
(詳細は伝えずに、警戒だけしてほしいと伝えておいて)
{わかった。ところで指定場所まではどうやって行くの?}
{私は車で行く。あなたは直接現地に飛んで}
{車に何か仕掛けられてないか、スキャンしてみる}「
ミズキが自身の機能と能力をフル活用して。ミノリの自家用車の安全性を確認する。
{1個、追跡用のGPSタグが仕込まれてる。他には何も無い。あと、家の中にもの凄い数の監視カメラを発見したよ。車のも含めて全部消滅させちゃおうか?}
{今は放置しておきましょ。向こうと会ったあとで全部撤去しましょう。今異変を起こすことで向こうの動きが変わると困るから}
{了解}
{家にはあなたの分身を留守番させておいて}
{OK}
{私のここの出発は1930。あなたは2030に現地に入って}
{イエッサー}
2人は準備に取りかかる。
19時25分。
{そろそろ行くわ。あとよろしくね}
ミノリのテレパシーをミズキが受信。ミノリは黒のスーツ姿に着替えたようだ。
{まかせて。今のところ警察無線や軍事無線には異変を示す情報無し}
{了解}
ミノリが家を出たことをミズキの探知機能が捕捉。
「さて…」
ミズキは自分の部屋に戻ったあと、現地周辺を透視する。今の時間は現地も夕暮れ時。展望台から夕焼けや夕暮れ時の街を眺める観光客もまだ十数名いる。上空を見ると、ドローンなどの飛行物体はない。展望台は高い2つの建物で構成されており、1つは展望台として機能しているが、もう一つは地下を走る河川横断トンネルの換気塔としての役割があり、通常そちらは人が立ち入ることができない。また展望台周辺は開けた敷地となっていて大きな建造物はない
<換気塔の上からミノリの様子を見守ればいいね>
ミズキは自分の部屋を見回す。先程ミズキがこの部屋で検知した監視カメラは4つ。
<いつ設置されたんだろ。それにあの高い位置に設置するのなら、普通の人間は脚立でも持ち込まないと無理。ただ、向こうが能力者だとしたら…>
ミズキの探知能力では、監視カメラが電波で通信をしている事は確認できた。ただ、その通信方式は民間利用の標準的な方式でもないし、軍事通信とも違う。通信は暗号化されているらしく、その中身を簡単に傍受することもできない。
<サイコメトリングできるかな?>
ミズキは不可視属性で分身を生成。その分身がふわりと空中浮遊し、仕掛けられている監視カメラに横から指を触れる。その瞬間…。
<あっ…>
不可視属性のミズキに様々なイメージが流れこんできた。そのイメージは下にいるもう一人のミズキにもテレパシーで送られる。
メガネを掛けた天然パーマの男性がこの超小型監視カメラを調整している様子、そして黒装束の人間が手裏剣を投げる要領でこの監視カメラを設置している様子…。
分身のミズキが元のミズキの所に戻り、取り込まれて消える。
<あの黒装束…完全に忍者だった。黒龍との事案でレルさんがかくまったのが『黒い女の人』って言ってたし、黒装束の人も体格から見ると女の人っぽい。もし仮に忍者だとしても、レルさんでも見えなかったって…どんな光学迷彩を使っているんだろう?>
謎は深まる。
とりあえず今の結果をテレパシーでミノリに報告。
<分かった。情報ありがとう。その黒装束、多分今日の現場に現れるわよ>
ミノリの指摘にはっとするミズキ。先日ユウから『黒い女の人』の話を聞いたとき、ユウ達が獲得した『黒い女の人を感知する』能力はミズキにもコピーしてもらっていた。だから同じ能力はミズキでも使える。
あれこれするうちにもうすぐ20時30分。
ミズキは呼吸を整え、瞬間移動先を透視。
<障害物無し、分身生成と同時に現地に瞬間移動!>
偵察用スーツ姿のミズキが東展望台にある換気塔の屋上に姿を現した。
相手が指定した経緯度の場所である、東展望台前の駐車場の方を見る。既に日は完全に落ち、展望台の入館時間も終了。駐車場には車が1台も無い状態。
{ミノリ、配置についた。障害物無し。残存者無し}
{これからそちらに入る。引き続き監視と警戒をお願い}
{イエッサー}
数分後、ミノリの乗った車が駐車場に入ってくる。車を降りたミノリ。指定された場所に立ち、相手の到着を待つ。
約20分、何も動きは無かった。蒸し暑い夏の夜、居心地の良くない空気がミノリとミズキの肌を撫でる。
{徒歩で誰か来た。1人}
ミノリの報告、それとほぼ同じタイミングでミズキが異変に気づく。
{展望台の建物の屋上に黒い人物を確認}
{やはりね}
ミノリのほうに近づいてきたのは、白髪でチャコールグレーのスーツを纏った紳士。
「来てくれてありがとう。四ツ郷屋課長」
「呼び出し方がほぼ脅迫ですけどね、海老ヶ瀬博士。要求は何?」
厳しい表情で向き合うミノリ。
「『超無現体』に関わることを止めていただきたい」
「嫌と言ったら?」
「『超夢現体』について我々が保有する全ての情報を公開する。『超夢現体』が何か、夢世界と魔界が何か、全てを明らかにする」
「従わなくてもそうするつもりなんでしょ。『国際未確認生命体研究財団』は」
「…君達は『超夢現体』を軍事利用しようとしているだろ。我々はそれを看過できない」
大声で笑うミノリ。
「いつの時代の話をしているの? もうそんな計画、水疱に帰しててよ。」
「何を言う。今も君達は国家レベルで『超夢現体』の研究を続け、自分達の力で『超夢現体』を生み出しているじゃないか」
「『超夢現体』は確かに人知を超えた力を持っているし、それを軍事に使えば凄まじい破壊力になる。でもね、『超夢現体』は特異点の中でしか活動できないとか、『超夢現体』自身の精神状態に能力行使が左右されるとか、あまりにも制約が大きすぎるの。だからA国は既に軍事利用を断念した。その代わりに、『超夢現体』が暴走しないようにそれを食い止めたり、監視したりするように方針変更したの」
「嘘だ」
「嘘じゃないわ。全部真実よ」
「真実は全て公開すべきものでは無いのか? 夢世界や魔界とこの人間界の関係性も科学的事実であるなら公開すべきだ」
「『真実の公開が人々の幸せに繋がる』という妄想は止めたほうが良いわ。真実だからと言ってそれが人々の幸せに繋がるとは限らない。夢世界や魔界の件もそう。人間界には人々にあまりにも深く根付き過ぎた
『宗教観』がある。どんなに科学的真相を振りかざそうが、それが人々に根ざした『宗教観』に合致しなければ、それが人々に受け入れられることはない。それは私達人間が『宗教観』に依存しなければ生きていけない、悲しい存在だから」
「それなら、真実に基づく新たな宗教を興せば良い」
「そうやって怒濤のように生まれた新興宗教がどれだけあるか分かってて? あなたたちは科学を追究する組織でしょ。それとも新たな宗教団体になって暴利をむさぼるの? 馬鹿げてる」
「…」
その時ミズキが動いた。瞬間移動で黒い人の背後に。
<閉鎖空間!>
ミズキが『黒い人』の周りに透明な隔離壁を生成し閉じ込める。そして背後から黒い人の頭部を腕で固め、隔離空間もろとも、海老ヶ瀬とミノリの間に瞬間移動する。
「ごめん、ミノリ。私我慢できなかった」
「ミズキ…」
「何が科学よ。そしたらこの人物が使っている能力は何? 今の科学技術じゃ人間単体を光学迷彩で消す事なんてできないはず。この人だって能力者か何かでしょ。ほら、姿を現したらどうなの!」
ミズキの言葉に、隔離空間の中に黒装束の人物が姿を現した。
「忍者…」
驚くミノリ。
「彼女はうちの組織のくノ一だ。姿を消すのも忍術の一つだろう」
「ご冗談!、いくら忍者でもカモフラージュ以外で透明人間になるなんて物理法則を無視する事はできない。非科学的な能力の持ち主でなければこんな芸当できるはずがないでしょ!」
怒りの表情で海老ヶ瀬を睨むミズキ。
「ミノリ、うちの中に監視カメラを設置しまくったの、この女よ」
「海老ヶ瀬博士、あなたの言う科学って随分オカルト要素満載じゃない。これも科学なら全て公開すべきなんじゃないの?」
パリーン!
その瞬間、くノ一を包んでいた閉鎖空間が粉々に砕け散る。と同時に…。
ボンッ!
海老ヶ瀬、くノ一とミズキ、そしてミノリの3人が一面の白い煙に包まれる!
「あっ!」
ミズキの声。…白い煙が消えるまでには少し時間を必要とした。
{ごめんミノリ。くノ一に逃げられた…。瞬間移動能力を使ったみたい}
ようやく白煙が消えると、海老ヶ瀬博士の姿も、くノ一の姿も、そこには無かった。
「逃げられたわね。ミズキ、自宅の分身に指示。家の中に相手のs組織が設置した監視カメラを全部回収して、電波を遮蔽する金属の箱に保管させて。全部証拠物件にする」
「車のGPSもね」
「もちろん」
ミズキはミノリの車に装着されていたGPSタグを家に瞬間移動させるとともに、家にいるミズキの分身にテレパシーで指示を出した。
「今指示した」
「ミズキは先に家に帰って、監視カメラ回収を支援して。あとインターネットの全サービスプロバイダにコードB発令。ダークウェブ監視チームにコードD発令」
「イエッサー」
ミズキは瞬間移動で自宅へと戻る。
<それにしても、また彼らが出てきたか…>
ミノリの表情はさらに引き締まっていた。
先程ミノリが指示した『インターネットの全サービスプロバイダへのコードB指示』とは、ミノリ達が確認した監視カメラ等の映像や写真がインターネット上に公開された際。それを直ちに削除するとともに投稿者のアカウントを利用停止処分にする大変厳しい命令。また『ダークウェブ対策チームへのコードD発令』は同様に監視カメラ等の映像や写真が出回った場合、それを攪乱して事実上ダウンロード不可となるよう大量の偽情報をダークウェブ内に大量放出する措置である。
「おかえり、どうでした?」
サツキの瞬間移動能力で『国際未確認生命体研究財団』のアジトに戻ってきた海老ヶ瀬とサツキをヨッシーが迎える。
「我々が、メリーの家に設置した監視カメラ、全て通信不能に陥りました」
「これからは向こうのガードも高くなりそうね」
溜息をつくサツキ。
「…向こうの懐に飛び込んでみるか」
「えっ」
「何をするんですか?」
海老ヶ瀬の言葉に驚くサツキとヨッシー。
「…後日ジェーンともう一度連絡を取ってみる。直接ジェーンの家に3人乗り込んでみよう」
「ガチですか?」
「ああ」
「え~、またメリーにとっ捕まるの嫌だよ…」
「大丈夫だサツキ。そんな事は起きないようにする」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず…ですね」
「え、それってメリーをうちらに引き込むってこと?」
「引き込みやすいのはサマンサのほうかもな…」
深夜0時。
黒装束に身を包んだサツキ。深い闇に包まれた街からほんの少し外れた、水田の広がる農道。
[獣寄せ]
サツキは術を使って動物を呼び寄せる。獣の血を飲むために…。
今日のサツキは、先日獣の血を飲んでからまだ3日しか経っていなかった。それなのに、サツキの身体は猛烈に血を要求していた。理由をサツキは知っていた。ミズキに隔離空間の中へ捕らえられてしまった際、その空間隔離壁を破壊するために膨大な力を使ったからだ。その反動が、血への欲求に繋がっているのだ。
しかし今日のサツキの『獣寄せの術』では、1匹も動物を呼び寄せることはできなかった。
見る見るうちにサツキの体力は衰え、やがてその場に立っていられなくなり座り込んでしまう。そしてその姿勢でもいよいよ辛くなり、ついには地面の上に身体を横たわらせてしまった。
(ああ、このまま死んでしまうのかな…。吸血鬼は死んだら灰になっちゃうんだっけ…。もっと生き延びたかったな。サマンサ…菖蒲塚…ユウさんだっけ。生きている間に、あの子と…友達に…なりたかったな)
サツキの意識が少しずつ、遠のいていく。
(ユウさんに…逢いたい…)
(ユウさんに…会いたい…)
その断末魔にも似たテレパシーの声が、眠りの世界に落ちていたユウを現実に引き戻した。
(え…、今、誰か、あたしを…呼んだ?)
テレパシーで呼び掛けるユウ。しかし反応は無い。
(でも誰かあたしを呼んでた。誰だろう…。そうだ、ちょっと時間を巻き戻して、あのテレパシーが聞こえた瞬間に戻れば、何か判るかも…)
ユウは能力を使って少しだけ時間を巻き戻す。そして…
(ユウさんに…会いたい…!)
<聞こえた! 女の人の声…。 あたしよ、今のテレパシーの発信源が分かるようになれ!>
ユウに新たな能力が付加され、テレパシーの発信源を特定できるようになる。そしてユウは発信源を透視…。
<田んぼの農道に…黒装束の人?>
黒装束の人のことは昨晩ミズキからテレパシーで聞いていた。警戒すべき人だと聞いている。しかしユウにはそのテレパシーの声に聞き覚えがあった。黒龍と対峙したときにユウの背後にいた黒い人の声…その声とそっくりだった。警戒すべきかもしれないけど、今は…。
<もの凄く弱ってる。助けなきゃ!>
ユウの身体が本能的に動いた。瞬間移動。その黒装束の人の側にユウが姿を現す。。
「ユウです。あたしを呼びましたか?」
閉じていたサツキの目がうっすらと開く。
(え、もしかして…来てくれたの?)
「来ました。ちょっと待っててくださいね」
ユウはミノリの胸に自分の左手を当てる。
<治癒の力、全開で!>
ユウは必死になって黒装束の人に『治癒の力』を注ぎ込む。
(ごめん、たぶん無駄…。私は吸血鬼。定期的に血を飲まないと生き延びられないの…)
衝撃的な内容に少し戸惑うユウ。
「…それならあたしの血をあげる。遠慮無く飲んで」
(だめよ、私があなたを噛んで血を飲んでしまったら、あなたも吸血鬼になってしまう)
「それ、私を噛んだらそうなるんでしょ。噛まなくてもいいように、私の身体の中の血を直接あなたの口に入れれば大丈夫かな?」
(私の歯には『吸血牙』という牙があって、そこから血を身体の中に取り入れないとダメなの)
ユウは透視能力でサツキの口の中を見る。確かに他の歯と違う牙のような物が見えた。
「場所は分かった。そこに私の血を移動させればいいのね。どのくらいの量の血が必要なの?」
(…だいたい200cc。でもあなた…『超夢現少女』なんでしょ。あなたの血を飲んでしまったら、私がどうなってしまうか…)
自分の持っている技能や能力が失われてしまうことを酷く恐れていること、それが彼女のテレパシーから伝わってくる。ユウは自分自身に言い聞かせる。
<この人の能力や技能は完全に維持したままで、できれば今後2度と人や獣の血を飲まなくても済むような身体にしてあげたい。私の血よ、その願いに応えて!>
ユウの身体が少し火照ってきた。それはユウ自身の血がユウの願いに応える意思表示。
「大丈夫。あなたの悪いようにはしない。能力や技能は全部維持する。それに、今後2度と吸血しなくても済むように体質改善もしてみる」
(そこまで…)
「あなたの口に手を当てるね。そしたら瞬間移動で私の血をあなたの牙に少しずつ流し込む。いい?」
(…ごめんなさい)
黒装束の女の人の左目から一筋の涙。
「謝る必要なんて無いよ。あなたの覆面、めくらせてもらうね。
こくりと頷く黒装束の女の人。ユウはゆっくりと顔の前の覆面をめくり、鼻と口を出す。
<もしかしてあたしと同じくらいの歳?>
彼女の顔を見て少し戸惑うユウ。
気を取り直して、鼻の穴を塞がないように注意しながら、自分の左手を女性の口の前にそっと当てる。
「それじゃゆっくり、始めますね」
相手が頷いたのを確認し、ユウはサツキの口の中を透視しながら、自分の血を相手の牙の元へと少しずつ瞬間移動させていく。
「こんなペースで大丈夫?」
(もう少し速度上げても大丈夫)
サツキの牙の元へ瞬間移動させたユウの血液が順調のサツキの身体へ取り込まれていく。量にして200ccほどを移動
(ありがとう…もう十分)
ユウは静かに手を離す。相手は目を閉じたまま落ち着いて呼吸を続ける。
「具合はどう?」
彼女は何も答えない。しかし彼女から流れてくるテレパシーはとても穏やかで、少しずつ体の回復と体質変化が進んでいることが感じ取れる。
ユウが彼女に血を飲ませてから約15分が経過。ようやく彼女は目を開いた。
「気分はどう? どこか違和感を感じる?」
心配そうに彼女の顔を覗き込むユウ。
「…大丈夫。…本当にありがとう」
初めて彼女の生の声を聞くユウ。
「良かった…」
「体を起こすね」
「ゆっくりね。無理しちゃ駄目よ」
彼女はゆっくりと身体を起こした。そして『う~ん』と両手を上に伸ばして伸びをする。
「ふぅ…」
溜息をつく。そしてユウのほうを見る。
「私、あなたに謝らなければならないことがあるの」
「何?」
「私ね、『超夢現体』を研究している機関にいるの」
「A国の組織?」
「ううん、あなたがよく知ってるメリー…五十嵐 ミズキがいる組織とは全く別」
「…」
「でね、あなたの家に私達の組織の監視カメラをこっそり大量に設置させてもらっていたのね」
「…そうなんだ。でも、ミズキ達の所も研究と監視の目的であたしの家に監視カメラを幾つも設置しているから、今更別に驚かないよ。確かに『見慣れない監視カメラが増えたなぁ』って感じたことはあったけど」
「気づいてたんだ、さすがね。でね、ここからは私からの大切なお願い」
「何?」
「…あのね、…私が吸血鬼だってことは、今私がいる組織には内緒にしているの。もしそれがバレたら、私今の組織にいられなくなって、今の仕事も辞めなきゃいけなくなるの」
「じゃあ、あなたが『元、吸血鬼』って事は内緒にしとけばいいのね」
「『元』じゃないよ。恐らく今も吸血鬼である事は変わらない。あなたのお陰で定期的に血を飲む必要はなくなったみたいだけど、今でも私があなたを噛んで血を吸ってしまったら、あなたは確実に吸血鬼になってしまう。そしたら私はあなたを意のままに操れるようにもなる。もちろんあなたは恩人だからそんな事はしたくないけど…」
「…わかった。あなたの願い、守ると約束する。あなたの秘密は誰にも言わない。もちろんミズキやミノリさんにも。でもこれ以上吸血鬼を増やすのはもう止めてね。誰も幸せにならないから…」
「うん、約束する」
「ねぇ、あなたの名前を教えて。私はユウ。そして私の身体の中にいるのは『夢世界出身の妖精』のレミア」
「うん、知ってる。私は『東島 サツキ』。くノ一よ」
「くノ一かぁ…で、吸血鬼でもあり…最強じゃん。だから黒龍と出会ったとき、あなたは不思議な姿の隠し方ができていたのね」
「くノ一としての修行をしている中で、身体の中にたくさんの動物や妖怪の体を練り込まれたの。現実では有り得ないような事もできるようになったけど、その中で恐らく吸血鬼の体も私の中に練り込まれてしまったんでしょうね」
「そうなの…でももう今日からは、サツキとあたしは友達だよ お互い助け合っていきましょ」
「そう言ってくれると、凄く嬉しい。よろしくね、ユウ」
2人は固く握手を交わす。
「それじゃ私、そろそろ帰る」
サツキが立ち上がる。
「ちょっと待って。サツキ、おでこ出して」
ユウも立ち上がる。
「え、おでこ?」
「そう。私とあなたを『テレパス・リンク』っていうテレパシーの線で繋ぐの。これを繋いでおくと、相当離れた場所でも、お互いテレパシーで会話できるようになるの」
「…いいの? そんなことして? 私達の組織が今後あなたに何を仕掛けるか分からないんだよ。もしかするとあなたに迷惑を掛けてしまうかもしれないのに…」
「…あたし、あなたの涙を見て『この人を信じよう』って思ったの。だから大丈夫」
「…あなたって本当に優しいのね」
「『その優しさが身を滅ぼすよ』って言われたこともある。でもまだ滅んでないから」
にっこり微笑むユウ。
「…おかしな子。 じゃあ、ほら、おでこ」
サツキが右手でおでこをユウの方に向ける。
「それじゃ…」
[テレパス・リンク!]
ユウの右人差し指がサツキの額に触れる。その瞬間、2人の間に1本の見えない線が繋がった。
「これでよし!」
「じゃあ私、帰るね」
「またね」
サツキは胸の前で印を結び、目を閉じる。
[転移]
サツキは一瞬にして姿を消した。
「それじゃあたしも…」
ユウも瞬間移動でその場を離れ、自宅へと帰った。
夏の夜の蒸し暑い空気だけが残った。




