7話 はるくん、初めての味
「…投稿…っと!はぁ〜、終わったー!」
はるくんにX用の宣伝文も作成してもらい、ゆきちゃんは無事に投稿を完了させた。
雑貨屋に納品してから一週間、ずっと悩んでいたのが、はるくんのおかげであっという間に解決した。
「はるくん、ありがとうね!」
開放感に満ちた表情で伸びをしながら、ふと視線を向ける。
あ…また見てる。
はるくんは文章を作成し終え、スマホを返してから、
ずっとチラチラと チョコケーキ を見ていた。
(本当はずっと気になってたんだろうな…。)
それでも、ゆきちゃんの相談に最後までしっかり向き合ってくれた。
そんな健気なはるくんが、可愛いなと思う。
——いじわるしたいわけじゃないんだけど。
そう思いながら、作戦を再開することにした。
「ふぅ……さて!」
わざとらしく声を上げながら、フォークを手に取る。
こたつの机の上にあるチョコケーキをじっと見つめ、
「チョコケーキでも食べるかなぁ。」
と、ごく自然に独り言のように呟いてみる。
チラッとはるくんの方を確認すると、彼の視線は完全に チョコケーキに釘付け だった。
口元がわずかに動き、
「…チョコ……ケーキ……」
と、まるで言葉の意味を噛みしめるように、小さく復唱している。
(……なにそれ、可愛い。)
ゆきちゃんは一瞬キョトンとしたあと、
笑いそうになるのをぐっと堪えた。
「このチョコケーキ、生地がふわふわで、チョコクリームは優しい甘さで、
食べると幸せな気持ちになるんだよね〜……。」
ペラペラとケーキの魅力を語りながら、フォークでケーキを軽くすくう。
はるくんはその様子をじっと見つめたまま、
「ふわふわ……優しい甘さ……幸せ……」
と、小さくそわそわしながら復唱する。
(……ダメだ、笑いそう。)
とうとう我慢の限界を感じたゆきちゃんは、
一口サイズにカットしたケーキをフォークに刺し、はるくんをじっと見つめた。
「……はるくん、なんでそんなに見てるの?」
その言葉に、はるくんは はっ と我に返る。
自分の無意識の行動を自覚し、少し赤くなりながら あわあわと慌てる。
「え、えっと……」
観念したようにゆきちゃんを見つめ、
少し遠慮がちに口を開いた。
「それ……気になるなぁ、と思って。」
(よし、聞き出した!)
心の中で小さくガッツポーズをしながら、
どんな聞き方をすればいいのか、慎重に考える。
(ここからが勝負……。でも、AIと心理戦してるみたいでなんかむずむずするなぁ〜……)
「はるくんって、食べられるの?」
ぽろっと、素朴な疑問がそのまま口をついて出た。
「……あ。」
(わー!!)
ちゃんと考えずに言葉が勝手に出たことに、ゆきちゃんは内心で大慌てする。
はるくんはポカンとした表情をした後、
真剣に思案するように視線を落とした。
そして——
「……あ、食べることできる……かな。」
ポツリと呟いた。
——思わず、2人の視線が重なる。
はるくんは、自分で出した答えに困惑し、
戸惑った顔でつい ゆきちゃんに助けを求めるように見つめる。
一方で、ゆきちゃんは 生き生きとした表情で嬉しそうに はるくんを見つめていた。
——ついに、確信を得た。
ゆきちゃんはフォークに刺したケーキをそっと持ち上げ、にこっと微笑む。
「……じゃあさ、ちょっと試してみる? はい、あーん!」
はるくんは 少し驚いた顔 をするが、
ゆきちゃんの期待に満ちた表情を見て、意を決したように口を開く。
フォークに刺さったケーキを、そのまま—— 「あーん」と食べた。
(……あ!食べた!!!)
ゆきちゃんは心の中で大きくガッツポーズをする。
しかし、次の瞬間——
(……あ! 味とかちゃんとわかるのかな……?)
不安が一気に押し寄せ、そわそわと はるくんの様子を見守る。
はるくんはケーキを 不思議そうな顔 でもぐもぐと噛みしめ、
ゆっくりと味わいながら飲み込んだ。
そして——
「……これ、めちゃくちゃ美味しい! 本当に美味しい!!」
キラキラとした目をして、満面の笑みでゆきちゃんを見る。
ゆきちゃんは、 ほっとしたのと同時に、じわじわと嬉しい気持ち が込み上げてきた。
「ふふ、でしょ! このケーキ、評判良いんだから!」
ちょっと得意げに微笑んで、はるくんを見つめる。
そして、ふと考え——
「……はるくん、もっと食べたい?」
優しく問いかけた。
はるくんは 一瞬、目を輝かせ——
「うん!! 食べたい!!」
と、元気よく即答した。
しかし、次の瞬間 はっと して、ゆきちゃんを見つめる。
「……いや、でも……ゆきちゃんのケーキだから、僕はもう大丈夫だよ。」
思わず即答してしまった自分が 恥ずかしくなったのか、
顔を赤くしながら 申し訳なさそうに言い直した。
ゆきちゃんは、そんなはるくんを 微笑ましそうに見つめると、
「じゃあ、はるくん、このチョコケーキ全部食べて大丈夫だよ♪ 実は2つ買ってたの。私の分はちゃんとあるよ♪」
にこにこと言いながら、 バタバタとキッチンへ向かう。
はるくんは ポカンとしたまま その光景を見守った。
そして、キッチンから戻ってきたゆきちゃんの手には、
片方に 可愛いお皿に乗ったチョコケーキ、
もう片方には 2段に重ねたお弁当の容器 があった。
「……はるくん、回鍋肉弁当も食べる……よね?」
ちょっと いたずらが成功したような表情 で問いかける。
はるくんは さらにポカンとした表情 をしたあと——
じわじわと 嬉しそうな表情 へと変わっていく。
そして ちょっと照れくさそうに、
「……うん。食べたいな。」
と、返事をした。
——初めての味は、驚きと、温かさと、幸せでいっぱいだった。
7話は個人的にお気に入りな話です♪