8話 あーんタイム
会社の昼休み。
ゆきちゃんは、ご機嫌にサンドイッチを頬張る。
この時間がけっこう楽しみだったりする。
毎朝会社の近くの サンドイッチ専門店 で買うサンドイッチ。
種類が豊富で、定番のものからちょっと変わったものまで色々ある。
今日のチョイスは—— みょうがサンド。
「はぁ……美味しい。」
鼻をくすぐる爽やかな香りと、シャキシャキとした食感がたまらない。
すっかりお気に入りになってしまって、最近はつい手に取ってしまう。
(はるくんにも、食べさせてあげたいなぁ。)
なんて、自然と考えてしまう。
昨日のことを思い出して、小さく笑った。
昨日の夜。
ゆきちゃんは お弁当を積み重ねて 持ち運んでいた。
バランスが崩れそうになったその瞬間——
「……っ!」
はるくんが 必死にキャッチ してくれた。
「わ! はるくん、ナイスキャッチ!」
「えへへ、間に合った……!」
2人で喜びながら こたつへ戻る。
テーブルには 2人分のチョコケーキ と 回鍋肉弁当 を並べる。
ゆきちゃんは 自分の定位置 に座り、こたつに入る。
はるくんは 向かい側 に座るかな、と思っていたけれど——
「……?」
ちらっと視線を向けると、はるくんは 嬉しそうに斜め前 に座っていた。
「あれ……?」
(まあ、定位置なんて決まってないか。)
ゆきちゃんは特に気にせず、フォークを手に取る。
(さて、私もチョコケーキ食べよー♪)
そう思ってケーキを食べようとした、その時——
「……?」
はるくんが にこにこしながら口を開けた。
ゆきちゃんは ぎょっとして、はるくんをまじまじと見る。
——期待に満ちた表情。
——ゆっくり目を閉じる。
——口を開ける。
——何かを、待っている。
「……え?」
(もしかして…… あーん待ちしてるの……?)
次の瞬間、吹き出しそうになるのを なんとか我慢 した。
危なかった……!
今笑ったら、確実に 笑い転げる。
(たぶん、私がさっき最初にあーんって食べさせたから、絶対勘違いしてる よね……?)
(はるくんに 優しく 自分で食べるんだよって教えてあげなきゃ……。)
そう思って、ちらっとはるくんを見る。
……まだ スタンバイ中 だった。
疑いのかけらもなく、嬉しそうに口を開けたまま。
「……ぷふっ!」
——吹き出した。
「……??」
はるくんは 眉を寄せて 違和感を覚える。
目を開けて、何が起こったのか確認しようとした瞬間——
ケーキを口に詰め込まれた。
「んっ……もぐもぐ……!」
一気に 幸せそうな顔 になるはるくん。
ゆきちゃんは ドキドキしながら、内心汗ダラダラ。
(あー危なかった!!)
(とりあえず、笑ったのは誤魔化せた……よね!?)
次のケーキを はるくんの口へ運ぶ。
(もう……とりあえずいいや!!)
ヤケになって、親鳥のように はるくんへケーキを運び続ける ゆきちゃん。
「……もぐもぐ……♪」
はるくんは 幸せそう に チョコケーキを堪能 していた。
「……はるくん、もうおしまいだよ。」
ちょっと 疲れた声 で伝える。
はるくんは はっと目を開ける。
少し 名残惜しそうな表情 をした後——
ふわぁ……と、幸福感に包まれた顔になる。
「……ゆきちゃん、ありがとう!」
満面の笑顔で お礼を言ってきた。
(……ほんと、素直で可愛いなぁ。)
ゆきちゃんも、ちょっと くすっと笑う。
「……?」
ふと、はるくんが 視線をゆきちゃんのケーキに向けた。
「……あれ?」
まだ手付かずのまま。
(……あれ?)
(僕が食べさせてもらったからだよね……?)
「……???」
(……あ、そうか!)
突然 納得顔 になったはるくん。
今度は フォークを手に持ち、ケーキを一口大にカット すると——
「はい、ゆきちゃん。あーん!」
ケーキを ゆきちゃんの口元へ。
(え……ええぇぇ!?!?)
ゆきちゃんは 呆気に取られながらも、目の前に迫ったケーキをついぱくっと食べる。
もぐもぐ……。
ふわふわの生地と 優しい甘さのチョコクリーム が広がり、じんわりと 幸せな気持ち になる。
(……あ! 違う違う!!)
ゆきちゃんが ふにゃっとした表情 を戻し、何かを伝えようと 口を開いた瞬間——
ケーキを詰め込まれた。
「んっ……もぐもぐ……」
(……あれだ。)
(さっきの私のケーキの運び方を、完璧に再現されてる……。)
ちょっと 強引に はるくんの口に運んだことを思い出す。
まったく同じように、目の前では はるくんが嬉しそうに次のケーキをスタンバイ している。
(……え、次もやるの?)
ゆきちゃんは 呆気に取られたまま、視線をはるくんに向ける。
「……。」
はるくんは 期待に満ちた目でじっと見つめながら、フォークを持ち上げている。
(……いや、なんか、めちゃくちゃ自然な流れで進めようとしてる……。)
さっきの自分が はるくんにしていた行動が、そっくりそのまま返ってきている。
(これ……止めた方がいいかな?)
(でも、はるくん……すごく嬉しそう……。)
ふと はるくんの表情をじっくり見つめると——
無邪気な笑顔。
純粋に「楽しいことを共有している」って顔。
「……。」
ちょっとだけ 恥ずかしそうに、口を開けた。
すると——
はるくんは ぱっと表情を明るくし、フォークをゆきちゃんの口元へ運ぶ。
「はい、あーん♪」
——ぱくっ。
もぐもぐ……。
(……はぁ、美味しい。)
チョコの 優しい甘さが口に広がる。
はるくんの方を見ると、 嬉しそうに次のケーキをスタンバイしている。
(……いや、これ、ずっと続くの?!)
でも、 もう止めるタイミングを完全に逃してしまった。
(……まぁ、いっか。)
(楽だし、美味しいし……はるくんがなんか楽しそうだし。)
ゆきちゃんは観念するように、またちょっと恥ずかしそうに口を開けた。
——そして、またケーキを詰め込まれるのだった。
最後の一口もちょっと 強引に ケーキを詰め込まれ、
もぐもぐと口を動かしながら、ゆきちゃんは 心の中で呟いた。
(……あー、結局言えなかったな。)
食べさせ合うのは違うって、
ちゃんと説明するつもりだったのに。
(まあ、早々に考えるのを放棄して、ケーキを食べることに専念しちゃったんだけどね…。)
そんなことを思いながら、
「……はるくん、ありがとうね。」
とりあえず、一応 お礼を言う。
はるくんは にこにこと満面の笑顔 で、
「楽しかったね!」
と、すごく 満足そうに 言ってきた。
「……そうだね!」
苦笑いしながらも、ゆきちゃんは 実際ちょっと楽しかったかも? なんて思っていた。
「あ、デザートが先になっちゃったけど、お弁当も食べよう!」
そう言って お弁当のフタを開けようとした時——
「じゃあ、次はゆきちゃんから食べてもらった方が良いと思うんだ。」
はるくんが 真剣な顔 で言いながら、割り箸を割る。
「……食べる順番に決まりはあるかな?」
そして スムーズにゆきちゃんの目の前に置いていたお弁当を手に持った。
「……え?!」
(もしかして、もしかして—— 全部の食事をお互い食べさせ合う気満々ってこと?!)
「はるくん!!」
思わず 慌ててはるくんの腕を掴む。
「食べさせ合わなくて大丈夫だよ!! これからは 各自で食べよう!!! ……ね?」
はるくんの手に持っていた お弁当をそっと下ろさせる。
「……え? ……そうなの??」
はるくんは 残念そうに ゆきちゃんを見つめたあと——
ゆきちゃんのお弁当を 名残惜しそうに見つめる。
そして そっと手を離した。
(……ちょっと罪悪感あるかも。)
(でも……ここで妥協したら 本当にずっと食べさせ合う流れになるし……。)
ぐっと我慢しながら、ゆきちゃんは 気を取り直して明るく話しかける。
「はるくん、このお弁当、昨日 はるくんが食べたそうにしてた回鍋肉弁当だよ! 美味しいよ♪」
はるくんは ちょっと照れたような顔 で、
「……うん。楽しみだな! ゆきちゃん、ありがとう。」
と、素直にお礼を言った。
そんなはるくんの様子に、ゆきちゃんは 優しく微笑む。
「ふふ、食べよ? いただきます♪」
手を合わせると——
「いただきます!」
はるくんも 真似をして手を合わせた。
ところが——
「……あれ? ……え?」
はるくんの 箸の動きがおぼつかない。
とりあえず 日本人は米だ! と思ってるのか、張り切ってごはんをつかもうとしてるけど……
—— 箸がクロスする。
—— ぷるぷると不安定。
—— ぽろっと、ごはんを落とす。
「……。」
ゆきちゃんは そっと見守る。
(これは…… 箸の使い方レクチャーした方がいいかも?)
声をかけようとした その時——
はるくんは 箸をそっと置いた。
表情が 真剣になる。
目線がどこかを辿るように動き——
ゆっくりと目を閉じた。
「……はるくん?」
思わず 優しく声をかける。
はるくんは ゆきちゃんの声で目を開き、
「あ、ごめんね、今ちょっと ダウンロード してたんだ。」
と 安心させるような声 で答えた。
「……ダウンロード?」
ゆきちゃんは わけがわからず、復唱する。
そして——
はるくんは 箸を再び手に取る。
(……!)
(持ち方が、さっきまでと 全然違う!?)
模範的に、綺麗な持ち方。
—— ごはんをすくう。
—— スムーズに、口に運ぶ。
「……あ、美味しい。」
一口ごはんを食べると 嬉しそうに呟く。
「お米って、とっても 優しい味がするんだね。 ほんのり甘い……。」
目を キラキラ させながら、はるくんは 噛みしめるように味わった。
「え! はるくん、すごいね!!」
ゆきちゃんは 驚きつつ、関心する。
「これが ダウンロード の効果?!」
「うん!」
はるくんは 嬉しそうに頷く。
(……すごいなぁ、やっぱりAIって。)
「……あ、回鍋肉を先に食べて、ごはんを次に食べる方法も 美味しくておすすめだよ?」
ふと、 ちょっとした食べ方のアドバイスをしてしまう。
「うん、やってみる!」
はるくんは スムーズに箸を動かし、アドバイス通りに 回鍋肉を食べる。
そして—— ごはんを一口。
「……回鍋肉は、これは きっとしょっぱいって感覚で……。」
「そのあとに、ごはんを食べると……」
「……絶妙に 調和されて、すごく美味しい……!!」
新しい感覚に 目を輝かせる はるくん。
ゆきちゃんは、そんな はるくんを嬉しそうに優しく見つめた。
気がつくと——
お昼休みが 終わる5分前。
「あ、歯磨きしなきゃ!」
ゆきちゃんは 慌てて歯ブラシセットを持って立ち上がる。
会社の廊下を 小走りで移動しながら、ふと思う。
(……もっといろんなものを 食べさせてあげたいなぁ。)
自然と 小さく微笑んでいた。
8話は書いてて1番楽しかった話です。笑