Phase 1. ひとりぼっちは寂しいから
※挿絵はAI画像生成システム「imageFX」で生成した物を主に使用しております。
※カッコ記号の使い分けを行う事で、そのゾーニングをより明確にしています。
基本的なゾーニングの区分は以下の通りとなります。。
「」…[open]会話
[]…[semi-open]暗示
()…[open]テレパシー
{}…[closed]テレパシー(秘話)
<>…[closed]思考
≪≫…[closed]インナーセルフのリアクション
朝6時、タイマー動作で自動的にテレビのスイッチが入り、いつものようにありきたり無いニュース映像が流れ始める。今日のトップニュースは外国で起きている戦争の話題。世の中では今日も争いが絶えない。
その音を合図に、6畳間の片隅に置かれたベッドで起き上がる少女。
菖蒲塚 ユウ。爽林高校2年。今日はゴールデンウィーク前半戦の最初の休日。朝寝坊日和ではあるものの、今日はある目的の為にいつも通りの起床時間となった。
窓にかかるカーテンの隙間から明るい日差し、部屋はまだ薄暗い。ユウはベッドを抜け出すと、カーテンをさっと開いた。眩しい朝の光が部屋全体に差し込む。
「Lasu min dormi iom pli longe...」
窓の反対側にある本棚の一角から、訳の分からない言葉が聞こえてくる。柔らかで少し高めの女性の声。本棚の上には小さなオモチャのような布団が置かれ、そこに何者かが横たわっている。身長は約17センチ、肩まで伸びた濃緑色の髪、服は全身を覆うレオタードのよう、色は布団の生地の色によく似た白色。
「おはよ、れーちゃん」
(…ねぇ、ちょっと早起き過ぎなくて?)
ゆっくり身体を起こす小さな少女、名はレミア・レミル。彼女は自身のことを「夢世界から『落ちてきた』妖精」だという。しかしレミアの姿は残念ながらユウ以外だとごく一部例外を除いて他の人間には見えない。レミアの話す言葉は日本語でも英語でもない謎の言語。その代わりレミアは日常的にテレパシーを用いて相手と意思疎通する事ができた。先程ユウの頭の中に直接流れこんできた声もレミアのテレパシー。そしてレミアは相手の心の奥底もたやすくテレパシーで読み取れてしまうので、彼女に隠し事をするのはかなり難しいという。
「だって今から動かないと時間が無いもん。あたしの考え全部筒抜けなんでしょ」
(判るけどさ…)
ユウの今日の予定は、朝7時半には家を出て、8時に電車に乗り、9時に市中心部にある中央図書館へ、ほぼ夕方までレミアの件に関する調べ物をする予定でいた。ユウの住む地方都市では頻繁に電車が走っているわけではない。なのでスケジュールの組み方も電車の発車時刻に左右される。
レミアが自身の住む『夢世界』から『穴に落ちて』人間界に迷い込み、ユウの眼前に現れてはや1年。これまでユウは主に地元地域の図書館で地域の伝承を中心に、レミアがこの地に現れた手がかりを調べ続けている。今回はその延長線上で、電車で40分ほどかかる市中心部の中央図書館に調査の範囲を広げるつもりでいた。
ユウにはそこまでする理由があった。高校入学直後いじめに遭い、中学時代からの憂鬱な出来事の蓄積も重なって、入学式後1週間も経たないうちに引きこもり状態に陥った。自死さえ考える事も有ったほどだ。そんな時にユウの目の前に現れたのがレミアだ。ユウはレミアに心理的サポートを受け、夏休み明けには学校に行けるようになった。そんないきさつがあるからこそユウは『自分の命を救ってくれたレミアが元の世界に帰るためなら、その手がかりを何としても見つけたい』と強く考えていた。
「れーちゃん、朝食は何にする?」
(蜂蜜、お願いできる? 確か新しいの入ったのよね)
「そう、クローバーの花の蜂蜜」
(あとイチゴのフルーツソースも)
「はいはい」
ユウは小さなテーブルの上にティーソーサーと小さなミルクピッチャー2個を用意。側に置いてあった新品のクローバー蜂蜜の瓶の栓を開ける。広がる蜜と花の香り、ティースプーンで蜂蜜をすくい、ミルクピッチャーの中へ慎重に注いでいく。
蜂蜜のたっぷり入ったミルクピッチャーをティーソーサーの上に置いた。そしてもう一つのピッチャーには袋入りのフルーツソースを注いで、これもティーソーサーの上に並べる。
(香り良いね)
「そうね。じゃ、あたしも朝ご飯食べてくるね」
(いってら~)
ユウはレミアを残したまま自分の部屋を出て行く。レミアはふわりと宙に舞い上がる。空中浮遊・飛行能力を持つレミアだが、背中に羽は生えていない。レミア曰く『羽は飾り』なのだそうで、羽のある妖精もいれば、無い妖精もいるらしい、レミアの体重はおよそ200グラムほど。生物学的にこの重量を物理的に空中浮遊・飛行させるにはしっかりした羽と相応の筋力が必要になるはずだ。つまり何らかの物理的以外の方法がなければ、レミアの身体を宙に浮かせることはできない。
難なく宙に浮かんだレミアはテーブルの上に着地。そしてミルクピッチャーに入った蜂蜜を飲み始めた。元々レミアの主食は花の蜜や果実だという。人間界に来てから蜂蜜、ガムシロップ、砂糖、カスタードクリーム、こしあん、ジャム等の味を覚えていた。
約20分後、ユウが部屋に戻ってきた、少しふくれっ面。
(気にしないほうがいいよ)
レミアはテレパシーで全てを把握していた。朝食時、ユウは母親との間でちょっとした口論をしていた。ユウの母親は心配性で過干渉気味のところがある。そのためユウと母親の会話が口論になるのは茶飯事だった。だからユウは正直、母親があまり好きになれなかった。好きでいたいのに、それができない…。
(…うん)
(ほら、気分を切り替えて、出かける支度しましょ。時間の余裕ないんでしょ)
レミアはふわりと宙に舞い上がると、ユウの眼前でにっこり微笑んだ。同時に、ユウの心が何とも言えぬ暖かくて優しい気持ちに包まれる。
「…ぁ、ちょ…待っっ」
レミアがユウに注ぎ込む癒やしのテレパシーがあまりに気持ち良すぎて、ユウは一瞬戸惑った。レミアが相手に注ぎ込む癒やしのテレパシーは相当な力があり、時には敵意むき出しの相手を怯ませる事さえ有る。ただ、相手を眠らせたり意のままに操ったりするほどの強力な力は無く、相手の心を暖かくアシストする程度に過ぎない。
(あ、ごめん。効き過ぎた?)
止まる癒やしのテレパシー。
「…ううん、大丈夫、ありがと」
笑顔を返すユウ。支度に取りかかる。
「そういえばれーちゃん、今日は…」
(ユウちゃんと一緒に行くよ。ひとりぼっちはやっぱり寂しいから)
見るとレミアの衣装がいつの間にかベージュのジャケットに白のシャツ、そして黒のパンツというスタイリッシュな衣装に変わっていた。髪も黒髪のポニーテール姿になり、瞳の色までブラウンに変わっている。彼女の側にあったユウのスマホには衣料品の通販サイトの画面…。レミアは自分の衣装、髪、そして肌や瞳の色までも自由自在かつ瞬時に変える事ができるという特殊能力を持っていた。恐らく今レミアが着ている衣装は通販サイトの写真の丸パクリ。何とも羨ましく便利な能力だ。
2人は支度を調えると家を出た。駅まで徒歩10分、朝8時発の電車を待つ。
「おはよう、菖蒲塚さん」
「へ? あ、おはよ」
声を掛けてきたのは同級生の角海ハヤト。クラスの中では目立たぬ陰キャ系。
(レミアさんも、おはよう)
(おはよ)
ハヤトに満面の笑みで答えるレミア。そう、ハヤトにはレミアの姿が見えている。今のところユウが知る限り、人間でレミアの姿が見えるのはユウとハヤトだけ。ハヤトはかなり霊感が強いらしく、他人に見えない物がちょくちょく見えるという。レミアの姿が見えるのもその能力のせいなのかもしれない。
この瞬間、ハヤトとユウの間でもレミアの能力を介してテレパシーで会話ができるようになる。ただ相手の心の奥底まで覗くことはできない。それができるのは唯一レミアのみだ。
「今日はどこに?」
「内緒」
「ふーん…」
「角海君は?」
「中央図書館に行く予定」
「ぶっ」
思わずすっこけそうになるユウ。レミア、クスクス笑いが止まらない。
「い、一緒?」
「そうなの?」
「…参ったな」
(ところでれぇ~ちゃん…、ちょっと内緒話いい?)
ユウは自分の右のこめかみを指でつんつんとつついた。ここにレミアの左のこめかみを当てろ…という合図だ。互いのこめかみを触れあわせた状態では、テレパシーは互いのこめかみ同士でのみ繋がり、外に漏れることはない。
(はいはい。ハヤト、ちょっと待っててね)
(うん)
レミアはユウの右のこめかみに自分のこめかみを当てた。瞬間、ユウにもレミアの心の中が深いところまで見えてくる。
{あなた角海君が今日中央図書館行くの知ってたのね。…それも先週から予定してたの? ど~してそういう肝心な事教えてくれないのよ}
{別にいいじゃない。教えたら逆に変だよ}
{でも一緒だなんて…ちょっと照れるな}
{ハヤトのこと意識してるんだもんね 青春よねぇ}
{うっさい!}
{でもこの時間に来るなんて知らなかったもん。その点ではあたし無罪よ}
{れーちゃん…あたし、もしかして顔赤くなってない?}
{ハヤトそういうとこ鈍いから大丈夫}
ユウ、ほっと溜息
{じゃ、ひそひそ話はここまでにしよ}
ユウは満面の笑みでハヤトの方を向く、
「もう電車が来るよ。早くホームに…」
「うん」
(何があったんだろ?)
(ぜーったい教えない! れーちゃんもだよ)
(はいはい)
レミア苦笑いしながら。ユウの右肩に座り、少しユウの頭の方に身体を寄せる。
3人は駅の自動改札を抜けホームに出た。レミアがユウに身体を密着させるのには理由がある。そうして自動改札を抜けないとエラーが起きてしまうからだ。自動改札機はどうやらレミアの存在を感知しているらしい。
休日ながらそこそこの乗客。直後、ピンクと黄色の帯をまとって銀色の電車が到着する。立ち客もいる車内だったが、この駅で降りる客も意外と多く、二人は長椅子に並んで座る。ユウの右肩にレミアが座り、ユウの右隣にハヤトが座る。
(隣同士に座っちゃった…なんか照れるな)
(俺、立とうか?)
(いいのいいの、大丈夫。テレパシーってこれだから面倒くさいな)
(隣同士に座ったり、身体が触れあったりすると、より内面が伝わっちゃうからね。二人とも気をつけてね)
ニヤニヤしているレミア。
(れーちゃん、今更それ言う!)
(レミアさんと同居してるのに、菖蒲塚さんでも知らない事あるんだね)
(あたしって謎多き乙女なのよ、うふ)
(人の心丸のぞきしてててそれ言うか! あたしの心の受信料払え!)
(嫌ですぅ~)
(俺達もレミアさんの能力のおこぼれ使ってんだから、逆にテレパシー利用料払わないといけないの俺達のほうかもね)
(そうよ~。てか、お互い様よね。さすがハヤト、相変わらず賢いねぇ)
(褒めても何も出ないよ、レミアさん)
(いえ、十分ごちそうさまです)
そのレミアの言葉の意味が、ユウにはいまいちよく判らなかった。やっぱりレミアは謎が多い。
その後ハヤトはレミアの能力について色々と質問をしてきた。例えばテレパシーの届く距離が人の声とほぼ同じこと、テレパシーも壁を隔てた間では感度が落ちること、水中でもテレパシーは通じること、そして人間以外のごく一部の知能の高い動物ともテレパシーで会話できること…などだ。これはユウも以前レミアから教えてもらった内容だ。
そうこうしているうちに電車は市中心駅のホームに滑り込む。車内はいつの間にか立ち客でごった返していた。
(れーちゃん、私にしっかり捕まっててね)
(あまり揺らさないでよ)
3人は電車を降り、大勢の人の流れに揉まれながら改札へと向かう。
「菖蒲塚さん、こっち」
ハヤトに誘導され、2人は駅を出て東約1キロ弱の中央図書館へと向かう。
「こんなとこ通るんだね。あたし中央図書館行くの初めてだから…」
周囲にはおよそ5~15階建ての雑居ビルやマンションが並び立つ。人通りは意外と少ない。
「こっちはメインストリートから外れる方向だからね。もう少しだよ」
大きな建物に混じって普通の民家が増え始める。
「ほら、あそこ」
ハヤトの指さす方向に2階建てらしき真新しい鉄筋コンクリート造りの建物が見える。
中に入ると結構綺麗だ。入口には飲食可能な広い休憩スペースがあり、入口のゲートはまるで自動改札のようだ。一番左側のゲートが返本用の通路らしい。
「じゃ、とりあえずここでお別れだね。俺、返本済ませてから中に入るから」
「あたしは郷土資料の所に行ってる。もし会えたら、また後で」
「ああ」
(いってら~)
ハヤトと別れ、ユウとレミアは館内へと進む。
’(凄い本の量。何がどこにあるか、全然見当付かない)
(ユウちゃん、左。案内看板っぽいのある)
(どれどれ…う~ん、判りづらいな)
(あたしはこっちの文字全然読めないからチンプンカンプンだけど)
ユウ、館内地図を懸命に読み取る。
(…郷土資料は2階の奥か)
ユウとレミアは階段を上り、奥の奥へと進んでいく。気のせいか照明が他の書棚よりも暗いように感じられた。
(ユウちゃん、何でここだけ暗くて怖いの?)
(本が光で傷むのを防ぐ為なんだろうね。仕方ないよ)
ドドーン!! ゴゴゴゴゴ…
凄まじい縦揺れの衝撃、その後強烈な横揺れ。
「きゃあっ!」
ユウとレミアの上から大量の本が降り注ぐ。ユウは床に倒れ込む間際、とっさにレミアの身体を掴む。レミアの身体を庇うように胸元に引き寄せる。ユウが床に伏した直後、凄まじい荷重がユウの身体にのしかかる。固定されているはずの書棚が倒れかかってきていた。
(ユウちゃん!!)
レミアはユウの身体に護られてほぼ無傷。でもユウの方は…。
(身体が…動かない。早く抜け出さなきゃ)
ゴゴゴゴゴ…ドーン…ドーン!
(ゆうちゃん、外に何かヤバい奴がいる)
レミアがテレパシーで感じ取った周辺の気配をユウに伝える。とてつもなく巨大な何かが現れ、そしてこちらの方に向かってくる!
破壊音や振動は収まらないどころか、徐々に大きくなってくるようにも感じる。
(デカいの、来る!!)
ドカーン!バキバキバキバキッ!
凄まじい衝撃!
「あうっ」
さらに凄まじい荷重がユウの身体を襲う。
「ユウッ!」
思わず声を上げるレミア。ユウのテレパシーが途切れた。でもまだユウの命の鼓動は感じる。
(あたしにもっと力があれば…)
無力感で身体が震えるレミア。
(…ぉーぃ、誰かいるかぁ)
このテレパシー、聞き覚えがある。
(ハヤト! こっちよ。2階の一番奥! ユウちゃんを! ユウちゃんを早く助けてあげて!)
ありったけのエネルギーを込めて、レミアはハヤトにテレパシーを飛ばした。おおよその座標位置まで伝わったはず!
(今行く!)
ズズーン! 再び地面が揺れる。
(あなたが傷ついては意味無いわ。無理なら近づかないで…)
(大丈夫、もう近い)
レミアのテレパシーがレーダーのように働き、ハヤトの位置を掴む。あと…5メートルくらいか。
(ゆうちゃん…)
レミアはユウの胸元に向け右腕を伸ばす。そしてレミアの指がユウの胸の地肌に触れた。
瞬間!
パァァァァァッ!
ユウとレミアの身体が目も眩むような光に包まれ、それと同時に2人の身体のありとあらゆる細胞が震え、まるで歌い出すかのように柔らかで高く美しい音を奏で始める。
眼前に突如現れたまばゆい光に、ハヤトも思わず目を覆った。
(…爆発?)
二人が奏でる細胞に振動音はハヤトにも聞こえた。
「何が…起き…」
光の中で、レミアの身体がユウの身体に溶けていく。互いの身体が細胞単位で融合し、細胞の核も1つに融合する。二人の遺伝子は結合し組み替えられ、全く新たな生命として人の形になっていく。融合しなかった細胞や着ていた服も元素レベルで再組成され、融合した身体の表面を覆う。それは新た生命が身にまとうコスチュームのように機能し始める。
藍色のロングヘア、髪に金色のカチューシャ、緑色の瞳、肘までを覆う白いグローブ、胸に大きな赤いリボン、緑色のベルト。橙色の膝丈スカート、紫のロングブーツ、そして白のボディースーツ。首から両手の中指先まで細い虹色のラインが伸びる。胸のリボンの中心には赤、橙、黄、緑、青、藍、そして紫の玉があしらたブローチが据えられる。
新たな生命を護る光は大量の本とがれきを押しのけ建物の外へと飛び出し、上空およそ60メートルほどまで一気に上昇。そして光が消えるとともに新たな生命がその姿をあらわにした。
<あたし…どうなっちゃったの?>
≪あなたはユウとレミアが融合して生まれた新たな生命。あらゆる夢と願いを現実として具現化する力を持つ『超夢現生命体』となりました≫
自分自身の問いかけに自分の中で声が返ってくる。まるで自分の中にもう一人の自分がいるようだ。
(ユウとレミアが融合…じゃあ私は何と名乗ればいいの)
≪それはあなたの自由です。もしお好みのものが無ければ『レルフィーナ』というのはどうでしょう?≫
<『レルフィーナ』…じゃあそれにする。ところで…>
周囲を見回すレルフィーナ、そこに展開された光景は惨憺たるものだった。多くの家屋やビルがことごとく破壊され、まるで空襲にでも遭ったかのようだ。
<何…あの馬鹿でかいタコみたいな…化け物?>
多くの家やビルを破壊して鎮座していたのは、頭頂部の高さが40メートルほどもある巨大なタコのような生物。それこそ古代の伝説に出てくるクラーケンとでも呼べばいいのか。それにしてもこの大きさは異常だ。
≪魔界からやって来た者によって怪物クラーケンに変化させられました。元は向こうの海に住んでいたミズダコらしいです≫
<そんな事まで判っちゃうの?>
≪あなたが『知りたい』と願うことはほぼすぐに知ることができる。それがあなたの能力です≫
<なんか便利すぎてモヤモヤする…もしかしてネットから情報得てるんじゃ無くて?>
≪そういう情報もあれば、そうでないものもありますよ≫
<ところであたしの質問に答えるあなたは誰?>
≪私は『あなた自身』です。名前はありません≫
<何それ…じゃああなた自身の名前を考えて!>
≪それでは私のことは『マナ』と呼ぶと良いでしょう≫
<『マナ』ね。よろしく。 さて、この『クラーケン』だっけ、どうしよう、退治しても良いけど、誰かの仕業でこんなになったのなら、元に戻さないと可哀想よね。まずは食い止めないと。マナ、何か良い方法ある?>
≪この世界から隔離された別空間にクラーケンを転移させたらどうです?≫
<それ、どうやったらいい?>
≪あなたが願えばそのようになりますよ≫
<そんなもんなの?>
レルフィーナは地面に着地。クラーケンの方を見上げると、無意識のうちに両腕を真横に伸ばす。そして右腕を上に、左腕を下にゆっくりと回し、そして両腕を胸の前で交差。
「隔離空間転移!」
瞬間、クラーケンとレルフィーナは光に包まれ、忽然と消失した。
「…ここは?」
とてつもなく広い、何も無い空間にレルフィーナとクラーケン。
≪どこの空間とも切り離された隔離空間に入りました。これで人間界に被害が広がることはありません≫
レルフィーナとクラーケンとの間は約70m程離れている、ここまではクラーケンの足は届かない。
<…どう対処するか。…うっ!>
その瞬間、凄まじい力がレルフィーナの全身を締め付けた。身動きできない。
<何が…>
≪強力な念力で拘束されました。クラーケンが念力を使っているようです≫
<クラーケンってそういう怪物だったっけ? うわっ!>
強力な念力でレルフィーナの身体がクラーケンの方へ一気に引き寄せられる。頭頂部の下にある目とおぼしき箇所が怪しく濁った光を放っている。もうクラーケンの足の届く範囲。
<来るっ!>
クラーケンの足がレルフィーナの下半身に巻き付いた!
「いやああああっ!」
バキバキグシャグシャ…。
融合で強化されたはずのレルフィーナの骨格や筋肉が、猛烈な力で容赦なく押し潰される。
≪粉砕骨折、筋肉断裂多数…≫
レルフィーナの視線の向こうに見えるクラーケンの漏斗の部分、普通のタコなら水や墨を吹き出す部分、そこから突如白煙が吹き出した。
<!!!!>
強烈な異臭と刺激、露出していたレルフィーナの上半身がその白煙に侵され急速に腐食溶解し始める。
≪ヒドラジン…強アルカリの腐食性…爆発注意≫
マナが警告を告げた瞬間、高温高圧のジェット。火だるまになるレルフィーナ!
<…!>
…レルフィーナ消失。
直後、上空10mに直径2メートルほどの光球が出現。その中には痛ましい姿になったレルフィーナが浮遊している。すかさずクラーケンの脚が伸び光球に巻き付く。ギリギリと音を立てるクラーケンの脚の筋肉。しかし光球はびくともしない。
光球の中でレルフィーナの治癒・再生は常識外れな速度で進んでいく。
≪肉体・骨格の再強化を並行実施。腐食耐性付与、超高熱耐性付与≫
≪透視開始…頭部中心に魔石を確認。そこから全身に伸びる触手に含めて取り除けば、魔物化は解除されます。しかしそれと同時に強力な治癒・再生を行わないと、生命は失われます≫
<あたしの準備はいい?>
≪無呼吸活動能力が付与されました。完全治癒まであと17秒≫
≪対処プロセスを提示します≫
これからやるべき一連の流れが、レルフィーナの思考に映像として流れてくる。
<やることは判った。あともう少し、3、2、1…>
光球が砕けた瞬間レルフィーナがクラーケンの頭内に瞬間移動。頭内はやはり腐食性の溶液で満たされているが、今のレルフィーナなら十分耐えられる。目の前には闇に沈み強烈なエネルギーを放つ魔石とおぼしき物体。これを除去すれば…。
「消滅なさい!」
レルフィーナが両手で魔石をぐっと掴む。その瞬間、魔石から触手がレルフィーナの体内に向かって侵入を試みる。
「させない!」
レルフィーナの全身が強烈な光を帯び、魔石や触手を完全に包み込む。魔石の活動はレルフィーナの放つ強力な念力で完全に抑え込まれ、浄化・崩壊・消滅プロセスが進んでいく。
魔石や触手によって傷つき改変させられた箇所の治癒・再生も同時に進む。身体の大きさも急速に縮み始める為、レルフィーナの身体もそれに合わせて小さくなっていく。
6分24秒経過。
≪全プロセス終了≫
<離脱!>
体外に瞬間移動するレルフィーナ、身体の大きさも元のサイズに戻る。
目の前には体長約2.5メートルのミズダコが横たわっていた。
「海にお帰り。お疲れ様」
レルフィーナがミズダコにそっと触れる。ミズダコはふっと姿を消し、街からおよそ3キロほど離れた海中へ瞬間移動した。そしてレルフィーナがパチンと指を鳴らすと隔離空間が弾け、再びがれき広がる街に帰ってきた。
<怪物を出現させた元凶、たしか魔族とか言ったよね。まだいる?>
≪探知できるようにしますか≫
<もちろん>
その瞬間レルフィーナに魔族と探知する能力が付与され、周辺全体をスキャンし始める。
「いた、河口の西展望台!」
街の中心部を流れる大河、その河口には西側と東側にそれぞれ展望台が設置されている。レルフィーナはそのうち西側の展望台前に瞬間移動した。
「おまえか、僕の邪魔をしたのは… 何者だ」
レルフィーナの前にいたのは見かけ小学生くらいの少年。しかし異様な威圧感を放出しており、あふれ出る力がビシビシとレルフィーナにも伝わってくる。
「私はレルフィーナ」
「お前、夢世界に関わりある
者だな。覚えておこう」
少年の姿が白い光に一瞬包まれ、そして消えた。
「気配が消えた…どこに行ったの?」
≪先程現れた『ゲート』を通して魔界に戻ったようです≫
<『ゲート』ってレミアが夢世界から落ちた穴と同じもの?>
≪恐らくそうでしょう≫
<後を追えるかしら?>
≪それより被災地の復旧が先決でしょう≫
<そっか…。にしても、怪物が消えても、あの破壊が無かったことにはならないのよね。何とかして元通りにできないかな?>
≪何もかも元通りにしたいのなら、時間を巻き戻せばいいですよ≫
<あたし、そんな事もできるの?>
≪あなたが願うなら、もちろんできます≫
(時間を巻き戻したら、怪物も復活しちゃうんじゃなくて?)
≪だからどこかのタイミングで歴史改変するのです≫
<歴史改変…か。となると、クラーケンが出現する直前あたりがターニングポイントになりそうね>
ふぅ…と深呼吸。
<いくよ…。怪物が出現する5秒前まで…巻き戻れ!>
レルフィーナの身体がコマのように超高速回転、それとともに高速で時間が逆回転を始めた。
再びクラーケンが現れ、壊れた街は復元していく。そして地上をのたうっていたクラーケンがふっと宙に舞い上がり、上空70メートル辺りでふっと消え…レルフィーナの超高速回転がピタリと止まり、時間も止まった。そしてレルフィーナの近くには、魔族の少年もいる。図書館の方を透視すると、2階の奥へと進むユウとレミアの姿。その後を追うかのように同じ方向へ向かうハヤトの姿もある。
<今、時間を動かしたら、ユウとレミアはどうなる?>
≪瞬時に消えます。あなたがここにいますから≫
<てことは、ハヤトに姿が消えるの見られちゃうね>
≪ええ、確実に≫
少し考えるレルフィーナ。
<ねぇマナ、例えばこうしてこうしてこうするってできる? 何か制限や問題はある?>
≪何も制限や問題はありません≫
<そしたらこうしてこうして…こうするって可能?>
≪全体的に良いアイディアだと思います でも最後のは余計ではありませんか?≫
<いいの、あたし信じてるから>
≪ではご自由に≫
「じゃ、分身!」
レルフィーナからもう二人のレルフィーナの分身が現れる。3人になってもそれぞれの能力に遜色はない。
「あたしはクラーケン退治に行くね」
「あたしはユウに変身してユウの代役ね、任せて」
2人のレルフィーナが瞬間移動して持ち場に着く。
「そしてあたしが彼と…いくよ」
レルフィーナが指をパチンと鳴らし、時間が動き出した。
クラーケンは出現直後に隔離空感に転送され、レルフィーナの一人が対応。
もう一人のレルフィーナはユウに変身し、ユウの代役として資料探しに向かう。
そして残ったレルフィーナは魔族の少年と対峙したものの、やはり魔族の少年が去って事なきを得た。
ユウに変身したレルフィーナ、間もなくハヤトが追ってきた。
「菖蒲塚さん」
「…角海君?」
「良かったら、資料探すの手伝おうか?」
「…実はちょっと相談したいことがあって」
「何?」
「まずは…」
ユウが指をパチンと鳴らす。
「今、周りの時間を止めた」
「え?」
「これから二人だけの秘密を教えるから」
ユウは瞬時にレルフィーナに姿を変えた。
「…誰?」
「…ちょっとおでこ貸してね。今まで何があったか全部教えてあげる」
レルフィーナはハヤトの額に自分の右手をそっと当てる。その直後、ハヤトの脳内に今日中央図書館の入口で別れてからこれまでの一連の出来事が再生映像として流れこんできた、ユウとレミアが融合してレルフィーナになった事。クラーケンが出現してレルフィーナが元に戻したこと、そして魔族の少年が今回の元凶だったこと…。
レルフィーナの手がハヤトの額方離れると、ハヤトは『ふぅ』と大きく溜息をつく。
「どうしてそんな大事なことを俺に教えるの?」
「仲間が…欲しいの。理解してくれる仲間が…。ひとりぼっちは…寂しいから。相談相手が欲しいの」
ハヤトは再び溜息一つ。
「いわゆるヒロインやヒーローは孤独になりがち。それに耐えられなければヒロインやヒーローとして失格…」
レルフィーナ、思わず息を呑む。
「…という人もいる。でも俺はそういう考えは嫌い。どんなに凄い能力を持ったヒロインやヒーローも所詮は感情を持つ存在。弱さがあって当たり前。弱さがあってこそ、いとおしい」
震えるレルフィーナ
「俺も人に見えない物が見えたりして、それで気味悪がられたり嫌われたりもした。理解してくれる人が誰もいなかった。だから一人が寂しいと感じる気持ちは俺もよく判る」
ハヤトの心の奥底がレルフィーナにも痛いほど判った。そして慈しみの心も…。
「俺は君の仲間だ。俺には何の力も無い。君を心から応援することしかできない。それでもいい?」
レルフィーナ、こくりと頷く。目から熱いものが次から次へとあふれ出す。
「あれ、おかしい。あたし何で涙出てるんだろ。涙よ止まれ…」
それでも涙が止まらない。
「おかしいよ、あたし願ったことは何でも叶うはずなのに…」
「自分の気持ちに素直になんな」
ハヤト、レルフィーナにすぐ前まで近づく。おもむろに額をハヤトの胸元に寄せるレルフィーナ。
「しばらくこのままでいさせて…」
「う~ん、とりあえず3分くらいかな」
「もう…いぢわる。…二人の時間止めちゃうぞ」
「お好きにどうぞ」
二人の間の時間の流れが急激に遅くなった事に、ハヤトは気づく由もなかった。